ドコモとの提携で医療システム改革に乗り出すスキルアップジャパンが、「スマホ×クラウド」に見た可能性
8月からNTTドコモが開始する、患者の既往歴や患部の画像・動画など、患者の治療に必要な情報を複数の病院で共有できるクラウドサービス。すでに全国の医療・介護機関から大きな反響を得ているという。
ベースとなるのは、医療・介護従事者間コミュニケーションアプリ『JOIN』。迅速かつ濃密な情報のやり取りが求められる医療・介護従事者のため、iOS・Androidモバイル端末間で手軽にセキュアなコミュニケーションを実現した。
アプリ『JOIN』をダウンロードしたスマホやタブレット同士であれば、LINEなどの既存コミュニケーションアプリと同感覚でチャットを行えるほか、治療や介護に必要な情報、例えば患者の既往歴や患部の画像・動画なども共有可能だ。
一般的なフォーマットの画像だけでなく、CT、MRI、CRなどの医用画像フォーマットであるDICOMのビューワーを標準搭載したことで、病院内の画像管理システムとも連携できる環境を提供して、高い評価を獲得している。
これをドコモと共同開発したのは、スキルアップジャパンである。
実は同社が医療分野に参入したのはつい最近のことで、それまではデジタルコンテンツ配信サービスの提供を通じ、多様な領域でイノベーションを実現してきた。
異なる業務領域から、新規参入が難しいと言われる医療分野に挑戦したのはなぜか、また、なぜそこで画期的なサービスを生み出すことができたのか、関係者へのインタビューで紐解いていく。
電子カルテが抱えていた課題がモバイルの普及で変わる
まず、スキルアップジャパンが、あえて難しい領域にチャレンジした理由について、同社代表取締役社長の坂野哲平氏はこう語る。
「Web関連を筆頭にこれだけIT技術が進展しているにもかかわらず、医療などの世界ではさまざまな障壁が存在していたことから、これら技術の活用がなかなか進まないで来ました。しかし、病人や負傷者は日々発生します。より迅速で、より効果的な治療や処置というものを患者の方々は求めていますし、その使命を負う従事者も強く願っていました。この問題を解決したい。当社ならばそれができるし、しなければいけない。そうした思いが発端になっていました」(坂野氏)
異なる医療現場でのデータ共有の必要性は、以前から叫ばれていた。例えば、すべての病院でデータのフォーマットが共通していれば、投薬歴や病状などの比較・確認が容易にできる。転院の際など、治療法の検討に活かすこともできるだろう。
しかし、ニーズがあるにもかかわらず、日本の医療の現場で情報のクラウド化が進まなかったのには理由がある。その一つが法規制の問題だ。
あえて言うまでもなく、医療・介護の領域では患者の重要な個人情報が扱われる。これを確実に保護しながら、治療等に役立つスピーディーなコミュニケーションへ結びつけようとすれば、まずは医療・介護界独自の複数の法規制にも対応しなければいけない。
「厳しい法規制が並ぶ日本とは異なり、細かな規制事項が存在しない諸外国の医療機関などでは、医師や看護師が『WhatsApp』などのモバイルアプリを当たり前のように使って、コミュニケーションをしています」
もちろん、既存アプリをそのまま使用することは、情報漏洩の危険性など数々の問題をはらむが、従事者の間で「モバイル端末を活用した情報交換」のニーズが高まっている現実は見えてくる。
幸い日本でもデジタル情報の取り扱いにかかわるいくつかの法規制が緩和されてきている。それを追い風にしつつ、医療・介護従事者のニーズを解決するアプリを開発しようと考えたのが『JOIN』であると、プロジェクト全体を統括する藤村岳氏は語る。
「『JOIN』では、従来のモバイル・コミュニケーションツール同様の簡易な操作性を実現しつつ、既存ツールでは不可能だったDICOMフォーマット画像のやり取りなど、この領域の人々が必要としている機能や役割も調査しながら達成して共存させていく。そうして、セキュリティを含め、サービスのクオリティを上げてきたんです」
気になるのは既存の電子カルテシステムとの違いだが、これについてはプロジェクト全体を統括する藤村岳氏が答えてくれた。
「まず根本的な立ち位置が違います。院内に立てたセキュアなサーバを軸にして、あくまで院内での利用を前提として患者情報を管理・活用しようとしてきたのが従来型の電子カルテシステム。一方、スキルアップジャパンが『JOIN』などのアプリで実現したのは、ローカルシステムに依存しないクラウドサービスです。『どちらがベターなのか』というように比較対照する存在ではなく、別物として捉えてほしいと思っています」(藤村氏)
