『テクノロジーの地政学』で学ぶ、シリコンバレーと中国企業の最新動向
シリコンバレーと中国が作り出す「ソフトウェア経済圏」によって世界の産業地図が大きく書き換わる!? テクノロジーで既存産業が破壊される可能性が高いとされる6分野について、ニュースでは取り上げられない現地のリアルな内情に切り込む著者らのオンライン講座がついに書籍化。日本企業が追うべき産業変革の最前線が詰まった一冊。
タイトル:テクノロジーの地政学 シリコンバレー vs 中国、新時代の覇者たち
著者:シバタ ナオキ、吉川 欣也
ページ数:336ページ
出版社:日経BP社
定価:1,944円
出版日:2018年11月26日
Book Review
2018年に著者らが開講し、大反響を呼んだオンライン講座「テクノロジーの地政学」。その主戦場は、シリコンバレーと中国だ。本講座では、現地のソフトウェア産業動向に精通する様々なゲストが、ニュースではめったに取り上げられないリアルな内情にも切り込んでいく。その待望の講義録が書籍化された。
人工知能、次世代モビリティ、フィンテック・仮想通貨、小売り、ロボティクス、農業・食テック。これらは、ソフトウェアによる既存産業の破壊が、高い確率で起こるとされる6分野だ。著者らは各分野におけるシリコンバレーと中国の最前線を明らかにする。
構成にも、読者の興味喚起を促す工夫が凝らされている。まずは、産業全体の市場規模や最新動向といった「マーケットトレンド」を俯瞰する。次に、変革の中心を担う「主要プレーヤー」の取り組みを紹介。つづいて今後のゲームチェンジャーとなりそうな「注目スタートアップ」にスポットライトをあて、最後に未来の展望を提示していく。注目スタートアップが提供するサービスの写真も満載だ。ページをめくるたびに知的好奇心が刺激され、これまで断片的だった情報が整理されていく爽快感を得られるにちがいない。
中国が欧米や日本の後追いをしていた時代は、とうの昔に終わった。どの産業も、新時代の覇者たちの影響を免れえない。私たちは、シリコンバレーはもとより、中国の最新動向も探る必要に迫られている。
日本企業がいま、とるべきアクションは何か。その一歩は、本書のような信頼のおける指南書を通じて、米中トップ企業の戦略を熟知することではないだろうか。
人工知能
AI分野で世界一をめざすシリコンバレーと中国
本要約では、本書で紹介される6分野のうち、「人工知能」「フィンテック・仮想通貨」を取り上げる。なかでも、産業全体のマーケットトレンド、主要プレーヤーの具体的な取り組みの一部にフォーカスする。
まずは、新たな産業革命をもたらすとされる人工知能(AI)についてだ。シリコンバレーと中国の企業は、莫大な金額を投じて、AI分野で世界一をめざしている。2017年、AI分野への世界の投資総額は161億ドル(約1兆6100億円)となった。日本のスタートアップ全体への投資額は、3000億円弱といわれている。要は、日本とは桁違いの額がAI関連企業に投資されているのだ。
AI特化型ファンドが誕生するシリコンバレー
シリコンバレーでは、人材獲得競争が熾烈さを極めている。タレント・アクイジション(タレント人材獲得)の目的で、大手企業による有望なスタートアップの買収も加速する一方だ。
そんななか、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)やマイクロソフトなどの大手が、AI投資を強化している。その一環として、グーグルやマイクロソフトは「AI特化型ファンド」を創設した。また、元エバーノートCEOフィル・リービン氏が、AIスタートアップの成長を支援する専門企業「オール・タートルズ」(All Turtles)を立ち上げたことも、注目に値する。
中国の国家戦略を「逆輸入人材」が後押し
では中国の動向はどうか。2017年、AI関連スタートアップの資金調達額で中国は米国を抜き、トップに躍り出た。2016年時点では、中国は資金調達総額の11.6%だったのが、2017年には48%へ。
この地殻変動の背景には、中国政府の「次世代AI発展計画」という国家戦略がある。AIを「国際競争の新たな焦点になり、将来をリードする戦略技術」と位置づけ、3段階でAI産業を発展させるという。
この「国を挙げてやる」という意思表示が、「逆輸入人材」を増やす後押しとなっている。AI分野の優秀な中国系研究者は、グーグルやマイクロソフトなど、米西海岸の大手企業からバックアップを受けて研究をしてきた者も多い。中国企業はこうした人材を「逆輸入」し、AI研究で頭角を現わしている。シリコンバレーから中国企業に移籍する中国系研究者たちは、「中国がAI国家として新境地を開く」という大義に惹かれているケースが多い。
IT御三家「BAT」はAIで人類を進化させるか
AI大国の基盤を築こうとする主要プレーヤーとして、中国のIT御三家、「BAT」の存在ははずせない。BATとは、検索大手のバイドゥ、EC大手のアリババ、SNS大手のテンセントの3社を指す。中国政府の後押しもあり、いずれもAIの研究開発に巨額を投じるようになった。テンセントが、自動車メーカーのTeslaに約1800億円を出資したことも、興味深い事例の1つといえよう。
