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「愛」を感じないと外れないブラ『TRUE LOVE TESTER』開発のライゾマらに聞く、ウエアラブル普及のカギ

ITニュース

    1月23日、YouTube上にある画期的な“デバイス”の動画がアップされ、約500万ものView数を稼いで話題を呼んでいる。

    始まりはクラブでのワンシーン。力任せに女性を口説く「The Animal」、言葉巧みにナンパしまくる「The Technician」、金にモノを言わせて女性を落とそうとする「The Flashy Guy」……。そんなダメ男たちが、いつものやり方で女性に言い寄るが、いざブラジャーを外そうとしてもなかなか外れない。

    その女性が着ける『TRUE LOVE TESTER』という名のランジェリーは、「真実の愛」がないと絶対に外れないブラだからである。

    仕組みはこうだ。ブラに内蔵されたセンサで女性の心拍数を計測し、Bluetooth経由で専用のiOSアプリに通信。「心拍数→恋愛によるドキドキ→TRUE LOVE RATE」が一定の値まで高まったことを確認すると、今度はアプリからフロントホックを外す信号が送られる。だから、小手先のテクニックや偽りの愛では外せない。

    肝心のホック部分には専用の小型デバイスが搭載されており、まさに新世代の“ウエアラブル・ブラ”と形容すべき代物なのだ。

    実はこれ、ベリグリが展開する女性ランジェリーブランド『Ravijour』が、10周年を迎えて実施している「ムードアップキャンペーン」の一環として実際に開発したもの。残念ながら一般販売は予定されていないが、同キャンペーンへの応募を通じて、5組10名がラグジュアリーホテルで実際に体験できるという。

    クライアントに「これが夢だった!」と言わせたモノづくりとは

    (写真左上から時計回りに)プロデューサー高橋聡氏、ライゾマの鴨井世友氏、TASKO木村匡孝氏、エンジニア堀尾寛太氏、ライゾマの清水啓太郎氏

    (写真左上から時計回りに)プロデューサー高橋聡氏、ライゾマの鴨井世友氏、TASKO木村匡孝氏、エンジニア堀尾寛太氏、ライゾマの清水啓太郎氏

    この『TRUE LOVE TESTER』の開発に当たったのは、デザイン・アート・エンジニアリングの三位一体で各種クリエイティブを提供しているライゾマティクスなどで編成されるチームだ。

    企画・プランニングは、Team Piratesと、JAC AWARD(2007、2010)やカンヌ・ライオンズ、CLIO Awardsほか国内外で60以上の広告賞・デザイン賞を受賞してきたプロデューサー高橋聡氏、ロボットの芦沼智行氏らが担当。

    特製ランジェリーやホック部分のデバイス開発に関しては、清水啓太郎氏をPMとするライゾマのチームと、オリジナル機械の開発で定評のあるTASKOの木村匡孝氏らが、『Ravijour』のデザイナーとともに手掛けた。

    「男性の草食化やセックスレス化が騒がれている時代だからこそ、今回のキャンペーンではカップルのコミュニケーションや女性の気持ちを高められるようなモノを提案したいと考えていました。そのため、ランジェリーを単なるファッションアイテムとしてでなく、ムードアップのためのプロダクトとしてとらえ直してみるというコンセプトは、皆で議論していくうちにすんなり生まれましたね」(Team Pirates)

    この構想を、依頼主のベリグリに提案すると、社長は「それこそわたしの夢だ!」と絶賛。即、開発にゴーサインが出たという。

    だが、言うは易し、行うは難し。特にホック部分のデバイス開発では、心拍数に応じて自動的に外れる機能を持たせるのにかなり苦労したという。

    『TRUE LOVE TESTER』のフロントホック部分に搭載されている小型デバイス

    『TRUE LOVE TESTER』のフロントホック部分に搭載されている小型デバイス

    その機構・回路設計を手掛けたのは、TASKOの木村氏と、エンジニア堀尾寛太氏の2人。

    「ブラとしての着け心地やファッション性を損なうと、ムードアップにはつながりません。身に着けた時に違和感がないよう、できるだけ機構を小さくするのが課題でした。が、小さくすればするだけ、ブラ紐が引っ張る力に耐えられなくなってしまう。小型化と強度アップを両立するために、何度もモックアップを作りました」(木村氏)

    結果、デバイス内に小さな電磁石応用部品を仕込み、TRUE LOVE RATEが閾値に達するとiOSアプリからの指示で人体に影響のない微弱な電気が一瞬だけ流れるようにし、ホックが外れる構造にした。この形にたどり着くまで、デバイスだけで50~60もの試作を繰り返したという。

    さらに、上の動画を見ると分かるように、このデバイスにはLEDも組み込まれている。女性の心拍数の上昇に応じて、青から紫、ピンク、赤、白点滅へと変わる演出をするためだ。

