慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授
夏野 剛氏
早稲田大学を卒業後、東京ガスに入社。米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクールでMBAを取得。97年、NTTドコモに転職し、『iモード』の立ち上げに携わる。現在は慶應義塾大学で講義を持つほか、ドワンゴ、セガサミーホールディングス、グリーなど数多くの企業で役員や顧問を務める。ニコニコチャンネルで連載中のブロマガ週刊『夏野総研』も好評
ハードウエアとソフトウエア、通信分野の知識まで問われるIoT分野はもちろんのこと、昨今のWeb・アプリ開発でもUI設計とソフトウエア開発の融合が叫ばれるなど、これまで異なる専門家が必要とされてきた部分を横断的にリードするようなエンジニアが求められるようになっている。
今後は他の開発でも、さまざまな専門分野を融合させながら発展していくケースが増えていくと見られる。それに応じて各種エンジニアは複数の技術分野・事業領域を”越境”しながら守備範囲を広げていく動きが必要になるだろう。
では、ITエンジニアが今後スキル拡張していくにあたっては、どういった領域に、どういった方法で”越境”していけば良いのか。
ドワンゴをはじめとする数々の有名企業で取締役を務め、さまざまなビジネス領域の知識を活かして活躍する夏野剛氏に、「”越境”し続けられる人のキャリア論」をテーマに話を聞いた。 慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 早稲田大学を卒業後、東京ガスに入社。米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクールでMBAを取得。97年、NTTドコモに転職し、『iモード』の立ち上げに携わる。現在は慶應義塾大学で講義を持つほか、ドワンゴ、セガサミーホールディングス、グリーなど数多くの企業で役員や顧問を務める。ニコニコチャンネルで連載中のブロマガ週刊『夏野総研』も好評
夏野 剛氏
完全に時代遅れでしょう。エンジニアのみならず、30代、40代になっても単一の専門性だけで生きていくなんて発想は、もはや幻想です。
なぜダメかというと理由は単純で、そもそも技術領域を一つだけ切り取るなんてことは、もはやできない時代だから。
例えばデータベース領域が専門の人だって、今はAPIの知識が必要不可欠だし、扱うのがスマホサービスならアプリ開発のことも理解していなければダメで。
僕自身、前職(NTTドコモ)時代はネットワークについていろいろ勉強しましたが、今はクラウドの知識などもなければ「ネットワークに詳しい」とは言えないわけです。
こういった調子で、複合的にいろいろなことが見えるようでないと、開発をリードできない時代になっている。さらに言えば、それぞれの領域でものすごいスピードで変化が起きているから、「2年前の事例はどうだった」とか言っていても全く参考になりません。
次から次へと新しい技術を試す必要があるわけですが、その時に重要な勘は、専門分野におけるそれではなく、全体設計における勘ですよね?
そう。そしてもう一つ難しいのは、分業制の下で育ってきたひと世代前の上司はもっと分かっていないということです。だからプロダクト開発時の技術選択についても、下手すると「俺は分からないからお前が決めろ」と言われる可能性があります。
これには良い側面と悪い側面があります。うまくこなせば大きな自分の成果、自分の成長につながる一方、うまくいかなかった場合には全部の責任を押し付けられますから。
「業務上必要なこと」か、「個人的に気になること」のどちらかがいいんじゃないですかね。
業務上の必要があってスキルを広げていくのは簡単です。さっきも言ったように、ネットワーク一つを取ってもインフラのことが分かっていないと「詳しい」とは言えない時代になっているので、ネットワークエンジニアが必要に駆られてインフラを勉強するというのは分かりやすいですよね。
そしてもう一つの方法としては、自分が面白いと思ったものを掘り下げてみること。
例えば僕がかつていた通信・ネットワークの世界を例に取っても、掘り下げていくとけっこう面白いんですよ。組み合わせによって通信スピードが格段に上がったり、レイテンシーの問題も案外ローカルな話で解決できたり。
掘ってみると面白いんだから、ちょっとでも気になるなら今は専門外のことだとしてもとことん掘り下げてみる、というのもアリです。
この2つ以外でただ「勉強としてやります」は絶対にやめた方がいい。「今後はIoTやFinTechが来るらしいから勉強しなければならない」なんて思っても、必要も興味もないことを勉強するのはツラいだけでしょう?
