あの企業の開発環境を徹底調査!Hack the Team
エンジニアが働く上で気になる【開発環境】に焦点を当てた、チーム紹介コーナー。言語やツール類を紹介するだけではなく、チーム運営や開発を進める上での不文律など、ハード・ソフト面双方の「環境づくり」について深掘りしていく。
あの企業の開発環境を徹底調査!Hack the Team
エンジニアが働く上で気になる【開発環境】に焦点を当てた、チーム紹介コーナー。言語やツール類を紹介するだけではなく、チーム運営や開発を進める上での不文律など、ハード・ソフト面双方の「環境づくり」について深掘りしていく。
エンジニアのような専門スキルを武器に仕事をする人たちにとって、「スペシャリスト」は一度は憧れたことのあるポジションだろう。誰もが頭を悩ます課題をコードで解消し続け、周囲にすごい!と言わしめる。そんな仕事人生を全うできたら、これほど楽しいことはない。
海外の大手テクノロジー企業は各種スペシャリストを破格の待遇で雇う傾向がある一方で、日本企業では「スペシャリスト=職権の限られた一専門職」扱いというところも。ビジネスそのものをけん引するのはディレクターやプロダクトオーナーであるとされ、収入面でも彼らの方がよかったりする(※参照記事)。
結果、経営者や開発チームのマネジャーは、「実力のあるエンジニアから辞めていく」という悩みに直面してしまうのだ。
また、そもそも図抜けた技術力で“宮大工”として認められるようなエンジニアは、全体の1%いるかいないかという希少な存在でもある。大多数の凡人にとって、「コードだけで食っていく」というのは幻想でしかない。
それでも、社内に際立った実力を持つエンジニアがいた場合、企業はどう処遇すべきなのか。そして、社員のキャリアパスに多様性を生む意味でも、“宮大工”となる可能性を持つエンジニアにどんな役割を託すべきなのか。
この問いに対する一つの答えとして、クラウド会計ソフト『freee』などを開発・運営しているfreee株式会社が始めた「巨匠システム」を紹介しよう。
「巨匠システムの構想が生まれたのは2015年の夏。開発チームの人数が40人を越え始めたのがこのころです。人数が増え諸々の組織整備を進めていく中で、エンジニアにマネジャー以外のキャリアパスも作りたいと考えていました。とはいえ、ただ専門職コースを作るだけでは面白くない。そこで思案したのが、『期間限定のスペシャリスト待遇』なんです」
こう語るのは、freeeのCTO横路隆氏だ。
もともと同社は『majikachi(マジカチ)』と呼ばれるポリシーを重視しており、あらゆる仕事で「それはユーザーにとってマジで価値があると信じられるか?」と問い続けることを全員に課している。エンジニアのキャリアパスを検討・整備する際も、社員の選択肢を増やすだけでなく、「ズバ抜けた技術力を持つ人がユーザーに良い影響を与えるとはどんな状態なのか?」を徹底的に議論したという。
そうして生まれたのが、以下のようなユニークな仕組みだ。
■ その技術力で「freeeに絶大なインパクトを与え得るエンジニア」を、チーム内投票で選出する
■ 投票で選ばれた「巨匠」は1カ月間、通常業務から離れ自由を与えられる
■ 巨匠は、期間内でサービスや会社に「非連続な成長」をもたらす施策を考え、実行するのをミッションとする
■ 期間終了後、その結果を全社へフィードバックする(ここで“巨匠タイム”は終わり、再び通常業務に戻る)
つまり、エンジニアたちが「スペシャリストとしての仕事ぶりを見てみたい」と思う敏腕エンジニアを期間限定の専門職として優遇し、その人に日ごろの開発業務では手の付けにくい課題を解決してもらうのだ。
「freeeで言うところの『巨匠』とは、専門職というより一般企業のフェロー(特別研究員)に近いイメージかもしれません」と説明するのは、初代巨匠を務めたソフトウェアエンジニアの寺島有為氏。2015年3月にfreeeに中途入社する前は、Google JapanでGoogle Mapsの開発などを行っていた。
