「子育てがデザインやUXを考える訓練になる」パパとなって変わった、ものづくりとの向き合い方
IT業界でも、男性の育児参加が進んできた。例えばメルカリでは、男性の育休取得率が90%を超えた。しかし、全体で見ればまだ一部の企業だけ。「子育てはとにかく大変そう」「仕事と両立できるイメージがわかない……」という男性も、まだまだ少なくないだろう。
しかし、積極的に育児を担う先輩の中には「子育てが、仕事のいい訓練になる」と話す人もいる。リモートワークで上手に家族との時間をつくり、子育て経験を活かしたプロダクトまで開発している、ROLLCAKE株式会社の伊野亘輝さんだ。どのようにして「仕事×子育て」を両立し、ものづくりにどんな影響が現れているのか伺った。
「子どもの写真を残したい。でも、手間がかかるのはイヤ」子育ての体験が新サービスを生んだ
デザイナーからキャリアをスタートしたという伊野さん。さまざまな制作会社やECベンチャー、フリーランスを経験して、自らサービスを立ち上げたいという思いが強くなり、仲間とともに5年前、ROLLCAKEを起業した。現在はCXOとして、スマートフォン向けアプリの開発に携わっている。
「CXOとは、Chief Experience Officerのこと。アプリの企画・構成から、細かいUIの設計や表示文言の作成なども含めて、顧客体験の全てをワンストップで手がけるポジションです。ほかにも数名のデザイナーやエンジニアがいるので、サービスや広告などと担当を分けつつ、僕も現役で手を動かしています」
ROLLCAKEのメインサービスのひとつ『ALBUS』は、月に1回子どもの写真をプリントしてくれるアプリ。誕生の背景にあるのは、プライベートでは6歳の娘と3歳の息子 の父であり、妻のお腹には10月に誕生予定の第三子も宿っているという伊野さんの子育ての経験だ。
「最初は、子ども系のアプリを作る予定はなかったんです。でも、ちょうど子育てをしている時期だったので、自然とアイデアが出てきて。『iPhoneに溜まっていく子どもの写真を、ちゃんと残しておきたい。でも手間がかかるのはイヤだ』という素直な気持ちが、サービスに落とし込まれていきました」
プリントされた写真は自宅に郵送される。その写真を専用アルバムに納めていくだけで、手軽に思い出が整理でき、家の中に宝物が増えていくのだ。
「子どもの写真を管理するサービスって他にもいろいろあるけれど、フォトブックじゃ見にくいし、印刷だけでも面白くない。一番見やすく情報をまとめられるアルバムが、やっぱりいいなと思ったんです。親が自分のアルバムをよく整理してくれていて、それを見ながら育ってきたからかもしれません。だから、忙しい親が最小限の手間でアルバムをつくれるサービスにしました」
夏は1カ月リモートワーク
習慣さえつくれば、子どもがいても意外と自分の時間は持てる
子どもを持つと、生活は変わる。自由がなくなることにマイナスな思いを持ってしまいそうな気もするが、伊野さんは「そんなに心配はなかった」と話す。
「結婚前や出産前は身軽なので、心ゆくまで仕事に打ち込めていました。子どもができると、そうはいかないのは事実です。ただ、弊社の場合は、子どもの有無にかかわらず皆19時くらいには会社からいなくなる。僕も18時くらいには退社して、帰宅後は子どもとお風呂に入り、19時半には寝かしつけまで終えています。習慣さえつくれば、意外と自分の時間が持てるなという印象です」
加えて毎年、夏はまるまる1カ月もリモートワークをしているという。今年は山梨、去年は秋田で、家族とともに過ごした。古民家などの手ごろな物件を借りて、子どもたちは思いきり遊び、伊野さんは合間に仕事をする。
「僕たち夫婦は実家が関東なので、子どもたちに“田舎”がないんです。自然とふれあいながら遊ぶ経験をしてほしくて、どこかローカルに旅行をしようと考えました。そこで『せっかく自由に働ける土壌があるんだから、1カ月くらいリモートワークするのもいいなぁ』と思いついたのが、3年前のこと。それ以来、毎夏の恒例行事にしているんです」