BAT3社の投資先は、中国企業が46%なのに対し、米国企業は44%と比較的高い割合になっている。理由の1つは、米国にもネットワークをもつ人たちが、国をまたいで有望なスタートアップを追っているからだ。もう1つの理由は、中国では医療系のAI関連技術を開発しているスタートアップが、まだまだ少ないからである。テンセントなどは、国内外を問わず、ヘルスケア関連のAIスタートアップへの投資やスタートアップとの提携を盛んに行っている。
BATのなかで、いち早くAIシフトを進めてきたのがバイドゥだ。同社はスマートフォン対応に失敗し、業績が伸び悩んでいた。そこで、AIの研究開発に注力することで起死回生を図ろうとしている。めざすのは、対話型AIや自動運転技術の世界的プラットフォームの構築である。
また、アリババは2017年に、「今後3年でAIや半導体関連の研究開発費に約1兆7000億円を投入する」と宣言。半導体業界でもインターネット企業の影響力が強まることが予測できる。このように、大手IT企業が自動車や医療といった「非IT産業」にも影響を及ぼすようになっている。
フィンテック・仮想通貨
いまだに北米はフィンテック大国
もはや黎明期を過ぎて普及期に入ったといえるフィンテック。オンライン決済やロボ・アドバイザーなどのフィンテックビジネスは、日本でも浸透している。
ではシリコンバレーでの動向はどうか。CB Insightsの調査レポートによると、フィンテック関連企業への投資は、2017年には166億ドル(約1兆6600億円)に上っている。なかでも世界一の投資額を誇るのが北米地域だ。マーケット自体は落ち着き始めたと見る動きもある。だが、フィンテック関連のユニコーン数に関しては、世界25社中16社が北米地域である。シリコンバレーを中心とする北米は、依然として大きな市場といえる。
また仮想通貨・ブロックチェーン関連に目を向けると、2018年、世界の関連投資額は年間で約2800億円に上る。そのうち投資額の55%を米国企業が占めている。2位のイギリスは6%、中国や日本はたった2%だ。このことから、米国が圧倒的な割合を占めていること、さらには多くの投資家がしっかりと技術に投資をしてきたことが読み取れる。
台頭するインシュアテック「2種類のプレーヤー」
フィンテックのなかでも成長が期待されているのは、インシュアテック(保険=InsuranceとTechnologyを合わせた造語)である。新しいビジネスモデルが登場すると、ほぼ必ず新しい保険サービスが必要となる。よってインシュアテックは、今後さまざまなビジネス領域に広まっていくことが予想される。とりわけ、技術面の先端性から、インシュアテックの拠点をシリコンバレーに置く企業が多い。
インシュアテックのスタートアップは、次の2種類に分けられる。1つ目は、保険会社にサービス向上やコスト削減につながるテクノロジーを供給する「インシュアテック・イネーブラー」だ。たとえば、事故・災害時に、人が入れない場所に自律飛行ドローンを飛ばすという事例がある。これにより、すばやい被害の確認と保険金の支払いが可能となる。
2つ目は、自らテクノロジーを活用した保険業を始めて、新しいマーケットを創出する「インシュアテック保険会社」である。機械学習やデータ解析、SNSマーケティングなどの技術を使って、市場に新風を吹き込んでいる。既存の保険会社は、こうしたスタートアップと敵対するのか、もしくは協働するのかという選択を迫られることになる。ただし、インシュアテック保険会社は、ビジネスモデルの着想やユーザー体験で強みをもつ。そのため、協働の道を探すことが望ましいという意見もある。
中国で急成長するモバイル決済
つづいて中国の全体動向を見ていこう。フィンテックでは、BATのうちアリババとテンセントがしのぎを削っている。競争の舞台はモバイル決済だ。
米Kleiner Perkinsの調査によると、モバイル決済の2017年取引総額は16兆ドル(約1600兆円)を超えたという。そのうち9割を占めるのが、アリババ・グループのアリペイとテンセントのウィーチャット・ペイである。
2016年の第3四半期時点で、アリペイのモバイル決済市場のシェアは50.42%だ。一方、ウィーチャット・ペイは38.12%まで迫っている。後者の勢いは、メッセンジャーアプリのウィーチャットで決済もできる便利さへの評価に支えられているといっていい。
ただしアリペイは、アリババ・グループの各種ECサービスと連動している。そのため、日々の買い物と決済がつながっており、ローンも展開できるのが強みだ。零細・中小企業向けレンディングサービスでは、アリペイが圧倒的に強い。このように、甲乙つけがたい状態となっており、二大巨頭のシェア争いは今後も続くと見られる。
