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「弱っている」「困っている」を認められない男たち。“コロナうつ”回避するためにエンジニアが今すぐできること【医師 大室正志】

働き方

    「自分は大丈夫」と思っていたのに、ある日突然ベッドから起きられなくなってしまうーー。

    誰もがなる可能性がある、うつ病。コロナ禍により多くの人が普段以上にストレスを感じている中、メンタル不調はエンジニアにおいても決して人ごとではない。特に、「人に相談できない」性質を持つ人は、悩みを一人で抱え込んでしまうため、病みやすい傾向があるという。

    「コミュニケーションが原因でうつ状態に陥ってしまうエンジニアは多い」と指摘するのは、IT企業を含む30社以上で産業医を務める大室正志さん。

    産業医 大室正志さん

    産業医
    大室正志さん(@masashiomuro

    大室産業医事務所代表。産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。社会医学系専門医・指導医 著書「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)NewsPicks動画OFFRECO出演中

    前回の「疲労」にまつわるインタビューに続き、今回は、「病まない自分」でいるためにエンジニアが今からできることを教えてくれた。

    「急激な環境変化」と「逃げ場のない状態」が、うつ病を招く

    ――「コロナうつ」のリスクが高まっているという類のニュースを目にすることがありますが、大室先生の実感としてはいかがですか?

    私の体感値ですが、緊急事態宣言の直後はその反対で、うつ病で相談にいらっしゃる方は一時的に減りました。エンジニアの方に限った話ではないのですが、会社員がうつ病になる場合、ほとんどの原因は「人間関係」にあります。

    リモートワークが浸透したことによって「顔も見たくない人」と無理して会わなくて済むようになった。それによって、コップから水が溢れそうになるギリギリまでストレスが溜まっていた人は、何とか持ちこたえられたのではないでしょうか。

    ただし、これが2カ月、3カ月と時間が経つと、今度は違ったパターンでうつになる人が出てくるとは思います。

    ――違ったパターン?

    はい。戦時中よりも戦後の方が、うつ病になる方が増えたのはご存知でしょうか?

    空襲から逃れるために走っているときは、うつ病も何もないんです。あるのは、生きるか死ぬかのみ。戦後の焼け野原に立ち、「これからどうやって生きていこう?」と考えたときに落ち込んでうつになってしまう人が増えた。今、それと同じようなことが起きようとしています。

    ――なるほど。どのような条件が揃うと、うつ病になりやすいと言えるのでしょうか?

    一つは、急激な環境変化の中にいるときですね。アメリカで発表された有名なストレス尺度で配偶者の死別に伴うストレスを100とした時に、他の出来事のストレスがどのくらいかを数値化したものがあります。

    それによると、離婚だけでなく結婚もストレスで、降格だけでなく昇進もストレスだと感じる人が多いことが分かりました。社会的な善悪に関わらず、暮らしに変化が生まれると、人はストレスにさらされます。

    産業医 大室正志さん
    ――「新しい生活様式」という言葉もありますが、今はまさにその時期ということですね。

    はい。もう一つ、うつ病になりやすい状況は、「逃げ場がない」と感じるときです。

    つい半年前までは、若手のエンジニアは経験が浅くても、引く手あまたの存在でしたよね。でも、今は「スキルのない人を雇っている余力はない」という会社も多いはず。転職しようとしていたけれど、今は様子を見ようと現職にとどまる決断をしたエンジニアも多いはずです。

    ただ、「いつでも辞められる」と思って今の会社で過ごすのと、「そう簡単に辞められない」と考えて現職にとどまっているのとでは、大きな差があります。どちらがストレスが大きいかは、明白ですよね?

    いつでも辞められるというオプションがあるかどうかで、ストレスの度合いは大きく変わります。一見今まで通りに働いているようでも、その選択肢が失われたことによってメンタルに影響が出ている人は多いかもしれません。

    「男は強く」という価値観が、不調の発見を遅らせる

    ――なるほど。状況としては、うつになりやすい環境になりつつあるということですよね。では、そんな中でも病まない自分でいるために、エンジニアはどんなことを気をつければよいでしょうか?

    自分でコントロールできないことに思いを巡らせて、一喜一憂するのをやめましょう。

    ――というと?