それに、ひと口にIoTと言っても、センサの話なのかネットワークの話なのかで必要になる技術知識は全然別だから、もはや概論なんて不可能なわけです。そんな中でただ勉強しようと思ったって、何からやっていいかなんて分からないでしょう。
そしてもう一つ、「必要」か「気になる点」が出てきたら、「自分で調べる」というのが重要です。ある程度の立場を持ったエンジニアになると、誰かに調べさせるという選択肢が出てきますが、あれは勧めません。
なぜなら情報というのは、ソースが何で、いつのもので、どういう文脈で書かれたものなのかが分からなければ、判断の材料にはならないからです。誰かがサマライズしたものでは何も分かりません。
大手の情報システム系の管理職がダメになっていくのには、そこに一因があると思いますよ。全部部下にやらせちゃうから。
いやいや、今はGoogleで検索すれば、ほとんどのことが分かる時代ですよ? 時間がないから調べられないなんて、言い訳でしかありませんよ。
それに、僕は個人的に気になることに関してはディテールまで調べるのが好きなタイプなので。隙間時間を使って、細かなところまで調べるのは日々の習慣になっています。
ただし、これは今までの話。現代のようにこれだけビジネステーマが複雑になって来ると、逆に一つのテーマについてそこまで時間を掛けて調べなくてもよくなると思うんです。少なくとも開発リーダー以上の仕事をしている人たちは。
良しあしを判断できるレベルの知識があれば、その後実際にプログラミングをしてくれる人は山ほどいますから。開発を請け負ってくれる会社もあれば、テクノロジーを競合優位性の一つにしている会社なら社内にもエンジニアはたくさんいます。
足りないのは、総合的に良しあしを判断できるリーダーなんです。開発領域が複合的になればなるほど、この傾向は顕著になります。
だから、どう得意分野を広げていくか? を考える時に大切な考えは、「自分で最終判断できることをいかに増やすか?」なんですよ。
外注するにしても、一番大事なのは結局、絶対に社内リソースでやらなければいけないところと、社外に切り分けできるところの見極めじゃないですか。それができるためには、ある程度、全体を俯瞰できないといけない。最初に話した全体設計の勘が重要なのは、そのためです。そこで「私の専門はネットワークですから」とか言って、ネットワークのことだけ語っていても、何の意味もない。
エンジニアを動かしていくという意味では、開発リーダーは自分で書けないにしても、最低限コードを読めた方が良いでしょう。でもそれさえも、これからを考えると微妙なところです。後10年もすれば、デバッグとかコードの解釈とかはAIがやってくれるでしょうから。
下手すれば単純なコーディングそのものもAIがやるようになる。その方が間違いがないから。言われた通りのコードを書く仕事だけをしていると、人間でなくてもよくなっていくでしょう。
ただ、細かく分割されたタスクをこなすのはAIに置き換わるとしたって、システムの全体像を把握して、手掛けるプロダクトの優位性を保つにはどこを自社独自に開発し、どこからは外注やOSSの利用でいいか? みたいな部分を判断する仕事は、絶対になくなりません。だから自分で判断できることを増やしていくことが大事なんです。
それは簡単。「俺だったらどうする?」、「私だったらどうする?」と自問自答しながら業務を進めるということです。
例えば自分がある専門分野の開発を任されているとしても、他に関わる技術領域なり事業領域がいくつかあるはずで。自分が向こう側の立場だったらどうしたいか、なぜこの人はこんなことを言ってくるのか、私がプロジェクトリーダーだったらこういう仕事のくくり方をするだろうか、と自問自答しながら仕事をすることが大切だと思います。
そうやって自問自答していると、おのずと専門分野を超えた知識が付いてきます。いろんなことを「自分ごと」として捉えると、必要なことや気になる点は自然と見えてくるもの。そうすると、調べ方も全然変わってきますよ。
