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空気で動く、非合理な日本の組織はエンジニアにとって贅沢品?【登大遊×落合陽一:ECDW講演レポ】

働き方

    4月13日から17日にかけてエンジニアtypeが開催したオンラインカンファレンス『ENGINEER キャリアデザインウィーク』(ECDW)。

    初日となる13日に実施した登大遊さんと落合陽一さんによる特別講演「エンジニアは“けしからん仕事”をしよう」では、落合さんが聞き手となり、“天才プログラマー”登大遊さんの仕事観・仕事術を深堀り。二人ならではの、軽快で濃密なトークを展開した。

    本記事では、二人のトークセッション内容の一部を抜粋して紹介したい。

    落合陽一、登大遊

    登 大遊さん(写真左)
    1984年兵庫県生まれ。2003年に筑波大学に入学。同年、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の「未踏ソフトウェア創造事業 未踏ユース部門」に採択、開発した『SoftEther』で天才プログラマー/スーパークリエータ認定を受ける。17年、筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了。博士 (工学)。現在、IPAサイバー技術研究室長のほか、ソフトイーサ株式会社代表取締役、筑波大学産学連携准教授、NTT東日本特殊局員など、さまざまな顔を持つ
    落合陽一さん(写真右)
    メディアアーティスト。1987年生まれ、2010年IPA認定天才プログラマー/スーパークリエータ、15年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。17年より筑波大学准教授、20年より筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター センター長・JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表など

    「今日やる」と朝に決めたことは、大体終わらない

    登:落合さんは複雑ないろいろな仕事を集約して処理を進めるという意味では、日本のチャンピオンみたいな人ですよね(笑)

    私は、仕事に関しては一個だけシンプルなことを選んでやるタイプで。落合さんの方が、テレビでコメントをしたり社会的意義の大きな課題にいろいろと取り組んだり、どうやってるのかな? って興味深く思っているんですが。

    落合:登さん風に言えば、考えたら負けな仕事ですね(笑)。頭で考えないように仕事すれば何とかまわる、くらいの感じ。

    登:苦行のチャンピオンみたいな。

    落合:そうそう。エミュレーターまわしちゃだめですよ。

    登:インタープリターじゃなく、ネイティブで動いているってことですね。

    落合:ネイティブで動く仕事だけをうまく引き受けてこなすってことをすれば大丈夫。

    登:ネイティブをずっと回すと、エイシックみたいな感じでさらに回路が固定されていきますよね。

    落合:ハードウェア記述言語みたいになってきて、脊髄反射で5秒くらいで打ち合わせ終わったりするんです。最初はソフトウエアで書いてたはずなのに、ハードウエア記述言語になってきてるんで。

    落合:あと、登さんて1日どうやって時間を使ってるんですか?

    登:朝7時か8時に起きて、「今日はこれをやらなあかんな」って決める。でも、大体はその通りにいかないんですけどね。問題に手をつけ始めたら思ったより複雑だったり、変な問題が起きたりしますから。

    落合陽一、登大遊

    登:どうにかしたい問題は三つくらいあって。それが終われば一生何もやることがなくなるくらい重要なこと。毎朝「今日中に終わるに違いない」って思うんですけど、実際のところはその1/1000ぐらいしか終わらない。

    午後になっても午前2時になっても全然終わらなくて、だんだん頭が痛くなってきて休む。そういう1日ですね。次の日の朝にはまた「今日終えるぞ」って思うし、その繰り返し。

    落合:なるほど、よく分かります。

    登大遊が解決したい、三つのけしからん問題

    落合:登さんが「それが終われば一生何もやることがなくなる」っておっしゃるような問題って何なんですか?

    登:一つ目は、プログラミング言語。例えば、Cみたいな普通に流れていく途中のループとか、関数呼び出しとか、コールスタックとかで奥までいって、そこまでいったところの状態をそのまま何カ月も保存できるような。

    ステートを保存可能な言語を作ることができたら、それは状態処理マシーンを毎回書いている業務システムの開発効率が向上して、プログラミングのコストが下がると思うんですね。

    落合:それは昔からよく言っていますよね。

    登:もう一つは、仮想ネットワークの問題。VXランとかいろんな技術があるんですが、この世界にはいくらでもブロードバンドがあるのに、拠点と拠点を結ぶという最も単純なことをするのにえらい時間がかかっていて。

    インターネットのYouTubeは1GBとかでも高速で見られるのに、拠点間をつなぐのは訳の分からんお金がかかっているのもおかしくて。まともな装置がないのでそれを作らないといけないなと。

    落合陽一、登大遊

    登:もう一個は、任意のCのネイティブコード。X86のコードを一つのポストプロセス内にいくつでも仮装プロセスを立ち上げて、エミュレーションなんですが、その実行速度をエミュレーションじゃなくて、うまくバイナリ変換してネイティブ速度に近づける。UNIXをUNIXの中で動かすみたいな。それもやらないといけない。

    そんな感じで、いくつかやりたいことがあって、そのうちの氷山の一角みたいなところにぶつかって、それを処理するっていうのをここ300日ぐらいやってますね。

    落合:毎日、道半ばなことがいっぱいある。

    登:そうですね。あと数十年あれば何とかいけるんじゃないかな。

    でも、重要な問題の解決途中には、誘惑みたいなのもありますよね。問題に取り組んでいる途中に「この仕事をやったら面白いんじゃないか」とか思いつくことがあって。それで割り込みが入ったりして。

    落合:ちなみに、そういうものは衝動的に抑え切れずにすぐやっちゃう派ですか?

