新時代の最強戦略『ソフトウェア・ファースト』とは?IT業界以外も必読!
今、ソフトウェアがありとあらゆるビジネスにおいて重要度を増しており、この傾向は今後も変わることはない。本書では、著者の及川卓也氏が、新しい時代を生きるビジネスパーソンに向けて「ソフトウェア・ファースト」な組織体制の整え方や個人のキャリアの築き方などを紹介する。IT業界以外の人も必読!
タイトル:ソフトウェア・ファースト
著者:及川 卓也
ページ数:380ページ
出版社:日経BP
定価:1,900円
出版日:2019年10月15日
Book Review
時価総額ランキングを見れば、GAFAなどの米国IT企業のみならず、中国のIT企業が上位に並ぶ。一方で日本からは、そんなIT企業は出ていない。米国・中国と日本は何が違うのか。そんな疑問を抱いたことがある人も多いのではないだろうか。
著者はその原因の一つとして、日本企業のIT軽視があるという。製造業が強いがゆえ、デジタルよりアナログを重視し、ITを単なる業務効率化ツールとして捉えてきたのだ。ITシステム開発を外部のITベンダーに丸投げした結果、IT活用のノウハウが社内に蓄積されないままになっている。
一方、GAFAのみならずアリババやテンセントなどといった中国企業は、本書のタイトルでもある「ソフトウェア・ファースト」だ。IT(とそれを構成するソフトウェア)活用をベースに事業を構築し、徹底的なデータ活用で顧客体験を最適化している。
現在のビジネスにおいては「ただ買ってもらえればいい」ではなく、「継続して使い続けてもらえること」がより重要となった。だからこそ「ソフトウェア・ファースト」な企業が台頭しているわけだ。
ただし著者は、ソフトウェアが万能だと言っているわけではない。ソフトウェアの可能性と限界を理解し活用していくことが重要だとも書いている。そのうえで「ソフトウェア・ファースト」な組織体制の整え方、採用、個人のキャリアの築き方などを考えていかなければならないのだという。本書にはそれらの情報が網羅されているので、IT業界以外の人にもぜひお読みいただきたい。
ソフトウェア・ファースト
ビジネスモデルの変化
近年、AppleMusicなどの音楽配信サービス、GmailやGoogleドライブ、さらには会計ソフトウェアや勤怠管理システムなど、ありとあらゆるものがSaaSとして提供されるようになった。SaaSはSoftware as a Serviceの略で、ソフトウェアをクラウドの形態でサービスとして提供するもののことを言う。
SaaSは、ビジネスモデルに大きな変化をもたらした。従来、IT事業者はソフトウェアをパッケージ販売するのが主流であった。ひとたびパッケージソフトを販売すると、保守サービスを通じてしかユーザー接点が持てない。販売後に得られる収益も保守サービス費とユーザー数が増えた場合の追加ライセンス料金のみとなる。ソフトウェアが使われ続けても、ユーザーが新しいバージョンにアップグレードしない限りは収入にはならなかった。
ところがSaaSでは、ビジネスはサブスクリプション型となる。このビジネスモデルでは、購入された直後の収益は少ない。だが、継続して利用されることで利益が上がる仕組みだ。
また技術面においても、Webを通じて常にユーザーの利用状況を把握でき、プロダクトをスピーディーに改善できるようになった。その一方で、利用状況に基づいて改善しなければすぐに解約されてしまう。
ソフトウェア・ファーストとは
ソフトウェア・ファーストとは、IT(とそれを構成するソフトウェア)活用をベースに事業やプロダクト開発を進めていく考え方である。ソフトウェアは一つの手段でありながら、既存の産業構造や製品・サービスのあり方を根底から覆すような破壊力を持っているのだ。
Web黎明期にブラウザを開発したことで有名なネットスケープ創業者のマーク・アンドリーセン氏は、2011年、「Why Software is Eating the World」というレポートを発表した。レポートで彼は、映画業界から農業、国防までさまざまな業界がソフトウェア企業によってディスラプト(破壊)されていると指摘。いずれすべての企業がテクノロジー企業になっていくと予測した。
それから8年が経ち、彼の予測通り、凄まじい破壊力を持つソフトウェアが企業の競争力を左右するまでになっている。一方、ソフトウェアだけで解決できない領域も明らかになりつつある。
ソフトウェア・ファーストにおいては、ソフトウェアの特徴や可能性、限界を理解してプロダクト開発や事業開発に活用していく姿勢が重要だ。また、ソフトウェア技術を理解して事業に活用できる人材と、そうした人材が活躍できる組織体制も欠かせない。
