観客動員、前年比120%。オリックス・バファローズのファン離れを解消したクラウド活用戦略~AWS Summit Tokyo 2014レポ
医療、教育、メディア……スマートデバイスの普及やクラウド技術の発展により、IT技術の適用分野は急速に広がっている。もはや、IT知識をまったく必要としない業種はなくなったと言っても過言ではない。
7月17日、東京都港区のグランドプリンス新高輪で開幕した国内最大級のAWSカンファレンス『AWS Summit Tokyo 2014』。AmazonのCTO、Werner Vogels氏が務めた初日の基調講演のテーマは「No Boundary」だった。
パートナー企業が次々と登壇し、さまざまな領域へと広がるAWSの適用範囲を紹介する講演の冒頭で、Vogels氏は世界最大級の空き部屋シェアサービス『Airbnb』の事例を取り上げ、業界の変化を説明した。
いわく、『Airbnb』の1日あたりの利用者数は約15万人。急成長に伴って、AWSのEC2インスタンスは1300まで増加しているそうだが、それを運用しているのはたった5人のスタッフという。
「ホスピタリティ業界においてすら、ITは特別なものではなくなった」と話す同氏の言葉通り、ITの広がりに「Boundary(境界)」はないというわけだ。
ファンとの接点すべてをポイントで定量化
こうした流れは、いまやスポーツクラブの経営にも及んでいる。
現在、プロ野球パ・リーグで首位を走るオリックス・バファローズは(※2014年7月20日時点)、AWSを活用したCRMシステムの導入により、ファン獲得の面でも好調を実現しているという。
個別セッション『オリックス・バファローズの挑戦!AWSを活用したファンビジネスをご紹介』に登壇したオリックス野球クラブ株式会社、専務取締役事業本部長の湊通夫氏によれば、2014年は前年同期比で観客動員が120%、ファンクラブ会員は137%と、景気のいい数字が並ぶ。
オリックスが導入したのは、日立ソリューションズが提供する『ファンビジネス向けトータルCRMソリューション』。プロモーションからポイント管理、データ分析まで、ファンビジネスを支援する機能をトータルにクラウドで提供するサービスだ。
オリックスはこのシステムを使い、3万人近いファンクラブ会員のチケット購入やグッズ購入、球場への来場などの行動をポイントサービスで定量化し、そのデータを分析することで、それぞれの嗜好に合ったサービスを提供するOne to Oneマーケティングを実践しているという。
CRM導入は、合併で離れたファンを取り戻す「新しい価値」の象徴
システム導入に至った経緯は、球団が誕生した2004年までさかのぼる。神戸を本拠地とするオリックス・ブルーウェーブと、大阪を本拠地とする大阪近鉄バファローズの2球団が合併する形で誕生したのが、今のオリックス・バファローズだ。
湊氏は、「合併当初、球団は神戸と大阪のファンが足されて2倍になると楽観視していました」と振り返る。だが、実際はその正反対。ファンの数は、前年のおよそ60%まで減ってしまった。
「ファンの声は『球団の方向性が分からない』というものでした。両方のファンを大切にすることが重要ですが、(それぞれの球団の色があり)実際には難しかった。何か新しい価値を生み出さなければならないということでスタートしたのが、CRM導入プロジェクトでした」
プロ野球の球団経営は、大きく分けて「チケット」、「飲食・グッズ」、「宣伝」、「イベント」、「ファンクラブ」の5つの部門から成り立つが、従来のオリックスは各部門がバラバラに施策を打っていた。使っているシステムもそれぞれ異なるもので、連携が取れていなかったという。
CRMの導入は、これらを連携させ、ポイントサービスという軸になる「新しい価値」を生み出すことで、ファンの活動を活性化するのが目的だった。
2012年に要件定義をするところから始まり、新しいCRMシステムは2013年シーズンから稼働。読売ジャイアンツのような人気球団のないパ・リーグはもともと集客力が低く、危機感を持って施策に取り組む球団が多かった中で、「この動きはむしろ遅い方だった」と湊氏。
ただ、新システム構築の上では、この遅れが奏功した。
「5年前であればスクラッチで作らざるを得ず、コストがかかるわりに陳腐化するのが早いという事態になっていたと思います」
他球団のIT利用動向を見ることができたことと、クラウド技術が向上したことにより、初期投資を抑えつつ拡張性を維持した理想的なシステムを構築することができたという。
「ユニフォーム無料提供」が赤字にならないとデータ分析で発見
こうした考えに基づき、2013年シーズンに集めたデータを分析、2014年からはこのデータを利用して本格的にPDCAのサイクルを回し始めた。それがうまくいった一例が、ファンクラブ入会特典の「ユニフォーム無料提供」だ。
通常、ファンはシーズンインを前にお金を払ってユニフォームを購入する。そのため、無料で提供すると、売り上げが落ちてしまうのではないかという議論があった。
「でも、昨年のデータを分析してからは、単純にそうはならないという結果が出ていました。実際にユニフォームの売り上げは落ちましたが、背番号や名前を入れるサービスの売り上げにより、損失分は補填できたのです」
これにより、全体としての売り上げは落とすことなく、ファンクラブ会員を増やすことに成功した。
ほかにも、神戸開催の試合の来場者の4割近くが大阪からの客だったり、会費の安いファンクラブ会員が意外にグッズ購入に多くのお金を使っていたりと、データ分析からは、先入観とは違う結果が表れているという。こうしたデータを基に、マーケティング戦略を立てたり、新たなサービスを立ち上げたりといったことが可能になった。
ただ、こうしたデータは活用できて初めて意味を成す。湊氏は「CRMはあくまでツールでしかないので、導入すればファンが増えるのかと問われれば、答えはNoです。それを実際にどう使っていくか。マネジメントが重要であり、人が重要になっていくと考えています」と強調していた。
取材・文・写真/鈴木陸夫(編集部)
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