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「週休3日・下限年収1000万」採用ツイートが話題に! “日本のエンジニア安く買い叩かれ過ぎ問題”に一石を投じた起業家の願い

働き方

    最近、こちらのツイートを目にした人は多いのではないだろうか。


    先日、Twitterで無人コンビニサービスを手掛ける600(ろっぴゃく)株式会社の代表、久保渓さんの人材募集ツイートが話題になった。7月6日から1週間足らずの間に投稿した一連のツイートは、累計で8万以上のリツイート、20万を超える「いいね」を集め、久保さんのアカウントに集まった応募DMは700通を超えた。

    多くの人たちが注目したのは、「週休3日制」「エンジニアの下限年収1000万」という破格の待遇だったが、ツイートをよく読むと、採用基準は決して低くないことが分かる。久保さんは一体どんな目論見でこれらのツイートを投稿したのだろうか。ご本人に話を聞いた。

    600株式会社 代表取締役 久保 渓さん(<a href='https://twitter.com/keikubo' target='_blank' rel='nofollow noopener noreferrer'>@keikubo</a>)

    600株式会社 代表取締役 久保 渓さん

    1985年、長崎市生まれ。高校卒業後、米国Carleton Collegeに進学。政治科学とコンピューター科学のダブルメジャーで卒業。2008年にIPA未踏事業に採択され、同年、Webサービス売却を経験。10年3月にサンフランシスコで fluxflex, inc.(フラックスフレックス)を創業。 12年帰国。13年5月にウェブペイを創業し、クレジットカード決済サービス『WebPay』をリリース。15年2月にLINEの傘下となり、15年3月からLINE Payの立ち上げに参画。17年5月、LINE Payが国内3000万ユーザーを突破したのを区切りとして退職。17年6月に 600(ろっぴゃく)を創業。現在は無人コンビニ(自販機)サービスを提供している

    想像を超える程の大反響。応募者の“質”はどうだった?

    久保さんは、日米で4社の起業と2度の事業売却を経験した連続起業家だ。現在は自ら代表を務める600で、飲み物や軽食、文房具、雑貨などをキャッシュレスで気軽に買えるオフィス向け無人コンビニ『600』を提供している。

    「今年の1月と3月に総額4億円の資金調達ができたこともあって、約1年ぶりに全職種の採用を復活することにしました。以前の採用ではWantedlyやMediumといったウェブサービス経由で、多くの方にご応募いただいた経験があったので、まずは自分のTwitterアカウントで告知をすることにしたんです」

    600株式会社 代表取締役 久保 渓さん

    「オフィスコンビニ『600』には、お弁当や日用品まであらゆるカテゴリの商品を最大“600品”も置くことができるんですよ」

    そこで7月9日から投稿を始めると、エンジニア向けにつぶやいた11日の投稿には、500を上回るリツイートと、1200を超える「いいね」がついた(下記参照)。しかしその後、久保さんは、この反響はあくまでも序章に過ぎなかったことを知る。

    「その後に投稿した『週休3日制』をテーマにしたツイートには、なんと8万を超えるリツイートと20万を超える『いいね』がついたのです。採用告知なので、話題になるような投稿でないと意味がないとは思っていましたが、まさかここまでの反響があるとは思っていなかった。正直言って戸惑いましたね(笑)」

    結果、久保さんのアカウントには700通を超えるDMが殺到。およそ8割弱が営業やビジネスデベロップメントへの応募で、残りの2割がエンジニア、CFO候補への応募が10名弱だったと言う。

    「Twitterのポテンシャルを見くびるつもりではなかったのですが、反響の大きさには改めて驚かされました。ただ、同時に『勤労意欲の乏しい人や、お金目当ての人ばかりだったらどうしよう……』と、当初は不安も感じていたんです(笑)」

    しかし、その不安は良い方に裏切られることになる。

    「すでにエンジニアを中心に、30名ほどの方とお会いしたところ、採用できる人数が限られているのが申し訳なくなるほど、どの方も能力が高くて人柄も申し分ない人たちばかりでした。応募全体で見ると、応募者の年齢は、インターン希望の大学生から50代のベテランまで幅広く、また、女性からの応募が4割を占めていて、他の求人媒体とは違い広い層にリーチできたと感じます。

    当初は軽い気持ちの応募が多いと予想していましたが、皆さんツイートを見た後にしっかり募集要項を読み込んでくださっていて、“真剣に”転職先候補として考えてくださっている印象を受けました」

    日本のエンジニアを取り巻く環境は“過渡期”である

    とはいえ、反響が大きかった割に、エンジニアの応募は全体の2割、70名ほどしかいなかったというのは少ないように思えてならない。しかし久保さんは「これだけでもかなり凄い数」だと評価する。その理由は次のツイートを見れば分かるだろう。

    「当社が求めるエンジニアは、実務レベルの能力が高いこともさることながら、数学やコンピューターサイエンスの素養をお持ちの方です。日本で採用するとなると、それだけでも条件は厳しいのですが、さらに当社が掲げる6つのバリュー(上記ツイート参照)にフィットしているかも問うので、採用候補の母数は決して多くありません。ですから応募者のうちの半分でも、1/3でも選考基準を満たしている方に出会えるのであれば、決して少なくないと思っています」