    これらすべての制御をデバイス側で行うのは現実的ではないため、心拍数に応じてLEDを点灯させたりホックを外す際の制御は、すべて専用のiOSアプリが担うよう工夫されている。

    このアプリ開発を担ったのが、ライゾマの鴨井世友氏だ。

    「ブラが外れる心拍数のボーダーラインをどのくらいの値に設定するかが一番苦労した点です。そもそも、心拍数の変化から恋愛における女性のドキドキを割り出して、『TRUE LOVE RATE』に換算するというのは、誰もやったことがない取り組み。ムードアップという体験を、どう数値に落とし込むべきか、けっこう悩みました」(鴨井氏)

    感情に訴えるのは、機能よりストーリー

    取材では、試作段階のデモムービーも見せながら開発秘話を語ってくれた

    取材では、試作段階のデモムービーも見せながら開発秘話を語ってくれた

    しかし、企画したTeam Piratesや高橋氏、開発を請け負ったライゾマ&木村氏ら全員が、そういった「技術」を意識させないランジェリーの開発を特に心掛けたと話す。

    ムードアップという「感情を演出するためのプロダクト」である以上、テクノロジーの斬新さよりも、鴨井氏が言う「体験」を重要視しなければならないと考えていたからだ。

    「『TRUE LOVE TESTER』は、あくまでもカップルのコミュニケーションを豊かにするためのプロダクト。ですから、どういう体験ができれば会話が弾むのかなど、このランジェリーが生み出すストーリーメイキングの方が重要でした。そこから逆算して考えると、テクノロジーが前面に出るモノづくりではなく、自然な体験の中にテクノロジーを溶け込ませる工夫が欠かせなかったのです」(高橋氏)

    これは、現在さまざまなタイプが出始めているほかのウエアラブルデバイスが、一般社会に普及するために超えるべき壁の一つでもあるだろう。

    清水氏や木村氏も、今回の“ウエアラブル・ブラ”の開発経験を踏まえてこう話す。

    「実は、開発の初期段階では『一般販売できないか?』という声も挙がっていたんです。でも、ランジェリーだと汗で濡れてしまったり、洗濯をどうするのかなど、技術的にはまだまだ実用化への課題が多いんですね」(清水氏)

    「それに、デバイスを組み込む上で常に問題となるのは、電力源をどう確保するか。腕時計のような身に着けるモノって、おしゃれで便利なだけじゃなく、電池の減りを気にせず生活できるレベルまで進化したから普及したと思うんですね。ウエアラブルデバイスも、電力問題の解消は普及に向けた大きな壁になると思います」(木村氏)

    加えて堀尾氏は、省電力化やデバイスの小型化に関して、ウエアラブルデバイスだけに処理系の機能を載せず、別のデバイスと連携して行うやり方も解決策の一つになると予想する。

    「これは『TRUE LOVE TESTER』の開発でも採った手法ですが、『konashi』のようなデバイスを使えば、各種機能の制御系はすべてスマホアプリ側で行うような設計も可能です。デバイス側に処理を持たせなければ、小型化や省電力化もしやすくなります」(堀尾氏)

    意外と盲点なのは「非日常」を演出するデバイスの開発

    「技術的な面白さを追求しても、コンセプトそのものが刺さらなければ一般社会には普及しない」と皆が言う

    「技術的な面白さを追求しても、コンセプトそのものが刺さらなければ一般社会には普及しない」と皆が言う

    では、技術的な側面以外での普及要素~例えば製品づくりのコンセプトや、UXとしてのストーリーメイキング~を考えると、何が必要になるだろう。

    「意外と非日常用のウエアラブル開発は面白いかもしれない」と清水氏は言う。

    「ブラを身に着けるのは女性にとって日常のことですが、ドキドキしないとブラが外れないというシチュエーションは、多くの女性にとって未経験の『非日常』です。ウエアラブルデバイスも、日常生活のUXを追求するモノとしてではなく、非日常的なUXを生み出すためのプロダクトとして再定義してみると、面白いモノが生まれるかもしれませんね」(清水氏)

    『TRUE LOVE TESTER』によるプロモーションは、当初から海外にも発信していく前提でプランニングしていた。その狙い通り、YouTubeの動画には外国語のコメントが多数並び、中には「自分で外す時はどうするんだ!?」、「女性側が彼氏を一方的に好きな場合は勝手に外れるのか?」などの突っ込みも。

    「それもこれも、このムービーがいろんなことを想像させるモノだったからだと思うんですね。そういう、想像力を掻き立てる面白さがあるかどうかは、新しいデバイスが普及していくための大事な要素だと思います」(高橋氏)

    まだ世界的なデファクトになるような製品は登場していないウエアラブルデバイスの世界。考え方と開発のアプローチ次第では、意外なトレンドを生み出せそうだ。

    >> 『TRUE LOVE TESTER』制作・コンセプトムービー制作スタッフのクレジットはコチラ

    取材・文/浦野孝嗣 撮影/竹井俊晴

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