    例えば、コロナ関連の報道を見て、あなたが怒ったり、悲しんだりしていても、感染拡大は止まらないし、この事態を今すぐどうにかするなんてことは誰にもできません。ですから、SNSを見る頻度を落としたり、ニュースからちょっと離れてみたり、どうにもできないことにやきもきしないようにすること。

    会社に対する不満も同じです。一社員が感情的に何か会社の制度や環境に対して不満を持っていたところで、それらを変えられる経営層には全く響かない。あなたがイライラしているだけ無駄ということはよくあります。

    産業医 大室正志さん
    ――自分が自分の力で変えられることに集中するといいということですね。

    そうです。あとは、自分の体調変化に敏感になり、調子が悪いと感じたらしっかり休むことですね。

    エンジニアの約8~9割は依然として男性が占めていると思いますが、20~30代の男性というのは、自分の体調変化に実に無頓着なんですよ。

    エンジニアの方の中でもジムに行って筋トレしたり、体を鍛えることに関心を持っている人は少なくないと思うのですが、不調は見てみぬフリをしようとする人が多いと感じます。

    ――不調に気付けない男性が多い?

    これは産業医をやっていて思うことですが、男性よりも女性の方が、自分の体調変化に関するボキャブラリーが圧倒的に多いんですね。患者さんとお話ししていても、女性の方がすらすらと自分の不調を説明してくれます。それはおそらく、月経があり、若い頃から自分の体と対話を重ねてきているからなのかなと思うのですが。

    ところが男性は、自分の体の変化がなかなか分からないんですよ。ちょっとした不調に気付かないまま騙し騙し生活して、40代になって一気にガタが来る……これが現実です。

    また、男性は「自分が弱っていることを認めたくない」と無意識に思っている人が多い印象です。ただ、それは男性が悪いというわけではなくて、「男は強くたくましくあれ」という社会的な抑圧がそうさせているのかもしれないと感じています。

    ――では、男性が体調の変化に敏感になるにはどうすれば?

    まずは、自分の仕事のパフォーマンスに注意を払うようにしましょう。「普段は一時間で終わる仕事が、最近は一時間経っても半分くらいしか終わらない」場合は要注意です。しっかり休息を取るようにしてください。

    もう一つ注意すべきなのは、休日の過ごし方ですね。私は社員とお話しするときに相手の趣味についてよく聞くんです。例えば、映画が好きな方には「最近映画館に行っていますか?」と尋ねる。そのときに「そう言えばここ2カ月ぐらい行っていません」と答える方は危ないですね。

    意欲の減退は、うつ症状の危険信号です。以前は大好きだったことすらやる気がなくなったときは、自分が弱っている証拠。休息が足りていないと捉えてください。

    防災訓練のように、日頃から“小さな相談”を重ねて

    ――その他、何か対策できることはありますか?

    何でも自分で何とかしようと思わないこと。うつ症状を悪化させてしまった方に話を聞くと、男性に関しては8~9割の方がこう答えます。「一人で抱え込み過ぎました」と。

    仕事が対応できないほど積み重なっていたり、自分の力では対応できないことがあっても、周囲に相談することができないんですね。職人気質のエンジニアだとなおさら。

    ――自分が弱っていることを認めなたくないというのと、似ていますね。

    そうなんです。自分が困っていることを周囲に知られたくないと思ってしまう男性はすごく多いですよ。職場でも、「ちょっと相談していいですか?」の一言がどうしても言えないんです。

    そうこうしてる間に仕事がどんどん溜まっていき、常に借金取りに追われているような精神状態になってしまう。でも実際は、一人の人間ができることは限られていますからね。人に頼らずやっていくのは無理なんだと割り切ることからスタートしなくてはなりません。

    産業医 大室正志さん
    ――上司や同僚に相談がうまくできるっていうのも、エンジニアが健やかに働いていくコツですね。

    はい。相談上手こそ、仕事上手だと思いますよ。

    相談上手になるためには、日頃から、自分や相手の負担にならないくらいの小さいレベルの相談を常にし続けていくことが大事。防災訓練みたいなものだと思って、普段からちょっとしたことを周囲の人に聞く習慣を身につけておくといいと思います。

    ――確かに、いきなり深刻なことを相談するより、ハードルが低いものから始める方が相談する側もされる側にとってもいいですね。

    さまざまなIT企業で産業医をしていますが、エンジニアの方は他の職種よりも、職位が上がった途端に身動きが取れなくなってしまう人が多い印象です。

    例えば、プロジェクトマネジャーになって社外や社内の他部門の人と「調整する仕事」を任せられた途端、大きなストレスを抱えてしまうケースはよく耳にします。

    仕事としてやるべきこと、会社から求められることが大きく変わり、それがうまくできない中で「身動きが取れなくなってしまった」と。

    こういうのも、周囲とうまく相談できる人なら、先輩や上司の知恵を借りて支えてもらって乗り越えられると思うんです。また、そうやって人の助けを得ながら成長できる人は、業界内での価値も相対的に上がっていくでしょう。

    もしもあなたが、「自分の弱みを人に見せられない」と思っている節があるなら、それはバッサリ改めていいでしょうね。取り返しのつかない状態になる前に、自分に問い掛けてみてください。

    取材・文/一本麻衣 撮影/小林 正(スポック) 編集/栗原千明(編集部)

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