キャリア Vol.989

中国事例から考える、“社会実装”へのヒント「データと便益は引き換え」【連載:AI姉さん】

AI姉さん・チェルシーの海外AIビジネス事情

「日本はAI後進国だ」と言われているけれど、海外では今どのようにAI活用が進んでいるんだろう?本連載では、海外AIトレンドマーケターとして活動している“AI姉さん”ことチェルシーさんが、AI先進国・中国をはじめとする諸外国のAIビジネスや、技術者情報、エンジニアの仕事に役立つAI活用のヒントをお届けします!

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海外AIトレンドマーケター | AI姉さん 國本知里・チェルシー(@chelsea_ainee)大手外資ソフトウェアSAPに新卒入社後、買収したクラウド事業の新規営業。外資マーケティングプラットフォームでアジア事業開発を経て、現在急成長AIスタートアップにて事業開発マネジャー。「AI姉さん」としてTwitterでの海外AI事情やトレンド発信、講演、執筆等を行っている


こんにちは。海外AIトレンドを発信しているAI姉さんこと、チェルシーです。

皆さんは、なぜ中国が「AI先進国」と言われるほどの成長を遂げることができたのか、理由を知っていますか?大きな要因の一つが、「データ」です。

第三次AIブームが来る前の2014年時点で、アリババ創業者のジャック・マーも「人類はIT時代から、DT(Data Techonology)時代へシフトしている」と言っています。世界を代表するプラットフォーマーGAFAを見ても分かるように、“データを持つ企業”こそが最も強くなってきているのです。中国で起きているチャイナ・イノベーションも、まさに「データ」が柱と言っても過言ではありません。

日本においてはプライバシーの観点からデータ活用に抵抗があり、「リクナビ問題」など、データの扱いに関する議論が日々起こっています。そんな国内でAI開発において最も重要なデータ収集・活用に取り組むためにはどんなことに気を付ければいいのか、また、どうすれば前向きに進められるのかのヒントを、データ活用の盛んな中国の事例を踏まえてご紹介します。

中国は「データ」でAI先進国に

各国のAI事情を比較した際に、中国が圧倒的に世界を凌駕している点は「データ量」です。最近では「米中AI戦争」と言われるほど、アメリカと中国はよく比較されますが、それぞれ以下のような特徴に分けられます。

アメリカ:Research Driven (研究中心)・Expert is King (専門家が全て)
中国:Apprication Driven (応用中心)・Data is King (データが全て)

元Google China代表のカイフ・リー氏も次のように言っています。「AIは発見から実装のフェーズに入った。新しいアルゴリズムを発見した人が有利だった時代は終わり、今重要なのは実装。多くの資金とデータを持ち、早く動くところが勝つ。この意味で中国は有利だ」

研究・人材ではまだアメリカに劣っていても、AIの実装力で世界を取る。それが中国の強さです。「14億人という巨大マーケットで大量のデータを集め、AIの精度を上げた革新的なプロダクトを作り、ユーザー・売上を増やし、さらに良い人材を集める」。このサイクルを高速に回した結果、世界のユニコーンの1/4は中国テック企業になってきています。

つまり、「データを握れるかどうか」が企業の分かれ道だということ。中国で起こった変化は2~5年後に確実に日本でも起こります。では、中国ではどのように大量のデータを集め、AI実装を推進することができているのでしょうか。

データを集めるには「素晴らしい体験の提供」が必須

なぜ中国の国民は、「個人情報データを提供してもいい」と思えるのか。それは、企業が圧倒的に消費者体験を磨き込んでいるからです。どういうことか、事例を含めてご紹介します。

顔認証による個人証明の簡略化

2019年は“顔認証元年”と言われるほど顔認証の精度が上がり、決済などにおける顔認証の活用が進みました。Alipayを提供しているアントフィナンシャルが2018年より電子証明書サービスを開始し、身分証明書・運転免許証・戸籍といった書類がペーパーレス化。精度99.99%を超える顔認証・指紋認証をスマホで行うことによって、これまで数日掛かっていた面倒な手続きが数分で終わるようになったのです。

日本でも「本人確認書類を用意・写真を撮り、アップロードする」といったプロセスを採用するサービスは増えてきましたが、まだ現地に現物を持って証明しに行く必要があるケースも多いですよね。こうした日常にある不便さをなくし、なめらかな社会を支えてくれるのが、顔認証を始めとしたAI技術なのです。

クレジットスコア(芝麻信用)

