培った技術をビジネス的な価値へと昇華するには、エンジニアリング以外のさまざまな職能を持った人とのコラボレーションが欠かせない。エンジニアは、隣接する仕事の内容や、その人たちの思考様式、いい関係を築くための方法などを知っておく必要があるだろう。
中でもプロダクトマネージャー(以下、PdM)は、プロダクトづくりの成否を担う重要なポジションとして、今もっとも注目されている職種の一つ。将来のキャリアパスとして、その動向を注視しているエンジニアも少なくないのではないだろうか。
そこで今回は、一般社団法人日本CPO協会(以下、CPO協会)の主催で、7月9日に開催されたオンラインイベント『PRODUCT LEADERS 2021』を前後編で取り上げる。
同イベントには、Salesforce共同創業者のParker Harrisさん、Atlassian社でHead of Confluenceを務めたPratima Aroraさんらを含む、国内外のプロダクトリーダーが多数登壇。プロダクトマネジメントに関する最新事例やノウハウをシェアした。
前編では、ServiceNowのGM Integration Hub & Platformを務めるMarcus Torresさん、CPO協会理事・松栄友希さん、CPO協会代表理事のKen Wakamatsuさんが登壇したセッション「プロダクトチームをリードする人材育成」をピックアップ。
同セッションは、最初にMarcus Torresさんへのインタビュー(インタビュアーはkenさん)、続いて松栄さんとKenさんによるトークセッション、最後に参加者から寄せられた質問に回答するという流れで行われた。「良いプロダクトを生み出すためのチーム環境」「PdMに求められる資質」という観点から、その一部を紹介しよう。
Marcus Torresさんへのインタビュー
【聞き手】株式会社metroly CEO / CPO
Ken Wakamatsuさん
カリフォルニア大学バークレー校卒業後、サンフランシスコでMacromedia社、Kodak社、Adobe社で開発に携わる。2007年にAdobe社でPdMに転職。Cisco社に転職後、11年にSalesforce社に入社。人工知能「Sales Cloud Einstein」を提供。16年にSalesforceの日本支社に出向。Salesforce Japan初のProduct Managementチームを立ち上げる。20年7月よりmetroly Inc.のCEO/CPOに就任
ServiceNow, Inc. GM Integration Hub & Platform
Marcus Torresさん
『ServiceNow』のローコードプラットフォームでGeneral Managerを務める。プロダクトは常に進化し、そして改良していくものと信じている根っからのプロダクト好き
多様性を真にチームの力とするには?
――ServiceNowのような規模の会社では、アイデアやリクエストがものすごく多いと思います。それらの優先順位はどのように付け、次に何に注力すべきかを考えますか?
Marcus:すべての根底には、私が本当に大事にしている原則があります。それは「顧客を大切にすれば、顧客もあなたを大切にしてくれる」ということです。
そうすれば、あなたのビジネスは繁栄するでしょう。顧客がプロダクトを使ってくれるのです。この原則に集中するだけで、市場、顧客、開発者などとの間で、公正な価値の交換を続けることができます。それがプロダクトマネジメントの極意です。
本を読めば、さまざまな優先順位付けのフレームワークやビジネスモデルを学ぶことができますが、市場を刺激し、顧客に価値をもたらすロードマップを優先して提供することが重要です。
――Marcusさんが管理するチームは非常に大きいと思います。チームとの連携や評価、成長の手助けについて、何かアドバイスをいただけますか?
