#モブプログラミングとは?
「モブプログラミング」(以下、モブプロ)とは、3名から5名程度のエンジニアが1つのモニター、1つのPCを共有して行う開発手法。具体的には実際にコードを打ち込む「ドライバー」役が1人、それ以外は指示を出す「ナビゲーター」役となり、意見を交わしながら開発に取り組む。ドライバーは数十分おきに交代し、モブプロへの途中参加も途中退出も自由。もし作業中に問題が生じれば、その都度話し合って解決するため、手戻りが少なく、短時間でプログラミング品質の向上が見込める。モブプロの発祥は、2012年頃からこの手法で開発に取り組むアメリカのHunter Industries社で、2017年ごろから日本でも普及し始めた。
「挫折した人にも読んでほしい」日本の第一人者に聞く、「モブプログラミング」の魅力とは?
2019年2月、「モブプログラミング」をテーマにした翻訳本、『モブプログラミング・ベストプラクティス』が発売された(原著はマーク・パール氏による『Code with the Wisdom of the Crowd』)。同書の解説を担当した楽天の及部敬雄さんは、日本におけるモブプログラミングの第一人者として知られる人物。モブプログラミングの具体的な手法については、同書をお読みいただくとして、今回は及部さんにモブプログラミングの魅力や本書の読みどころなどについて聞いた。
お試しのつもりが、2日間でプロトタイプが完成
現在、楽天で新規事業の開発部署に所属している及部さんが「モブプログラミング」という言葉を知ったのは2015年頃のことだった。
「モブプログラミングという言葉を最初に耳にしたのは、Hunter Industries社のWoody Zuillさんが、モブプロについて盛んに情報発信をし始めた2015年頃だったと思います。当時はあえてモブプロをやる必然性があまり感じられず、すぐに手を出そうとは思いませんでした」
そんな及部さんのモブプロ初体験は17年の5月初旬。同じ年の4月に開かれた『Agile Japan 2017』で、モブプロのワークショップを体験したメンバーに誘われたことがきっかけだった。
「ゴールデンウィーク明けに次の新規プロジェクトのキックオフが控えていたので、じゃあPoC(概念検証)がてらモブプロを体験してみようかと。それでメンバー4人、連休の中日に集まってやってみたのが最初です」
当初は興味本位で実験をしてみただけだったが、モブプロの効果は想像以上だった。わずか2日間で初期プロトタイプが完成し、休暇明けの3日後に予定されていた新プロジェクトのキックオフ当日までに、社内の想定ユーザーからのフィードバックを加味した改良版のプロトタイプまでつくり終えてしまったからだ。
「ゴールデンウィーク前には簡単な企画書しかなかったのに、キックオフ当日にはある程度磨き込んだプロトタイプができていたので、ビジネス側のメンバーはとても驚いていましたね。モブプロをやってみた感想は、“楽しかった”の一言です。みんなでワイワイ言いながら開発していると、1人でプログラミングしているときには味わえない楽しさや達成感がありました」
事前に準備したことといえば、Woody Zuillさんがまとめた資料に目を通し、ソファー席と大型モニターのあるオープンスペースを押さえただけ。それでも上手く機能したのは、チームの状況やメンバー同士の関係が、比較的良好だったからだと及部さんは感じている。
「実はモブプロをやると、メンバー間のコミュニケーション密度がグッと高まるので、チームの現状があらわになるんです。あまり仲の良くないチームだと、ネガティブ発言が続いたり、先輩に気を使って意見もアイデアも出ず、機能しなかったりするのですが、逆に以前から関係が良好なチームだと最初からうまくいきやすい。そういう意味でモブプロはチームの現状を示す『リトマス試験紙』のようなところがあるのではと思います」
分担作業が「最も効率的」なのは本当か?
