『N高投資部』講師がエンジニアに伝えたい「AI時代に数学が新たな人生を拓く可能性」
AIの実用化が進む中、優秀な機械学習エンジニアやデータサイエンティストを高待遇で迎える企業が増えている。しかし文系出身のエンジニアからすると、「数学」がキャリアチェンジの壁となってしまうことも多いはずだ。
そこで今回エンジニアtypeでは、社会人のための数学教室『すうがくぶんか』や、角川ドワンゴ学園が運営するN高等学校の『N高投資部』で数学講師を務める瀬下大輔さんに、文系エンジニアが数学を学びなおす際の「挫折しないポイント」、そして数学の知識・理解が切り拓くエンジニアの可能性について話を伺った。
数学を学ぶ必要性を感じていますか?
「『数学を学ばないと将来生き残れなくなる』『数学ができないエンジニアはキャリアアップできない』といった説をよく耳にしますが、こうした『やらなきゃいけない』という意識のもと勉強をしようと考えるのなら、お勧めはしません」
取材の冒頭、瀬下さんからは少し厳しい言葉が飛び出した。
「多少なりとも苦手意識を持っている人が数学を学ぶというのは、想像以上に大変なことです。学習範囲も広いですし、時間も要しますから。それに、数学ができないことが将来的にマイナスかというと、個人的にはそうとは思いません。それより何かに追い立てられて勉強を始めたとしても、きっと長続きせずに挫折してしまいます」
同様に、「機械学習を学ぶために、まず数学を勉強しよう」と考えることも、うまく進まないことが多いという。
「最近、『統計や機械学習を学ぶためのベースとして、まず数学を勉強しよう』という考え方をする人が結構いるのですが、これはあまりいい方法ではないと思っています。もちろん機械学習と数学は切り離せないものですから、最終的にはしっかりと学んでほしいです。
とはいえ『数学』をイチから学ぼうとすると、機械学習で必要な分野に辿り着くまでに果てしない時間を要しますから、頓挫する可能性が高い。そうなってしまっては機械学習も数学も身になりません」
瀬下さんによると、数学を学ぶためには自身が「数学の必要性」を感じることが重要だという。そのためにも興味を持った分野があるのなら、数学の基礎知識があるかどうかは考えず、「まずはその分野について知ることから始めてみた方がいい」と促す。
「統計や機械学習などの分野に興味があるなら、まずは臆せず、手を出してみるべきです。ある程度は数学の知識がなくても理解できるはずですし、知りたいことなので学んでいて楽しいはず。そしてそのうち必ず数学の知識が必要なタイミングが出てきます。すると、そこを乗り越えるために『勉強しよう』という意欲が湧いてきますよね。そのタイミングで数学を学べばいいと思います」
“なぜ勉強するのか”、“何を知る必要があるのか”という目的意識がハッキリしていると、たとえ理解につまずいたとしても、根気強く挑むことができる。そうして学び続けているうちに、いつのまにか数学が好きになるという人も多いそうだ。
学習継続のコツは「過去の失敗法」を捨てること
では、いざ数学の必要性を感じ、学び始めようと思ったときにはどんなことに気を付ければよいのだろう。瀬下さんに伺うと、まず「過去に失敗した方法とは違うやり方で学ぶこと」が大切だと教えてくれた。
「面白いことに、『学生時代に一度挫折した』という人は、なぜかその当時のやり方でもう一度チャレンジしようとすることが多いんです。ひたすら公式を覚えてみたり、高校の教科書を買い直して独学しようとしたり……。おそらく、そのやり方しか知らないからなのだと思いますが、これではまた同じ失敗を繰り返してしまいます」
特に、数学に対して苦手意識を持つ人は「独学だけ」で勉強しようとすることが多いのだとか。そして、これこそがまさに、挫折への落とし穴だという。
「数学を学ぶ上で最も大切なのは『継続すること』です。それで言うと独学は、自力で理解できない壁にぶち当たったときに心がポキッと折れてしまいがち。あと、仕事をしながら勉強をするのは非常に大変なので、ある程度の強制力がないと続けるのは厳しいと思います。
そしてもう一つ、数学って実は問題や解き方について間違った理解をしてしまうケースがよくあるんです。人と議論をしながら『それは違うんじゃない?』と指摘されることによって、初めて正しく理解ができるということも多い。だからこそ、勉強の上では“数学について話せる人”とつながることが大切です」
数学のコミュニティーとしては、瀬下さんが講師を務める『すうがくぶんか』などのスクールはもちろん、connpassなどで開催されている、エンジニア向けの数学勉強会に参加することもお勧めだそう。
