(※)シルバー民主主義:高齢者の声が通りやすい政治のこと。団塊の世代が定年退職し、有権者に占める高齢者の比率が上昇する一方で、若者の投票率が低いことから、高齢者向けの施策が優先されがちだと指摘されている
山田進太郎・辻庸介・佐々木大輔が語る日本が 「スタートアップ大国」になるために必要なこと
日本経済の競争力を強化するためには、新しいことに挑戦しやすい社会に変革していく必要がある。アントレプレナーシップ(起業家精神)を育み、日本を「スタートアップ大国」にするために求められる変革とはーー。
デジタルを軸とした経済と社会の改革に向けて、個人や民間企業の力が最大限に発揮される環境の整備に取り組む日本で最も新しい経済団体「新経済連盟」で幹事を務めるfreee創業者・代表取締役CEOの佐々木大輔さん、同じく新経済連盟幹事でマネーフォワード代表取締役社長CEOの辻庸介さん、メルカリ代表取締役 CEO(社長)の山田進太郎さんが、日本の未来戦略について語った。
※以下、『JAPAN TRANSFORMATION 日本の未来戦略』(KADOKAWA)の83~96頁より原文ママ転載しています
「非連続な挑戦」を応援しよう
佐々木:新しいことに挑戦しやすい社会、挑戦を応援する社会にしていくことが重要だと思います。
日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでこなかった理由は明白で、国や企業がそのための人材育成を国内でやってこなかったから。
新しい時代に対応するための新陳代謝となるアクションをしてこなかったツケが回ってきているだけなんだと思います。
時代の変化に応じて新しいスキルを身につける、意識を転換する行動を奨励し、支援する雰囲気を社会全体でつくっていく。すると、「変わっていこう」と前向きになれる人が増えていきますよね。
特に、過去の経験とはまったく違う領域に飛び込む“非連続な挑戦”を応援できる社会に変わることは重要ではないかと思っています。
欧米では、教師から企業に転職したり、異分野へのキャリアパスが普通に受け入れられていますよね。
日本も、「まったく新しいことへ挑戦していいんだよ」と背中を押す社会になっていけば、時代の変化に対応するスピードも格段に上がるのではないかと思います。
辻:おっしゃるとおりですね。前向きに挑戦する人を増やしていきたいです。
佐々木:なぜこれまで日本がそうならなかったのかを考えてみたときに、僕が元凶だと思っているのが日本の「部活」文化なんです。
日本の学校の部活動は、基本的に「一度入ったら3年間続けるもの」という前提で成り立っていますよね。これになんの意味があるのかなと。
欧米では部活動というもの自体があまりなく、「この夏はバスケットボールのチームに参加した。秋はサッカーに入ろうかな」と時期ごとに興味のある活動を選んで楽しむのが一般的です。
佐々木:つまり「続ける義務」はなくて、途中でやめる選択も自由。こっちのほうが個人の興味関心を満たす上で合理的だし、「その時々で最適な選択をする力」を養う練習にもなると思うんです。
僕自身はずっとこの考えがあって、中高一貫校に通いながら部活を5回くらい変えたんです。最後はたしか合唱、いや、野球だったかな(笑)
すると、「ダメなやつ」扱いを受けて不服だったんですけど。「今まで続けてきたことをやめて、新しいことを始める」というアクションをポジティブに受け入れられるか、ネガティブに批判されるか。
この違いによって、価値観に大きな影響が出ます。だから、部活制度の改革から始めるとよいのではないでしょうか。
辻:社会人になってからのキャリアにも同じことがいえますよね。企業間や官民の間での転職がもっと活発になって、いわゆる「リボルビングドア」の仕組みがどんどん導入されるといいと思います。
最近、当社で働いていた神田潤一さんが、故郷の青森県八戸市から出馬して衆議院議員に転身したんです。神田さんは日銀から金融庁に出向しキャリアを積んだ後、当社(マネーフォワード)でフィンテックの事業を率いてくださった方。
