アカデミアの最先端の“知”を高速で価値にする。松尾研発「AI×画像認識」スタートアップACESは「社会実装力」でレッドオーシャンに挑む
バブル、バズワード、レッドオーシャンなどと言われるAIの領域において、あえて競合他社の多い画像認識の事業に挑み、リアル産業のDXに取り組むスタートアップ・ACES。
電通、GAORA、共同通信デジタルとの協働で、国内プロ野球球団向けに選手の姿勢推定アプリケーションの提供を開始したことが話題になった。
他にも、テレビ東京、『Zoff』、陸上自衛隊など、幅広い企業や機関と大きな提携を連発。創業3年目のスタートアップでありながら、持てる技術を次々とビジネスに昇華させることに成功している。
代表の田村浩一郎さん以下、創業メンバー6人のうち、3人がディープラーニング研究で知られる東大・松尾研究室の出身。国内最先端の技術力を持つメンバーであることは確かだが、彼らの強みはそれだけではなさそうだ。
アカデミアの最先端の“知”を、高速でビジネス価値へと変換するACESの取り組みを探った。
「AI×画像認識」に取り組む会社は多いが、社会実装できてない
ACESが目指すのは、さまざまなリアル産業のDXを進めることで「シンプルな社会」を実現することだと代表の田村さんは言う。
「日本はこの先、労働人口が右肩下がりに減っていきます。これまでのように属人的で非効率的な働き方をしていては早晩立ち行かなくなる。そこで、さまざまなビジネスシーンにディープラーニングを用いた画像認識・映像解析の技術を『機械の目』として実装し、デジタル化を進めることで新たな価値をつくり出すことに取り組んでいます」
だが、AI×画像認識はACESの創業当時からレッドオーシャンと言われる領域だった。アイデアとしてすごく斬新かと言えば、そんなことはない。それでもあえて飛び込んだのは、彼らが自分たちの「社会実装力」に自信を持っていたからだ。
「AI×画像認識は確かにバブル、レッドオーシャンと言われていましたが、しっかりとビジネス価値にまでできている企業はまだ少ない印象でした。画像認識の開発・研究ができるという人は多くいても、それを社会に実装し、価値に変換できていなかった。その印象は2年半が経ったいまも大きくは変わっていません」
世の中のAIがらみのプロジェクトには、PoC(Proof of Concept=概念実証)をやったはいいが、実際の売上につなげるところまで進めず、そのまま終息してしまうものも多いとされる。そのことを揶揄した「PoC(ポック)死」「Po死」などという言葉もある。
そんな中、ACESは創業以来、PoCで終わってしまった案件が一件もないのだという。これは確かに彼らの高い実装力を物語る数字であり、彼ら自身の密かな自慢にもなっている。
「PoC死」で終わらないのは、徹底してイシュードリブンだから
多くのプロジェクトが「PoC死」してしまうのは、そもそもPoCをする目的を履き違えているからではないか、と田村さんは言う。
「大企業も事業会社も、予算面で小さく始められるからという理由でPoCを始めることが多いです。しかし、何が検証されたら事業化できるのかを考えてやらなければ、本来PoCは意味をなしません。
エンジニアっぽく言うならば、高いサーバーコストに見合うかどうかを検証しなければならないかもしれないし、そもそも技術として何%くらいの精度が求められるのかを検証する必要があるかもしれない。あるいは、そもそもAIのサービス化に需要があるのかという意味では、実はヒアリングこそがPoCのメインかもしれないですね」
なのに何となくAIっぽいことをやって、PoCと呼んでしまっている。本来の目的に沿った進め方、課題に沿った進め方をしていないのが最大の問題では?と田村さんは指摘する。
ACESはその点で、世に数多あるAIスタートアップと一線を画する。ACESが徹底して貫くのは、イシュードリブンの姿勢だ。クライアントのビジネスの本流に「なぜ」「どの」価値を生むのかを考えるべく、事業計画を練るところからコミットする。
「例えば小売だったら、高い売上を出している販売員さんはお客さんのどこを見て、どういう接客をしているのか、10人にヒアリングして、それに対応するディープラーニングのモジュールを作って実装する。『技術でできるからこう』ではなく、『これをやるべき』というところを事業計画にした上でわれわれはやっています」
