乙女ゲーム『イケメンシリーズ』開発者に聞く“夢中”の生み出し方「“縦画面表示”が濃厚な恋愛体験の肝」
ソーシャルゲームの命は短い。日々新しいタイトルがリリースされるが、その多くがたった数カ月でサービス終了を迎える厳しい世界だ。しかしごく一部、熱狂的なファンを抱え、長きにわたりサービスを展開するゲームも実在する。その一つが、株式会社サイバードが提供する全世界でのシリーズ累計会員数2,500万人を誇る女性向け恋愛ゲーム『イケメンシリーズ』、通称『イケシリ』だ。
イケシリは2012年にファーストタイトル『イケメン王宮◆真夜中のシンデレラ』をリリースして以降、シリーズ全13タイトルで世界累計2500万ユーザーを擁するメガヒットシリーズ。「すべての女性に、恋のはじまりのような心うきたつ毎日を。」というシリーズのブランドメッセージ通り、多くのプレーヤーにときめきを与え、夢中にさせている。
その人気はいまや世界中に広がり、18年には「イケメンシリーズワールドツアー」を初開催。アメリカ・ロサンゼルスで開催された北米最大級のアニメイベント『Anime Expo』への参加を皮切りに、台湾、インドネシア、フィリピン、シンガポールと世界各地のアニメ・コスプレイベントに出展し、各国のファンを喜ばせた。
さらに近年、Amazon AlexaやGoogleアシスタントを介してキャラクターと会話を楽しむことができる『イケメンシリーズ イケメンとおしゃべり』などのボイスサービスをリリース。今話題の「2.5次元ミュージカル」をシリーズ中4タイトルで実施するなど、イケシリの世界は2.5次元・3次元にも進出し始めている。恋愛ゲームとはいえ、いちソーシャルゲームがなぜこれほどまでにファンを熱狂させるのだろう。
イケシリの開発者、西野功一さんは、もともとコンシューマーゲームをはじめ数々のゲーム開発に携わっていた。そして業界でも際立っていたイケシリの圧倒的人気の秘密を探るべく、2017年にサイバードに転職したという。そんな西野さんに、自身が開発に携わって学んだ「ユーザーを夢中にさせ、愛され続けるアプリ作りの秘訣」について伺った。
“目新しさ”より“イケシリらしさ”を重視する
「他社と比べてもイケシリのプロジェクトチームには、こだわりの強いプロデューサーやプランナーが多いように感じます。ソーシャルゲームの市場全体を見ても、一つのシリーズが7年間も続き、13タイトルにまで増えているのは珍しい事例ではないでしょうか」
もともと家庭用ゲーム機向けソフトの開発に勤しみ、かつて乙女ゲームやいわゆる「ギャルゲー」の開発に取り組んだこともあるという西野さんは、自身の経験を踏まえ、そう話す。
「イケシリの開発では、セリフや操作感、エフェクトの一つ一つについて皆で議論を重ね、細部までこだわりを詰め込んでいます。エンジニア目線で考えると新しい技術や流行りのUIを取り入れたい気持ちもあるのですが、チームが大切にしているのは最新だとか一般的に使いやすいだとかではなく、“これまでイケシリを愛してくれているお客さま”がどう感じるか。
あくまで『イケシリらしい恋愛体験を提供すること』を共通指標に置き、開発を進めているんです」
確かに、イケメンシリーズのゲーム画面は“新しさ”を感じるデザインではない。どちらかというと、ガラケー時代のゲームを思い起こさせるようなUIに近いような印象だ。しかし、これもプレーヤーを夢中にさせるための、「あえての選択」なのだという。
イケシリは7年間も続いているだけあり、幅広い年齢層に愛されている。最も人気の『イケメン戦国◆時をかける恋』では40~50代のプレーヤーも多いそうだ。シリーズの新規タイトルをリリースすると、これまでのユーザーが新たな恋愛体験を求めてプレイしてくれる。まずは「イケシリ」をこよなく愛してくれている世界2500万の既存顧客に愛されることこそが、新規タイトルの成否に直結しているのだ。
「シリーズを通して長く愛されているゲームである以上、過去のタイトルと操作性が大きく変わってしまうことが、お客さま離れにつながります。細かい操作説明やチュートリアルがなくとも、これまでのシリーズを遊んでくれているお客さまが“今まで通りの操作”を直感的にできるよう、工夫をしているんです」
しかしそれは、「古いやり方に固執して新しいものを取り入れない」という意味ではない。SNSや問い合わせフォームに寄せられた声にはリアルタイムで目を通し、ユーザーが“イケシリのどこを愛してくれているのか”について、きちんと理解するよう努めている。その上で、“愛されポイント”、すなわち長所を増幅させようとしているという。
その工夫の一つが、「縦画面表示」を採用し続けていることだ。
「感覚→ロジック→感覚」のサイクルを回し続ける
「他社の恋愛ゲームを見てみると、数年前から横画面表示を採用しているところが増えています。画面が広く使えるため、一画面に2人以上のキャラクターを登場させたり、他ゲーム機への移植が楽になったりと、『できること』が増えるんですよね。しかしイケシリではこれも議論を重ねた上で、あえて縦画面を採用し続けています。
縦画面が横画面に勝る圧倒的なメリットは、『キャラクターをより大きく表示できること』です。好きなキャラクターはできるだけ近く、大きく見れた方がうれしくないですか? それに、1対1で恋愛をしている感覚が増幅すると思うんですよ。
