三谷宏治氏
1964年、大阪生れ福井育ち。ボストン コンサルティング グループ(BCG)、アクセンチュアで19年半、経営コンサルタントとして働く。1992年 INSEAD MBA修了。2006年からは特に子ども・親・教員たちを対象にした教育活動に注力。現在は大学教授、著述家、講義・講演者として全国を飛び回る。K.I.T.虎ノ門大学院の主任教授、早稲田大学ビジネススクール・グロービス経営大学院 客員教授。放課後NPO アフタースクール理事、NPO法人3keys理事。永平寺ふるさと大使
近年、日本ではスタートアップ熱が高まりを見せている。
日本政策投金融公庫総合研究所が今年1月に発表した「起業意識に関する調査」によると、事業経営の経験がないビジネスパーソンの約2割が起業に関心があると答えている。加えて、IPO(新規株式公開)や事業売却などイグジットのフェーズまで導いた上で、また新たなビジネスを立ち上げるシリアルアントレプレナーも増えてきた。
だが、スタートアップの本場シリコンバレーなどに比べると、日本では「エンジニア出身の起業家」がまだまだ少ないのが実情だ。企業内で新規事業を立ち上げる場合も、事業計画の企画・実行でリーダーシップを取るのは非エンジニアであることが多い。
現在はテクノロジーが関与する新規事業の方が大半であるにもかかわらず、エンジニアはリーダーをサポートする立場にとどまるケースが多いのだ。
シリコンバレーに目を向けると、Y Combinatorや500 Startupsを筆頭にアントレプレナーを育成するインキュベーターが多数あり、エンジニアからビジネスリーダーへ進化する起業家がたくさん存在している。エンジェル投資家の中には、「創業陣にエンジニアがいることが投資の必須条件」と明言する人までいるという。
そんなトレンドの中、ここ日本でも多くのエンジニアがアントレプレナーや事業をけん引するリーダーへと進化していくには何が必要なのか。
「大切なのは、『発見力』と『重要思考』を磨くこと」
そう話すのは、ベストセラー『経営戦略全史』などの著書を持ち、社会人大学院の「K.I.T.虎ノ門大学院」で主任教授を務める三谷宏治氏である。
発見力と重要思考とは何か。そして、なぜこの2つの力を磨くことが「事業の担い手」となるために必要なのか。その真意を尋ねた。
三谷宏治氏
1964年、大阪生れ福井育ち。ボストン コンサルティング グループ(BCG)、アクセンチュアで19年半、経営コンサルタントとして働く。1992年 INSEAD MBA修了。2006年からは特に子ども・親・教員たちを対象にした教育活動に注力。現在は大学教授、著述家、講義・講演者として全国を飛び回る。K.I.T.虎ノ門大学院の主任教授、早稲田大学ビジネススクール・グロービス経営大学院 客員教授。放課後NPO アフタースクール理事、NPO法人3keys理事。永平寺ふるさと大使
ええ。アクセンチュアではエンジニアとプロジェクトを共にする機会が多かったですし、K.I.Tに通っている学生も、3割くらいがエンジニアだと思います。
勤め先の業種はさまざまですが、大きく2パターンに分かれると思います。
1つは、より上流工程に携わるエンジニアになるため。主にSIerの業務系エンジニアに多いパターンですが、昨今はクライアントに言われた通りにシステムを作っているだけでは価値を提供できなくなっています。経営環境や経営戦略について学び、よりユーザー目線でシステム戦略を提案していくために、学んでいる学生が多いですね。
もう1つは「エンジニアからの脱却」です。起業したい、別分野にキャリアチェンジしたいなど、目標はそれぞれ異なるものの、いずれの場合もビジネスリーダーになるために事業経営について学んでいると言えるでしょう。
いくつか理由は考えられますが、教育課程の問題は大きいと思います。
日本では中学・高校時代に文系と理系とに進路が分かれますが、理系に進む人は、理数科目が好きという理由の他に、「人前で話すのが苦手」、「1人で課題をこなす方が得意」という場合も多い。