Marcus:チームは人で構成されており、皆、個人であり個人主義です。ある人は、他の人とは違う動機を持っています。そうした中で適切な文化やチーム環境を生み出すのは、全員が共通の目的を持っていることだと私は感じています。
ミッションやビジョンが何であれ、一人一人が「私」のレベルから始めて、そこからチームに合わせていくことで、全員が目的意識を持って行動する文化が生まれます。
ある程度の規模の組織を率いる上で、重要なことは、全員に適切な指示、適切なコーチング、適切なメンターシップを提供することです。ビジョンやミッションを超えて、組織内のすべての人のさまざまな意見に耳を傾け、自分のキャリアや担当するプロダクトをどのように発展させていくかを考えることが大切だと思います。
大規模なチームを持つことの良い点の一つは、多様な視点を持てること。私がチームに共通して伝えていることは「チャレンジしてください」ということです。私の思い込みを疑い、私の意見に対抗する。恨みっこなしです。
シニアリーダーに逆らうことには恐怖感もあるでしょう。私の組織では、安全なことだけでなく、お互いに敬意を払って行う限り、挑戦することが奨励される場所にしたいと思っています。
――その文化を築くために、どのようなことをしていますか。
Marcus:第一に、今年のビジョンや目標、優先事項を話し合う際に確認していることは、個々の貢献がどのようにしてそれに結びつくのか。私たち全員がこの大きなミッションの一部であるということです。
文化についての第二のポイントは、自分自身、自分のチーム、そして組織内の誰もが、どんな会話にも対応でき、オープンで安全だと感じられるようにすることです。
私は「何でも質問タイム」というのをやっており、その30分ほどの時間帯には人が集まってきます。ただスポーツの話をしたり、ビールやお酒、料理の話をしたりします。また、彼らが本当に影響を受けていることや、彼らがどのように感じているか、組織への帰属意識について話す機会でもあります。
時間を作って、何でも相談できるという信頼感を持たせることが、文化の一部を築くのだと思います。これは私だけではなく、組織全体で推進しようとしていることです。
私たちのチームには困難な時期もありましたが、お互いに心を開くことができたからこそ、乗り越えられたのだと思います。それこそが、人にとっても組織にとっても生産的な文化だと思うのです。
――多様性のあるチームをつくるために、どのようなことをしていますか?
Marcus:テクノロジーや企業におけるダイバーシティは、その意味を進化させてきました。
10年前か、それ以上前かもしれませんが、ダイバーシティの根底にあるのは、技術者の中に女性がいること、女性がより多く含まれるようになることでした。
しかし、本当の意味で多様な文化、チームをつくるためには、思考の多様性、経験の多様性、そして自分以外の視点への共感が必要です。なぜなら想像しうる限りの多様性を備えたチームをつくることができても、そのチームのメンバーが視点をオープンにし、それを聞くだけでなく、相手の視点に共感しようとしないのであれば、多様性が組織にもたらすメリットを実際に得ることはできないからです。
私の組織では、無意識の偏見をどのように適用しているかを調べ、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちでチームを補完しようとしています。アイビーリーグの学校には行っていないかもしれませんが、良い仕事をしてきたかもしれません。私たちはそれを認識し、多様性をもたらすさまざまなシナリオを持っています。それが私たちにとって本当に役に立っていると思います。
プロダクト・マインドセットを持っているか
――PdMを採用する際には、どのような資質を求めていますか?
Marcus:これは良い質問であり、難しい質問でもありますね。
プロダクトマネジメントは誰もが望む、新しい、ホットな職種です。それには理由があります。
人々が時間と労力、そして人生の大部分を費やして仕事に就くとき、自分がやっていることにオーナーシップを感じたいと思うものです。プロダクトマネジメントは「これは自分のものだ」と実感できる素晴らしい分野ですから、その結果、プロダクトマネジメントを志す人が急増しています。
MBAを取得している人は皆、PdMになりたいと思っています。エンジニアたちも「ただ作るだけでは飽き足らず、何を作るかを自分で決めたい」と言っています。そして、彼らはPdMになるのです。
私が考える、PdMに必要な資質は、プロダクト・マインドセットを持っていることです。これは、誰かから教わったり、本から学ぶことはできません。
それを体現しているような話をしましょう。
