シンギュラリティ・ソサエティ 代表理事
中島 聡さん(@snakajima)
Windows95のアーキテクトとして知られるソフトウェア・エンジニア。 Microsoftを退職後、ベンチャー企業を複数立ち上げ、売却に成功した経験をもつ起業家。 現在は、シリコンバレーのmmhmmで投資家兼エンジニアとしてシアトルやハワイからリモートで働く。 メルマガ「週刊 Life is beautiful」を毎週火曜日に発行。 工学修士(早稲田大学)、MBA(ワシントン大学)
【中島 聡&高橋 健】 “新しい戦争”で脅かされる世界平和、エンジニアがテクノロジーの力でできること
破壊された街や引き裂かれる家族、爆撃に巻き込まれる市民……ロシアのウクライナ侵攻にまつわるニュースを目にするたび、いたたまれなさやもどかしさを感じる人も多いはず。
この状況に対して、エンジニアだからこそできる貢献のかたちがあるのではないか。テクノロジーの力で、少しでも世界を平和にできるのではないかーー。
そんな思いの下、2022年4月16日~17日に『ピースハッカソン』(主催:レッドインパルス株式会社、一般社団法人シンギュラリティ・ソサエティ)が開催された。
このハッカソンで審査員を務めたのは、エンジニアで起業家の中島聡さん。開発サポーターは、電通大発のITベンチャー、レッドインパルス代表取締役の高橋健さんらが務めた。
開発のテーマは「(東ヨーロッパでの軍事行動などに関して)世界平和のためにテクノロジーでできること」。一体どんなアイデアが生まれたのだろうか。
レッドインパルス株式会社 代表取締役
高橋 健さん(@takahash_k)
電気通信大学在学時にレッドインパルス株式会社を創業。フューチャーアーキテクトに新卒で入社。その後、退職し、レッドインパルスの代表に復帰。サーバー、フロントエンド、アプリ、の開発に幅広く対応し、0→1の開発を得意とする。エンジニアを世の中に増やすために、ハッカソンの企画や、エンジニア向けYouTubeチャンネルなども行う。
得意分野:JavaScript、TypeScipt、Go、React、Next.js、React Native、Firebase、設計全般
SNSの活用、民間企業の経済制裁…新しい戦争が生まれた
――今回のロシアによるウクライナ侵攻を、中島さんはどのように見ていましたか?
中島:これまでの戦争とは違う、“新しい戦争”が起きている、そう感じました。
今回の戦争には、一般市民が戦争に直接的、間接的に関与しています。例えば、SNSを使った情報の拡散。今どこで何が起きているか、市民の発信によって知ることができます。
そして、ウクライナの副首相兼デジタル相がTwitterを使ってイーロン・マスクに直接交渉し、『Starlink』(衛星インターネットサービス)による支援を求めたことも話題になりました。こういった動きは、20世紀の戦争ではあり得ないものでしたよね。
@elonmusk, while you try to colonize Mars — Russia try to occupy Ukraine! While your rockets successfully land from space — Russian rockets attack Ukrainian civil people! We ask you to provide Ukraine with Starlink stations and to address sane Russians to stand.
— Mykhailo Fedorov (@FedorovMykhailo) February 26, 2022
他にも、VisaやMasterCardがロシア国内でのカード決済事業を止めたり、Googleマップ上のロシア軍基地を高精細で見られるようにするなど、民間事業者がさまざまなかたちで制裁を加えている。
武力でウクライナ側に加担するのではなく、サービスの撤退やデータの提供などを通して、「軍事力で弱い国を攻撃しても、何一つメリットはない」というメッセージを伝えています。
さらに、テクノロジー業界にいる人たちによる意思表明や、行動も目立つ。例えば、ウクライナ側はボランティアでハッカーを募り、ロシアにサイバー攻撃を仕掛けました。
この事例だけ見れば賛否両論あるでしょうが、テクノロジー業界にいる人たちが「世界平和のために自分にも何かできないか」と考えて行動を起こしていること自体はポジティブな動きだと僕は思います。
今回、私たちが開催した『ピースハッカソン』もこのような流れの中で開催にいたりました。
中島:人間は一人では何も成し遂げられないけれど、人とアイデアを出し合い、協力するうちに、優れた取り組みを生み出すことができる。
たった2日間のハッカソンでウクライナに平和をもたらすのは難しいけれど、何か一つでもキラリと光るアイデアが出てきたら、これからの世界を少し平和に近づけられるかもしれない。
そういう思いでレッドインパルスの皆さんとこのハッカソンを企画しました。
――『ピースハッカソン』では、どのようなアイデアが生まれたのでしょうか?