そんな理由で理系の大学に進み、エンジニアになったという人が多いでしょうから、そもそもリーダーとしてチームをけん引していくことを負担に感じている人が多いような気がします。
一方、アメリカでは幼少期から「小遣いは自分で稼げ」という方針で教育するように、家庭も含めた教育の課程でビジネスマインドが徹底的に鍛えられます。だから、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグのようなエンジニアのアントレプレナーが多いのではないかと。
加えて、エンジニアという職業を選んだがゆえの思考のクセも、その一因かもしれません。
私が経営戦略コンサルタントだったころの話をすると、コンサルタントには「どんな新規アイデアが出せるか」、「事業にブレークスルーをもたらす打ち手は何か」などと、既存の常識をくつがえすような思考が求められます。言い換えるなら、発想を“広げる技術”が強く問われるわけです。
対してエンジニアは、そのアイデアなり戦略を形にするのが仕事になるケースが多いため、「技術的に実現可能性はあるのか」、「納期に間に合うのか」といった“たたむ技術”を教え込まれます。
この“たたむ技術”は、プロジェクトをつつがなく進行していく上では非常に重要であるものの、ゼロから事業を作り出し、イノベーションを生み出す過程では足かせとなってしまうのです。
思い切って環境を変えるのが一番でしょう。「広げる」ことを求められない職場で働いていては、個人がどれだけ意識しても、実践の場が得られませんから。
もちろん、個人として職業上の思考習慣を変える努力をすることも大切です。私はよく、「発見力を鍛えよう」と言っています。
文字通り、本質的に解決すべき課題を「見つける力」です。
イノベーションのジレンマを提唱したクレイトン・クリステンセンの著書に『イノベーションの DNA 破壊的イノベータの5つのスキル』という本がありますが、この本の執筆時に彼は、世界各国500人以上の起業家・イノベーターについて徹底的に調べました。
その結果を「イノベーターのDNA」として5つのスキルに分類してみたところ、イノベーターとしての資質は後天的に身に付くもので、中でも発見力が大事と指摘しています。ユーザーの抱える不満や、人々の生活にある非効率を見つけることが、イノベーションを生む源泉になるのだと。
イノベーションとは、何も「無から有」を創ることだけではないのです。
常に自分の“頭の外”を意識しながら物事を見てみること。今持っている自分の常識から少し離れた視点で洞察する訓練をするのがよいでしょう。
例えば私は、通勤時に電車が本も新聞も読めないくらい混雑している場合、中吊り広告を見ながら「これは誰に向けて情報発信しているのか」、「何でこのキャッチコピーなのか」と考えるようにしていました。
私の頭の外、つまり広告主やクリエーターの立場になりきって、キャッチコピーや写真の持つ意味を推察するわけです。
そうすると、個人的には「興味がない」と思っている製品の広告でも、意外と練り込んで作ってあると気付いたりする。逆に、「訴求したいであろうターゲットを考えると、もっとこうしたらいいんじゃないか」と思考をめぐらすこともできるでしょう。
ほかにも、顧客企業との打ち合わせなどの時は、アポイントの時間より30分くらい早く受付に伺ったりしています。受付に座り、周囲を見回すと、置いてある製品ディスプレイやパンフレット、行き来する社員の様子などからいろんな発見があります。
多いのは、受付周りは綺麗にしてあるのに、来客者に向けて最もアピールすべき製品パンフレットが汚れていたり、古かったりするケースですね。何人もの社員がそこを行き来しているのに、誰もそのことに気付いていない。
客観的に考えると、営業促進ツールとして置いてあるはずのパンフレットがいい加減に扱われているのはおかしいですよね。そうやって、普段は見逃してしまうような部分にも目を配ってみることで、発見力が磨かれると考えています。