これが「上流」の話だとすれば、ACESは「下流」に関しても妥協がない。創業間もないスタートアップ企業であるACESが大企業との提携を連発できている裏には、洗練されたテクノロジー企業のイメージとは程遠い泥臭さもある。
「野球選手の姿勢推定アプリを手掛けた時は、現場を大切にしていましたね。本拠地まで足を運び、朝まで皆さんとお酒を交えながら、彼らが本当に必要としているものを探る。昼の12時から東京で打ち合わせなので、1時間くらいしか寝られないんですが、ふらふらになりながらもなんとかやっていました(笑)。長期的な信頼関係というのは、そこまでやって初めて生まれるものだと思うので。
AIは良い意味でも悪い意味でもバズワードになっていますよね。最近だとDXもそうです。やること自体は素敵だと思うし、すごいポテンシャルだと思っていますよ。そうでなければ会社なんてやっていないですし。でも、AIだろうとDXだろうと、イシューがあり、目的があるからやるものでしょう。そこを間違えてはいけないのではないかと思うんです」
最先端の技術を素早く実装する「生産能力」こそが強み
「AIビジネスはデータ量がものをいうため、スタートアップの最初の勝ち筋は大企業からの受託ビジネスになる」と田村さん。だが、こうした受託案件で、クライアント企業のビジネスに最適化したものを研究開発すると、汎用性に乏しく、次の案件に生かしづらい問題がある。一方で、その業界特有のニーズを理解していなければ、いくら技術的に最先端であっても、その技術は「使えない」。このジレンマをどうするか。
ACESは、仕組みによってこの問題を解決した。最先端にキャッチアップし続けながら、同時に素早く実装し続ける「生産能力」を実現しているという。
具体的には、すべての基盤となるアルゴリズム、業界特化のアルゴリズム、現場レベルのアルゴリズムの三つのレイヤーに分け、前二つに関してはパッケージとして社内に蓄積するように仕組み化する。また、それぞれを担当するエンジニアも明確に分け、AIエンジニアは最先端の論文を元に、ベースとなるアルゴリズムの精度を高め続ける役割に特化。磨いたアルゴリズムを組み込み、各プロジェクトを回すのはプロジェクトマネジャーとソフトウエアエンジニア、という体制にした。
こうすることで、新たにプロジェクトが立ち上がるたびにゼロから学習モデルを構築する必要はなくなるし、最先端の技術をキャッチアップし続け、素早く実装する余裕もできる。また、実際にプロジェクトを回すには研究レベルでは問題にならない課題、例えばサーバーコストを下げた上でどう推論回数を増やすかといった課題に直面することも多いが、そうした現場レベルの技術も蓄積されていくという。
「技術力と一言で言っても、いろいろとあるじゃないですか。例えば、トヨタさんの技術力とは何かと言えば、車自体の性能ももちろんあるでしょうが、生産過程の技術こそが強みと言えるのではないか、と。AIに関する最先端の“知”はほぼ全てが論文として公開されますから、そこをキャッチアップし続け、なおかつ素早く実装し続けられるという意味での生産能力が重要になる。われわれの強みもおそらくそこにあると考えています」
ACESは、2018年末に立てた経営戦略でこの生産能力を確立することを最優先事項に掲げ、その後の1年間で現在の仕組みをつくり切った。「おかげで、いまではAIのプロジェクトを日本で一番効率よく回せる会社に相当近づいているのではないか」と田村さんは自負する。
もっとも、このような考え方の「正しさ」自体に異論を挟む人はそう多くないはずで、やはり難しいのは、いかに実装するか。その意味で大きいのは、ACESに通底するソフトウエアファーストな思想であり、組織文化ではないか。
「ACESでは構造的であることにとにかくこだわっています。例えば、ドキュメント管理においても細かくルールを定めていて、タイトルの付け方一つとっても非構造的な付け方は許されない。一個一個がちゃんと積み上がる、ソフトウエアファーストでストラクチュアル(構造的)な仕組みを大切にする文化が、弊社の生産能力を生み出す上では重要な役割を果たしていると思います」
