宇宙ベンチャー2社が挑む“足りないだらけ”のプロジェクトマネジメント【インターステラテクノロジズ稲川・ALE鈴木/ECDWレポ】
人、モノ、カネと不足だらけの宇宙事業。宇宙ベンチャー・インターステラテクノロジズとALEは、どのようにプロジェクト開発を進めてきたのか。国内宇宙Techの現在地と未来とは。
4月13日(火)~17日(土)にわたってエンジニアtypeが開催したオンラインカンファレンス『ENGINEERキャリアデザインウィーク』(ECDW)の中から、インターステラテクノロジズ代表取締役社長・稲川貴大さんと、ALE衛星プログラムマネジャー・鈴木大輔さんによる対談の模様をレポートする。
この10年で日本の宇宙ビジネスはどう発展した?
稲川:「ニュースペース(新しい宇宙産業)」という言い方をよくされますが、日本に自分たちで宇宙ビジネスをやっていこうという会社が出てきたのは、ごく最近のことです。10年も経っていないのではないでしょうか。それ以前から宇宙ビジネスという言葉がなかったわけではないですが、そもそもが新しい分野と言えます。
日本で初めて人工衛星が上がったのは50年以上前。ロケットは世界で見れば70年、80年経つ技術。ですが、これまでは主として国のプロジェクトとして行われてきました。特に日本では官中心にロケットや人工衛星、宇宙開発が行われてきた。
官主導から民間へという流れはアメリカが先行しています。ずっとNASAが宇宙開発をやってきましたが、NASA単独ではいろいろな限界があるということで、民間が主体でやっていく動きが生まれました。それが10~15年前。日本でもそれに追従するかたちで宇宙ビジネスが生まれていきました。
日本の宇宙ビジネスが特徴的なのは、同じ種類のものをみんなで競合するというより、宇宙に関するありとあらゆること、幅広いことを扱っているところです。われわれはロケットという比較的分かりやすい部分をやっていますが、ALEさんのような人工流れ星、宇宙デブリ除去、データ解析など。最近はソニーさんも「宇宙エンタメ」という文脈で参入してきました。せっかく民間主体でやるのだから、これまで国ができていなかったところをやろうという動きが強い。
宇宙産業は成長産業と言われます。グローバルには今後20年で3倍くらいまで成長するという推計が出ていますし、日本も置いていかれるわけにはいきません。
日本の宇宙産業は各社少しずつ売り上げが立ち始めている段階です。初期に立ち上がった会社でさえ、まだ上場の手前のフェーズにあります。今後は大きく成長し、売り上げが立つ会社、上場する会社が増えていくでしょう。アメリカ以外の地域と比べれば、日本はもともと宇宙ビジネスに前向きな国。その観点からも、今後の見通しは明るいと思っています。
鈴木:ALEの設立は、ちょうど10年前の2011年。当時の状況を代表の岡島(礼奈さん)から聞くことも多いのですが、10年前はそもそも民間が宇宙事業をやること自体が賛同されず、投資家からお金を集めるのに苦労したそうです。
当時は官がお金を出して、大企業がそれをひたすら受ける以外にありませんでした。私はその大企業であるJAXAに勤めていましたが、NASAやISAに比べると国家予算も限られており、産業的にも閉塞感があったのは事実です。
この10年で、ALEも含めていくつかの宇宙スタートアップが出てきて、人工衛星を作ったり、ロケットを打ち上げたりと、目に見える成果を上げてきています。これが大きい。目に見える実績が出てきたからこそ、投資家も本気になって、お金が流れてきています。
先日、われわれもシリーズA+の資金調達をさせてもらいましたが、各社スタートアップがシリーズを重ね、大きく資金調達できるようになり、さらに事業を拡大していくようになりました。これがこの10年の流れだったと思います。われわれとしてもこの流れは止めたくないし、どんどん拡大させていく責任感があります。
ALEでは2号機による人工流れ星がうまくいかず、現在は3号機を開発中です。宇宙はやはりいろいろ難しい。稲川さんも苦労されていると思いますが、うまくいかないことは多いです。ただ、スペースXなども失敗に失敗を重ねて、それでも諦めずに挑戦し続けています。われわれもひたすら挑戦を続けたいですね。
人・モノ・カネが不足する中、プロジェクトをどう推進している?