官公庁から民間のスタートアップを経て政治家になるって、すばらしいことだなと思いながら送り出しました。
官民を行き来するキャリアが促進されていくと、当事者感覚をもって相手の事情を理解した上で対話が進むと思うんです。やはり実体験があるかないかで、相互理解のレベルがかなり違うので。
単に批判するのではなく、一緒に考えていく仲間になれる。僕たち企業側も、リボルビングドアを積極的に導入していくべきだと思います。
技術革新を速める「リボルビングドア」
山田:そのあたりは、欧米は進んでいますよね。
メルカリはアメリカとイギリスでも金融ライセンスをとりました。事業を進めた実感なのですが、現地の金融業界で経験を積んだプロフェッショナルを採用したいと思ったときに、求める人材がちゃんとマーケットにいるんですよ。
日本とはだいぶ違うなと感じました。人材の流動性が高いから、金融とインターネットの掛け合わせも密に起こるし、だから国全体でフィンテックがスピーディーに育つ。
日本でも銀行で長年キャリアを積んだ人がもっとインターネット業界に流れてくれれば、暗号資産(仮想通貨)みたいな新しい分野も一気に広がったんじゃないかと思うんですよね。
佐々木:まさにそうだと思います。流動性の高さとイノベーションの発生率は相関しますよね。
人材のリボルビングドアに関してはデジタル庁が積極的導入を表明しましたが、これからはもっと本丸のところ、たとえば事務次官クラスに民間人を採用するニュースが頻繁に聞かれるようになるといいなと思います。
繰り返しになりますけれど、「長く同じことを続けてきた人が評価されて要職に就く」という習慣を断ち切りたいですね。それは革新を生まないので。
辻:意思決定の質を上げるという点では、当社の課題でもある経営層のダイバーシティ促進はマストですね。
怒られるかもしれませんが、元旦に並ぶ年頭挨拶の顔ぶれもほとんど、「シニア男性」ばかりですよね。
お一人お一人はすばらしい方であるのは間違いないのですが、なぜ若者や女性や外国人がほとんどいないのか。さらにいえば業界も製造業や銀行ばかりが多く、新しい産業が取り上げられにくい。
ダイバーシティの促進は時間がかかる取り組みであることは間違いないので、この偏りある光景に健全な違和感をもつことが大事で、これからは明確な意志をもって「経営陣を多様化する施策」を打ち出していかないといけませんね。
今の政治もシルバー民主主義(※)だとさんざん言われていますが、だからといって「子どもがいる世帯には、子どもの数だけ投票数を与えます」みたいなシステムがすぐに導入されることもないでしょう。
だったら、ビジネスが先行して頑張らないと世の中は変わらない。僕たちが先陣を切ってやらないと。政治に対する働きかけも、地道にやっていくしかないですよね。
一方で、先輩経営者の中には「政治に訴えても何も変わらない。時間の無駄だ」とおっしゃる方もいて、本音としてはその気持ちもわからなくはないです。
スタートアップと政治の距離
山田:僕たちの少し前の世代の経営者の方々が、いろいろと奮闘しながらも、「我田引水じゃないか」と批判的な目を向けられたりして、結局はあまり変わらなかったんですよね。
そういう姿を見てきたから、「政治家に訴えかけても意味ないのかな」と尻込みする人は少なくないかもしれない。
佐々木:でも本当は、ちゃんと仕組みを活用すれば、聞いてもらえるんですよね。これは僕自身も最近わかってきたことで、昔は全然わかっていなかったなと反省しているんです。
何か要望があったときに、有識者に個別相談のような形で「こんなことをやってみたいんですけれど」と話をしても、「あー、それはたぶん、◯◯さんが反対するからダメだと思うよ」と憶測の意見をもらうにとどまって、そこから先に進むのをやめてしまったりしたこともありました。
でも、新経済連盟のようなハコを使って、ちゃんと意見としてまとめた形で伝えると、行政の方々もしっかりと受け止めてくださるんですよね。
真っ当な議論ができる社会なんだと、あらためて気づけたのと同時に、こういう仕組みを活用してスタートアップ視点の意見を政治に届けていかないといけないなと思いました。
