【松本勇気×芹澤雅人対談】SmartHR新CEO抜擢の決め手は「経営層プレゼンで語ったカルチャーへの思い」
クラウド人事労務ソフト『SmartHR』を開発運営するSmartHRの創業者で代表取締役の宮田昇始さんが1月1日付で退任。後任には取締役CTOだった芹澤雅人さんが就いた。
CEO交代を告げた宮田さんのツイートは多くの注目を集めた。中には「今回のようなCTOからCEO(代表)のキャリアが今後のトレンドになっていくのでは」と指摘する声もあった。
この度、SmartHRの社長を退任することに決めました!来年1月1日で交代します。
新CEOは現CTOの芹澤さんです! @masato_serizawa
私は取締役として残り、SmartHR 100%子会社をつくって、新規事業やります。
次は SaaS + FinTech をやるぞ〜!1人目のエンジニア募集中です!https://t.co/NmASulCwNC
— Shoji Miyata (@miyata_shoji) December 8, 2021
技術者出身の経営者が増えていくとすれば、そこにはどんな意味があるのか。現場で働くエンジニアの働き方やキャリアにどのような影響をもたらすと考えられるのか──。渦中の新CEO芹澤さんと、グノシー、DMM.comでCTOを務め、2021年3月にLayerXの代表取締役CTOに就任した松本勇気さんの対談取材の模様を前後編でお届けする。
前編となる本稿では、芹澤さんのCEO就任の経緯や、経営者としての松本さんを形づくったというグノシー時代のある”失敗”などに触れる。キーワードは「カルチャー」だ。
共通点はピザ焼きのアルバイト?
──お二人は初対面だそうですね。
松本:そうなんですよ。ちゃんとお話しするのは今回が初めてで。
芹澤:僕は一方的に存じ上げていて、告白すると、すごい人だとずっと思っていたんです。人から影響を受けるとかはあまりないタイプなんですけど、松本さんに関しては、考え方とか、すごく参考にさせてもらっていて。だから今日はドキドキしているんです。
松本:自分も本日お会いするのを楽しみにしてて、前田ヒロさんのポッドキャストで予習してきましたよ。
芹澤:ああ、恐れ入ります。松本さんの記事を結構読んでいるんですが、本当に素晴らしい考え方を持っている方だなと思ってました。あと歳が近い。僕は1988年生まれで。
松本:89年生まれなので、ほぼ一緒ですね。
芹澤:もう一つの共通点は「学生時代にピザを伸ばしていた」こと。僕もイタリアンでアルバイトをしていたんです。
──何かつながるんですか?
松本:何にもつながらない……あ、でも料理はいいですよ。製造工程をどう考えるかのいいトレーニングになる。
芹澤:それはあるかもしれないですね。飲食店でオーダーが並んでいくのをいかに効率よくさばいていくかは、もしかしたら今の仕事に活きているところがあるかもしれない。
松本:フライヤーにフリットを放り込んだら、その間に何ができるか、とか。
芹澤:そうそう。待ち時間を作って、その間に他のことをやる、みたいなね。意外と活きますよね。
松本:活きますね。ここでサラダを作っておこう、みたいな。
──エンジニアリングと共通するということですか?
松本:というより……
芹澤:仕事、ですよね。
松本:そうそう。これは飲食をやった人にしか分からないと思いますね。
「頼む、お願い!」のひとことでVPoEに
松本:こんないいタイミングでお話を聞けてありがたいなと思っているんですが。そもそもSmartHRに入ったきっかけは、TechCrunchのピッチコンテストだったとか。
芹澤:そうです。僕は創業者でもなんでもなく、一社員の一エンジニアとして入っています。β版として提供していたものを正式ローンチした1カ月後くらいの時ですね。
松本:なぜSmartHRだったんですか? 他にもピッチをしている会社がいろいろとあった中で。
芹澤:スタートアップに元々興味があって、それもシード期にあるようなものをずっと探していたんです。2、3年くらい、スタートアップオタクのように。
松本:2、3年!?
