『少年ジャンプ』がエンジニアとつくりたい未来とは?集英社『マンガテック2020』仕掛け人に聞く
1968年の創刊から52年。
いまだ多くの人に愛されている集英社の『週刊少年ジャンプ』(以下:『ジャンプ』)は、常にマンガの新時代を牽引し続けてきた。
そのジャンプ編集部が、スタートアップを対象に新しいマンガビジネスのアイデアを広く募集する『集英社 アクセラレータプログラムマンガテック2020』(以下、『マンガテック2020』)を開催する。
今回募集したのは「エンタメ業界を変革するような新規アイデアやビジネス」。その領域はマンガやエンターテインメントだけにとらわれず、農業、建築、美容、あるいは地方創生などのあらゆる領域とのコラボレーションを想定しているという。
参加資格に年齢、性別、国籍、学歴一切不問。もちろん学生の応募も歓迎。個人でも創業間もない企業でもかまわない。
9月30日の締め切りには300組近くの事業アイデアが集まり、中間選考を経て11月に受賞作が発表される。
メンターにはマンガコミュニティサービス『アル』のけんすうさんや、書籍『アフターデジタル』の著者・尾原和啓さんらが名を連ね、受賞アイデアには100万円の事業化資金が提供される。その後、4カ月間のPoC(実証)期間を経て、集英社との協業や出資を目指す。
あの『ジャンプ』がなぜ今、スタートアップと新規事業を行おうと考えたのか。そして彼らがエンジニアに寄せる期待とは何なのか。
『マンガテック2020』の仕掛け人、マンガ誌アプリ『少年ジャンプ+』編集長の細野修平さんと副編集長の籾山悠太さんをに話を伺った。
「マンガ」の枠を超えた、ぶっ飛んだアイデアが欲しかった
細野:僕らでは到底思い浮かばないような、ぶっ飛んだアイデアが欲しかったからですね。
実は僕たちはこれまでにも、マンガ事業の未来を切り開くべく、2017年より『少年ジャンプアプリ開発コンテスト』を開催してきました。(2020年7月に『ジャンプ・デジタルラボ』に名称・形態を改め、開発企画を常時募集する窓口を開設)
細野:しかし、この取り組みはあまり広くは知られていないことや、『ジャンプ』の冠が付いていることもあり、似た業種の企業からの応募が多くなっていたんです。また、「開発資金5,000万円」ということで、大きな企画やしっかり練られた企画が集まってはきたのですが、逆に僕らが“一緒につくり上げる”ほどの余地が少なくなっている実感もあって。
そこで、「応募の幅をもっと広げ、可能性のあるアイデアを一緒に形にしていく」という目的で、マンガテックの開催に踏み切りました。
細野:僕はマンガ編集者としてキャリアを積み、2012年に『週刊少年ジャンプ』編集部のデジタル担当に任命されたんです。籾山はその時すでにデジタル事業部に所属していました。
その頃はまだ、今のように出版社がスマホ向けにオリジナルの電子書籍ストアを持つケースはほとんどなく、電子書籍サイトもまだメジャーではありませんでした。それで、自社の電子書籍ストア(今の『ジャンプBOOKストア!』)を作ろう、ということになったんです。
籾山:その後も写真をマンガのように加工できる『ジャンプカメラ!!』 や、完全デジタル雑誌アプリ『ジャンプLIVE』の不定期発行も実現しました。それが翌年に『少年ジャンプ+』へと生まれ変わり、ほぼ同時期に新人発掘のためのマンガ投稿・公開サービス『ジャンプルーキー!』を開設。ずっと細野と組んで「マンガ×新規事業」みたいなことをやってきていたんですよ。
細野:そうですね。昔は社内的に「デジタルより紙」の思考が強かったですが、いまや「デジタルも当たり前」という雰囲気になってきましたね。
籾山:おかげさまで『ジャンプ+』も、今や週間アクティブユーザー数250万以上を記録するアプリになりました。そこから生まれた人気作『SPY×FAMILY』は、単行本の発売累計600万部を突破しています。ヒット作の生まれる土壌も整い、自分で言うのもなんですが、恐らく日本でNo.1のマンガ誌アプリになったと思います。