くわえて、両者は急速な多角化を進めている。自分たちで集めたデータを、資産運用や金貸し、保険といった他の金融サービスに活かしているという。
国有銀行との連携を深めるBAT+JD
BATや「中国のアマゾン」的な存在といわれてきたEC大手のJD(京東商城)は、この1、2年で国有銀行との提携を次々に発表している。BATやJDには、豊富なデータとそれを活用する技術がある。一方、銀行には信用、資本、リスク管理、政府との関係などの強みがある。そこで両者が手を組むことで、互いにないものを補い合うというわけだ。
規制が強まり、先の読めない仮想通貨
中国では2017年だけで、フィンテックスタートアップが5社もIPO(株式公開)している。代表的なのは、生命保険大手のピンアン保険とアリババ、テンセントが共同出資しているジョンアン保険などである。
ピンアン保険グループは、アリババ、テンセントを追う第二勢力として、見逃せない企業だ。テクノロジー部隊が強く、ビッグデータを活用してさまざまなリテール向けネット金融分野に進出している。グループ内のスタートアップ4社がユニコーンに成長するほどの勢いだ。
では今後もフィンテックの新興勢力が増えるかというと、疑問符がつく。なぜなら、中国のフィンテックスタートアップの多くは、ピア・ツー・ピア融資のような消費者金融で、国の規制が強まっているためだ。
2017年9月より、中国人民銀行を筆頭とする委員会が、国内のICO&仮想通貨取引所の全面禁止を決めた。詐欺まがいの違法な資金調達の横行を危惧したためである。これを受けて、中国は2017年、ビットコイン取引額の世界一から陥落した。今後はマイニング分野についても、政府による規制が入るだろう。そのため、ビットマインなどのマイニング関連のスタートアップは、国外に拠点を移し始めている。
このように、中国の仮想通貨・ブロックチェーンのマーケットは、先が読めない。ただし、中国政府はブロックチェーンの技術開発には協力的で、この分野に注力すると公言していることにも留意したい。
一読の薦め
刻一刻と変化するシリコンバレー vs 中国の「テクノロジー勢力図」。それを大局的に見るうえで、本書は格好の一冊である。各分野のスペシャリストたちが取材を積み上げて導き出した内容であるため、その信頼性は比類がない。シリコンバレーと中国の動向を基礎からおさらいするには、もってこいといえるだろう。
グーグルやバイドゥなどの異業種参入で、競争のルールが変わった「モビリティ」。アマゾンGoから自動車の自販機まで、急増する無人店舗が注目される「小売り」。国策で世界の産業用ロボットの3分の1以上が中国となった「ロボティクス」。そして、人口増加や食の価値観変容を背景に人工肉の開発が活発化するなど、話題の事欠かない「農業・食テック」。読者は各分野の解説に引き込まれることだろう。新規事業の担当者ならぜひ押さえておきたい内容ばかりだ。
世界を変えるようなイノベーションの胎動がどこで起きているのか。自社の生き残りや発展の道筋を描くには、本書を読まない手はない。
※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。
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著者紹介
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シバタ ナオキ
元・楽天株式会社執行役員、東京大学工学系研究科助教、スタンフォード大学客員研究員。
東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。
スタートアップ(AppGrooves / SearchMan)を経営する傍ら、noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。経営者やビジネスパーソン、技術者などに向けて決算分析の独自ノウハウを伝授している。2017年7月に書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP社)を発刊。
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吉川 欣也(よしかわ よしなり)
法政大学法学部を卒業後、1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現・大和企業投資)に入社、1995年8月に株式会社デジタル・マジック・ラボ(DML)を設立し、社長・会長を歴任。
1999年9月に米サンノゼでIP Infusion Inc.を共同創業、2006年に株式会社ACCESSへ5000万ドル(約50億円)で売却。
現在はMiselu社とGolden Whales社(米サンマテオ)の創業者兼CEO、GW Venturesのマネージングディレクターを務める。
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