鈴木:私はALEにジョインしてちょうど1年になります。ずっと衛星の開発を見てきていますが、正直、人・モノ・カネの不足を実感することは多いです。その中でもどうにかプロジェクトが進んでいるのはまず、エンジニアを含めたメンバーが皆、すごく優秀だからです。
なおかつ、持てる力を200%発揮してやってくれている。例えば「こんなものが必要だね」と話していると、数日後にはもう用意できているというような。すごいスピード感でものづくりを実現していっています。
JAXAにいた頃の私は、ものづくりの現場を直接見る機会があまりありませんでした。官公庁なので、どうしてもペーパーワークが多かったんです。ALEは2階にオフィス、1階に作業場があるのですが、1階に下りると、いつも誰かが何かを作っています。非常に楽しい職場ですが、まずはそういう個々の力があります。
私自身の役割は、マネジャーとしてそうした優秀なメンバーを束ね、プロジェクトを進めるために意思決定をすること。そのスピードを上げ、迷わず方向を指し示すことが、私のやるべき仕事と思っています。
ただ、時にはそういう判断をすごく少ない材料で行わざるを得ないこともあります。だから間違えることもなくはない。判断が間違っていないかどうかを確認する方法として大事なのが、第三者からのレビューだと思います。
社内もそうですが、社外の視点でもレビューを受けられるように、審査会を開き、正しく作られているか、正しく動くのかを見てもらう。これも、正しいものづくりのためには欠かしてはいけないことです。
ALE2の失敗を振り返ると、そこを急ぎすぎた。スピード優先で品質がおろそかになってしまったかもしれないというのが、反省としてあります。今、3号機ではそこに気をつけていこうとしています。スピードも重視されますが、品質と両立するのが私の仕事である、というところでしょうか。
稲川:インターステラテクノロジズは「ロケットを作っている会社」です。同じロケットの会社といってもエンジンだけ、電子部品だけ、中のソフトウエアだけなど一部分だけを作っているところが多い中、本当に上から下まで作っているのが弊社の特徴です。発射場も作るし、工場で泥臭く生産しながら、プログラムも見る。そのため、専門領域の異なる人間を多く抱えています。
人、モノ、カネが足りないというのはまさにその通りですが、弊社の場合は加えて、バックグラウンドの違う人間が集まっている難しさがあります。経歴という意味でも、重工系から来た人もいれば、大手電機メーカー、あるいはまったくの異業種である医療系から来た人もいる。バックグラウンドの異なる人間同士で言語をそろえるというか、目線を合わせることは、結構大変なところです。
目線を合わせるためには、プロセスが大事になります。ロケットや人工衛星は、開発方法が昔からカチッと決まっています。それこそアポロ計画の頃から大きく変わっていません。なので、まずはそうした作り方をレクチャーし、広めていく。
とはいえ、セオリー通りに、これまで国の開発でやられてきたようなやり方を完璧にやろうと思うと、人、モノ、カネが不足します。どうしてもすべてを100%にはできない。そこは苦労しながらやっているところです。
ロケット開発はなかなか情報がオープンになっていない世界でもあり、自社で試行錯誤することで、ノウハウを貯めないといけない部分がかなり膨大にあります。そのため、なるべく速いサイクルでモノを作り、小さい実験・試験を繰り返す反復型開発を行っています。しっかり設計して検証してという、いわゆるV字の開発は行いながらも、そのサイクルをどれだけ小さくたくさん行えるかを大事にしています。
私が設計開発した観測ロケット『MOMO』に関しても、分からないことがたくさんありました。必要なデータやノウハウは、ものづくりをしてみて初めて得られます。その過程では失敗もしていますが、失敗も含めた経験が知見・ノウハウになります。それが企業価値の向上であるという考えをとっています。
これまでの宇宙開発は「絶対に失敗してはいけない」というお題目で行われてきましたが、会社の価値になるチャレンジであればどんどんしていくというのがわれわれの考え方です。
小さい開発を小規模なチーム、もしくは全社で繰り返していくうちに、最適な開発の方法や、人・モノ・カネが足りない中でもやっていく方法を思いついたりする。その中で納得感というか、バックグラウンドが違う中でも、みんなに共通するマインドも固まってくると考えています。
仲間にしたいエンジニアとは?