籾山:「アプリ開発コンテスト」からも、『マワシヨミジャンプ』や『瞬刊少年ジャンプ』といった新しいアプリが生まれ、新しいことにチャレンジする環境も整いつつあります。
籾山:でも僕はいつも、「『ジャンプ+』やこれらのアプリだけが、本当に今の時代に合ったマンガのあり方なんだろうか」と、どこか しっくりきていなかったんですよね。
細野:社内でも、今までにない新しいビジネスを生み出そうと試みることもあったのですが、やはり想像を超えるようなアイデアが出てこない。おそらく、「これまでのマンガ」に思考が引っ張られていては、マンガのあり方をまるごと変えるような斬新な企画は実現できないんだと思ったんです。
だからこそ、『マンガテック2020』ではこれまでに組んだことのない、新しいパートナーとの出会いを期待しています。
編集者目線でエンジニアと打ち合わせ。「友情・努力・勝利」でマンガの未来をつくる
細野:意外だけれど、実は僕らと近い思考の人たちと出会えたらいいですね。IT業界というか、エンジニアはそういう人が多いのでは感じているところがあって。
細野:2年前に、Googleさんにお誘いいただいて、『Indie Games Festival』(Google主催)に『ジャンプ+デジタル賞』を出したんですよ。最初は「なんで僕らに? マンガとインディーゲームって畑違いでは?」と思っていたんですが、実際にイベントを見て、インディーゲームの制作者と話してみると、「なるほど、この世界はマンガと似ているぞ」と。
インディーゲームは個人やごく少人数で制作されていて、ゲームのヒットはアイデア次第。少ない資金でチャレンジできるところも含めて、すごく似通った部分があったんですよね。
そういった、親和性の高い人と熱量をもって取り組めたら面白いのではと思っています。
細野:課題感も含めて、子供向けに何か新しいことができないか、とは思っています。電子マンガによってマンガを読む人の幅は広がっていますが、少しずつ若い層が薄くなっている印象もあって。
ただ教育や保育の領域は生半可な知識ではなかなか挑めないので、『マンガテック2020』を通してそういった領域の方とタッグを組み、新しい形で次世代のマンガ読者を育てていくことができたら面白そうだな、と思いますね。
籾山:僕は新しい作品を生み出す「仕組みづくり」のためのアイデアや技術を持った方々を組んでみたいと思っています。
籾山:『ジャンプ』では、アンケートシステムと世間で言われるように、実際に読者からのアンケートハガキを作品作りの一つの指標として活用していました。そして、その精度や分析のノウハウが、数々のヒット作を生み出す手助けをしてきました。
言い換えれば、ジャンプ編集部は「連載をヒット作にチューニングしやすくなる仕組み」を持っているわけです。
『ジャンプ+』でも、アンケート機能や「いいじゃん!」ボタン(いわゆる「いいね!」ボタン)、そのほかさまざまなデータを取り、作品作りに活用しようとしています。でも現状、紙の雑誌のアンケートハガキに勝る活用ができているかと問われると、正直そうなってはいません。
コメントを機械学習で分析するとか、感情値を割り振ってどの作品がどんな感情になる人が多いのか明らかにするとか、もう一歩踏み込んだマンガのあり方を技術ベースで提案できる方と組めば、「デジタルマンガ雑誌ならではの強み」をつくり出せるのではないでしょうか。
細野:「このユーザーが『面白い』というと絶対ヒットする」みたいな、ある種インフルエンサーのような読者を見つける機能があってもいいですよね。データ分析をアプリの収益化につなげてはいましたが、ヒット作を生むために使ったことはなかったので、そういうことができたら新しい可能性が広がると思います。
籾山:ええ。さっきのインディーゲームの話じゃないですけど、僕はエンジニアの方ってある意味マンガ家さんに似ていると思っていて。エンジニアともよく打ち合わせをすることもありますが、マンガ編集者のやり方で接することができるので、コミュニケーションは自分としてはスムーズにできると思っています。
籾山:僕らはマンガの編集者ですけど、マンガを描けるわけじゃないし、ペンの種類とかトーンの何番がどう、みたいな知識に詳しいわけではありません。