私がカリフォルニア州サンディエゴのハードロック・ホテルに宿泊した時のことです。私に割り当てられたのはスイートルームで、部屋は美しく、豪華なバスルームがありました。
しかし、バスルームのシンクを前にして、私は水の出し方が分かりませんでした。それはちょうど棒のような、逆さのロリポップのような形をしたものでしたが、温かいのはどっちで、冷たいのはどっちなのか、どちらに回すと水圧が強くなるのか、何の印もありませんでした。
その瞬間、私は自分のことを「プロダクト・パーソンだ」と思いました。なぜなら、私だったら人が使いこなせないものを部屋に入れないからです。
そのシンクでは、おかしなことに、棒をぴったり真ん中に合わせないと、一晩中水滴が垂れてきて、気が狂いそうでした。これはプロダクト・マインドセットを持っている人が、プロダクトを見る場合によくあることです。携帯電話のアプリケーション、企業のソフトウエア、入口のドアなどにおいてです。
プロダクト・マインドセットを持って物理的な世界を見ると、世界の見え方が変わってきます。「あれは何だ?」「それは何を達成しようとしているのか?」「その製品の目的は何か?」「それは仕事をしているのか?」「していないのであれば、どうすればもっと良くなるのか?」といった疑問が自然と浮かんできます。
ですから、私は面接するすべての人に対して「世の中にある物理的な製品を教えてください」「あなたから見て、その製品の好きな点、嫌いな点を教えてください」「では、あなたならどうやってそれを改善するか教えてください」と尋ねます。
これらの質問は、その人が製品に対する考え方をしっかりと持っているのか、それとも単に製品(管理)はちょっとしたものだと考えているのか、理解するのに役立ちます。
――プロダクトマネジメントの仕事に興味を持っている人へのアドバイスはありますか?
Marcus:あなたの顧客に集中することです。マーケティングでも、マネタイズでもありません。顧客のニーズに集中する。その上で、エンジニアリングとのパートナーシップ、デザインとのパートナーシップ、市場担当部門とのパートナーシップによって、コンセプトを実現していくことになります。
プロダクトマネジメントには多様な役割がありますが、常に顧客のニーズや、なぜその製品を作るのかという大前提に根ざしていなければなりません。そして、それを実現するために、さまざまな組織を横断して仕事をするスキルを備えていくのです。
――日本のエンジニアから聞かれるのは「PdMに何を期待すればいいのか」「PdMとうまく仕事をするにはどうしたらいいですか」ということです。
Marcus:私にとって、PdMがエンジニアリングチームに与えるべきものは「自分たちが作っているものは何か」「その結果は何か」を明確にすること。つまり、「What」と「Why」です。
私はかつてエンジニアだったので、常に「How」に潜っていました。「どうやって作っていくのか」「どのように設計するか」「これをした場合はどうなるのか」。しかしそれはプロダクトマネジメントの役割ではありません。
プロダクトマネジメントの役割は「なぜこれを作るのか」。その理由を満たすためには「何を作らなければならないのか」ということです。それができれば、エンジニアリングが実際に何をどのように構築するかが明確になり、顧客の成果を確実に達成することができます。
PdMがエンジニアリングチームに理由も分からずに「これをやってくれ」と言っても、エンジニアはそれに忠実に従うので、失敗します。プロダクトが何であるのかを俊敏に把握できません。
プロダクトは時代と共に進化していきます。成長し、変化し、モーフィングしていく。時には逆行することもあります。チーム全体のエンジニアリングやデザインなどに、何を解決しようとしているのか、という目的を説明しなければ、それはできません。それがプロダクトマネジメントの役割であり、エンジニアリングやプロダクト全般に対する役割でもあると思います。
松栄さんとKenさんによるトークセッション
CPO協会理事 ヘイ株式会社シニアプロダクトマネージャー
松栄 友希さん
デザインやWebマーケティングを経験した後に、株式会社リブセンスでプロダクトマネージャーに。既存事業のグロースの後、EC事業とITエンジニア向け転職サイト『転職ドラフト』の2つの新規事業立ち上げを行う。その後XTechグループ子会社のXTalent株式会社の立ち上げに執行役員として参画。2021年7月にヘイ株式会社に入社
3~5年後の未来を見てプロダクトを考えよう
ken:Marcusさんからは「プロダクト・マインドセットがPdMに必須の素質」という話がありました。松栄さんの中の理想のPdM像は?