鈴木:千差万別なところはありますが、ALEでは三つのバリューとして、好奇心、開拓心、変化という価値観を掲げています。
年齢に関係なく、常に好奇心を持って新しいチャレンジができるマインドが重要だと思います。小さい会社なので、なんでもやらないといけないところがある。自分の役割に壁を置くことなく何にでも手を出していけるというような、ある種の器用さ、貪欲な姿勢がないと、自分の力を発揮できない面があります。
しかし、エンジニアの根底にはそういうところがあるのではないでしょうか。見たことない世界を作りたいとか。見たことないものを作りたいとか。未知を探っていくようなところがエンジニアには価値観として必ずあると思います。
JAXAにいた頃の私もそうでしたが、大企業にいると、自分の役割が小さくなってしまうことがあります。ALEのような小さな会社へ来ると裁量が増えるので、エンジニアはチャレンジ精神を存分に発揮できる。環境を変えたいと思っている人はぜひチャレンジしてほしいですね。
稲川:われわれもエンジニアを募集しています。ロケットというとどうしても機械系をイメージされると思うのですが、機械系だけでなく、信頼性を向上させる品質保証のようなところもあれば、弱電、強電、プログラミング、そして設備をどう作るかという設備系、それも新規に設計するところから保守まで、本当に幅広く人材を募集しています。
ロケットという非常に難しいものを作ることにチャレンジしている会社なので、基本的には技術力、専門領域を持ったエンジニアを求めています。こう言うとハードルが高いように思うかもしれませんが、実際には「宇宙って難しそう」と思ってやってきたような人が、本当に中心となってバリバリ活躍しています。
宇宙関係の知識を求めているわけでもありません。もちろんあるに越したことはないですが、やっていることは結局、ものづくりや事業開発。新しいものにチャレンジするというマインドがあれば、知識としての宇宙は求めていません。そうした知識は、やっていく中で必要になり、自然と覚えていくので。
宇宙に限らずスタートアップは全部そうでしょうが、手がいかに動くかが非常に大事です。転職で大きな会社からきたメンバーが共通して言うのは「これまではペーパーワークや社内調整が多かったが、今は常に手を動かさないといけない焦りがある」ということ。逆に、どんどん手を動かせるので楽しいという声も多いです。
宇宙機器は一度打ち上げたら途中で整備しないものなので、信頼できる品質を担保する意味で、ある種のペーパーワークはどうしても必要。ですがそれ以上に、新しいものをどう作っていくかという観点で、手を動かす人が中心で活躍する会社です。新しいものに飛び込んでいけるとか、手が動く人であれば、活躍できると思います。
鈴木:エンジニアの中でも特に電気系はそうだと思うのですが、趣味が電子工作という人は多いじゃないですか。社員同士でも「基盤を作って給料がもらえるなんて最高だね」という話をよくしますが、そういう人は絶対に来た方がいい。
大企業にいると、自分の工作でお金をもらえるなんてありえないですよね。でも、そこからどう花開くかなんて分からないというのがベンチャーなので。好きなことで給料がもらえるなんて本当に最高だと私も思います。
稲川:私自身も学生時代から電子工作が趣味で、仲間と共同でフライス盤を所持して金属を削っていたような人間です。最近はものづくりというより経営、マネジメントが役割になってきていますが、そこの楽しさはものすごくあります。新しく入る人も、そういうところにやりがいを感じてもらっているようです。
質疑応答
鈴木:私は今43歳なのですが、定年をおおよそ60歳と考えると、40歳は社会人として折り返し。残りの20年間をどう過ごそうかと考えました。
JAXAで18年間働いてきましたが、ふと周りを見回すと、雨後の筍のようにスタートアップが生まれてきていました。正直、めちゃくちゃ楽しそうにしている。「楽しそうだから俺もまぜてくれ!」という気持ちで、JAXAを飛び出しました。
先ほども触れたように、JAXAも大企業です。かつ、官公庁に近いところがあり、お役所的な仕事も多い。どうしてもやれる範囲が限られています。課長-部長-役員というような階層があり、いちいちお伺いをたてるといったところもある。そこに限界を感じたんです。もっと小さいところで身近に衛星を作りたいと思いました。
稲川:階層の話はうちでもよく出てきます。うちは社内コミュニケーションにSlackを使っています。購入申請なども、もちろん社内システムを通すのですが、Slack上で私やマネジャーがOKのスタンプを押せば承認されたことになります。チャットを書くほんの数分、数秒で意思決定がされ、物事が進むんです。
トラブルも山のように発生しますが、その対応についても、かなりの権限が現場に与えられています。私自身はインターステラテクノロジズが1社目なのでそれほど感じないのですが、大きな会社から転職してきた人たちは驚くし、面白いと感じるポイントのようです。