日本の課題
失われた競争力
戦後、日本を世界屈指の経済大国としたのは、製造業を中心とした輸出産業である。70年代までは繊維や鉄鋼業、80年代以降は自動車、家電、半導体、スーパーコンピューターなどのハイテク製品が輸出された。
日本企業は半導体市場において、自社製の半導体を開発するだけでなく、それらを用いて汎用機からパーソナルコンピューターまでさまざまなタイプのコンピューター製品を安価に製造していた。そんなことが可能だったのは、世界最高レベルの技術力を持っていたからだと言えるだろう。
しかし90年代に入ると、状況は徐々に変わっていく。変化に乗り遅れた日本企業は、世界市場で存在感を失ったのだ。さらに2000年~2010年代に入ってスマートフォンとクラウドサービスが普及する頃には、ソフトウェアはおろかハードウェアでも韓国や中国のメーカーにシェアを奪われていった。
(1)ITを「効率化の道具」と過小評価
著者は、日本企業が競争力を失った背景には、3つの要因があると指摘する。要約では、これら3つの要因について順に説明していく。まず、ITを「効率化の道具」と過小評価したことだ。
1980年代以降、米国の製造業は、諸外国の工業製品に市場を奪われ、産業構造を転換せざるをえなくなった。その受け皿として金融とITが台頭し、結果的に、GAFAなどの企業が生まれることとなったのだ。
一方、日本は、自動車や総合電機など数多くのグローバルメーカーが存在する製造業大国だ。新興IT企業が大きな利益を出しても、大手メーカーには遠く及ばない。そんなふうに感じた古い世代は、ITを軽視してしまった。米中の強大なIT企業が巨額の収益を上げるようになった今でも、その風潮は変わらない。
多くの経営者は、ITを単なる業務効率化ツールだと考えている。それゆえ、ITシステムの開発に自社リソースを割くことなど考えもせず、システムインテグレーター(SIer)やITベンダーに任せきりだ。結果として、自社にIT活用のノウハウが蓄積されない「SIer丸投げ文化」が形成されてしまった。
(2)間違った「製造業信奉」から抜け出せない
製造業のモノづくりとソフトウェア開発では、ゴールが大きく異なる。製造業のゴールは、検討を重ねて設計した図面通りにモノを「複製」することだ。
では、ソフトウェア開発のゴールは何か。ソフトウェア開発では、図面を実体化する「製造」と「販売」の作業は必要なく、安定的にサービスを提供する「運用」が最も重要となる。そして、運用段階で得た知見を企画や設計、開発にフィードバックし、改善につなげる。
開発の過程は、モノづくりのように上流から下流工程へと流れていくわけではない。各工程を反復しながら価値を高めていくケースが大半だ。製造業的なモノづくりプロセスに捉われ過ぎると、ソフトウェア開発はうまくいかない。
米マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の主幹教授マイケル・A・クスマノ氏は、著書『ソフトウェア企業の競争戦略』で、ソフトウェアに対する日米欧の考え方の違いを分析した。日本企業はソフトウェアを「設計パターンに従って複製可能な工業製品」とみなし、米国企業は「ビジネスであり商売の重要な武器」、欧州企業は「ソフトウェアの標準化に代表される美」を体現するものと捉えているという。要するに、日本企業は、製造業の成功体験に引っ張られてしまっているのだ。
(3)サービス設計~運用面での誤解
東京理科大学の狩野紀昭教授が提唱した狩野モデルは、ユーザーが製品やサービスに要求する品質を5分類し、それぞれが顧客満足度にどのような影響を与えるかを定義した。その分類とは、「当たり前品質」「一元品質」「魅力品質」「無関心品質」「逆品質」だ。このうち、充足してもしなくても満足度に影響しない「無関心品質」と充足すると不満を引き起こす「逆品質」は、ここでは取り上げない。
「当たり前品質」は、あって当然、なければ不満を覚える品質要素を指す。自動車でいうと走る・止まる・曲がるなどの機能が相当する。
「一元的品質」は、上がれば上がるほど満足が高まり、低いと不満の原因になる品質要素だ。自動車の燃費や車内空間の広さなどが当てはまる。
「魅力品質」は、なくても大きな不満にはならないが、一度使って充足感を覚えると手放せなくなる品質のこと。衝突被害軽減ブレーキなどの自動車先進安全技術や、車載通信機器を介したインターネット接続機能がその例だ。
イノベーティブなプロダクト開発をめざすなら、魅力品質と一元的品質を重視しなければならない。当たり前品質は、いくら精度を高めても顧客満足度に直結しないからだ。
