世界で需要高まる「環境設備エンジニア」の仕事とは?エコ先進国デンマークで働く日本人エンジニアに聞く
世界規模で関心が高まる環境問題。特にサステナビリティーの意識が高いデンマークでは、2030年までにCO2排出量を1990年比70%削減、2050年までに国のCO2排出量をネットゼロ(※)にするカーボンニュートラル連合(CNC)への加盟を表明している。こうした背景もあり、デンマークをはじめとした北欧では室内環境を整える「環境設備エンジニア」の仕事が重要視されているという。
一方、日本でも「環境保護」への呼び掛けは聞かれるものの、国を上げての法律改正や国民の意識という面では他の先進国と比べて、大きな遅れを取っている。とはいえ、環境保護は人類が直面している大きな問題であり、今後環境設備エンジニアの活躍の場面は増えるだろう。
では、日本ではまだ耳なじみのない「環境設備エンジニア」とは一体どんな仕事なのだろうか? 実際に環境設備エンジニアとしてエコ先進国デンマークで働く蒔田智則さんに、現在の取り組みやサステナビリティーを意識しながら働くことの重要性について聞いた。
※ネットゼロ……建物で消費されるエネルギーを賄える分のエネルギーを作ることにより、数字的にはプラスマイナスゼロになるという考え方。
心地よい空間を作る「環境設備エンジニア」の仕事とは
建築の仕事は、本来「デザイン」「構造」「設備」の3つのカテゴリーに別れていて、僕ら環境設備エンジニアが担うのは3つ目の「設備」というカテゴリーです。「設備」というと、キッチンやトイレの配管、エアコンのサイズを決めるなどを想像しがちですが、環境設備エンジニアは、どうすれば人々が快適に過ごせるか、建物を省エネにできるかを考えながら、室内環境をデザインすることを主な仕事としています。
具体的には、太陽の光や熱を使って照明や暖房の負荷を減らしたり、自然換気を促すために窓の大きさや方角を検討したり。また、使われる建材がどれくらい地球や人間の生活に優しいのか、マテリアルを調べることもあります。
3つのカテゴリーは、それぞれ独立した職業として成り立っていて、異なる専門スキルを持つ人が務めています。
環境設備エンジニアは一般的に「設備屋さん」と言われ、あまり表には出てこない地味な仕事なんです(笑)。名前が全面に出るのはデザインや構造を作る人だし、そちらのほうがカッコいいイメージがある。ただ、環境への意識がひときわ高い北欧では、サステナビリティに考慮していないプロジェクトなんてありえません。それゆえに建築家の方々からも重宝される風潮がありますね。
私たち人間は1日に20kgもの空気を吸って生きていると言われています。室温やにおい、二酸化炭素の量などが快適になるよう設計すると、仕事の生産効率は10%も変わると言われています。働き方革命と言う言葉が叫ばれて久しいですが、こういった生産効率の向上にダイレクトにアプローチできるのが環境設備エンジニアなんです。
デンマークでは、デザインの初期段階から環境設備エンジニアもプロジェクトに加わり、技術的なアプローチを入れながら形をつくっていきます。一方、日本ではデザインや構造ができあがった段階で、「配管とエアコンの設置だけ、よろしくね」といった感じで、環境設備エンジニアに仕事が回ってくることが多いかもしれません。
これはヒエラルキーの影響というか、デンマークのほうが社会のシステムがフラットなので、このようなスタイルの違いが生まれているのだと思います。ただ、やはりデザインの初期段階から環境に配慮した環境設備のコンセプトを落とし込んでいった方が、より環境にやさしい空間、より居心地のいい空間にできる可能性が広がりますよね。
環境への意識と共に高まる環境設備エンジニアの需要
僕は日本大学の土木工学科出身で、元々は建材商社でドイツ製の建材を日本の市場に広げる仕事をしていました。そこで海外とやり取りする楽しさを知り、2年後にロンドンに渡りました。そこで衝撃を受けたのは、新しい建物と古い建物の混在する町づくり。
はじめは語学目的の留学と考えていましたが、現地の大学院で歴史的建造物の保存や改修に関わる修士号を取得して、そのままイギリスで2年ほど仕事をしていました。その後、ビザの問題で現地で結婚したデンマーク人の妻と一緒に日本に戻ってきたんです。
2年ほど日本に住んでいる間に東日本大震災を経験し、津波や原発事故による「地球の終わり」のような悲惨な光景を目の当たりにして、エネルギー問題に強い興味を抱くようになりました。そんな折、妻が妊娠したことをきっかけに二人でデンマークに移住する流れになって。それが31歳の時でした。
「また1からやり直そう」という思いで可能性を探っていたら、デンマーク人と婚姻関係にある場合は、現地人と同様に大学院に無料で通学できる権利があることが分かりました。そこでデンマーク工科大学院で建築環境工学修士号を取得し、友人の紹介で現在勤務しているhenrik- innovationに入社が決まりました。
人生、何が起こるか分からないですよね(笑)。まさか30を過ぎてからまたキャンパスライフをエンジョイするとは思ってもいませんでした。自分より10歳も年下の若者たちと一緒に勉強するのはハードでしたが、環境設備への認識が進んでいるデンマークで、将来性のある職業に就けたのは良かったと思っています。福祉制度が充実していて子育てがしやすいというメリットもありますね。
2050年までにCO2排出量を正味ゼロにする「カーボンニュートラル連合」をはじめ、世界的に「環境保護」や「サステナビリティー」が叫ばれている現状を見ると、間違いなくこの先も需要は広がっていくでしょう。特に北欧では「リサイクルプラスチック」や「温暖化」など、環境についての会話が日常的に飛び交っていて、小学生までもが環境問題に興味を持っているほどです。
しかも、環境に配慮した設備の技術は比較的新しい分野であり、未だ明確なゴールがありません。それぞれの環境設備エンジニアが異なる方法でのアプローチを試しながら、正解を模索している状況なんです。だからこそ、あらゆる環境設備エンジニアに活躍のチャンスがあるし、さらなる業界の盛り上がりも期待できます。
コードが書ける環境設備エンジニアは最強!?
