Vol.126

伊藤直也氏に聞く、「ロードマップ」なきWeb業界の歩き方【キャリアごはんvol.4レポ前編】

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かつては【特定の技術分野を深掘り】→【その分野で専門家に】→【その後はマネジャーかスペシャリストに】といったような、ある程度決まったロードマップの上でキャリアを作っていたエンジニアたち。それが今、特にWeb関連の仕事を中心に、サービス開発の複雑化と求められるスキルの多様化などを背景に変化が見え始めている。

エンジニア経験をこれまでにない方法で活かせる新職種も方々で生まれており、企業側の評価やキャリアパスも以前に比べれば多様なものになっている。

そこで6月16日、弊誌『エンジニアtype』と転職サイト『@type』は、【続々生まれる「エンジニア新職種」の未来を考える】をテーマにワークショップ型イベント『キャリアごはん』の第4回を東京・渋谷で開催。実際に新職種に就く経験者らをゲストに迎えて、キャリア談義を行った。

4回目となった『キャリアごはん』は、東京・渋谷の『渋谷Icon lounge(アイコン ラウンジ)』で行われた

4回目となった『キャリアごはん』は、東京・渋谷にある『渋谷Icon lounge(アイコン ラウンジ)』で行われた

ここでは当日の模様を2回にわたってレポートする。前編となる今回は、「2010年代も後半になって、エンジニアのキャリアパスは変わったのか?」と題して行われた伊藤直也氏の講演内容を紹介しよう。

ニフティ、はてな、グリーなどで日本のWebサービス開発をれい明期からけん引し、近年は複数社の技術顧問を務めて”ブーム”の火付け役にもなった伊藤氏は、この4月より再び一企業のCTO職に就いた。そんな伊藤氏はこれまで、どのような考えに基づいて自身のキャリアを切り開いてきたのか。そして、これから先の時代をどのように見据えているのか。

誰かが提示してくれる「正解」があった時代が終わり、再び「正解」のない時代に突入した現在。パイオニアであるがゆえに手探りの連続だったという伊藤氏の足跡は、多くの示唆を与えてくれるはずだ。

株式会社一休 執行役員CTO システム本部長 伊藤直也氏ニフティ、はてな取締役CTO、グリー統括部長を経た後、Kaizen Platform, Inc.や株式会社一休、日本経済新聞社ほか複数社の技術顧問/技術アドバイザーを務める。2016年4月より現職。著書に『入門Chef Solo』(達人出版会)、『サーバ/インフラを支える技術』、『大規模サービス技術入門』、『Chef実践入門』(技術評論社)など多数

誰かの真似をすることなく、手探りでやってきた15年

僕自身は、これまで自分のキャリアプランをそんなにしっかりとは考えたことがなかったですね。「何とかなるだろう」という感じで、あえて楽観的にやってきたし、これから先もそうだろうと思います。

そもそもWeb業界はまだ歴史が浅いので、ロールモデルとなるような先輩が多くないんです。僕らの世代から見た先輩エンジニアは皆、現在ではアントレプレナーのような人たちなので、あまり参考になりません。

初めてCTOという役職に就いた時からしてそうでした。当時はWebベンチャーでCTOというポジションに就いている人自体が身近にほとんどいなかった。正直、何をするべきなのかも分からないままに引き受けた感じです。

その後もずっと手探りで、誰かの真似をするということはなく、ここまでやってきました。手探りでやるしかなかったから、悩んでいても答えは出ないし楽観的に捉えるようにしてきました。一昨年ごろに「CTO論」のようなものが流行り、自分も偉そうに記事を書いたりもしましたが、今なお確固たる正解が分かっているわけではありません。

技術顧問になったのもたまたま声を掛けてくれた人がいて、なりゆきで。会社を辞めた後、1年くらい家にこもってゲームばかりやっていた空白の期間があったんですが、あまりに動かなかったことで全身の筋力が落ちてしまった(笑)。「これはまずい。何か仕事をしなければ」と思っていたタイミングで、ちょうどよく、じげんさんが声を掛けてくれたんです。

当時のじげんさんはまだエンジニアが10人くらいで、会社として成長するためにはエンジニアの組織を整える必要があったんですね。そういう組織のフェーズは何度か経験したことがあったので、何となく課題感が想像できました。