一方、モブプロの効果に懐疑的な人には「大勢で1つの仕事に取り組むのは非効率」という意見が根強くあるのも事実。分担すれば複数のタスクを同時に消化できるから、というのがその理由だが、及部さんは「分担作業がどのような場面でも効率的」という考え方には疑問を持っている。
「確かにリソース効率を考えるとモブプロは非効率的に見えます。でも仮にうまくリソース配分ができたとしても、1人で開発していると、想定外の問題にぶつかって長時間手が止まることはよくあります。また、分担作業の前後で認識合わせや品質確認、修正作業に多くの時間を費やしていることを考えると、果たして分担作業が効率的かどうか、疑問と言わざるを得ません」
モブプロを否定的に捉えている人はリソース効率を注視するあまり、この点を見過ごしていると及部さんは指摘する。
「モブプロ中は、常にメンバー間でコミュニケーションを取っているので、あえて認識合わせのために時間を割く必要もありません。また参加者はチームに貢献することを前提に参加しているので、問題が起きても1人で抱え込む必要もない。何より開発に集中できるし、開発の流れが停滞しにくいというメリットもあります。つまりモブプロはリソース効率よりもフロー効率を重視した開発スタイルなんです」
しかし、どんな仕事もモブプロが適しているかといえばそうではない。例えばデータの抽出作業のような誰がやっても結果が変わらない作業など、定型業務一般にモブプロを適用すると「かえって非効率になる」場合もある。
「全てをモブプロでやる必要はありませんし、分担作業の方がうまくいく場合もあります。要は使い分けなんです。チームに1人でもやりたくない人がいたら無理強いしないことも大事な点です。モブプロは生産性を高める有効な手法ですが、人間関係を壊してまでやるものではありませんから」
現在、及部さんたちのチームは、モブプロの元祖であるHunter Industries社のエンジニアたちと同様、基本的に終日モブプロで開発に携わっている。ただ、ソフトウェア開発に加え、顧客への提案資料づくりなどもチーム単位で行っているため、自分たちの仕事のやり方をモブプロではなく「モブワーク」と呼ぶことが多いという。
「モブワークを取り入れているのはIT企業だけでも、エンジニアだけでもありません。会社によっては総務や人事部門の方のなかにモブワークを実践されている方々もいらっしゃいます。モブワークを試すのに必要なものは、大型モニタを備えた会議室とPCだけですし、厳格なルールもありません。やってみなければ分からないことも多いので、エンジニアに限らず、さまざまな職種の方々に試していただけたらと思っています」
「モブプロを挫折した人にも読んでほしい」
ここで改めて『モブプログラミング・ベストプラクティス』の解説を務めた及部さんに、どんな人に読んでほしいか聞いてみた。
「私のブログも含め、最近モブプロに関する日本語の情報を目にする機会が増えています。でも、書籍としてまとまったものは、今のところこの本以外にありません。モブプロについてご存じない方はもちろん、一度、モブプロを経験したけれどうまくいかなかった方、もしくは何度かやってみたけれど辞めてしまった方にも、是非読んでいただければと思っています」
挫折してしまった人にも読んでほしいのは、モブプロがうまくいかなかった原因やその対策についても言及しているからだ。
さらに及部さんは「エンジニアリングチームをリードする人にこそ本書をお勧めしたい」と言う。
「モブプロはチームで意見を交わしながらプログラムを書いていきます。これはコーディングと品質チェックを同時に行っているようなものなので、改めてコードレビューのために時間を割く必要はありません。それに経験の乏しいエンジニアにとってみれば、複数の先輩エンジニアの技を間近で見られるので、絶好の学びの機会にもなります。ですからコードレビューやメンバー教育に忙殺され、開発する時間が取れないチームリーダーにも是非読んでいただき、モブプロを実践して貰えたらと思っているんです」
及部さんは、モブプロ、モブワークの重要性を理解した結果「自分たちがいかに『誰と働くか』を大事にしているかが良く分かった」という。今後はこうした活動を通じて「最強のチームをつくりたい」と考えている。
「『あのエンジニアを尊敬する』とか『このCTOのもとで働きたい』という話は聞いても『あのチームに入りたい』という話はあまり聞きません。いつか自分たちのチームをそんなふうに思って貰えたら嬉しいですね」
モブプログラミングは「単にソフトウェア品質向上のための手段だけでなく、チームビルディングやチーム運営の新たな可能性を開く可能性がある」と及部さん。
本書はモブプロ新規参入組はもちろん、挫折組にとっても有益な情報がまとまった貴重な一冊だ。ぜひ本書を通じてモブプロの魅力を感じ取ってほしい。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太
モブプロを初めて知った人はもちろん、導入したい人から、もっとうまく活用したい人、始めたけれど挫折してしまった人まで、あらゆる段階の開発者に向けた一冊。
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