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生成AIの進化で、エンジニア間に生まれる「生産性の格差」とは?日米のAI活用最新事例も紹介【三宅陽一郎×松本勇気×石角友愛】

働き方

生成AIの進化によって、開発現場に起きつつあるパラダイムシフトを前に、エンジニアはどう立ち回ればいいのだろうか。

『エンジニアtype』では2023年6月21~25日に開催したテックカンファレンス『キャリアデザインウィーク2023』の基調講演で、『生成AIが開発現場にもたらすパラダイムシフトとは?』をテーマにトークセッションを実施。

本セッションにゲストとして登壇したのは、スクウェア・エニックスのAI部 ジェネラル・マネージャーでありゲームAI開発者・工学博士の三宅陽一郎さんと、LayerXの代表取締役CTOの松本勇気さん。

モデレーターには、パロアルトインサイトLLCの石角友愛(いしずみ・ともえ)さんをお迎えし、日米のAIテック最前線をひた走る各社の現在地や生成AIの進化がエンジニアの仕事やキャリアに与える影響について議論を交わした。

本記事では、日本のエンジニアがネクストステージへ進むためのヒントが次々と飛び出したセッションの様子をリポートしよう。

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株式会社スクウェア・エニックス AI部 ジェネラル・マネージャー
ゲームAI開発者、工学博士三宅 陽一郎さん(@miyayou)

ゲームAI開発者。京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。博士(工学、東京大学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。東京大学生産技術研究所特任教授、立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、九州大学客員教授、東京大学先端科学技術センター客員上級研究員。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、人工知能学会編集委員会副委員長・シニア編集委員、情報処理学会ゲーム情報学研究会運営委員。『大規模デジタルゲームにおける人工知能の一般的体系と実装 -FINAL FANTASY XVの実例を基に-』にて20年度人工知能学会論文賞を受賞

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株式会社LayerX 代表取締役CTO
松本勇気さん(@y_matsuwitter)

東京大学在学時に株式会社Gunosy入社、CTOとして技術組織全体を統括。またLayerXの前身となるブロックチェーン研究開発チームを立ち上げる。2018年より合同会社DMM.com CTOに就任し技術組織改革を推進。大規模Webサービスの構築をはじめ、機械学習、Blockchain、マネジメント、人事、経営管理、事業改善、行政支援等広く歴任。19年日本CTO協会理事に就任。21年3月よりLayerX 代表取締役CTO就任。開発や組織づくり、およびFintechとPrivacy Techの2事業の推進を担当。23年、LayerX LLM Labsを立ち上げ所長に就任

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パロアルトインサイトLLC CEO / AIビジネスデザイナー
石角友愛(いしずみ・ともえ)さん(@tomoechama)

ハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、グーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをリード。その後、HRテック・流通系AIベンチャーを経てシリコンバレーでパロアルトインサイトを起業。データサイエンティストネットワークを構築し、日本企業に対して最先端AIやDXの戦略提案から開発・導入まで一貫したAI・DX支援を提供。東急ホテルズ&リゾーツ株式会社が擁する3名のDXアドバイザーの一員として中長期DX戦略について助言を行う。AI人材育成にも意欲的で、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)や、東京大学工学部アドバイザリー・ボードを務めるなど幅広く活動している。
毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。
著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、など多数
パロアルトインサイトHP ※お問い合わせ、ご質問などはinfo@paloaltoinsight.comまで

生成AIを活用するほど広がる「生産性の格差」

三宅陽一郎×松本勇気×石角友愛

石角:生成AIの進化はプロダクトや開発スタイルなどあらゆる点に影響を与えていますが、三宅さんはゲーム業界における生成AIの進化をどのように感じていますか?

三宅:実はゲーム業界では1980年代からアルゴリズムベースの生成AI、いわゆる「プロシージャルによるコンテンツの生成」があったんです。ただ、メインコンテンツは人間、周辺データはAIが作る……といったように、人間とAIが協調体制でゲームを作るスタイルでした。

それが近年、機械学習ベースの生成AIに変わり、生成AIのクオリティーが良くなったことでAIがメインコンテンツの開発にもどんどん活用されるようになったと感じています。

石角:ゲーム業界では「生成AIがゲーム開発の現場でどう使われるか」という議論がされ始めて久しいですよね。生成AIがメインコンテンツでも活用されることで懸念や課題はありますか?

三宅:生成AIのクオリティーが上がったとは言え、それを最終製品としてユーザーに届けるにはまだ足りません。世界観やアートの面で人間によるすり合わせや修正が必要になりますね。

そこにコストをかけながら生成AIを活用するのか、今までどおりメインコンテンツは人間が作るほうがいいのか……という点が議論の中心になっています。

三宅陽一郎×松本勇気×石角友愛

石角:ゲーム業界では生成AIと共存することが前提となっていて、既に具体的な議論に進んでいるのですね。

松本さんがCTOを務めるLayerXでは、大規模言語モデルの専門チームを作られたそうですね。生成AIの進化をどう見ていますか?