リモートワーク期間は、毎朝11時くらいにオンラインでチームミーティング。伊野さんだけでなくほかのメンバーも同様にリモートワークをしているため、今年は宮崎・山梨・群馬・栃木・千葉・東京がネット上でつながった。夏がくる前に案件の進捗をしっかりと共有しておき、お互いが離れている間にするべきタスクを洗い出しておく。
「以前リモートワークをしているとき、認識違いがあって、お互いが別の作業を進めてしまったことがあったんです。そういう齟齬を繰り返さないように、毎日のミーティングを習慣化しました。仕組みさえつくっておけば、リモートでもまったく問題ありません。朝に幼稚園まで送っていくタイムロスがなくなるため、むしろ東京にいるときよりも早く始業でき、16時ごろには一日の仕事を終えられます」
もちろん、子どもとべったりでは仕事にならない。集中したいときには一人で近くのコワーキングスペースに出かけたり、妻に子どもを連れ出してもらったりと、工夫を凝らしているという。それでも、東京にいるときよりのんびり子どもと遊ぶことができ、仕事もちゃんと進められているという。
ロジックだけでは魅力がない
子育ては右脳を鍛えるトレーニングになる
「当社のような会社は今後増えていくのでは?」と伊野さんは語る。
「僕は、せっかく子どもが生まれるなら、しっかり子育てしてみたいと思ったんですよね。これから何十年もこの子達が生きていく中で、土台になる最初の数年に携われるなんて、すごい経験じゃないですか。もし子育てに興味を持っているのに、職場の環境が悪くて仕事と両立できないなら、転職したっていいと思う。現状に固執しなくても、いい会社はたくさんあるんじゃないでしょうか」
伊野さん自身も9回の転職をしているが、その経歴を不利に感じたことはない。自分が採用する側に立った今も、応募者の転職回数を気にする事はないそうだ。やりたいことをやるために、前向きな動機で転職しているのなら、回数や短い在職期間がマイナスになる時代ではないという。
伊野さんがプライベートを大切にしていたからこそ、『ALBUS』は生まれた。アイデアが浮かぶ他にも、子育ては仕事にプラスの影響をもたらしているんだとか。
「子どもと話すときって、正確でシンプルな表現じゃないと通じないんですよ。さまざまな前提知識を共有している大人と話すより、10倍くらい難しい。でも、サービスをつくるときには、何も知らないユーザーに正しく情報を伝える作業がとても重要です。だから、子どもとの会話がいい訓練になるんです」
例えば娘に「月ってなあに?」と聞かれたとき、答え方はいくつもある。地球の衛星だと答えてもいいし、宇宙の誕生に絡めて解説したり、詩的な説明をするのもいい。そのときの子どもの状況に対して、何が一番適切なのかを考えて対応する。そんな経験の積み重ねが、サービスのUXを高める仕事にもつながってくる。
「子育てをする前よりも、作業中のチェックポイントが増えている気がしますね。『これじゃ分からないかもしれない』『どこまで補足する?』『選択肢を増やす? 減らす?』など、さまざまな伝え方を考えるようになりました」
直感的に操作できる『ALBUS」のUIは、伊野さんのそんな思考から生まれているのだろう。「技術やロジックだけでは、いいプロダクトはつくれない」と伊野さんは語る。
「よほどの天才じゃない限り、ひらめきだけではそのあとに具現化できないし、ロジックだけでは魅力がない。ひらめくのは右脳だけど、それを検証して周りを動かしていくのは、左脳のロジックだったりします。右脳と左脳を行ったり来たりして、仕事を進めていかなきゃいけないんですよね。右脳を強化するためには、さまざまなカルチャーや人にふれあうのが効果的。そのひとつの方法として、子育ても有効なんじゃないかなと思っています」
取材・文/菅原さくら 撮影/天野夏海
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