何もせずに「どうせ潰されるだけでしょ?」とあきらめるのはもったいなくて、ちゃんと議論し切ることが大事なんですよね、きっと。
辻:おっしゃるとおりですね。僕も起業してから、「政治家や官僚の方々は、こんなに起業家の話を聞いてくれるのか」と感動したのを覚えています。「何かやりづらいことはないですか?」と聞いてくださいますし。
ただ、意思決定のスピードとクオリティをより高める必要はあると思っています。「最後は自分が責任をとる」と言い切って、思い切った決断ができるリーダーをどれだけつくっていけるか。
僕たち有権者に突きつけられている課題であり、実業界のリーダー育成から実践していくべき課題でもあります。
山田:佐々木さんが言うように、スタートアップ側が政治に対するコミュニケーション手法をもっと学んで、慣れていくことが必要だと思います。
「それはちょっと難しいよ」と言われたらそのまま鵜う呑の みにして、現状維持に甘んじるのでは何も変わらないですからね。「これ、ちょっとおかしいな」「フェアじゃないよ」と感じたときに、何らかの働きかけをするチャレンジが足りていない。
僕自身も反省する部分はあります。スタートアップ側が政治を巻き込んでいくためには、それを可能にするだけの知恵をつける努力がもっと必要だなと感じます。
辻: 「こんなふうにしたら、人々の暮らしがもっと便利になります」と、新しい社会モデルを示していくことも、スタートアップが担える役割ではないでしょうか。
当社でいえば、2017年5月に成立した改正銀行法で世界に先駆けて実現した「オープンAPI」がひとつの成功例です。これは、金融機関が提携先企業とデータやサービスを連携できるように、システムの接続仕様を公開するもの。
インターネットの世界では、各システムを便利につなげることができるAPIは当たり前でしたが、当時、金融業界ではまだ議論にもあまりのぼっていませんでした。
今ではAPIという言葉はいたるところでよく聞かれるようになりましたし、日本が先駆けて取り組んだ好事例としても世界で取り上げられています。
この法改正をきっかけに、金融を中心に企業間連携が活発になっていって、「お互いにつなげて、もっと便利で喜ばれるサービスを提供しよう」と考える事業者が増えたのはすごくうれしいですね。
やっぱり地道で誠実なコミュニケーションが大事だなと、おふたりと話をしながらあらためて感じました。
思い切って世界に行けない「壁」
山田:でも、大きな流れで見れば、日本のスタートアップ環境はよくなってきていますよね。冒頭でも言いましたが、僕たちが起業した頃と比べると、今は隔世の感があります。
前の会社で資金調達したのが2005年だったのですが、その頃はエンジェル投資家やベンチャーキャピタルも本当に数が限られていて、調達規模も数億円だと大きいという感覚でした。
ここ数年で、スタートアップが10億円、20億円調達したというニュースがどんどん出てくるので、正直うらやましいです(笑)
それでも、海外と比べるとまだまだ足りないし、スタートアップ業界にもっと資金が流入すべきだと思います。グローバル感覚を備えた若い世代も増えていますし、世界で戦いやすい状態をつくってほしいですね。
辻:世界の舞台に挑むという局面に関して、ひとつ言いたいことがあります。日本の起業家がスケール(事業規模を拡大)して、「さあ、世界で勝負しよう」というときにぶつかる「出国税(国外転出時課税制度)」の問題です。
一定の居住者が国外に転出する際に、所有している有価証券等の対象資産(1億円以上)の含み益に所得税が課税される制度なのですが、これは日本からグローバル企業を育てる上での大きな障壁になっていると思うんです。
ソニーは1960年にアメリカに進出したことでグローバル企業へと発展していったわけですが、当時、今のような出国税の制度があったら、(同社創業者の)盛田昭夫さんは海外に出なかったのではないでしょうか。
だって、実際には利益が出ていないのに、(実際には譲渡等を行っていないのに譲渡を行ったとみなして)財産の相当額を税金として納める必要があるんですよね?