    登:それは割り込みのアルゴリズムを働かせているので、場合によりますね。

    落合:俺はそういうアルゴリズムはあまりなくて、結構やばいですよ。衝動的にやっちゃう方。

    登:それは、仕事がどんどん積もっていって、最後一世紀またぐくらいたまっちゃうんじゃないですか?

    落合:たまりますね。To doリストが永遠に伸びていく。実際To doリストを作ってあってそこに毎日追記していくんですけど、どんどん増えてくんですよね(笑)

    「かな入力」で業務効率が一気に上がる?

    落合:仕事の中でも、会議参加とか他人とクロックを合わせないといけないことって結構あるじゃないですか。登さんはそういうのはどう対処してるんですか?

    登:議論の前にSlackなどを見て、主要な争点を抑えてそこで決着つくやつはそれで終わり。そうじゃなくて、そこで決着つかなそうなものだけ会議で話しますね。

    落合:僕は結論が見えているけど「椅子を温めないといけない会議」にそこそこ呼ばれることがあるんですけど、そういう時は……?

    登:昔、IPAのセンター立ち上げの時なんかはそういう会議も少しはありましたけど。最近はそういう会議自体ないかな。そういう誘いが来たらもう断ってしまう。

    落合:仕事の効率ってどう上げてます?

    登:しょうもない話ですが、「かな入力」をすればいいんじゃないかと思うんです。

    落合:単純に打つ量が半分ぐらいになるから?

    登:そうです。いろいろな企業や行政の方とか、大量の文章を打ってますよね。なのに、何でローマ字入力してるのかなと。

    かな入力にすれば、単純に時間が半分になりますよね。全員のパソコンにひらがなが書いてあるのに。一回も使ってないのはおかしな話です。

    落合:そこは考えてなかったなー。登さんが最近一番ハマっていることは?

    落合陽一、登大遊

    登:さっきお話しした、仮想ネットワークとかをやってますね。あとはオープンソース。日本企業がそれを拡張すると、世界に売れるような題材が、国内のオープンソースにはないんですよ。

    アメリカだとUNIXみたいなものがオープンソースで無料でソースコードを配っていて、UNIXのエンジニアがアメリカで育成され、それでUNIXベースのサービスとか通信のシステムとかそういうものが世界中に広まったのは、良い題材があったからだと。

    それはコミュニティーの物理的隣接と言語に依存すると思っていて。いくつかサンプル的な、これを派生させればえらいビジネスになりますよというのをUNIXみたいな感じで無償で配ろうと思っていて。いくつかネットワークの仮装のやつとか、新テレワークシステムというのを最近やっています。

    あれもすごく複雑なシステムで分散効率がいいんですが、プロプライエタリにせずにソフトで全部出して、誰でも全部いじっていいですよという風にしたいと思っています。

    落合:オープンソースのコミュニティーってずっと続けていくと、コアでちゃんといじったり全体見たりする人たちが必要じゃないですか。あれはどうしてるんですか?

    登:それは自分でやってるんですよ。今もSoftEther VPNというのがあって、サーバーだけで500万UUいるんですが、ソースコードの方は100人ぐらい集まってGitHubでやってるんです。

    日本的な考え方って、インフラとか低いレイヤーは全部外部から調達してくるみたいな考え方が多くて、アプリケーションは自分たちで考えるじゃないですか。

    でも、インフラのICTの技術を日本で作る例が少ないのは、全くけしからん。それをもっと増やしていきたいですね。

    日本企業が持つ“非合理性”にこそ秘密の価値がある

    落合:外部ベンダーは必要ないと思います?

    登:そんなことはないですよ。ただ、今はお客さんから聞いた仕事を適当に答えて、訳の分からないところは真の開発者に聞いて、みたいなフィルター作業でやってるところも多いとは思うんですけどね。でも、それは本来人間がやるべきことではなくて。

    問題や課題の奥深くまでを理解しようとする試みに基づいた、他にない解決方法をつくること。それこそ人間がやることだと思っています。ベンダーの仕事の本質も、そこにあるはずです。

    落合陽一、登大遊

    落合:全体の人数を1/10くらいにして、テックをちゃんと分かってる人、自前で開発ができる真の技術者、そういう人だけでチーミングでやっていくのは、技術者の無駄遣いだと思いますか?

    登:人数を絞るか組織を新たに構築するという手法は、非常に有効だということが証明されていて。例えばAmazonとかGoogleとか一からつくった会社はすごくうまくいくじゃないですか。

    一方、日本企業のように量的に大きな質量を持っている組織を、予算をそのまま人数も規模もそのままで、全部を質的にGAFAみたいな形に技術が仮に発明されたとしたら、ものすごいパワーになると思います。

    落合:それは会社法を変える技術かも。

    登:それをやるには、その組織の文化的基礎を理解した上で、新たな面白い試みができるような環境をつくって、かつ社員一人一人がその組織が持っている資源を存分に使って仕事ができるようなかたちにしていくことが必要。

    すると、いつの間にか、日本の会社組織は世界の中でも「強力な塊」になるんじゃないかと思うんです。

    あと、日本企業って「空気で動く」ところがあるじゃないですか。その非合理性にこそ、「秘密の価値」があるんじゃないかと思っています。

    落合:確かに。

    登:日本の大企業って、昔のWindows95みたいに訳の分からん動きをするんでしょ?

    それで結果として、おかしなことも起きますが、よくよく考えるとそういうけったいな動きをする非合理性の高い組織というものは、ものすごく贅沢品なんです。われわれはその贅沢品を持っているわけなので、他にはできない予想外の動きができるんじゃないでしょうか。

    >>後編「登大遊・落合陽一に7つの質問。最もけしからんエンジニアとは?」を読む

    文/栗原千明(編集部)

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