現場の医師も認めた堅牢さと利便性
今回のソリューションが注目と期待を集めた理由はもう1つある。これもまたクラウド型サービスならではの利点だ。
「医療現場で求められてきた複数機関間での患者情報の共有ですが、これまで多くのシステム上の障壁が存在していました。しかし、双方の機関が当社のソリューションを採用すれば、これもスムーズに実現できるようになるのです」(藤村氏)
新聞でも報道されたように、すでに多くの機関がソリューション導入を決定している。東京慈恵会医科大学付属病院をはじめとした大きな影響力を持つ15病院だ。
有力機関が早々に導入を決めたことで、ソリューションの拡大浸透はさらに加速度を上げていくことだろう。それだけに、立場や役割の異なる機関や従事者がストレスなく利用できるだけの汎用性も求められるところだが「その点も抜かりはない」と藤村氏。
坂野氏が話した通り、デジタルコンテンツやモバイルサービスで実績を重ねてきた同社には、多様なノウハウがあるからだ。
実際にこのサービスを導入しており、サービスの構想段階から携わっている東京慈恵会医科大学付属病院の医師である高尾洋之氏に、2014年3月30日に『JOIN』の開発段階の構想を聞いた。すると、使い勝手や汎用性へのこだわりが垣間見えた。
「このサービスの最大の特徴は徹底的に医師が使いやすくできていることだと思います。それはプログラマーが現場に来て、わたしたち医師がどのように使っているかを徹底的に調べ上げているから実現したのだと思います。医療現場にプログラマーが来るのなんて、この会社くらいなものです(笑)」(高尾氏)
病院の中と同じ情報を外でも見られるようにしたかった、と高尾氏は続ける。
「病院では若い医師が当直を務める場合、緊急患者が搬送されてきたときにベテランの医師に治療方法について相談することがよくあります。これまでは電話で相談していたのですが、経験が浅いと、患者の状況を効率よく伝えるのが難しいんです。これは、治療の遅れや、最悪の場合、誤診にもつながりかねません。医療画像(CT,MRIなど)や採血などの医療情報をなるべく早く、正確に共有できることは医療の現場では生死に直接関わる重要なこととして以前から求められていました」(高尾氏)
「現場のニーズを捉えていきながら、この領域のスタンダードとなり得るソリューションへと成熟させていけば、今度は国境という壁も越えられる。そう確信しています」(藤村氏)
仮に医療・介護の世界に精通していなくとも「モバイルアプリ1つで数多くの機能を実現」という状況を創り出すことにかけては、高度な成果を上げ、ノウハウ蓄積してきた。その自信がスキルアップジャパンにはある。英語、ポルトガル語などの外国語環境にも当たり前のように素早く対応した。そのため、例えばブラジルなど海外の複数の医療機関が使い始めているという。同社が日本で起こしたイノベーションは、早くもグローバルなスケールにまで発展しつつあるのだ。
BtoCアプリ開発者の知見が発展の肝に
多くの病院からすでに引き合いが来ているというこのシステムだが、導入に際し、課題があると坂野氏は語る。
「リリース後、ありがたいことに引き合いが急増し、エンジニアの人数が足りない状況になっています」
アプリの基本画面を見ればわかるように、非常にシンプルで使いやすい印象を与えるUIが設定されている。だが、背後にはセキュアな取り扱いが求められる情報があり、多彩なフォーマットによる画像情報の再現性も必要となっており、いくつものプログラムが同時に動作するためのバックボーンがある。
今後、さらにソリューション利用者が急拡大すれば、さらなる設計や開発、そして運用面、セキュリティ面などでの工夫が必要となってくるだろう。
「医療・介護についての造詣」が仮にゼロ状態なエンジニアだったとしても、それはキャッチアップしていくことが可能なのだと藤村氏は言う。
「このシステムは業務系システムとして利用されますが、UIや内容に関してはBtoCサービスに近い部分が多々あります。現在開発に携わっている社員の中にもWebサービスの出身者が少なくありません。良いWebサービスを作りたい、という人も楽しんで開発できる環境です」(坂野氏)
Webサービスと業務系システムのハイブリッドなシステムで、スキルアップジャパンは世界の医療を変えていく。
取材・文/森川直樹 撮影/竹井俊晴
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