高橋:参加してくださったチームはいずれもすばらしいアイデアを出してくれました。
例えば、あるチームは破壊された街をゲーム『Minecraft』上で復興させ、土地や建物をNFTマーケットで売買し、利益の一部を現実世界の復興資金に充てる「Game Change」という作品を発表。
一般の人でも気軽に復興支援に関わることができる点で、将来的に広がりのあるアイデアだと感じました。
――中島さんの印象に残っている作品は?
中島:どれもいいアイデアでしたが、あえて一つ選ぶなら「ピースマップ」という作品ですね。
これは、自分がいる地域が攻撃を受けた際に、マップ上に「危険ピン」を登録することで、危険地域を視覚的に示すサービスです。
ピンは時間経過で色が変わるため、どの地域が今まさに攻撃を受けているのか、あるいは比較的安全なのかをビジュアルで確認でき、避難の効率を上げられるメリットがあります。
高橋:他には、「ウクライナ侵攻に関するまとめサイト」を作った学生チームがありました。この作品はその名の通り、ウクライナ侵攻に関して信頼性の高い情報をキュレーションするサイトです。
――今後、これらのアイデアがビジネスとして育っていく可能性はありますか?
中島:現在のアイデアにもっと違う要素も組み合わせれば、ビジネスとして育つ可能性は十分あると思います。
例えば、先ほどあげた「ピースマップ」なら、「危険ピン」の対象を戦争に限定せず、地震や台風などの自然災害にまで広げたらどうかという話をしました。
今も地震情報をTwitterに書き込んだり、その情報を頼りにして避難したりする人は少なくありません。ただ、Twitterにはどうしてもノイズが混じるし、政府や自治体から情報が届くまでには時間がかかる。
そこで「ピースマップ」のような専用SNSを提供し、まとめサイトの要領で(=投稿数などの指標で)信頼性を担保すれば、避難の効率が上がったり、現地の人同士で助け合えたりするかもしれないな、と。
かつ、情報発信者に対してメディアが簡単に取材交渉や情報の引用依頼ができたり、情報提供料の支払いができるような機能もあるといいよね、というような話も出て。
機能を充実させて活用範囲を広げれば、「ピースマップ」は充分にビジネスとして成り立つ可能性があると思い、実際にプロジェクト化して開発を進めようとしています。
Nouns DAOで世界平和のためのオンライン映画祭を企画
――今回のウクライナ危機を受けて、ハッカソンの他にお二人が取り組んだことはありますか?