鈴木:JAXAの階層が深かったのには、宇宙開発の失敗できなさという正当な理由があるのは確かです。人工衛星はどうしても、1機を大切に作って打ち上げるのがこれまでのやり方でした。
われわれとしても、ALE3号機は大切に作って打ち上げ、成功しないといけないのはもちろんなのですが、これからのトレンドとしては、アメリカのスタートアップStarlink(スターリンク)のように、小さな衛星をたくさん打ち上げて、どれかが故障しても全体としては性能が落ちない、といった考え方が主流になっていくと思います。
しかし、そうすると今度はデブリの問題が出てきます。壊れた衛星はすなわちデブリなので。われわれが人工流れ星とともに、宇宙デブリの回収にも事業としてトライしているのには、こうした文脈があります。
稲川:宇宙というとどうしても夢のような話と思われるのですが、実はビジネスとしてかなり有力と見られています。アメリカでは大きな企業価値がついています。
「すぐに利益が出ない」という点は既存のITベンチャーに近いと思っています。赤字のままでもしっかりと投資をして、大きな産業としていく。これはスタートアップビジネスとしては当たり前です。宇宙に限らず、スタートアップはしっかり事業を拡大するためにアクセルを踏み、ドカンと投資をする必要があります。
宇宙関係だと年単位で時間がかかりますが、ITは多少それが手前にあるというだけで、基本的にはそれほど違いはないと思っています。われわれは現状、『MOMO』というロケットで少しずつ売り上げが立ち始めていますが、売り上げどうこうより、まだまだしっかりと開発し切るためにアクセルを踏んでいる状況です。
鈴木:私にとっては、ALEに来て今の事業を責任持って進めていること自体が最大の試練です。今がまさにチャレンジ中。ALE2がうまくいかなかったので、次のALE3で必ず成功させなければなりません。今後もこれを超える試練はないかもしれない。ある意味背水の陣でやっています。
稲川:先ほどビジネスとかお金の話を少ししましたが、どんどんチャレンジして、デモンストレーションをして、その成果を持って投資家だったりから資金調達をしていくという事業の動かし方をしています。
『MOMO』の初号機は途中までうまくいき、一部成功、全部はうまくいかなかった。2号機に至っては、打ち上げ直後に落下炎上してしまうという、絵面にも分かりやすい失敗でした。これが一番の試練だったと思います。
開発が伸びたら3号機完成までお金が持たないかもしれないとか、そもそもこれだけうまくいかなかった2号機があって、3号機はうまくいくだろうかとか、考えなければならないことが多く、経営的にすごく苦労しました。うまくいかないことが連続した大変な時期ではありました。
ですが、1回うまくいくとそれを信用にして、資金調達はもちろん、いろいろな優秀な人も集まってくる。乗り越えた瞬間に「楽になる」とまでは言えないですが、事業としてはぐっと進む。2号機のタイミングでの試練は、逆に会社を強くしたとも思っています。
稲川:行きたいですね。ちょうど昨日(米国時間4月14日)、アメリカのBlue Origin(ブルーオリジン)が有人宇宙飛行の実験をやっていました。まだ人は載せていませんが、それを見て改めて「乗りたい」と思いました。とはいえ、他社の作ったロケットで行くのもアレなので。本当は自分で作ったものが最高ではありますね。
現状のわれわれのビジネスは、開発したロケットに大量の荷物を載せて輸送するというもの。ですが、ロケットを作っている人間として、多くの人を乗せるロケットを作るというのは、やはり最終的な夢です。事業性という意味ではいろいろな課題があるところですが、そこに向けてやりたい気持ちは持っています。
鈴木:私の生きているうちに、観光地的に気軽に行けるような時代が来るといいですね。稲川さんにはぜひ観光ロケットを作ってもらって、日本で乗れるようにしてもらえたらいいなと思います。
稲川:私が新卒でインターステラテクノロジズに入社したのは2013年(その後代表が退任し、代表取締役社長に就任)なので、宇宙ベンチャーはまだ片手で数えられるほどしかありませんでした。しかも資金調達できておらず、手弁当でやっている会社が半分という状況。ある種無謀とも言われたチャレンジの就職でしたが、かなりの成功だったと思っています。
一人の技術者としても会社経営者としてもものすごく成長できましたし、事業としても成長した。業界としてもすごくエキサイティングです。
宇宙業界には面白い人が多いです。単に優秀ということもありますが、「宇宙人」という言い方をされることもあるように、変わった人が多い。それが居心地が良かったんです。エンジニアとしての面白みという意味では、最高の環境と思いますね。
取材・文/鈴木陸夫
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