    加えて久保さんがツイートにあえて「下限年収1000万」と書き添えた理由には、「エンジニアの能力と報酬について、議論が巻き起こればいい」という思いもあったと明かす。

    「世界的に見ても、日本のエンジニアの年収は決して高くありません。日本企業では経験の浅いエンジニアと、トップクラスのスキルを持つエンジニアが一緒くたのように扱われているケースが目立ちます。本来、コンピューターサイエンスの素養を持ち、経営のあるべき姿を理解して、ビジネスインパクトの高い仕事ができるエンジニアは、そうでないエンジニアに比べて5倍以上の報酬を得たとしても不思議ではないはず。ですが、日本ではそこまでの差がついていないのが現状です。

    600株式会社 代表取締役 久保 渓さん

    もしそれが、日本から世界を変えるようなサービスが生まれない状況の一因だとしたら、変えるべきなのは言うまでもないでしょう。事実、能力と報酬の関係に不満やギャップを感じているエンジニアは増えてきています。一方で、日本でもテックカンパニーを中心に、『優れたエンジニアには高い報酬で遇すべきだ』という流れができつつあり、今は丁度その過渡期。だからこそ、あのツイートが多くの人の心に刺さったのではないでしょうか」

    慢性的なエンジニア不足のなか、今後エンジニア自身が自らの能力開発と評価に対してもっと敏感になれば、人材流動性が高まるだろう。そうなれば、彼らを適切に遇することができない企業からエンジニアが離れていくのは明らかだ。

    「能力の高いエンジニアを自社につなぎ止めようと思ったら、企業は常に従業員のポテンシャルやスキルを最大限発揮できる環境を、維持し続けなければなりません。評価する側・される側にもある種の緊張感が問われますが、質の高いサービスを作り上げるには必要不可欠なことだと感じています」

    “柔軟性”を鍛えるため、時には「バイトリーダー」に

    久保さんが指摘するように、今が日本のエンジニアを取り巻く環境が変わるための過渡期だとすると、今後エンジニアは何を大切にしてキャリアを積むべきなのだろうか?

    「最近はあまり聞かなくなりましたが、ついこの間まで『エンジニア35歳限界説』なる通説が幅を利かせていた時代がありました。『30代以降は開発よりマネジメントに携わるべき』というステレオタイプがある種の説得力を持っていて、実際に盲信する人も多かった。でも今は、エンジニアが目指すべきロールモデルは多様に存在しています」

    開発経験を生かしてCTOやVPoEとしてマネジメントに携わる道がある一方、年齢にかかわらず、開発現場の一線でコードを書き続ける道も開けている。エンジニア自身が経営者としてビジネスを興すことも珍しくなくなった。技術はもちろん、エンジニアのキャリアも日々進化している。

    「つまり、エンジニア自身があらゆる選択肢の中から、自由にキャリアを選べるようになりました。それと共に、これからのエンジニアには、『時代の変化に合わせて能力を高め、自分を変え続ける柔軟性』が必要になると感じます」

    しかしエンジニアは、技術を選定し実装することが主な仕事。合理性や決断力が問われるあまり、柔軟性が失われがちだと久保さんは見ている。

    600株式会社 代表取締役 久保 渓さん

    「柔軟性を高めるために、当社では一人が複数の職務に携わる“兼務制”という制度を採用しています。私自身、会社の代表であると同時に、六本木にある商品補充拠点『プラネット』の一メンバーとして、客先へ商品を補充しに行くこともあるんですよ。

    偉い人ほど『立場』に依存して、個人としての本質を見失ってしまいがちです。だから、立場や役割が変わっても『そのポジションで適切に振る舞えるのか』ということを定期的にチェックする。自らを振り返るきっかけにもなり、とても効果的な取り組みですよ」

    もちろん、同社のような兼務制を取り入れている企業は少ない。しかし、オープンソース活動への参加や技術系の勉強会の主催など、社外にも目を向ければいくらでもチャンスはあると久保さんは言う。

    「家庭内での役割だってそうです。会社では代表取締役として、最終的な決断を下す立場ですが、家の中では自分を、決定権のない『バイトリーダー』と位置付けて、日々、妻や子どもの意思を尊重し、日常のタスクを完遂することに心を砕いています(笑)。意識的に行動すれば、環境が変わっても、ちゃんと『目標達成のために正しく振る舞えるかどうか』を知ることができるんです

    自分を取り巻く環境が変わっているのに、振る舞いや考え方が変わらなかったとしたら、柔軟性が失われているサイン。注意が必要だ。

    「何事も経験を積むと『これってこんなもんだよね』という定石ができがちです。定石は合理的な判断に有用ですが、一方で全く新しい価値観が台頭したときには、太刀打ちできないという脆さも内包しています。ですから決断力を持つのと同じくらい、定石を捨てる勇気が必要。そのためにも柔軟性を保つことが大切なんです」

    ビジネスの中でテクノロジーの果たす役割は重くなる一方だ。それにつれてエンジニアが求められる場面もますます増えていく。しかし、時代が変化しても活躍するためには、自ら変化し続けることが欠かせない。久保さんが投稿した一連のツイートの背後には、日本のエンジニアを取り巻く環境の変化や、これからのエンジニアが目指すべき指針が隠れていた。

    取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/河西ことみ(編集部)

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