芹澤:BtoBのSaaS……当時はまだそういう言い方はしていなかったですけど、前職で経験して楽しかったこともあり、B向けのWebサービスをやりたいとはずっと思っていて。そういうものを探していた時に、たまたま出会ったって感じです。
松本:前職では何をやられていたんですか?
芹澤:NAVITIMEという会社で、『店舗案内パッケージ』というB向けのSaaSを作って売っていました。
松本:そこから最初は普通にエンジニアとしてSmartHRに入って。ここに至るまではどんな感じのステップだったんですか?
芹澤:1年半くらいはエンジニアとしてひたすらコーディングですね。作るものがいっぱいあったので、しばらくはプレーヤーとしての活動がメインでした。前任のCTOの方が退職されることになったタイミングでVPoEを任されたっていうのが、ロールの切り替わりです。
松本:芹澤さんの中でカチッと切り替わる何かがあったんですか?
芹澤:うーん、その時はもう「お願い!」って言われましたね。やってくれ、と。
松本:分かるわー(笑)
芹澤:「代わりに頼む!」みたいな感じで。その時に実はCTOを打診されていたんですけど、まだプレーヤーとしての未練があり振り切れない自分がいて、だから間をとって。「間」って何のことだか分かんないですけど(笑)
なのでもう、選択肢がなかったというか、やるしかないな、みたいな状況でしたね。
松本:そこからCTOになったのは?
芹澤:また1年半後ですかね。2017年にVPoE、2019年1月からCTOなので。
松本:芹澤さん以外にもエンジニアがいるわけじゃないですか。なぜその中で芹澤さんだったんでしょう?
芹澤:VPoEに選ばれた時は、僕がリーダーシップを発揮するシーンが何回かあったから、というのを「後から」聞きましたね。
松本:その瞬間はなかったんですね、宮田さんから。
芹澤:そうですね。ほぼほぼ無茶ぶりでした。
──当時エンジニア組織としてはどれくらいの規模だったんですか?
芹澤:VPoEを任された時はまだ13、14人かな。それくらいの時期です。
取締役間のプレゼンの末、CEOに
松本:今は何人でしたっけ?
芹澤:エンジニアが70人を超えたくらいですね。全社員で500人くらい。
松本:ポッドキャストで聞いた感じだと、今回CTOからCEOになったのは、芹澤さんが自ら「やりたい」って話をしたそうじゃないですか。
芹澤:結果的にはそうなるのかな。今回はさすがに「やってくれ」ではなかったですね。取締役会があり、社外取締役がいる中での、かなりコーポレートガバナンスの効いた選出方法でした。
社内取締役からCEOを出そうとなり、候補の3名それぞれに「自分がCEOになったらこういうことをしたい」というプレゼンをする機会が設けられて。
その後いろいろとあって、最終的には宮田さんが決めた人で、ということになり、「じゃあ芹澤さんのプレゼンが響いたので、彼にします」となった感じです。
松本:プレゼンの中身がめっちゃ気になるんですけど。話せる範囲で伺えますか?
芹澤:僕は二つの話をしました。一つは事業について。それは当たり障りのない内容というか、他の候補者も似たようなことを話されていて、そんなに差はなかったと思います。唯一差があったのが、僕だけがカルチャーに言及したことですね。
松本:カルチャー。
芹澤:僕が入社した当時はまだ3人の組織だったんですけど、プロダクトはもちろん、組織に惚れて入社したという経緯があって。この組織がすごく好きだったんです。いや、好きだったんだな、と気付いたんです、今回のプレゼンの時に。
松本:はい、はい。
芹澤:この組織のカルチャーのいいところを残したまま、700人、1000人と拡大していったら、すごく楽しいし、いい会社になるんじゃないかなと思いました。
そのカルチャーの拡大、というか維持を自分ができるんだったら、それは楽しいチャレンジだなと思えたのが一つ大きくて、そんなことを話しました。
松本:これは僕もCTO……技術上がりの経営者だからなのかは分からないですけど、すごく共感するところが大きいですね。
僕がLayerXに戻ってきたのは、グノシーで一緒に仕事をしていたメンバーが「またやろうぜ」と声をかけてくれたからなんですけど。
もともと僕自身も日本のデジタル化とか、日本全体をつくり変えることとかを面白いよねくらいには思っていて。その手始めとしてDMMという会社で大企業改革をやって、ちょうどそれが一段落したタイミングでした。
その時に思ってたんですよね。カルチャーの重要性というのを。結局、組織改革もカルチャー改革なんですよ。売り上げ構造を変えたら改革かと言ったら、そうではない。カルチャーが変わらないと、もしくはカルチャーを良くしないと。会社は基本的には惰性の方向に流れていくので、その惰性が正しい方向にならないといけない。
芹澤:そうですね。
松本:でもこういうことって、開発組織だと特に目を向けやすいなと思うんです。LayerXに戻ってきて、実際に「会社をどうする?」って話をすると、みんな結構カルチャーの話をする。
芹澤:エンジニアって年がら年中チームワークをやるじゃないですか。なので、考えがそういうところに行きがちなのかな。特にここ数年は心理的安全性とか、Googleの考え方みたいなのが一般に浸透してきているので、みんなが意識していることだと感じます。
モメンタムが切れた時こそ問われるカルチャー
松本:芹澤さんが選ばれたというのは、SmartHRにとって、今が特別にカルチャーを問われるタイミングだったということなんですか?