この先どんなことが起こるか、どんなことにつまずきやすいかといった話はできるだろうと思って、実際にやってみると、自分の経験をありがたがってもらえることが分かって。それでその後、いろんな会社を技術顧問をやらせてもらうことになったんです。

コモディティ化するソフトウエアの世界。興味はリアルビジネスへ

今年4月より、一休のCTOに就任していた伊藤氏。その決断の理由は主に2つあったという

今年4月より、一休のCTOに就任していた伊藤氏。その決断の理由は主に2つあったという

ではなぜ今回、一休で改めて「一つの会社のCTO」という立場に戻ったのか。そのまま“流しの顧問業”をやっていても良かったんですが、顧問の仕事は、それまでに築いた「(経験知の)貯金」を切り崩している感じがありまして。

現場から離れてしまうと「貯金」が増えるということはないので、遠くない未来に中身が薄くなっていくだろうなという危機感が少しありました。実は2年間、技術顧問を務めていた一休から、ずっと「中に入ってほしい」と言われ続けていたというのもあって、このタイミングで引き受けることにしました。これが一つ目の理由です。

もう一つの理由は、自分の仕事領域と関係があります。というのも、ブログ、ソーシャルブックマーク、SNSやゲームのプラットフォームと、これまで僕が携わってきたものはすべて、ソフトウエアが商売の主体となるビジネスでした。

その中で10年やってきて、同じ領域では新しいことをやろうと思っても自分にはやれることが少なくなってきていると感じていました。ここらで仕事にするビジネス対象の方向性を転換しようかなと考えていた時に、バーティカルなビジネスに踏み込むというのは自然な選択のように思えました。

自分のこれまでの経験を、今までの経験とは少し異なる領域に応用してみたいという欲みたいなものがあったんです。

一休はホテルや旅館、レストランの予約サービスで既存産業と密接につながったビジネスをやっていますから、その点においても自分にとって面白そうな環境だったんです。

一休.com
高級ホテル・高級旅館専門予約サイトとして知られる『一休.com

今はCTOとしてマネジメントもしていますが、空き時間を利用してデータ解析基盤を作る仕事もしています。

会社にはたくさんのデータがあります。一休で言えば、予約数だったり、どういうお客さんにどういうホテルやレストランが選ばれているのかというデータなんかがそうです。こうしたデータを可視化するのはマーケティングの基本ですが、これまではそれを会社の中の一部の人が担っていました。

自分は今、可視化ツールを入れたり分析用のデータベースを整備したりすることで、SQLさえ書ければこうした解析を誰もができる環境を整えていこうかなと思っているんです。こういう取り組みを、最近は「データエンジニアリング」と呼ぶそうです。

ソーシャルゲームの世界ではずいぶん前から、データエンジニアリングは当たり前に行われていました。何か新しいモノを作る際には、いかにして中央のデータベースシステムにログを送るかを意識するよう、口すっぱく言われていました。

ところが、一休に来てみたらその辺りのアプローチがまだ弱かったんです。これは、見方を変えればそれだけ伸びしろがあるということ。自分の経験を活かせることが、あちこちに転がっていて、「これは面白いな」と思いました。

マネジメントをする上でも、技術顧問をやってきた経験が活きていると感じることはたくさんありますよ。5、6社を同時に見てきたことで、会社組織というのはどういったフェーズでどういう問題が起こるのかというのが、経験的にはっきりと分かるようになったのは大きかったですね。

マネジャーのような立場にいる人は、他の会社を見る機会を持つことで、学べることがたくさんあるはずです。

「エコシステム指向」にシフトする世界をどう生きるか?

僕がエンジニアを始めた2000年代の初めはまだ、大きなITベンダーが向こう何年分かのテクノロジーロードマップを定義していて、それに乗っかっていくことで技術的にもビジネス的にも上手くいくことがある程度約束されていた時代でした。

でも、今はもうそんな時代ではないですね。技術もビジネスも、誰かが提示してくれる正解などない。各自が情報を集めて判断することが求められるようになっています。エコシステムの中で進むべき方向は自ら嗅ぎ分ける時代と言いますか。

この「ロードマップ指向」から「エコシステム指向」への移行というのが、この15年における最大の変化ではないかと感じています。エンジニアのキャリア形成でも、同じことが言えるんじゃないかと。

