キャリアVol.91

「今、世界制覇に最も近いのは業務アプリ開発かもしれない」 アレン・マイナー氏が読み解く2013年のエンタープライズIT

ソーシャルゲームやB2Cのスマートフォンアプリが脚光を集める昨今、対比的に「斜陽」と形容されることの多いエンタープライズIT市場。確かに2000年代にあったような大規模案件は減り続け、SIerのリストラやSEに対する職制転換のニュースももちらほら聞こえてくる。

そんな中、これからのエンタープライズITの動向を占ってもらうには、誰が適当か? その問いで真っ先に思いついたのが、アレン・マイナー氏だった。

データベース製品のデファクトとなったオラクルの日本法人を立ち上げた人であり、クラウドコンピューティングの先駆者であるセールスフォース・ドットコムを日本に広めた人。さらに、日米でのインキュベーション事業によって、さまざまなテクノロジーベンチャーを支援してきた人である。

IT業界の歴史から最先端までを知るマイナー氏の目には、現在の業務アプリ・システム開発の世界はどんな風に見えているのか。尋ねると、よく聞く悲観論とは対照的に、出てくる言葉は希望に満ちていた――。

アレン・マイナー氏日本オラクル初代社長として知られる、日米IT業界に精通する偉人。1986年に米ブリガムヤング大学卒業後、 米オラクルに入社。1987年から日本オラクル代表として同社の成長に貢献。 1999年、日本オラクルの株式公開後、退職してシリコンバレーにてサンブリッジの準備を開始。同年12月にサンブリッジを設立し、以降は日米のITベンチャー投資・育成に力を注ぐ

「完全にイノベーティブなもの」の誕生後は、必ず別の商機が生まれる

―― さっそくですが、2012年までのエンタープライズIT市場をどう見ていましたか?

読者により分かりやすくイメージしてもらうために、ちょっと昔話をしましょう。わたしは2007年1月のことを今も鮮明に記憶しているのですが、なぜだと思いますか?

―― さぁ……なぜでしょう!?

iPhoneとWindows Vistaがリリースされた月だからです。

アップルの出したiPhoneは、いわば「完全にイノベーティブなもの」でした。一方のVistaは、過去の延長線上で生まれたもの。この両方を見比べた時、「時代が変わった」と実感したのを覚えています。

「完全にイノベーティブなもの」の誕生後は、必ず別の商機が生まれる
2007年の同時期にリリースしたiPhoneとWindows Vistaは、「モノづくりの方向性」として完全に異なる製品だった

わたしの予想通り、アップルはiPhoneとApp Storeで新しいアプリビジネスを生み出し、その後iPadでタブレットのマーケットも開拓しました。iPadの誕生はある程度予想できたものでしたが、その普及スピードは誰も予想していなかった。

話を質問の答えに戻しましょう。現在のエンタープライズITの世界は、iPhone/iPad誕生後の状況と似ていると思うのです。クラウドプラットフォームという「完全にイノベーティブなもの」が誕生して以降、新しいビジネスチャンスが生まれ、その普及スピードは予想以上に速まっているからです。

―― では、今後のトレンドがどう変わっていくのか、日米でITベンチャー支援にかかわっておられる立場から、どのようにお考えですか?

前提として、3つのドライビングファクターがあると考えています。

1つは、今話したクラウドコンピューティングのさらなる普及。2つ目が、ビジネスで使われるデバイスが、PCからタブレットへ急速に移行していること。そして3つ目が、クラウドサービスやタブレットデバイスを利用するという意思決定が、IT部門から部課レベル、もしくは個人に移りつつあることです。

その結果、エンタープライズITでは、ここ数年以内にセールスフォース・ドットコムに代表されるマルチテナント型のサブスクリプションモデルが主流になっていくでしょう。導入のしやすさやメンテナンスの容易さを考えると、業務システムがSaaSに移行するのは自然な流れだと思います。

―― SaaSが注目されて久しく経ちますが、2013年現在も、多くの企業の活用範囲はCRMやメールシステムなどと限定的です。今後は、どの分野のサービスが普及するとお考えですか?

文字通り、企業活動のあらゆる業務分野です。現在わたしたちサンブリッジが支援する企業の中でも、経費管理ソリューションの『Concur(コンカー)』やグローバルな資金管理を可能にする『Kyriba(キリバ)』、人財管理サービスの『SilkRoad(シルクロード)』といったサブスクリプション型の業務アプリケーションを提供する企業があります。

「完全にイノベーティブなもの」の誕生後は、必ず別の商機が生まれる
オンラインやモバイル機器から経費精算の処理が行えるようになるソリューション『Concur

今までCRM一辺倒だったクラウドベースによるアプリケーション活用も、こうしたサービスが普及することで、企業のあらゆる部門がクラウドプラットフォームの恩恵を受けるようになっていくと思います。