転職後は会計アプリの開発チームに所属し、約半年でシステムのミドルレイヤーやローレイヤーに手を入れながら高速化を実現するという成果を挙げたことで、初代の巨匠に選ばれた。
「エンジニア仲間から選出されたのは純粋にうれしかったですが、選ばれた時点では『とりあえず1カ月で絶大なインパクトをもたらす』ということくらいしか決まっていなかったんですね。そこで、まず『巨匠システムとは何を行う制度なのか?』という部分から要件定義をしてみようと、横路と議論を重ねることにしたんです」(寺島氏)
そこで固まったのが上記の仕組みであり、「後はやりながら考えよう」と動き始めた。
寺島氏が実際に巨匠システムを利用していたのは昨年12月の1カ月間。この際、「期間内でサービスや会社に非連続な成長をもたらす」というミッション以外にも、2つの個人目標を掲げていたそうだ。それは
というもの。
「プロダクト視点での改善や新機能開発は通常業務でやっているので、私はより技術的な視点で潜在的な課題を発見し、解決に向けた開発に取り組もうと思っていました。狙っていた反響は『へー』より『Wow』(笑)。とにかく他のエンジニアに強烈なインパクトを残すような開発がしたい、と考えていました」(寺島氏)
期間中はひたすら現行システムの詳細を調べながら課題の洗い出しとプログラミングを続け、自宅でも会社と遜色のない業務がこなせるよう環境を整備。初回の制度運用ということで、一部どうしても調整できなかった定例ミーティングなどには参加していたそうだが、それ以外の時間はほぼすべてを調査とコーディングに費やした。
朝起き掛けに課題解決のアイデアを思い付いたら、開発チームが日々やっている朝会にも参加せず自宅で開発に臨むような毎日。その結果、寺島氏はfreeeが当時まだ活用しきれていなかった機械学習の独自フレームワークを作り上げた。
(※編集部注:その後、freeeは2016年6月にAIによる自動仕訳の特許を取得している)
“巨匠タイム”を終えた際の感想を寺島氏に聞くと、「正直、私の力不足もあって非連続な成長をもたらすほどの変化を生み出すには至らなかった」と悔しがる。
それでも、収穫がなかったわけではない。この時期に取り組んだフレームワーク開発の詳細や、その際に思い描いていたfreeeの未来像について全社員にプレゼンするというアウトプットを経て、気付いたことがたくさんあったという。
「中でも一番大きな気付きは、『非連続な成長』にはいくつかのティッピングポイントが必要で、その『点』を生み出すには技術だけでなくプロダクト・チーム・ビジネス面についても深く考えないとダメだということです。それらを真剣に考え抜くには、やはり通常業務から一歩離れてみる期間があった方がいい。そういう仕組みを作るという意味では、初代の巨匠としてやるべきことができたんじゃないかと思っています」(寺島氏)
この点については、CTOの横路氏も「ゼロイチで何かをやるには、期間を決めて取り組むのが効率的」と感じているそうだ。そして、寺島氏が話す「変化へのティッピングポイント」を生み出すための試行錯誤こそが、スペシャリストのやるべき仕事だと同調する。
単なる「専門バカ」ではダメ。さまざまなリソースが足りない状況でも、技術面の飛躍によって変化を生み出すのが「巨匠」であり、スペシャリストの本質的な役割ということだろう。
すでにfreeeでは二代目の巨匠を選ぶ投票を終えており(社内随一のDBスペシャリストが選ばれたそうだ)、横路氏と寺島氏2人と話し合いながら次の展開を検討している。「数をこなしていけば、『非連続な成長』を生むためのカギも見えてくるかもしれない」と寺島氏は期待を寄せる。
技術一本で勝負したいという志向のエンジニアにとっても、巨匠システムのような取り組みは「キャリアの次の一手」を探る良い機会になるだろう。
あなたの会社でも、時間と環境が許す限り、参考にしてみてはどうだろうか。
取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/竹井俊晴
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