ちなみに、ロードマップ指向とエコシステム指向の話は、essaさんのブログが詳しいんで、それを読んでみてください。

>> ロードマップ指向とエコシステム指向

最近、クラウドやオープンソースのようなオープンな領域にも乗り出してきたMicrosoftさんの動きは、ITの世界がエコシステム指向に移行しつつある時流の象徴的な例と言えるんじゃないかと思いました。

Webのエンジニアからしてみれば、クラウドやOSSはもう当たり前になっていて、今に始まったことではないと思えるかもしれません。でも、ネットコミュニティの動きなどを見てみると、いまだにロードマップ指向とエコシステム指向の衝突が見受けられる時がありますよね。

例えば、JavaScriptによるフロントエンド開発領域の技術スタックにおいて、「コロコロ変わる技術を追うのはリスクが高すぎる」というコメントをよく見かけます。まあ、実際変化の激しい領域なので、そう思いたくなる気持ちは分かるんです。ただ、あのReactでさえもう出始めてからすでに3年が経っている。

デファクトとしての地位はエコシステムの中で自然と決着がつきつつあるのに、それをいまだに「正解が分からないうちは手を出さない」などと言っていたら、全然ダメでしょう。

そういう価値観を内面化できているかどうかは、この先大きな差になるだろうと思います。誰かが正解を示してくれることを期待せず、技術やビジネスの選択にあたって自分なりの価値基準をきちんと作って、それに照らして物事を選択していくことが大事です。

トークセッション終了後、参加者同士で行うワークショップにも参加してくれた伊藤氏

トークセッション終了後、参加者同士で行うワークショップにも参加してくれた伊藤氏

キャリアの浅い若い人がそうした基準を持つことは難しい? いや、そんなことはないはずですよ。僕の経験からすれば、むしろ若い人たちの方が正しい価値基準で技術に向き合っていると感じることが多いです。自分自身も、若いうちは「自分こそが正しい!」と思っていましたし(笑)。新しくて面白いものに飛び付くエネルギーのある若い人たちの方が、ずっと正しいです。

最近では、どんな技術に注目すべきかと考えた時に、なるべく若い人の言動をウォッチするようにしています。だから若い人は心配しなくていい。

今はあらゆる技術がものすごいスピードでコモディティ化してしまう時代です。このスピード感は、自分が20代~30代前半だったころより圧倒的に速い。そう考えると、吸収が速い若者と比べて、それよりも上の人たちは明らかに不利です。

若い人から突き上げられる中で、どう生き残っていくのか。僕はまともに正面から競っていても大変なので、土俵を変える方がいいと思っています。ビジネスの現場を変える、役割を変える、若い人がやらないことをやることで、そもそも勝負しないというのが賢い戦略でしょう。

技術的負債を解消していく役割というのは、その一つだろうと思います。その点においては若い人よりも経験が勝るし、そもそもそんなことを若い人にやらせる必要がない。

若い人にはどんどん新しいモノを作ってもらって、裏側に積み上がってしまった”九龍城”は僕らが受け持つという役割分担の方が、お互いにハッピーなのではないかなと。マネジメントする立場としても、そうした方向に持っていきたいと思っているんです。

学ぶべきは「正解」ではなく、「正解のない世界の歩き方」

伊藤氏は講演の中で、ロードマップ指向の時代においては「大手ITベンダーが絶対的な正解を示してくれる存在だった」と話したが、その伊藤氏自身もこの10年、(本人の意思とは全く関係なく)Webエンジニアにとっての「正解」を示してくれる存在として扱われてきた側面があるように思う。「CTO」や「技術顧問」が一部で“ブーム”と揶揄されたのは、少なからずそうした盲目的な追随があったからではないだろうか。

本来、伊藤氏から学ぶべきは絶対的な「正解」などではなく、「正解」などないという前提に立った手探りの歩き方そのものだったろう。

「とりあえず触ってみる」、「とりあえず作ってみる」ことができるエンジニアという職種は、元来そうしたキャリアの築き方がしやすい職業。そうやって手探りで歩いていく中で、自分なりの審美眼というものも磨かれていくはずだ。

その意味では未来は非常に明るいもののようにも思える。誰かが示すロードマップ以外に「正解」のない世界よりも、この先の世界はよっぽど、エンジニアにとっての喜びに満ちているような気がする。

>>【キャリアごはんvol.4レポ】の後編はコチラ

取材・文/鈴木陸夫 撮影/金原侑香

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