芹澤:何か課題があって、ということではないです。ただ、改めて宮田さんがやってきたこと、欠けた時に空く穴ってなんなんだろうって思ったら、やっぱりカルチャーの中心にいたのが宮田さんなんですよね。
その宮田さんが、会社に残るとはいえ、代表取締役ではなくなる。となったら、少なからず影響があると思ったんです。そこは絶対に悪い方向には行かせたくないなと思ったのが大きいです。
松本:アイコンがいなくなるって大きいですよね、会社にとって。
芹澤:大きいですね。ただ、ファウンダーとして残るので、彼の力とか魅力というのはこれからも発揮されると思います。
一方で、コロナ禍でこの1年半、リモートワークになって、オフィスを構えたものの全然人が集まれない、とか。Zoom中心のコミュニケーションになって、チームの中の交流は濃くなったものの、逆にチーム外との交流が疎かになってきてしまったなというのが実感としてすごくあって。
今後500人から増えていく上で、このままでいいのかという漠然とした不安が僕の中にありました。このタイミングでCEOとして、その辺りに本腰を入れていくというのは、面白そうだなと思っています。
松本:スケールのための第二段階の準備みたいな感じなんですかね。
芹澤:そうですね。
松本:「ARR(Annual Recurring Revenue=年間経常収益)をこれくらいに」とか、「ユニコーンになる」みたいな目標が達成されると、一瞬、上昇してきていた勢いが止まるような時があるじゃないですか。カルチャーって、そういう時にこそすごく問われる気がするんですよね。
芹澤:ああ、思いますね。ある種カンフル剤のようになっている部分はあると思うんですよ。スタートアップ独特の、初期の頃の熱気みたいなものがいつまで続くかっていうのは考えておかないといけないし、おっしゃる通り、それが終わった後の、次のモチベーションになるものというのも設計していかないといけないと思いますね。
松本:LayerXがカルチャーを重視しているのも、僕と福島の過去の経験というか、反省からきているところもあって。
芹澤:そうなんですね。
松本:僕の前々職、福島と一緒にやっていたグノシーという会社は、今はすごく伸びているわけなんですけど、当時2年半ちょいで上場まで持っていって。最速で上場した瞬間に、「この先どうしよう」みたいな話になってしまった。
そういう勢いを失った時に、カルチャーがないと、みんながバラバラになっちゃうみたいなことが起きる。モメンタムが一旦途切れ、悩んだ瞬間に、それを解決する過程でバラバラの方向に走っちゃう。
そういう経験があったから、LayerXでは創業してすぐの頃から、ずっとカルチャーの話をしてきました。多分僕が離れる前後くらいには、今のLayerXの行動指針は出来上がっていたんじゃないかな。
ミッションとかは、最初にブロックチェーンをやっていたところからはちょっとずつ変わってきているんですけど。でも、カルチャーを成す、根幹の行動指針とかは変わっていないです。
DMMで実践した、カルチャーをつくるということ
芹澤:素晴らしいですね。一旦DMMに行かれた時は、DMMのカルチャーをどのように捉えられていたんですか?