そんなに難しいことを要求しているわけではありません。プロジェクト全体を統括している立場を想像するのが難しいのであれば、直属の上司から始めたらいい。リーダーが下した判断に「あれ?」と思うことがあったら、「なぜこういう判断を下したんですか?」と直接聞きに行けばいいんですよ。
そうすることで自分が今まで見えていなかったものが見えるかもしれないし、自分の方が正しいということが分かるかもしれない。ホントに使える知識ってそうやって広がっていくもので。成長とはそういうものです。
逆に、上司のことを「ダメだダメだ」とは言うけれども、「自分だったらこうする」というのがない人もいる。そういう人は、自分がリーダーの側に回ることが絶対にないと思っている。「他人ごと」なんです。
なぜ「他人ごと」なのかといえば、その仕事が嫌いだからでしょう。あまり深掘りしたくないと思っている。好きで仕事をしていたら、「自分だったらこうやるのに!」というポイントは、見ようとしなくても見えてしまうものです。
そういう人はさっさと転職した方がいい。だって「自分が上司だったら」って考えにならない時点で、その仕事、向いていないんだから。極端な話、今は趣味の世界に走ったってお金になる時代ですよ。好きな道に行けばいいんです。
子供の頃って、好きなことをやっている時は時間を忘れるじゃないですか。あれと一緒です。好きなことをやっているのに、つまらないという人はいない。だから原点に戻って、時間を忘れて没頭できるようなことをプラスしていけばいいんです。
はっきり言って、嫌々仕事をしている人間より、感情を持たないAIの方が絶対にいい仕事をする。でも逆に言うと、好きでやっている人間にAIは勝てない。
ある程度やってみて初めてのめり込むということはあるので、僕は「石の上にも3カ月」をお勧めしています。3年はいらない。とりあえず3カ月やってみて、それでも好きにならなかったらチェンジです。別にハマれる技術領域や事業領域を探すべきでしょうね。
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両方ですね。組織としても、日本の企業はもっともっとGoogle的な組織を志向していかなければダメだと思いますよ。
Googleは「好きでその仕事をしているギーク」を集めているでしょ? かつ、以前は業務時間内に好きなことをやっていい「20%ルール」のようなルールも公然と奨励していましたよね? なぜそれがいいかというと、その方が、使う側も使われる側も適材適所が見つけやすいんですよ。そして、もう一つ大事なのが、事業が変化するスピードが早いからお互い流動的に「適所」が変わっていくところ。
マネジメントという観点で見て、「適材適所」という言葉がこれほどまでに重要になった時代は、人類史上ないと思いますよ。インターネットによって、個人にとってどこに適所があるかというのが見えるようになっちゃったから。
昔のサラリーマンはそれが分からなかったから、今いる場所がたとえ“牢獄”の中だったとしても、「これしかない!」と思って必死に専門性を磨いて何とか生きていくしかなかったんです。けれど、「もっと向いているところがあそこにありそうだ!」というのが分かってしまう時代に、そこに行けないというのはツラいですよね。
だからこそ、個人としてはまずは自問自答することです。そうすれば、気になる点は必ず出てくるし、「この分野の技術が分かればもっとうまくできるはず」というポイントが分かれば、自然と携わる技術領域も広がっていきます。
「俺にはこれしかない」じゃなく、「こっちに行ってみたら楽しそう」と思えるかどうか。よその業界も含めて、そうやって世の中を見ていけば、もしかしたらそれが転職のきっかけにだってなるかもしれない。
何より、そういうことを常に意識しながら仕事をすれば、働くことが面白くなりますよ。言われたことをやっているだけじゃなく、自分の手で変えられる可能性が出てくるわけですからね。
取材・文/鈴木陸夫 撮影/竹井俊晴
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