―― そうなると、今まで基幹業務パッケージのカスタマイズやハードウエア販売マージンによって収益を上げてきたSIerは、ますます苦境に立たされそうですね。

ええ、その通りです。

パッケージ導入を望む企業は今も存在していますし、運用のニーズなどもありますから、当面はSIのビジネスモデルが崩壊することはないでしょう。でも、この先は分かりませんし、いつ転換点が来てもおかしくない。

個人的には、「ソフトウエアクリエーター」として求められるクリエイティビティや付加価値を提供できないSIerは、いわゆる“中間卸売業者”として淘汰されると思っています。

ちなみにこうした変化は、ここ最近で突然起こったものではありません。今から約13年前、われわれがセールスフォース・ドットコムの日本法人を立ち上げる際、協力を仰いだSIerの方々からこんなことを言われたのを思い出します。

「わたしたちSIerは、インプリメンテーション費とパラメーター設定費だけで社員を食べさせることはできない。いずれあなたが言うような時代が来るだろう。ただ、今すぐビジネスモデルを変更するのは難しい」と。要は、13年も前からすでにあった問題なのです。

わたしが日本オラクルにいた1990年代、ソフトウエアベンダーにとって「SIer&ハードウエアベンダーとのパートナーシップ」はビジネス成功のカギでした。が、それもセールスフォース・ドットコムの立ち上げ時には有効な策にはならなかった。ですからわれわれは、初期の営業戦略をどうすればいいか、非常に頭を悩ませることになったわけです。

この問題は、SIerにとって、古くて新しい問題といえるでしょう。

日本企業は真面目に「作る」が、「売り」への真面目さに欠ける

―― エンタープライズITの領域でクラウドプラットフォームがますます一般化してくると、その上で動くアプリやソフトウエアを海外に広めるチャンスも高まります。世界市場へのスケールを前提とした場合、日本企業の強みと弱みは何だとお考えですか?

日本企業は真面目に「作る」が、「売り」への真面目さに欠ける
自ら手掛けるインキュベーション事業で、日米での精力的な講演活動を行っているマイナー氏

日本企業が持っているアイデアや、エンジニア個々の開発力が、ほかの国の競合企業に比べて劣っているとは思っていません。むしろ強みだと思います。

ソフトウエア開発力の高さは、日本のゲーム産業がそれを示してしますよね。あれだけ高度なゲームソフトを、ほとんどバグなしでリリースできる質の高さは、世界的に見ても希有なレベルです。

アイデアレベルで見ても、例えばiPadによるPOSシステムを実現した『ユビレジ』などは、先進的と言われるアメリカの決済サービス『Square』と比べても遜色のない素晴らしい業務系サービスだと思います。こういったサービスが、すでに日本でも生まれ始めているのです。

にもかかわらず、これまでB2B領域で日本生まれの世界的なサービスがほぼ出てこなかった理由が、2つあると思っています。

日本企業は真面目に「作る」が、「売り」への真面目さに欠ける

それは、品質にこだわるあまり開発に時間をかけ過ぎていたことと、その努力に勝るだけの力をセールス・マーケティングに注いでこなかったことです。

これはアメリカ企業との比較になりますが、あちらでは、プロダクトマネジャーやセールス・マーケティング部門が作り手と市場の間に立って、リリースのタイミングやユーザーインターフェースの改善要求を頻繁に出します。

言ってみれば、売るための施策を作り手にも要求するわけです。

一方、日本の会社は残念ながらこの機能が総じて弱い。そのため、優れた品質でありながら「少数にしか売れないソフト」、「使い勝手のよくない製品」が生まれてしまう。これは明らかに、売るために割くリソースが少な過ぎるために起こる現象だと思います。

海外展開においても、日本企業がセールス・マーケティングを軽視していると感じる事例はたくさんあります。企業が自国の市場から海外市場に進出する際、アメリカのIT企業なら現地の市場を熟知した経験豊富な人材をセールス責任者として採用し、任せるのが一般的です。

ところが日本企業の多くは、違った手段を採りたがります。日本国内で活躍した営業担当者やマネジャーを、責任者として現地に送り込むんですね。自国の実績が必ずしも現地の市場で通用するわけではないにもかかわらず、です。

日本企業は作ることには真面目はあっても、売ることへの真面目さは、デファクトを生み出すような欧米企業に比べて弱いのではないでしょうか。

―― 日本企業はモノづくりにこだわり過ぎだと?