50年先でもいい。「いつ」「どの」価値に貢献するかを主張できるか
田村さんがアカデミアをビジネスにつなげることに本気なのには、理由がある。
「海外の博士は職業だから給与をもらえますが、日本は学生だから学費を払う身分。いわば失業状態です。あんなに優秀な人たちなのにも関わらず、ですよ。このような現状は、日本社会が人口減でいろいろなところでアップアップになっていて、アカデミアに投資をする余裕がないからでしょう。それは現実として受け入れるしかない。では、その中でどう生きていけばいいのか? というのが僕の問題意識です」
この問題に対する田村さんの回答は、いまやアカデミアの人間であっても、「いつ」「どの」価値に貢献できるかを明確に主張できなければいけない、というものだ。
「別に『この研究は50年後の日本を良くするんだ』でもいいんです。ただ、それもなしに『趣味でやってます』では、本当に趣味で終わってしまう。もちろん、そういう趣味的なものにもお金を投じられるのが豊かな国だとは思いますが、日本の現状を踏まえると、少なくともいつ、どのリターンが出るのかは言えないと、ちゃんとした給料はもらえない。そういう世の中になっているわけだから」
ACESでは、博士課程の研究者が自身の研究時間を持ちつつ、時短の正社員として働き、稼げるポジションを用意している。そこでも各人には当然のごとく、自分の専門性がいつ、どんなビジネス価値につながるのかを主張できることを求めている。
「社内の人はみんな『僕のアルゴリズムにはこれだけの価値があって、サーバーのコストをこれだけカットできるから開発します』とか『OKRのこの部分にコミットできるからこの論文を実装する』といった会話ができる。そういう意味では、経営者としての僕はすごく楽です」
アカデミアの研究は、社会に価値還元されるまでに時間が掛かるのは前述の通りだ。しかし、そこにいくつかのサブゴールのようなものがあれば、より速いスピードで社会に還元できるだろうと田村さんは続ける。
「例えば、将来的に人とコンピューターが共存できる未来をつくっていきたいと考えて、ヒューマンコンピュータインタラクションの研究をしている人がいます。そんなケースでも、研究はしつつ、そのちょっと手前でビジネスにするにはどうするか、と考えることはできるはず。接客のシーンをデジタル化するにあたって、彼の研究を生かしてデプロイしていけば、ビジネス価値は生まれるし、目指す未来に向かっていくこともできる」
「365日パスタ生活」を越えて
田村さんの言動には終始一貫して「正しさ」がある。正しいと思えることを粛々と形にし続けていることこそが、ACESの強さなのだろう。それにしても、なぜ経営はおろかビジネスの経験もほとんどないエンジニア集団に、こうした正しい経営判断が可能なのだろうか。
至極順調に見えるACESの歩みだが、実は、いまの事業に舵を切ったのは2018年末。創業当初にやっていたいくつかのプロジェクトは、うまくいかずに頓挫している。
「当時はメンバーの大半が学生だったから、みんな収入もない。僕が一人60万円ずつ渡して、『半年くらいこれで生きてくれ』と伝えて。5カ月目くらいに『そろそろ死にそうだ』みたいな話になって、みんなで僕のマンションに集まり、毎日パスタを食べる生活が始まりました。本当に毎日キューピーの安いパスタで、『今日は何味にする?』っていう生活を1年間続けたので、みんなパスタが嫌いになってしまって(笑)」
だが、振り返ってもそんなに辛かったとは思わない。何かにチャレンジをするとは、つまりはそういうことなのではないか、と田村さんは話す。
「経営は2回目です、なんて人は滅多にいない。僕自身、そもそも起業したい気持ちなんてなかったし、半ば勢いに任せたところがありました。でも、それでいいのではないかと。100%理性的だったら、起業なんてバカげた選択はできない。大事なのは、勢いで始めながらもやりながら学んでいくことじゃないでしょうか。経営も学び続け、それを実装し続ける以外にないのではないかと思っているんです」
取材・文/鈴木陸夫 撮影/竹井俊晴
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