その通りです。エンジニアとして「たたむ発想」が常習化している人にとっては、「広げる」視点を持つためにすぐできる思考訓練の一つだと思います。
ここまで、エンジニアが陥りがちな点ばかり話してきましたが、エンジニアの良いところは勉強が好きで、知識を習得し続ける習慣があるということです。いろいろ技術書を読んだり、勉強会へ行ったりしながら、“自己バージョンアップ”に精を出している人たちがたくさんいます。
その習慣を技術とは別の世界にも適用してみるだけでも、ビジネスリーダーに近付くきっかけを得ることができると思うのです。
博報堂の加藤昌治さんが書かれた『考具』という本は発想力の超ロングセラーですが、あの本には「色縛り」とか、さまざまな発見力のトレーニング方法が書いてあるので、ぜひ、試してみてください。
ただ、これは習慣付けしないと意味がありません。とにかく繰り返しやってみることが大事なのです。新しいプログラミング言語を学ぶ際も、次々に新しい技術書を読み漁るだけでは身に付かないですよね? 1冊読んだ上で繰り返しコーディングしてみる方が上達するはずです。
そのプロセスと同じなんですよ、思考を広げてビジネスを作り上げていくことも。
K.I.T.の講義内容や、重視する姿勢についてはこちらにまとまっている
そうですね。K.I.T.には専任教授と客員教授がいますが、新たに授業をお願いする方には必ず「学生たちに知識を与えるだけでなく、その思考法を鍛える」よう、お願いしています。
それともう一つ、必ずお願いしているのが、「重要思考」をベースに生徒同士がディスカッションを続ける内容にしてほしいということです。
どの社会人大学院でも、ケーススタディを通じてディスカッションをする授業を盛り込むものですが、K.I.T.ではワンテーマで議論し続ける中で重要思考を習得してもらうのを最重要視しています。
私が考案・実践してきた一種の論理思考で、すべての主張を、相手に対する「重み」と「差」でとらえようとするものです。
関連の著作が何冊かありますが(※編集部注:三谷氏の著書でも『一瞬で大切なことを伝える技術』などが重要思考に詳しい。10月発刊の『戦略思考ワークブック』もオススメとか)、物事をうまく進める上で何が最も「ダイジなこと」なのかを見極め、正しく意思決定するための方法論になります。
重要思考を磨くために、ディスカッションの中で使ってはいけないNGワードも設定しています。
KSF(Key Success Factors)、日本語で言う事業の「成功要因」という言葉です。
仮に「近年のAppleの成功要因は?」というテーマでディスカッションをするとして、多くの人は「スティーブ・ジョブズのリーダーシップだ」とか「垂直統合の製造手法でプロダクトの品質を高めたこと」などを要因として挙げます。
でも、議論で出てくる要因は、どれも「1つの要因」であることに違いない場合が多く、話が平行線を辿ってしまいます。それでは思考を深めることにつながらないし、意見の衝突から生まれる新たな発見も出てこない。
本来考えるべきなのは、さまざまある成功要因の中から、自分なりに「重み」と「差」を考え、最も「ダイジなこと」を導くことなのです。ですから、「……というのも1つある」という言い方もNGにしています。
ここまで言ってきたことに尽きますが、仕事に打ち込んで勉強もしつつ、興味や関心の幅を広げていくことですね。そのどこかに課題があったり、ビジネスのヒントがあったりしますから、必然的にそれに気づくチャンスも増えます。
それと、ビジネスは1人ではなくて必ず志やビジョンを同じくする仲間、同志と一緒にすべきという考え方があります。切磋琢磨しながらチャンスを見つけて、ともに苦労しながらもビジネスとして育てていくには、やはり能力の組み合わせが必要です。
そういう得意技の違う、しかし価値観を同じくする仲間を見つけることも大事ですよね。
取材・文/浦野孝嗣 撮影/小林 正
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