本連載では、「世の中で活躍するエンジニアの過去の失敗」にフォーカス。どのような失敗をし、どう対処し、そこから何を学んだのか。仕事で失敗してしまった時の対処法や心構えを先輩エンジニアから学ぼう!
元“炎上芸人”Tehuが学んだ承認欲求との付き合い方「あの時は、人生全部パフォーマンスだった」
2009年、中学3年生でiPhoneアプリを開発。「早熟の天才」として注目を集め、「スーパーIT高校生」などと世間からもてはやされるも、SNS上では度々炎上。“炎上キャラ”として頻繁にメディアで話題にされていたTehuさんは、ある事件をきっかけに、表舞台からしばらく姿を消すことにーー。
しかし現在は、新たな志を胸に、多忙な日々を送っている。エンジニアやデザイナーとしての幅広いスキルを生かし、7社のスタートアップに参画。人の学習能力やコミュニケーション能力をテクノロジーの力で向上させることに関心があるという。
株式会社チームボックス Chief Creative Officer
デザイナー・技術者
Tehu/張 惺さん(@tehutehuapple)
1995年、兵庫県生まれ。灘中学校・高等学校在学中に、iPhoneアプリの開発を始めとするさまざまな活動で注目を集め、『AERA』の「日本を突破する100人」、『東洋経済オンライン』の「新時代リーダー50人」などに選出された。2014年、慶應義塾大学環境情報学部に入学。休学期間を経て、17年より「すずかんゼミ」こと鈴木寛研究室に所属しオペラ演出を研究、20年に卒業。「学習能力とコミュニケーション能力の最適化による文明のリデザイン」を目標に掲げてさまざまなプロダクトやサービスの開発を主導し、大学在学中から講談社ウェブメディアの技術責任者・クリエーティブディレクターや、アーティストプロデュース・イベント演出などを手掛けた。現在はスタートアップ7社に参画する傍ら、鈴木寛研究室で後進の育成にも携わる
そんなTehuさんが2020年7月、書籍『「バズりたい」をやめてみた』(CCCメディアハウス)を出版した。Tehuさんは世間の注目を集めていた頃について、著書で次のように振り返っている。
「半径10メートルの世界」を生きていたはずの僕は、いつの間にか「半径1000キロメートル」から届く視線の期待に応えようとする存在になっていた。しかも恐ろしいことに(中略)それが自分の本当にやりたいことではない、と気づくことすらできなくなっていた。
(『「バズりたい」をやめてみた』より抜粋)
一連の騒動からTehuさんは何を学んだのか。正直な気持ちを語ってもらった。
注目されるのがうれしくて、炎上発言を止められなかった
自分の作りたいものを作っていましたね。個人でアプリ作成だけでなく、クラスの仲間と一緒にアプリ開発プロジェクトを立ち上げることもあって。授業中もパソコン開けて作業してました(笑)
あとは、テレビに出たり、東洋経済オンラインや日経ソフトウエアのコラムを執筆したりする仕事もありました。
何を言っても炎上してましたね。シンプルに言うと、当時の僕は「大人に中指を立てる」キャラクターだっだんです。大人は古いよ、硬いよ、と。
思ったことを素直に言っていたので、当然、反感を買うわけです。途中からは、反感を買うと分かっていながらやっていましたね。
キャッチーだったんです。そういうキャラ付けをしていると、僕の発言を見た人が興味を持ってくれるし、メディアも取り上げてくれる。飯の種というほどではないですが、みんなから注目されたんですよ。
僕はミーハーなので、芸能人に会えるのもうれしかったですね。クイズ番組の収録とかすごい楽しかったんです。
でも、番組のOAを見るのはちょっと嫌でした。キワモノ扱いされているわけですから、見たら嫌な気持ちになるのは分かっていたので。テレビに映る自分に目を背け、ただただ、与えられる機会を楽しんでいました。
そんな僕が考え方を変えるきっかけになったのは、大学に入った直後に出演したあるテレビ番組です。僕のインタビューが悪意のある編集をされてしまい、その内容が大炎上したんです。
キラキラに彩られた画面キャプチャーとともに、僕の発言がネット上に拡散するのを見て、「これは違う。俺じゃないな」と思いました。周りの友達からも、「どうしてこうなっちゃったの?」と言われ。その時、この方向性は辞めた方がいいかもしれないと考え始めました。
「注目されたい」思いが強過ぎると、目的と手段がどんどんズレていく
「小4なりすまし事件」です。
小4なりすまし事件:2014年11月、衆議院解散に対する意見サイト『どうして解散するんですか?』を、Tehuさんと友人が開設。衆議院解散の必要性を世に問う目的だったが、開設者を小学校4年生と偽り、あたかもサイトへの賛同者数を示しているかのようなカウント数を表示した演出が問題となった。
大学1年生の10月に、友達から「衆議院解散に疑問を呈するのは重要なんじゃないか」という話をされたんです。当時は、香港や台湾で政治デモが活発になっていた時期でした。そこまでのインパクトは与えられないかもしれないけれど、インターネットを使えばメッセージを発信できるし、多くの反応も得られるのではと考えたんです。