データ議論で欠かせないのが、中国の“クレジットスコア”です。アリババグループの提供するクレジットスコア・芝麻信用では、ユーザーの金融能力を点数で評価。提供する情報(例:所有住宅・車の証明書)が多ければ多いほど点数もアップします。スコアが高いほどさまざまなサービスを使うことができ、融資や分割払いの限度額も上がります。

フリーミアムモデルは“データ”という対価を払うことによって無料でサービスを受けることができますが、今や提供するデータが多ければ多いほどユーザーの便益が上がります。「プライバシーを提供することが便利・利益につながる」という仕組みができているのです。

上記のように、中国人は企業にある程度の信頼があり、かつ圧倒的な便利さを得られることが分かれば、データを差し出すことに対して抵抗感を持たない傾向があります。

Megviiの炎上

日本ではプライバシー情報利用に関する問題が度々炎上していますが、データ提供に比較的寛容な中国でも同じような事例があります。

顔認証技術で有名なスタートアップMegviiが展開した「学校の授業におけるカメラ・AI活用サービス」では、授業中に本を読む、手を挙げる、スマホをいじる、寝るなどの回数を測定し、モニターに映し出すことを行いました。これに対して、中国版Twitter『Weibo』で「家畜と一緒だ、人権はないのか?」といった批判が殺到。このサービスがデータ提供者に対して何のメリットも生み出せない仕組みであるため、国民から受け入れられなかったのです。日本の炎上事例も同様に、企業側が消費者の利便さ・UXを考えきれていないことが共通の原因だと考えられます。

中国の事例からも分かる通り、データ収集・活用において重要なのは「データと便益は引き換えであること」という考え方。「データを提供してもらう代わりに、いかにユーザー体験を向上させるサービスを提供できるか」と考えてみることが、ユーザーに受け入れられる第一歩となりそうですね。

より安全で、お行儀の良い国になった中国

書籍「幸福な監視国家・中国」にも記載がありますが、中国の大都市は「お行儀が良くて、予測可能な社会」になりつつあります。

中国国内には2億台以上の監視カメラが設置されており、この監視社会を問題視される人も多いと思います。しかし2017年に深センで起きた誘拐事件では、警察が誘拐された子どもの特徴を入力したところ、ファーウェイ社による監視カメラですぐに子どもと誘拐犯の場所を特定でき、無事24時間以内に親元に帰れたという事例も。

また、中国で働く日本人に中国の監視社会について聞いたところ、「悪い人がすぐに見つかるので安心。むしろチェックなしで乗れる日本の新幹線のほうが怖い」という話もありました。

中国ではプライバシーデータを国民全員が取られているからこそ、悪い行いも全て即座に見破られます。例えば深センでは、信号無視をしたら顔写真がモニターに映し出されてしまうのです。顔認証技術をはじめAI技術の発展によって、“悪いことのできない仕組み”が整ったことで、中国は「お行儀の良い国」に変わってきているのですね。

さらに中国では2020年1月より『Deep Fake』の規制が始まります。『GAN』のようなAI生成技術を活用し、本人と見分けの付かないような動画・写真がネット上で広まるようになりましたが、Deep Fakeによる動画を公開する場合は、その旨を明記しなければ刑事罰の対象になります。AI技術によるプライバシー侵害も規制で守られる形となり、これまでよりもさらに「悪いことを取り締まる仕組み」が整うことに。こういった規制は、日本でもいずれ導入されるのではないでしょうか。

日本はここから何を学ぶか

前述した通り、エンジニアとしてサービス設計・改善をする際に忘れてはいけないことは「いかにして、よりデータを提供したくなるようなUXを極めるか」にあります。ここを設計することなく、データだけを提供してもらうといったことはありえません。

さらに、監視カメラのようにむしろマイナスのことをプラスに変える、付加価値の創出がAI活用においては非常に重要になります。また、Deep Fakeのように、日本でもプライバシー侵害につながる分野の規制は少なからず進んでいくでしょう。

それまでに企業間での開発においても、AI開発におけるデータの取り扱いについては、契約時に「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」をベースにして、開発側だけでなく顧客関係者側にも慎重に理解・合意を得ることが重要です。どういう利用目的でデータを使うのかを、お互いに明確にすること。ITではなく、DT(データテクノロジー)時代になる現代で、今後のAI活用においてはテクノロジーの使い方・相互理解が、ビジネスサイドだけではなく、エンジニアにも必須のスキルと考えられます。

「他社はどのようにデータを活用しているか」。そのヒントは中国にあります。エンジニアの皆さんも、同業界の中国テック企業のデータ収集・活用を探っていくことをお勧めします。

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