松本:DMMのカルチャーって、カオスだったんですよね。
芹澤:カオス!
松本:カオスなんですよ。カオスを良しとしてもいるし。ただ、大きすぎるので、まばらになってしまっているというのが一つあったのと、カルチャーというか、リーダーシップというものに対しては、過去、あまり考えずに運営されているところはちょっとあったのかなと思っています。
なので最初に僕がインストールしたのは、マネジメントとか、リーダーシップとはなんぞやみたいな話。マネジメントがある状態とはなんぞや、リーダーシップがないことによる問題とは何かみたいな話を、座学形式でバーッと喋るとか。
その頃のDMMには「色」がありませんでした。みんな好き勝手にやる自由さはいいかもしれないけど、明文化はされていない。そこで、僕なりに明文化するとしたらこうなるだろうというのと、今変えなきゃいけない方向はこうだよねというのを、全部分析していきました。
入社前後の3週間くらい、ずーっとヒアリングを重ねて。例えば、どういうチームがあるのか。その中のキーマンは誰か。そのキーマンはどういう風にコミュニケーションしていて、誰と誰がどういう関係にあるのか、とか。
このコミュニティのヘッドは誰なんだ? みたいなのを明確にしていくんです。飲み会のつながりとか、そういうものも含めてヒアリングしていって、ちょっとずつ明らかにしていく。
そうすると利害関係図が出来上がってくるので、次はその中で、この会社をどう変えていかないといけないか。僕は「アジリティを高める」ってよく言うんですけど、一人一人が意思決定できるようにする。
そのためにはカルチャーが必要だよね、ということで、今向かわなきゃいけない方向性をパッケージとして四つのバリューにまとめて、発信したっていうのが最初です。
芹澤:それはすごい。一般的にCTOって聞くと、テクノロジーで何かをしてる人と思われがちですけど、実際には、今みたいな話がめちゃくちゃ多いですよね。
松本:一回、大学ラグビーの強豪チームのコーチとお話しする機会があったんですけど、心理的安全性の高さとか、メンバーがちゃんと成長できる環境づくりとか、そのためのカルチャーはどうあるべきかとか、もちろん表現は違うんですけど、でも同じようなことを言っていて。「ああ、ジャンルは違えど、結局チームのマネジメントってそういうことなんだ」と思った記憶があります。
芹澤:ちょっと前に『1兆ドルコーチ』っていう本も話題になりましたよね。あれもアメフトのコーチがシリコンバレーの社長のコーチングをするみたいな内容で。やっぱり共通点はあるんでしょうね。
松本:何か問題にぶつかって、右に行くのがいいのか左に行くのがいいのかみたいな時に、みんなが同じように「右です」「右です」……と言える状態が、いいカルチャーがあるということだと思っているんです。そこに一人一人の持つ知識とかノウハウが被さって、少しだけブレが生じる、というような。
こういう状態を作るためには、やはりコーチングとかカルチャーが根底になくちゃいけない。この辺がきちんと作れないと、いいプロダクトにならないんです。ソフトウェアは特に、みんなが同じ方向を向いていないと、バラバラなものが出来上がってしまうから。
そういうところを揃える意味でカルチャーの可能性があるから、僕らCTOはすごくカルチャーに目を向けるのかなと。
芹澤:共感しかないです。カルチャーって、パッと聞くと「ノリなのかな?」と思われるかもしれないですけど、今おっしゃったように、右か左かって時にどう判断するのかの基準だと思います。「この会社ではこっちと判断することが良しとされる」というのがカルチャーの一個の側面。そこを統一することがすごく大切だと思っています。
そして、作るメンバー、チームの意思決定が揃うことは、絶対にプロダクトに反映される。「コンウェイの法則」のようなことをよく言うのですが、組織とプロダクトは絶対に一致してくる。それは構造も含めてだし、カルチャーみたいなところも絶対に反映されてくると思うんですよね。なので、今みたいなところを最初にやられたのは、目の付け所が素晴らしいなと思いました。
取材・文/鈴木陸夫 撮影/赤松洋太 編集/河西ことみ(編集部)
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