アイデアを練る途中、村上龍さんの小説『希望の国のエクソダス』が話題に挙がりました。中学生たちが集団不登校を起こし、インターネットビジネスを始め、最終的には独立国家を宣言するという小説です。その影響を受けて「子どもたちが疑問を呈する形にしたら面白いんじゃないか?」という話になり、構想が固まりました。
そこから3日間、夢中になってサイトを作り、満を持して公開したら多くの人に批判され、家には週刊誌の記者が押し掛けてくる騒ぎに。大変なことになりました。
もちろん。世に出るような仕事はなくなり、できた時間で今後の人生をどうするか考えました。一からやり直すために何をしようか、と。
その時に初めて、「これからは人目を引くものを作るのではなく、本質的に価値のあることをやりたい」と思いました。
いろいろありますが、一番は目的と手段のズレです。
憲法改正のために野党が弱い時を狙って衆議院を解散し、それに何百億円というお金を使う。この問題を本気で解決したいと思ったら、少なくとも、あの手段は取らなかったと思うんです。
問題を解決したい思いよりも、自分自身が注目されたい気持ちが前面に出てしまった。それが、当時の僕の未熟さであり、しくじりの要因です。
これからは、テクノロジーの力で「人類の進化」に貢献したい
仕事をする「目的」が変わりましたね。最大のしくじりを経験する以前の僕がやっていたことは、全部デモンストレーションでした。自分に注目してもらったり、威勢を表現するための単なる自己表現だったんです。
でも今は、もっと大きなことを成し遂げたい気持ちが生まれました。人間の学習能力やコミュニケーション能力をテクノロジーで最適化するために、必要なことをしたい。それは少なくとも、今僕が有名になることではありません。
付き合う人は変わりましたね。実はあの事件で、僕の技術者・デザイナーとしての実力を認めてくれた人が複数いたんです。何百万というアクセスに耐え抜くサイトを作れてしまったからこそ、多くの人の目に触れる結果となったので。皮肉ではありますが……。
例えば、あのバズり方は多くの広告代理店関係者からうらやましがられましたし、内容はさておきその爆発力で後に褒められることも多かったんです。
一方で、世間に発信する僕を好きでいてくれた人は、自然と離れていきました。でも今は、より大きな志を持つ人たちに囲まれて仕事ができています。
だからあの事件は、経験して良かったと受け止めています。今の自分の方が、僕は好きです。
そうですね。あの時まで僕は、着飾っていたんです。そういうスタンスの人は、後ろ指をさされてしまいます。そうではなく、たとえシャツ1枚しか着ていなくても、前に走り続けるマラソン選手のような存在でありたい。ひたすらビジョンを追い求め、自然と人が付いてくるような人を目指したいですね。
発信するエンジニアが増えたのはすごくいいことだと思います。僕は1日20回くらいぶつかるエラーの解決策をTwitterやQiitaで探していますから。ものづくりをする人たちはそれに助けられていますし、エンジニアの承認欲求が技術的な発信に向いているなら、素晴らしいことだと思います。
問題なのは、多くの人に見てほしい気持ちが勝った結果、発信する内容がパフォーマンス染みてしまうことだと思います。かくいう僕自身も、まだ承認欲求を完全に捨て切れたわけではありません。ただ一つ言えるのは、「注目されたい」気持ちが強くなり過ぎていないかどうかは、常に気を付けるしかないということです。
僕は注目してほしい気持ちが強すぎて、人生全てがパフォーマンスと化している時期がありました。振り返ってみると、その時期の選択は、全然自分のやりたいことではなかったんです。
目的に対して適切な手段を取っているか。自分のすることは人のためになっているか。そもそも本当に自分のやりたいことなのか。
承認欲求からは逃れられないと受け入れた上で、意識し続けなければならないことだと思います。
人間の能力をいかに開発、解放するか。そこにテクノロジーがどう貢献できるかを追求していきたいと思っています。
人間は見聞きしたものを感じ、考え、それを誰かに伝えるという情報のリレーによって文明を築いてきました。
人間の学習能力やコミュニケーション能力をテクノロジーの力でさらに向上させることができれば、人類の前進に寄与できるはず。僕のライフワークとして、やり遂げたいですね。
書籍情報
Tehu(張 惺)さんの最新書籍『「バズりたい」をやめてみた』(CCCメディアハウス)
インフルエンサーが職業として成立し、普通の誰もがヒーローになり、ヒールになり得る今、かつての「炎上芸人」が説く、自己承認欲求との付き合い方。
取材・文/一本麻衣 編集/川松敬規(編集部)
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