「例えば、弊社も関わっている『プログラマのための数学勉強会』では、線形代数といった大学の初年度にやるような内容を、プログラミングに絡めながら学ぶことができるので、エンジニアの方も楽しみながら参加しています」
数学を理解し、そして継続するためには、自身と同じような知識レベルの人たちと共に楽しく学ぶこと。そして、つまずいたときにアドバイスをしてくれる講師のような立場の人が身近にいる状態が理想的だと瀬下さんは話す。まずは単発の勉強会から参加を試みてみるのが良さそうだ。
数学が新たな人生の道を拓く-N高投資部で教える意義
冒頭の通り瀬下さんは、「数学ができないこと」がエンジニアのキャリアに特別不利益をもたらすことは少ないと主張する。しかし、数学を理解していることによって、キャリアにプラスに働くことは多い。
例えば、現在はすでに用意された拡張パッケージなどを用いることで、イチから書かなくてもプログラムを組むことはできる。しかし、もしもエラーが起こった場合、通常はその中身を知らなければ対処できないだろう。ところが数学的な考え方を習得している人であれば、「ここがこうダメだから、こうしたら直るのでは?」といったことを自然に考えることができるのだ。さらに瀬下さんは、数学の普遍性についても指摘する。
「プログラミングの根底には、数学的な考え方がありますよね。これを正しく理解していると、たとえ言語のバージョンが変わったとしてもある程度仕組みが分かるので、学び直しが少なく済みます。
私が企業研修でエンジニアに数学を教えていたとき、40代、50代で活躍されている方を見ました。その人たちは根本的に数学を理解していましたし、だからこそこれまで変化に対応してきたのだと思います」
瀬下さんは若いうちから数学を学ぶ楽しさを知ってもらう一つの機会として、N高等学校の部活動『N高投資部』で統計学を教えている。統計は大量のデータを扱うことに意義があるが、通常の学校教育の数学授業では生徒たちに手計算、あるいは電卓程度で行わせるのが一般的で、大量のデータを扱うことも有用性を伝えることも難しい。
一方でN高投資部では、「投資を学びたい」という生徒たちが自分たちの“投資に生かす”ため、統計に特化したR言語を用いて実社会に現れる株価等のデータを扱いながら「生きた統計」を学ぶことができる。数学に苦手意識を持つ生徒にとっても、単純計算に煩わされることなく、統計の理論的側面に目を向けることができるのだ。また、「データさえあれば自分でも統計グラフを作れる」状態にすることによって、世の中に溢れるデータに対するリテラシーを高めることも狙っている。
「数学を学ぶことは仕事に役立つのはもちろんですが、『嘘の情報を見抜く』力を付けることにもつながります。例えば企業の粉飾決算は経営数字を読み解くことで見抜くことができる。怪しい商法やセミナーなんかも、論理的に考えて判断することができるんです。数字を使って説得力があるように見せかけて、何の根拠もないのに売っているものや広告もたくさんありますから、生徒たちには投資部の授業を通じて『世の中の投資情報が正しいものかどうか』を判断できるようにさせてあげたい。
また、数学をやっていると『これって本当かな?』と疑う姿勢が身に付くので、自ら考えて判断する軸を持つことができるんですよ。そしてそれが、世界を広げ、人生を変えていくんです」
瀬下さんはこれまで、数学を学び直したおかげで人生が変わったという生徒を何人も見てきた。
「すうがくぶんかの生徒には、キャリアアップを実現した方が非常に多いです。例えば受講前は数学に関する知識はほとんどなかったのに、勉強したことで最終的にコンピュータ言語を作る側に回った人がいました。数学の面白さに気付いてから、知識がどんどん入っていって、目覚ましく成長していきましたね。
文系出身で法務に携わっていた方が、『ITエンジニアに転職したい』という思いから機械学習を学びに来たこともあります。その方は30代半ばでしたが、2年ほど学び、ITエンジニアになりました。このように数学を深く理解していくと、やはりキャリアの可能性も広がっていくようです」
“数学を学ぶこと”は将来のリスクを防ぐことではなく、エンジニアとしてのキャリアを深め、さらに世界を広げることに大いに役立つのだ。現在まさに数学知識の必要性に直面している人はもちろん、そうではない人も、まずは「学ぶ楽しさ」を知るために一歩踏み出してみてもいいのかもしれない。
取材・文/キャべトンコ 撮影/河西ことみ(編集部)
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