松本:やはりソフトウエア開発のパラダイムは変わりつつあると感じています。

弊社ではGitHub Copilotが出てきた時にすぐ社内でも使えるようにしたのですが、今ではAIによるコード補完なしで開発することはできなくなりました。

まさに「Copilot=副操縦士」という立ち位置ですね。

今ではVSCodeにChatGPTのプラグインを導入して、開発プロセスに積極的に取り入れるようにしています。

これまでエンジニアが行っていたGoogle検索して該当する情報を収集し、コードに落とす……というプロセスがほとんどなくなり、悩む時間が格段に減りました。

ただ先ほど三宅さんもおっしゃっていたように、AIが生成するコードは完璧ではない。

人間とAIが共存しながら生産性を上げるために模索している最中です。

石角:新しい技術を早く取り入れることが付加価値を生み出すスピード感につながっているのですね。

「GitHub Copilotが『AutoPilot(自動操縦)』ではなく、あえて『Copilot(副操縦士)』、まさしく『相棒』として人間と共存する立ち位置になっていくだろう」という話はアメリカでもよく聞きます。

GitHub Copilotを導入し始めた当初は、戸惑うエンジニアも多かったのではないですか?

松本:もともと開発時にGoogleとともに行っていたプロセスをGitHub Copilotに置き換えるだけといえばそうなので、それほど戸惑いはありませんでした。

ただ、AIツールを活用するようになって「生産性の格差」が生じるようになった点は課題だと感じています。

私たちのチームは比較的シニアのエンジニアが多かったので、AIが生成したコードに対する判断が速くできる体制ではありましたが、エンジニアリングの知識が浅い人だと、AIが生成したコードの良し悪しが分からないですよね。

そこを判断するのに余計な時間がかかり、ベテランエンジニアと若手エンジニアの間に格差が生まれてしまうことが起き得ます。

石角:アメリカでも「プロンプトエンジニアリングを極められるかどうかが生産性を変える」という議論が出てきています。

三宅:今の生成AIって、一般の人が使うことを考えるとまだまだ過渡期ですよね。正直、ググったほうが早いというケースも多々あります。

AIと人間の間のインターフェースをもっと最適化しないと使いこなせない人は多いと思います。呪文のようなプロンプトではなく、もっと直感的なGUIが必要です。

今生成AIを活用できている人は多いように見えますが、実はほんの一握りじゃないですかね。

石角:私はAI導入を検討している企業から相談を受ける立場ですが、テックに疎い業界の方だと「ChatGPTってどうやって使うの?」というフェーズから始まる方も多いです。

ゲーム業界ではかなり生成AIの導入が進んでいると思いますが、活用方法についてはどのようなものがあるのですか?

三宅:さまざま分野があると思いますが、一つはキャラクターに会話をさせることですね。

ただ、今のGPT系ってサイズが大きいんですよね。キャラクターに合った発言だけでいいので、もっとコンパクトなものを作れる仕組みが必要だと思います。

加えて、今年の後半くらいには3Dデータの自動生成もトレンドになると思います。

と言っても、複雑なオブジェクトやアニメーションを生成できるようになるにはもう少し時間がかかるかと思います。学習データがそれほど多くないからです。

今のところ企画段階における言語面や2Dでの活用が基本で、徐々に最終製品のほうに移行されていくのではないでしょうか。

石角:Apple Vision Proの登場によって、今後は3Dデザインなどにも影響を与えそうですよね。ゲームの可能性がさらに広がっていきそうです。

松本さんは生成AIの活用事例についてどう思いますか?

三宅陽一郎×松本勇気×石角友愛

松本:業務領域だといろいろな場面で活用できそうだと感じています。例えば、弊社では会議の議事録を自動生成するシステムを導入しています。

単に録音データを文字起こしするだけでなく、話者の分離や要約まで自動で行ってくれるのでとても便利です。

石角:私も使っています。人に頼るとコストがかかるうえに人によって内容物に差が出てしまいますが、システムを使うと均質化できて良いですよね。

松本:ほかにも、LLMを既存のOCRのような機械学習タスクに組み込んでもみたのですが、処理が重たすぎて一般ユーザーが活用するにはあまり適切ではなかったですね。

現実的には、やはり人のサポートとして活用したほうがいいという結論に達しました。

あとChatGPTって、できることが多すぎるがゆえに結局活用方法がわからなくて離脱する人が多いと思うんですよね。

それよりも一つの機能に特化して業務を効率化するために活用するほうが向いていると思います。

ベテランエンジニアにチャンス到来?

石角:先ほど生成AIの活用が進むと「生産性に差が出る」というお話もありましたが、エンジニアのキャリアにはどのような影響を与えると思いますか?