日本企業のプロダクト開発においては、当たり前品質を磨くことに注力するばかりに、魅力品質を高めることが手薄になってしまっているケースが多い。
ソフトウェア・ファーストの実践に必要な変革
IT活用を「手の内化」する
デジタル・トランスフォーメーション(以下DX)が話題になっている。IT調査会社IDC Japanによると、DXの定義は次の通りだ。
「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位を確立すること」
DXの本質は、IT活用を「手の内化」することにある。多くの企業はITシステムの開発を外部のパートナー会社に丸投げしているため、自社システムの中身が見えなくなり、自分の手で修正できない状況に陥った。また、開発ノウハウが自社内に蓄積されないことも問題である。
DXを進めるには、内製化が理想的だ。それは、ノウハウを自社内に蓄積できるからという理由だけではない。DXにおいては、仮説検証を行うスピードと、企画から運用までの一気通貫のIT活用が必須だからだ。外部パートナーと組むにしても、ITの企画、設計、実装、運用まで全てのフェーズを自らコントロールできるようにしなければならない。これこそが本書で提唱されているソフトウェア・ファーストである。
経営陣は先頭に立つ
日本の経営者の中には、ソフトウェアを知らないことを問題と思わず、「ITのことは部下や外部パートナーに任せればいい」と発言する人もいる。極端にアナログを重要視しデジタルの欠点をあげつらう傾向すらある。
だが、DX推進においては、経営陣でなければ最終判断を下せない事柄が多い。業務効率化やコスト削減が目的のITシステムと比べて、初期段階では投資対効果が見えにくく、また社内の既存事業部から反対を受ける可能性もあるからだ。それゆえ、ITに見識の深い経営陣が先頭に立って推進していくことが重要なのだ。
2019年2月、スカイマーク会長の佐山展生氏がプログラミングスクールでプログラミングを学んでいることが話題となった。もちろん短期のコースでソフトウェアを開発できるようになるわけではないが、プログラミングの勘所は理解できるし、その姿勢はエンジニアに好感を抱かせるだろう。こうした行動はITの必要性を示す強いメッセージとなる。
ソフトウェアに対する興味を持つ
ソフトウェア・ファーストを実践するには、経営陣のみならず、あらゆる職種の人が「ソフトウェアに対する一般的な興味」を抱いていることが望ましい。
そのためには、簡単な事から始めるといいだろう。話題になっているアプリケーションを利用してみる。子どもがいるなら、何を使っているか尋ねてみる。海外にいる知人に、現地で使われているアプリケーションを教えてもらう。また、コンシューマー向けのアプリケーションでも法人向けに応用できないかなど、自分の仕事で参考にできるところはないか考える習慣を持つようにしたいものだ。
技術に関する興味と知識を持ち続けることは、今後のキャリアに必ず役立つことだろう。また、そうした個人の強さは、結果的に組織の強さにもつながるのだ。
一読の薦め
今、ソフトウェアがありとあらゆるビジネスにおいて重要度を増している。この傾向は今後も変わることはないだろう。
本書には、そのような時代に働いているビジネスパーソンが今後のキャリアを築く上で知っておくべき情報がこれでもかというほど詰まっている。IT業界の人はもちろん必読だが、「自分にIT知識は不要だ」と思い込んでいる人にこそ一読をおすすめしたい。
※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。
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著者紹介
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及川 卓也(おいかわ たくや)
大学卒業後、DEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)に就職してソフトウェアの研究開発に従事する。その後、MicrosoftやGoogleにてプロダクトマネジャーやエンジニアリングマネジャーとして勤務の後、プログラマーの情報共有サービスを運営するIncrementsを経て独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するtably株式会社を設立
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