松栄:私が考えるPdMにとって大事なものの一つに「未来を見てプロダクトを考えられる」ということがあります。
今、社内でみんなが共通認識と持っている課題についてだけ考えるとか、目の前の顧客から出てきている課題だけを見て作っても、3年後も意味のあるプロダクトであり続けるかは難しいと思っています。なので、「市場を見る」という時にも、今ある課題だけではなく、「3年後も価値を発揮しているプロダクトを作るためには?」という視点で何を作るべきかを考えられることが、とても大事だと思っています。
ken:実際のユーザーフィードバックに加えて、ユーザー自身もまだ自分が必要としていることに気付いていないことを予測して、プロダクト作りを考えるということだと思うのですが、そのための練習方法や、アドバイスはありますか?
松栄:私はHRTechのプロダクトを考えていたことがあるのですが、今の社会は今後どうなっていくのか。例えば今はコロナで、リモートワークになりました。遠方に住む人が増えました。となると、そもそも遠隔で社員を把握できていなくてはならない社会になるでしょう。あるいは、このあと日本はどんどん労働力が足りなくなっていくことを考えると、今のメインではない、例えば女性や、海外から来た方がもっと働ける、そういうダイバーシティ&インクルージョンについても考えないといけない。
そういう社会の流れは、いろいろな記事を見たり、いろいろな人が語っていることを一生懸命に追いかければ、何となくは見えてくるものです。
同じように、HRで言えば、例えば日本よりもアメリカの方が4~6年くらいは進んでいると言われます。じゃあ、4~6年進んでいるアメリカは今、何をやっているのかを見たら、自分たちの今いるところと、ちょっと先の未来のギャップがすごく見えやすくなると思います。
いろいろなバックグラウンドのPdMがいていいはず
ken:Salesforceに入社した時、私にはtoBの経験がありませんでした。入社後に当時の上司に聞いたところによれば、私がPdMに選ばれた理由は、私がそれまでに扱っていたtoCプロダクトのようなシンプルさを、コンセプトとしてCRMにも導入したいと考えていたからだそうです。
toBかtoCかに関係なく、プロダクトを良くするためのアイデアを広く探索することは重要です。とはいえ、自分がマネジメントの立場になった今なら、彼の決断がすごく勇気のいることだったというのが分かります。松栄さんにもそういった体験がありますか?
松栄:皆さんご存知の通り、PdMをやっている人に女性はすごく少ないです。また、私はエンジニアリングがバックグラウンドでもありません。バックグラウンドはデザインとマーケティングなので、自分でコードは書けません。
つまり、いわゆるマジョリティの、みんなが思い描くPdM像ではないのですが、私が『転職ドラフト』という事業をやっていたリブセンスという会社は「やりたい。どうしてもやりたい!」と言えば、やらせてくれる環境だったんです。
「PdMって要はこういう人のことだよね」「こういう経験を持っている人を指すよね」としてしまうと、会社の中のPdM像が同質化してしまいます。他の視点を入れて自分のプロダクトをグレードアップしようと思っても、それが難しくなってしまうところがあると思っています。
自社の中に、他のものを取り入れてグレードアップできるような仕組みや環境を整えるという意味でも、「こういう経験がないとPdMにはさせてあげられないよ」とするのではなく、もう少し幅をもたせて、「やる気があればできるよ」という環境を整えてあげることも大事なんだと、リブセンスで学びました。
ダイバーシティという観点から言うと、マーカスさんもおっしゃっていましたが、「女性がいないから入れよう」では実現しないんです。そこで必要なのが、いわゆる心理的安全性があること。それがベースになります。つまり、他の人と全く違う考え方を持っていて、「ここが気になる」と思ったとしても、それを言った時に歓迎されるという状態がないと、マイノリティがチームに入っても何の意味もない。何も発揮しません。
まずは「今まで出てこなかった視点の話だけど」とか「今までと違う価値観の話だけど」と気兼ねなく言える環境がつくれていないと意味がないということを、既存の人たちは考えないといけない。自分と異なること、なんなら反論を言ってきたことに対して「そういう考えは自分になかった。ありがとう!」と言えるかどうかが大切ではないでしょうか。
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