恋愛ゲームにおいて、お客さまはストーリーを傍観する第三者ではなく、キャラクターと恋愛をする“当事者”ですから、複数キャラクターを表示させることや新機能を付けることよりも、『好きなキャラクターとより濃く向き合えるかどうか』が大切なんです」
横画面表示にすることで一見多くのメリットが受けられるようにも思えるが、必然的にキャラクターの表示サイズは小さくなってしまう。イケシリでは制作側のやりたいことや都合ではなく、「ファンの抱く作品やキャラクターへの愛を尊重すること」を重視してきた。
その上で、縦画面の長所を増幅する工夫も行っている。代表的なのが、“エフェクト”へのこだわりだ。シリーズを重ねるごとに、ユーザーは前作のときめきを越えるような、より刺激的で濃厚な体験を求めるようになる。その期待に応えるために2017年にリリースした『イケメンヴァンパイア◆偉人たちと恋の誘惑』以降、Unityを導入。より自由で多彩な演出ができるようになった。とはいえ、やみくもにエフェクトを重ねて、派手な画面にすればいいというわけではない。
「例えば『キャラクターが過ごす街で火事が起きた』というシナリオがあったとします。このとき、キャラクターの周りで炎がゆれるような演出を入れるんですが、炎がごうごうと激しく燃え過ぎていたら、会話どころじゃなくなってしまいますよね。
恋愛を盛り上げるためには『大丈夫かな……』とハラハラするような、絶妙なバランスを実現したい。こうした数値化できない表現をすり合わせるために、イケシリではシナリオライターが感覚的に書いた演出を、デザイナーやプログラマーがロジックに置き換えて実装し、そのエフェクトをもう一度、シナリオライターが“感覚的に”チェックしています。“感覚→ロジック→感覚”のサイクルを回すことが大切なんです」
実装されたエフェクトが効果的かどうかを判断するのは、エンジニアやデザイナーではない。ファンの偏愛ぶりを知り尽くしたシナリオライターが、顧客目線でゲームをプレイし、本当に心が揺さぶられるかどうかを感覚的に判断しているのだ。
ソシャゲに携わるエンジニアには、積極性を持ってほしい
お客さまを夢中にさせるゲームを生み出す上では、エンジニア個人の働き掛けももちろん必要だ。イケシリの開発現場では、「自分で考え、伝える力」を持ったエンジニアに大きな期待が寄せられている。
「ただ言われた通りに作るのではなくて、相手の要望を理解した上で、自分が知りうる中で最適なアウトプットを選定し、それを相手に伝えて合意形成ができる。実装の手前に、そのプロセスを踏めるエンジニアは非常に貴重です。
例えば先ほどの例で言うと、シナリオに『炎のエフェクトを多めに』と書かれていたら、『どういう炎を求めているのか、そのエフェクトをどう制御できればリテイクされた時に修正しやすいのか』など、仕様書やシナリオの“行間”を読み解けるようになってほしいですね。それは一つ目線を上げて、上流思考を身に付けることにつながりますから」
『学生チーム対抗ゲームジャム』のメンターをはじめとして、ゲームエンジニアの育成に尽力している西野さん。ソーシャルゲームに携わる若手エンジニアには、ものごとの見方や長い目で見たときのキャリア形成についてよく考えてほしいと話す。
「長期的なキャリアプランを考えたとき、一つのタイトルにばかり関わっていると成長が頭打ちになってしまうことがあるんです。ゲーム業界は特に忙しいので、与えられた仕事をそつなくこなすだけでもあっという間に時間が過ぎてしまう。同じタイトルを10年担当したとしたら、そのタイトルに対しての技術力や年数的な意味でのキャリアは積み重なったとしても、メンバークラスの仕事しかできないエンジニアになってしまうこともあります。
ところが『10年のキャリアがあるならリーダーもできるはず』と一般的には思われてしまいがち。すると企業がその人材に求めることと実際のスキルにギャップが生まれてしまうんですね。その状況ではキャリアアップは難しい」
こうした事態を防ぐためにも、目の前に積まれた仕事をただこなすだけでなく、新しい技術を学んだり、マネジメントスキルを身に付けたりするなど「目指すべき目標を主体的に見つけて自走していくべきだ」と西野さんは考える。
「確かにチームとしては、同じエンジニアに同じことを任せ続けた方が安心だし、開発もしやすい。しかし、それを続けていると一人のエンジニアを同じタイトル、同じプロジェクトに拘束し続けることになってしまい、個人のキャリアアップにはつながりにくいんですよね。
ですからエンジニア自身が自分のキャリアを俯瞰で見て、積極的に新しいプロジェクトに手を挙げたり、自らの技術や知識をアップデートし続けたり、マネジメントなど新しいスキルを獲得たりする必要があります。一つのところにとどまり過ぎず、自ら新しいことに挑戦しようと動き続けることが大切。そしてそれが長い目で見れば、常にお客さまにより良いコンテンツとは何かを考えて、自信を持って提案や実装ができることにもつながっていくと思います」
取材・文/石川香苗子 撮影/桑原美樹
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