個人的にもっともエキサイティングだと感じているのは、コペンハーゲンのノーハウンという再開発地区でのリノベーションプロジェクト。これは造船場だった巨大な建物を再開発し、オフィス・ワークスペース・ストリートフード・幼稚園・レジデンス等が入った複合施設に変化させるプロジェクトです。
また、日本の有名建築家・隈研吾さんが率いる設計事務所の環境設備サポートとして、コペンハーゲン港に面する再開発地区ペーパー・アイランドに建築中の『ウォーターフロント・カルチャーセンター』にも携わっています。これは市が行った国際コンペで入賞したもので、屋内外にさまざまなプールを作り、水に親しむことができる総合施設です。
建物が完成して、居心地の良さを体感できたときの満足感が一番だと思います。デザインや構造と違って、室温や空気など室内環境は目に見えません。だから建物が完成したら、実際に訪れてその場の空気を吸ってみる。そこで初めて手応えが得られます。
熱力学や応用力学のような知識が必要になるため、未経験での就業は難しいと思います。やはり大学や大学院で環境設備を学んだのちに、環境設備エンジニアとして企業に就職するのがベストでしょう。
大いにありますよ! 環境設備の仕事には、基準となる計算式から数値を割り出すようなシュミレーションソフトが必要なんですが、製品版を購入するとものすごく高価なので、やむを得ずオープンソースのテスト版を使うことも多くて。ただ、無料で使える代わりにバグがあるので、言語が理解できれば、エラーが出たときにコードを修正できるじゃないですか。あと、数式が理解できたら、なぜこの数値が算出されたのかという背景もわかりますよね。だから僕は今、Rubyを習得したいんですよ。
そうですね、環境設備の知識に加えて、コードが書けたらすごく頼もしい存在だと思います。
一人一人がサステナビリティーを意識して生きるには
そもそもの国民性の違いとして、日本人の方は勉強熱心でスキルを身につけるのは得意ですが、それを実践に移さないことが多い気がします。対して、デンマーク人の方はあまり知らなくても実践をする傾向があります。
環境問題というと、地球規模の大きなトピックのように思えてしまいますが、自分の生活に当てはめて考えてみると、案外できることは多いですよ。ペットボトルをやめて水筒を持つ、マイ箸やエコバッグを持つ、エアコンの温度を適温に調整する、こまめに電気を消す、移動を自転車にする、資料はプリントアウトせずデータにするなど。
とはいえ、一人一人の意識で変えるには限界があるので、デンマークのように国を上げての政策として打ち出し「みんなで変えていく」意識を持った方が進めやすいだろうとは思います。例えば、こちらでは自転車専用の道路や信号があり整備が進んでいるため、国民の10人中9人が自転車を保有しています。
加えて、デンマークって見せ方が上手なんですよ。これは、僕らのオフィスが入っているコワーキングスペースに設置された電子モニターなんですが、街中の自転車と自動車が移動する様子を1970年代から時系列で表していて、徐々にコペンハーゲンの街から車が減っていき、自転車の数が増えていくのが目に見えて分かります。それと同時に、自動車が多く通る道は空気が汚れているだろうなと予測できます。
また、こちらの電子モニターでは、室内の二酸化炭素の量やPM2.5の量などが時間帯別に表示されていて、「何時の空気がもっともキレイで効率良く働けるか」が把握できます。
デンマークの人々は「自分が政治を変えられる」という意識が強く、小さくても声を発していく姿勢を持っています。まずは身の回りの小さな改善から始めて、同時に自分の考えを伝えていくと良いのかなと思います。
将来的には、デンマークのランドマークになるような大きな建築物に携わりたいですね。あとは、寒さが厳しい場所や熱帯地域、高温多湿など、あらゆる環境下の建物で自分のスキルを生かしてみたいという思いもあります。大気汚染が深刻な中国での仕事にも興味がありますね。それこそ、環境設備エンジニアの腕の見せ所ですから。
取材・文・撮影/小林 香織
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