事情はアメリカ進出を果たした山田さんがお詳しいはずですが。
山田:未実現の利益も課税対象になるのはかなり負担が大きいです。
おそらく課税逃れをしようとする悪意ある人を取り締まるためにつくられた制度だと思うのですが、純粋にグローバルに挑戦したいスタートアップにとっては大きな足かせになっている。
海外に行きやすいかと問われたら、行きづらいのは確かです。
辻:そうですよね。同じように、暗号資産に関しても税金が理由で事業化を進めにくい背景があるんです。会社が期末時点で暗号資産を保有していると未実現利益に課税されるので、維持が難しくなる。
結果、「シンガポールで会社をつくるほうがいいね」という判断になってしまうんですよね。
佐々木:税金に関していうと、僕は「使い方」のほうに課題を感じることが多いです。税金の使い方をビジネス目線で見たときに、「もっといい使い道があるんじゃないかな」と疑問に感じることが多くて。
結局、政治家に委ねるしかないのであれば、税金以外のお金、たとえば「寄付」の形でいろんな使い道を選べる仕組みを用意できたらいいのになと思います。
社会のどこにお金を使っていくか、個人が選ぶ意識が高まっていくと、「応援したい企業に投資しよう」という流れも生まれていく気がします。
山田:おっしゃるとおりですね。「お金をどこにどう使っていくべきか」という意識を社会全体で高めていくことが大事だと僕も思います。
たとえば、「理系人材を増やしたい。特に女性の理系人材を育成していきたい」という目的があるなら、その目的を達成するためのお金の使い方を明確に選択すればいい。
ベビーシッターを安価で使いやすくする税制を整えたり、外国人のシッターさんが日本で働きやすくなるようにビザの仕組みを変えたりと、方法はいろいろあるはずです。
今は時代に合っていない古い制度が積み重なって、「誰の何を解決する制度なのか」がわかりづらい。
辻:技術的負債みたいになっていますよね。法律という名のコードがぐちゃぐちゃに絡んでしまって。
山田:完全にスパゲティコード状態ですね。だから、一度思い切ってリファクタリング(構造の整理)をしたほうがいいんですよ。
歴史を振り返っても、日本の世の中がうまく前進したのは明治維新と戦後の2回。つまり、政権が倒れてすべてをゼロリセットして再構築できたときです。
今の日本ではそれはなかなか起きづらいといわれていますが、何かのきっかけで意外と簡単に起きてしまうかもしれないなという気もしています。
給料の逆転現象が起きている
辻:ちょっと明るい話もしましょうか(笑)。先ほどおふたりの話にもありましたが、スタートアップ環境はずいぶんよくなりましたよね。
当社は2012年創業なのでちょうど10年経つのですが、当時と比べものにならないほど今はスタートアップにお金が回るようになりました。つまり、スタートアップで働く人の給料が上がっているということです。
つい最近、大企業の方ともその話題になったのですが、「そんなに御社では給料出しているんですか。うちより高いかもしれませんね」と驚かれました。
佐々木:僕も大きく変わった実感がありますね。ただ、もっと小さなサイズの起業についてもチャレンジの障壁をなくせるといいなと思います。
たとえば、「個人保証なしでお金が借りられる」とか「事業に失敗して破産した後も人生を再構築できる」とか、出資を受ける手前にある人にとってもやさしい社会になることが、起業の裾野を広げるし、スタートアップ量産につながるんじゃないかなと。
辻:大事ですよね。スタートアップに資金が回る流れは、これからもっと加速したほうが世の中のためになるはずです。
なぜなら、スタートアップが生まれやすい社会は、産業の新陳代謝やイノベーションが生まれやすい社会ということであり、国際競争力アップにつながるはずですから。
そのために検討してもらいたいのは、年金で集まったお金をベンチャーキャピタルに流す動きの活性化。すると、スタートアップの労働環境はよりよくなり、優秀な人材がより集まり、より質の高いイノベーションが起こりやすくなる。
同時に、イノベーションを促進するための規制改革も進めていただきたいですね。特別なひいきはしてくれなくていいので、成長を止める規制だけを撤廃してほしいです。
たとえば、「給料は銀行口座でしか受け取れない」という規制とか。電子マネーでも受け取れるように規制緩和してもらえると、社会全体のDXもかなり進むと思うんですけどね。
いろんなスタートアップがよいサービスをつくって、健全な競争をして、「これ、いいね」と喜ぶユーザーが増えて、社会全体の幸福度が上がっていく。そんな筋道を立てていけたらいいなと思います。
書籍情報
『JAPAN TRANSFORMATION 日本の未来戦略』(著者名:一般社団法人 新経済連盟 出版社:株式会社KADOKAWA)
バブル崩壊以降、「失われた30年」とも呼ばれる低成長にあえぐ日本社会。人口減少、硬直的な政府体制、未来志向に乏しい金融市場、失敗を許容しない文化……しかし、テクノロジーによる変革の兆し、新市場の創出、新しい個の時代はすぐそこに到来している。アントレプレナーの力を結集し、日本を変革するにはどうしたらいいか。2022年6月、活動10周年を迎える新経済連盟が目指す「日本の未来戦略」とは。
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