中島:ブロックチェーンを用いた意思決定組織であるDAO(Decentralized Autonomous Organzation、自立分散組織)の一つに所属し、世界平和のためのプロジェクトを立ち上げました。
少し長くなりますが、いきさつをお話しします。昨今はNFTが注目を集めていますよね。NFTアートが投資対象になったり、ファンコミュニティーができたり。
私もエンジニアなのでNFTの仕組みは知っていましたし、その周辺で盛り上がるムーブメントについても興味深く注視していました。
そんな中で注目に値すると感じたのが、DAOという組織のあり方です。DAOには“中央”がありません。
参加者すべてが決定権を持ち、組織の方向性を決めていきます。まあ、実際には、DAOとは名ばかりの詐欺グループもあれば、技術的に失敗したところもありますが……。
そうした失敗例を除けば、とても面白い動きで、もっと深く知りたいと感じたんですね。
知りたいのであれば、飛び込んでみるしかない。そこで私は、DAOの“完成形”と呼ばれるNouns DAOに所属してみることにしました。
Nouns DAOの仕組みはこうです。まず、24時間ごとに「Noun」と呼ばれるNFTが自動生成されます。この「Noun」を購入することで、DAOのメンバーになれるわけですね。
ちなみに、現在の「Noun」の価値は1体3000万円ほど。「Noun」の売上は全額がDAOのTreasury(金庫)に入り、その使い道をメンバー間の投票で決定します。
自分でプロジェクトを立ち上げることもできるため、今回のハッカソンで生まれたピースマップをブラッシュアップしたアイデアもNouns DAOに提案しました。
また、Nouns DAOの資産は日本円にして70億円相当あり、さまざまなプロジェクトを進めるには充分な資金力です。
設立者には10体に1体のNounが報酬として付与されるため、DAOの価値が高まれば設立者の資産も増えることとなり、エンゲージメントを高める仕組みになっています。
私はこのNouns DAOで、オンラインのアートフェスティバル『Nouns Art Festival』の開催を提案しました。
NounsDAO に参加して第一弾のプロジェクトとして立ち上げた「Nouns Art Festival」の正式ローンチです。賞金も出ますので、たくさんの方のご応募をお待ちしています。また、スポンサーも募集していますので、スポンサーシップに興味のあるかたはDMを下さい。@nounsfeshttps://t.co/grVpbPnu5P pic.twitter.com/1BciB0FaEG
— Satoshi Nakajima @NounsDAO ?? (@snakajima) April 30, 2022
今の若い人たちが親しんでいる、YouTubeやTikTokにあるような短い動画を対象にした映画祭のようなものができないかと思いまして。
こうした新しいプラットフォームの作品は、既存の枠組みでは評価されづらいところがある。けれども、中にはとても心動かされる作品もあるんです。
こうした作品を応募してもらい、作り手に賞金を出すことによって文化を活性化させられるのではないか。そこで「世界平和」をテーマに据えるなどして、映像の力で世の中を変えるきっかけがつくれるのではないか。そう考えたのです。
そして、「Nouns Art Festival」のアイデアは無事に可決され、予算を得ることができました。一人でもこうしてプロジェクトを立ち上げられ、予算を獲得できたのはDAOの存在があったことが大きいですね。
今後、Web3.0の世界が広がっていくにつれ、同じようなムーブメントが他のエンジニアにも伝播すれば、きっと世の中はより良くなっていくのではと期待しています。
エンジニアを育成することは、「世界をより良くすること」につながる
――高橋さんは、今回のハッカソン開催に加え、何か取り組んでいることはありますか?