松本:あと2~3年もしたら、仕様を書くだけで勝手にソフトウエアが生成されるような未来が来るかもしれません。

となるとエンジニアが自分でコードを書かなくて良くなる分、「お客さまが欲しいものをきちんと捉えるスキル」が重要になるのではないでしょうか。

石角:エンジニアリングというよりはビジネスサイドのスキルが必要になるということですか?

松本:そうですね。ただ、「お客さまが欲しいものを捉える」というのは、お客さまから言われるがままに作ることを指すのではなく、課題を分解してソフトウエアで解決する方法を編み出すことを指します。

要件抽出やコミュニケーションスキルに加えて、ソフトウエアアーキテクチャ全体を捉える情報設計力が必要になると思います。

石角:課題解決や0→1ができるエンジニアが求められるということですね。

三宅さんはどう思いますか?

三宅陽一郎×松本勇気×石角友愛

三宅:エンジニアは「ゲームを作る」というよりも「ゲームを生成するシステムを作る」というレイヤーに変わっていくと思います。

と言うのも、これまではゲームに登場するキャラクターの挙動や地形などもすべてエンジニアが作成していたのですが、今は少しずつ自動生成する流れに変わっています。

もちろん、すべて自動生成では最終製品にはならないので、そこからいかに特色を出すかがエンジニアの腕の見せ所にもなっていくでしょう。

石角:オーケストレーションするスキルということですね。

三宅:そうです。これまでリーダーに求められていたスキルが、メンバークラスに求められるようになっていくと思います。

石角:長年エンジニアとしてのキャリアを歩んできた人にとって、この変化は厳しいのではないですか?

三宅:そうとも限りません。なぜなら長年開発の現場にいるエンジニアは「そろそろ人間がゲームを作るのは限界」と肌で感じてきているはず。

例えば、デバッグ一つをとっても、もはや人間だけで行うのは難しい領域に来ていることは現場のエンジニアであれば誰もが感じています。

そうなると「AIを活用したら良いのでは?」という発想が生まれるのは自然なことですよね。

ただ、当初は課題を解決するソリューションがなかった。

そこから、ゲームエンジンやライブラリ、ミドルウエアといった形で知見が積み重なり、システム化したところに昨今の生成AIが加わって、もう一段レイヤーが上がったというイメージですね。

石角:すでに豊富な知見があるベテランエンジニアにこそチャンス到来ということですね。

三宅:はい。複雑な工程になるほど理解するのに時間がかかるので、ベテランエンジニアの知見は大きなアドバンテージになります。

一方でこれまでの知見さえあればOKということではなく、自動化など新しい知識も必要になるでしょう。

生き残る人材は「学びのプロ」

石角:生成AIの登場によって大きな変化が起きている開発現場。今後、エンジニアがイノベーティブに働くには何が必要でしょうか?

松本:まずは積極的にChatGPTやLLMを活用してみることが大事です。

例えば、今まで自分が書いたコードをLLMに書いてもらうにはどう質問すれば良いかを試してみるといいかもしれません。

新しい技術を活用する中で今後自分の開発スタイルがどう変わっていくかを想像し、新しい仕事の仕方を生み出していくことが「イノベーティブな働き」につながるのではないでしょうか。

加えて、技術領域を広げていくことも必要だと思います。

これだけ高精度なコード生成ができるようになり、マネージドサービスも身近になった今、エンジニアには各開発プロセスをつなげるスキルが求められていくと思います。

技術領域を一つに絞るのではなく、徐々に周辺技術に知見を広げていくことで視野も広がり、想像力が培われると思います。

三宅陽一郎×松本勇気×石角友愛

石角:アメリカでも「4年に一度は学び直しが必要」と言われているのですが、ここまで速いスピードで技術革新が進むとなると「学ぶプロ」になることが重要だと感じます。

三宅:僕も松本さんとほぼ同じ答えなのですが、「とにかく小さく実験してみる」のが大切だと思います。

新しい分野であるほど経験者が少ないわけですから、どんなに小さな実験も非常に重要なんです。そこで得た知識が後々生きることもあると思いますよ。

研究発表や海外の論文を見てみると、実はあまり知られていないAIの技術がたくさんあります。そういった情報を収集して試すだけで、実は世界最先端の技術だった……ということも珍しくありません。

石角:情報収集をする上でおすすめの方法はありますか?

三宅:ゲームに関しては「IEEE CIG(IEEE Computational. Intelligence and Games)」や「AIIDE(AI and Interactive. Digital Entertainment)」、「GDC(Game Developers Conference)」といったカンファレンスの資料を毎年チェックするのがおすすめです。

石角:情報をインプットするだけじゃなく、実験という形でアウトプットして、そこで得た知識や成果を何かしらの形で発表できる状態にしておくのが大切ということですね。

お二人とも、素晴らしいお話をありがとうございました。

>>『キャリアデザインウィークECDW』のイベントレポート一覧はこちら

>>本編アーカイブ動画はこちら

文/赤池沙希

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