そこまでは断言しません。どの国であってもダメなソフトウエアは売れませんから、品質にこだわること自体は悪いことではない。ですが今日のような「リーン開発」、「リーンスタートアップ」の時代において、重視されるMVP(Minimum Viable Product)を見誤っているケースも多いと感じます。

つまり、スピード重視で実用最小限の製品を市場に投入し、顧客に不備を詫びながらブラッシュアップしていくという発想も、より必要になってくるのです。いち早く最新機能を提供することが競争優位に結び付きますし、顧客の心をつかむことにもつながるからです。

そうした戦略を販売に結び付けるのが、プロダクトマネジャーやセールス・マーケティング部門の役割と言えるでしょう。

特に競合する製品のレベルが接近している場合、ライバルよりわずか1%でも良い提案をすれば、案件を分け合うことなくすべてを自社で獲得することが可能になります。ひいてはその積み重ねで、圧倒的なシェアを築くこともできるでしょう。

事実、ERPをはじめ業務アプリケーション製品においてオラクルがSAPに勝てなかったのはここの差でした。逆に、データベース製品でサイベースよりオラクルが勝ることができたのは、セールス・マーケティング戦略がライバルに勝っていたから。

品質や性能に大きな差があったからではないのです。

世界でスケールする製品を生み出すには「セールスのプロ」を雇え

―― では、それらの指摘を踏まえた上で、日本のソフトウエア企業が採るべき策とは?

セールス・マーケティングにかける熱量をアップさせることと、プロフェッショナル採用の強化でしょう。

市場で一定のシェアを持つ欧米企業の場合、マーケティングコストの割合が売上の30~50%を占めるケースも少なくありませんし、組織的、人事的な変化も日本企業に比べてはるかにドラスティックです。

現職の担当者より優れた人材がいれば入れ替えの対象になりますし、それは創業社長でさえ例外ではありません。優れた人材が見つかれば自ら経営を退き、外部から実績のある経営者を迎え入れることが、当たり前のように行われています。

世界でスケールする製品を生み出すには「セールスのプロ」を雇え
From Dell’s Official Flickr Page
セールスフォース創業者のマーク・ベニオフも、過去には自らトップの座を退き、外部から経営陣を雇い入れていた

これからはソーシャルメディアの発達で、クチコミによるマーケティングの有効性が確実に増すでしょうから、顧客ニーズに寄り添いながら高い品質を維持できれば、必ずしも欧米企業のマネをしなくてもよいでしょう。いわゆる「タイムマシン経営」も、その効力を失いつつありますしね。

とはいえ、少なくとも今までよりは、プロダクトマネジメントやセールス・マーケティングの重要性を意識し、プライオリティを上げていく努力をしなければならないと思います。

―― それらをクリアすれば、エンタープライズITの分野でも、日本からグローバルな勝ち組企業が生まれるかもしれないと?

可能性は以前より劇的に高まっているでしょう。

これは投資家として昔から言っているのですが、ある業界が大きくトランジションする時、破壊的イノベーションを起こすのは既存のプレーヤーではなく、これまでは「競合」ではなかったような新しい会社である、という事実があります。

1990年代、メインフレーム全盛期からクライアントサーバへの移行期、業務アプリケーションの世界では、SAPやピープルソフト、オラクルといった新興勢力が前時代のリーダーを追い抜きました。これと同じようなことが、クラウドプラットフォームへの移行期に入っている今、すでに起こり始めているということです。

こうした変化の時期に、日本から新しいデファクトを作り出す企業や個人が出てきても、何もおかしくはありません。

日本人開発者は、「よりユーザーに近い領域」で世界に勝る

―― マイナーさんがこれまで見てきた、日本のエンジニアの可能性はどこにあるとお考えですか? サービスを海外へスケールさせる際には、言葉や商習慣の違いなどさまざまな「壁」があると言われますが。

これまで、CPUとメモリストレージ、I/Oインターフェースの組み合わせで、優れたデジカメやカーナビ、携帯電話を作ってきた日本には、基礎研究に取り組む研究者から、新しい製品コンセプトを最終製品に仕上げることがエンジニアまでそろっています。これは大変な強みです。

ここに、もともと日本人が得意な「顧客満足度の高いモノづくり」を組み合わせることで、勝機を見いだせるのではないでしょうか。

わたしが最初に述べた3つのトレンドの1つ~クラウドサービスやタブレットデバイスを利用する意思決定が、IT部門から部課レベル、もしくは個人に移りつつある~に照らし合わせて考えると、日本人的なおもてなしの考え方で作られるソフトウエアにスポットライトが当たりやすくなるはずですから。

加えて、冒頭で例に挙げたiPadのように、10年に1度生まれるかどうかというイノベーティブな製品であっても、まだパーフェクトなインターフェースにはなっていません。手書き入力やペン入力、バーチャルキーボードなど、どの入力方法も過渡期にあります。

クラウドプラットフォームによって変化したエンタープライズITも、同じような状況にあると思っています。よりユーザーに近い業務アプリ開発の部分には、まだまだイノベーションの余地があるということです。

大手・ベンチャーを問わず、日本企業で働く研究者やエンジニアの皆さんに申し上げたいのは、自分たちのクリエイティビティにもっと自信を持って仕事に取り組んでほしいということ。皆さんの目の前には、世界へのチャンスが広がっているのです。

取材/伊藤健吾(編集部) 文/武田敏則(グレタケ)

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