高橋:テクノロジーの力で世界平和に貢献できるエンジニアを育てて輩出していくことですね。長い目で見てエンジニアの数が増えれば、その分、テクノロジーが介入できる領域もますます広がりますから。
高橋:先ほどの中島さんのお話にもつながりますが、これまでのテック業界では、未経験者や学生がプロダクト開発に携わるのはどうしても難しい面がありました。ある程度の経験を積み、ある程度の立場を得て初めてオリジナルのプロダクトを作れる、みたいな。
そこをNouns DAOのような組織が後押しすれば、少なくとも資金面の課題はクリアでき、思いとほんの少しの技術力さえあれば、誰でも世界をより良くするようなプロダクトを作れる社会になっていく。これって、とても理想的な未来だと思うんですね。
そして、その動きを加速させるためには、エンジニアをはじめ、「技術があれば、何かを変えられる」という原体験を持っている人たちが増えていくことが大事。ハッカソンは、そんな原体験を作り出せる最良の場だと感じています。
「どんなものを作りたいか」目的から手段を考える
――世界平和に貢献したくても、テーマが大きいがゆえに何からすればいいのか分からず、最初の一歩を踏み出せずにいる人もいると思います。
中島:私からのアドバイスはシンプルで、まずは作りたいものを作ってみては? ということ。
影響範囲が大きいとか小さいとか始める前に考えるより、心の赴くままに行動すればいいんですよ。どんな大きな芽も、最初は小さな種から育っていくものですから。
少し話は逸れるかもしれませんが、私のもとにはよく「エンジニアになるためには、どのような勉強をしておくといいですか?」「どの言語を覚えるのがおすすめですか」という質問が寄せられます。
でも、これって目的と手段がひっくり返っているんですよ。本来のエンジニアリングは、作りたいものがあり、それをどう実現していくのかプロセスを考えるもの。
例えばiPhoneアプリを作るにしたって、関連するAPIはごまんとあり、闇雲に学べるような領域ではありません。
けれど、「どんなものを作りたいか」があれば、必要なものと不必要なものを自然とふるいにかけられるし、結果として効率的に学べます。本来はこういう物事の進め方が理想的なのではないかと。
ですから、「社会貢献をしたい。けれども、何をすればいいんだろう?」と悩んでいるのはナンセンスです。小さくてもいいからとにかく「こんなものがあったらいいな」と思うものを作り出してみること。
まずは動き出さないと、物事を発展させるためのアイデアも湧かないし、協力してくれる人も集まりません。繰り返しになりますが、「何かしたい」思いがあるなら、まずは手を動かしてみることです。
高橋:ハッカソンの意義も、そこにありますよね。目的もなく漫然と勉強していると、どうしてもダレてしまって、成長がにぶってしまう。
高橋:そこでハッカソンに参加し、ごく短い期間で何かしら作りたいものを形にしてみる。その過程で良いアイデアが生まれるかもしれないし、参加者同士で横のつながりもできる。
中島:そうなんです。だからこそ、まだ作りたいものがない、何をすればいいか分からないと思う人には、ハッカソンなどに参加して「とにかく手を動かす」体験をしてほしい。
日本人を見ていると、手段を目的にしてしまっている人がが少なくないように感じます。起業すること、それ自体を目的にしてしまうケースもよく見かけますね。とりあえず親しい友達と集まって、「会社を作りたいね。でも、何をしよう?」って悩む感じで。
本来エンジニアは、「こういうものを作りたい」「こういう世界を作りたい」というビジョンありきで動くべき。実際、そうやって動き出した人が、世界的なサービスを生み出しているし、社会への影響力の大きな企業を育てていると思います。
――打算的になりすぎるより、自分の心に素直になってものづくりをする方が、かえって大きな利益を後で得られることも多そうですね。
中島: そうですね。マーク・ザッカーバーグやスティーブ・ジョブズなんかは、とてもいい例ではないでしょうか。
作りたいものや、作りたい世界があり、それらを実現するために熱中してものづくりをしているうちに、志に共感してくれる仲間が次々と集まってくる状態。
あと、人って楽しいことじゃないと長続きしないじゃないですか。だから、「世界平和のために何かやりたい」と言ったって、それ自体を目的にしてしまったり、理屈で考えて全く興味のないつまらないことを始めても最終的に長くは続かないわけです。
私の場合、世界平和のためのオンライン映画祭を企画したと先ほどお話ししましたが、それも動画や映画が好きだからこそ思い付いたアイデア。自分が好きだからこそ、大変なことがあっても続けられるイメージが湧きました。
高橋:エンジニアが自分の「できること」「好きなこと」を生かし、テクノロジーの力で「社会のニーズ」を満たしていく。その先に、より良い世界がある気がします。
中島:まさにそうですね。私も一人のエンジニアとして、作りたいものはどんどんカタチにして世の中に送り出していきたいと思います。
取材・文/夏野かおる 中島聡さん写真/2018年、竹井俊晴撮影 高橋さん写真/ご本人提供
※取材はオンラインで実施
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