編集者としては、描いていただいたマンガを読者の視点で読んで、「この作品は、こういう理由で面白い」「もっとこんな展開だとといい」みたいなことをアドバイスしています。
エンジニアに何か依頼をするときも、基本的には同じです。結構、「もっとこう良くしてください」みたいに、ざっくり言ってしまいます。
籾山:ただ、エンジニアやマンガ家からすると、しんどいオーダーなのだろうなとは思います。とはいえ手取り足取り細かく伝え過ぎてしまうと、彼らのクリエーティビティーを生かしきれなくなる恐れもあると思います。
細野:確かに籾山はユーザー目線かつ、抽象度の高いオーダーをしています。籾山と打ち合わせをしていたエンジニアから、「今回も修行になりました」って聞いたこともありますね(笑)
でも実際に、マンガ家の場合も編集者が「次はこういう敵を出して、こんな展開にしましょう」とかって、アドバイスし過ぎない方が良い作品になるんですよ。
そういう、「アイデアのタネを読者に伝わるようにブラッシュアップする」とか、「作品がリリースされるまでマンガ家と伴走する」といったところは、ジャンプ編集部が50年以上培ってきた大事な財産です。
この編集メソッドは、デジタルのノウハウとはまったく違う、ジャンプ編集部ならではのアセットだと思っています。それを、ある投資家から「ジャンプ編集部が新人漫画家を育成しているのって、スタートアップへの投資と同じですね」と言われたことがあります。
籾山:僕たちは、新人マンガ家を賞レースなどのいろいろなルートで見つけてきて、資金面でも労力的な面でもある意味、投資しています。
時にはけっこう厳しい言い方で、マンガ家が考えたアイデアをボツにすることもある。連載中も、クオリティーを高めるために読者の意見に耳を傾けたり、より売れるように販促活動も行います。こうすることで結果的に、ヒット作が生まれるんです。
細野:だから言われてみて、「確かにジャンプ編集部の仕事はスタートアップ投資と似てるな」と納得しました。『マンガテック2020』でもそういったスタンスが生かせると思います。
『ジャンプ』の強みを生かしながら、新たな「場」を再発明したい
細野:最近はデジタルでいろいろできるようになったことで、逆に「変わらない部分がハッキリしてきた」と思う部分もあって。やっぱり結局のところ、デジタルにしろアナログにしろ、僕らにとっては「面白いマンガを作ること」がすごく大事なんですよ。
そして、それができるのが僕ら集英社の、ジャンプグループの最大の強みだというところも強く実感しています。この部分は、これからデジタル化がさらに加速したとしても、いろいろな可能性が広がったとしても、持ち続けて生かしていきたいと思っています。
籾山:僕は、作家さんが持っている才能が大きく花開くようにお手伝いをしていきたいと思っています。
ジャンプは創刊してもう52年経っているわけですが、52年前の初代ジャンプ編集長はおそらく「マンガ」を作っただけじゃなくて、『ジャンプ』という“場所”、つまり、面白いマンガが生まれるシステムをつくったんだと思うんですよ。
籾山:どれくらいの厚さにすべきか。紙はこんな紙がいい、掲載順はどうするか、アンケートを付けよう……。
そうした一つ一つすべてに発明があって、編集者が中心となり、デザイナーや印刷会社、そして作家さんたちと『ジャンプ』を作っていった。だからこそ、どんどん新しいものが生まれて、世に出て、感動を生んで……という循環ができたんだと思うんです。
今、スマートフォンをみんなが持つようになり、そこでマンガを楽しむようになったことで、50数年ぶりにその発明をもう一度できるタイミングがやってきました。
ここで新たな「場」が生めるかどうかで、今後のマンガ業界がかなり変わってくるはずです。だからそういうことが『マンガテック2020』を通じて、新しいパートナーさんたちと一緒にできたらいいですね。
取材・文/石川香苗子 撮影/野村雄治 編集/河西ことみ(編集部)
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