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【新潮流】管理職にならずに築く「スタッフエンジニア」のキャリアとは? 増井雄一郎が説く“生涯技術屋”で生きる新しい選択肢

働き方

「給料は上げたいけれど、マネジメントはできるだけやりたくない」という“生涯技術屋”志向のソフトウエアエンジニアに朗報だ。

CTOなどのマネジメント職とは異なり、技術力で付加価値を発揮する「スタッフエンジニア」という上級職の重要性が欧米の先進企業を中心に認識されるようになり、その存在が目立つようになってきた。

マネジメントを主体にせずとも、テクニカルリーダーシップを発揮して昇給していく「スタッフエンジニア」のようなキャリアパスは今後、欧米のみならず日本でも開かれる可能性があるのだろうか。

日米で4度の起業経験を持ち、書籍『スタッフエンジニア マネジメントを超えるリーダーシップ』(日経BP)で監修・解説を務めた増井雄一郎さんに話を聞いた。

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Product Founder & Engineer
増井 雄一郎さん(@masuidrive)

「風呂グラマー」の相性で呼ばれ、『トレタ』や『ミイル』をはじめとしたB2C、B2Bプロダクトの開発、業界著名人へのインタビューや年30回を超える講演、オープンソースへの関わりなど、外部へ向けた発信を積極的に行なっている。「ムダに動いて、面白い事を見つけて、自分で手を動かして、咀嚼して、他人を巻き込んで、新しい物を楽しんでつくる」を信条に日夜模索中。 日米で計4回の起業をした後、2018年10月に独立し'Product Founder'として広くプロダクトの開発に関わる。 19年7月より株式会社Bloom&Co.に所属。現在は、CTOを務める

技術の高度化、開発組織の拡大で需要増。欧米で存在感を増す「スタッフエンジニア」とは

『スタッフエンジニア マネジメントを超えるリーダーシップ』(日経BP)

ソフトウエアエンジニアが、マネジャーやCTOなどの管理職には進まずに、テクニカルリーダーシップを発揮できるエンジニアリング職のキャリアパスを貫く――そのための「指針」と「あり方」を示す『スタッフエンジニア マネジメントを超えるリーダーシップ』(日経BP)

ーーまず、欧米における「スタッフエンジニア」とは、どのような役職なのでしょうか?

日本語で「スタッフ」というと「一般社員」あるいは「職員」のようなイメージを持たれがちですが、英語の「staff」には「参謀」という意味があり、スタッフエンジニアの場合は「技術参謀」の意味合いが強いです。

私自身も、書籍『スタッフエンジニア マネジメントを超えるリーダーシップ』(以下、『スタッフエンジニア』)の解説を担当し、スタッフエンジニアが「エンジニアのリーダー」および「幹部の補佐役」として米国では定着している役職であることを知りました。

日本におけるエンジニアのキャリアは、ジュニア、ミドル、シニア、CTOと続くケースが多いですよね。

しかし、スタッフエンジニアはシニアより上級職でありながら、CTOともシニアエンジニアとも異なる役割を担います。

CTOがマネジャーロール中心だとすれば、スタッフエンジニアはエンジニアロールが中心なのです。

シニアエンジニアのミッションが「自分の担当するプロジェクトで成果を出す」ことだとすれば、スタッフエンジニアのミッションは「組織横断的な問題を解決したり、問題が発生しないように技術的な提案をしたりする」ことだと言えます。

なお、スタッフエンジニアは単に指針を示すだけではなく、技術的な活動で組織に貢献する役職。勤務時間の大半は、技術課題を解決する時間になるのも特徴です。

技術課題を解決するために、コードを書く必要があればコードを書く時間が増えますし、技術選定で解決できるものについては研究あるいは検証作業が増えると思います。

しかし、それでも資料を作ったり会議に参加したりする時間が大半を締めるようにはならないはずです。

ーーテクニカルリーダーシップを発揮する役職としては日本だとテックリードがそれにあたると思うのですが、スタッフエンジニアとは異なるのでしょうか?

スタッフエンジニアとは、シニアより上のポジション(スタッフクラス)で働くエンジニアの総称であり、そこにはテックリードやアーキテクトも含まれます。

しかし、テックリードやアーキテクトとスタッフエンジニアの違いは、単なる呼称だけではありません。

『スタッフエンジニア』では、スタッフエンジニアのメリットとして「部屋に入れる」点が示されています。部屋に入れるとは、重要な意思決定が行われる経営会議への参加が認められているということです。

従来のテックリードはエンジニア側を向いて働くことが多かったと思いますが、スタッフエンジニアは組織全体を見て、経営陣や事業責任者に対し技術面での助言をする役割も担います。

なお、現状はスタッフエンジニアを導入している全ての会社において、このような役割分担が厳密に行われているわけではありません。具体的な業務内容は、当然ながら会社によって少しずつ異なります。

スタッフエンジニア

ーー欧米では、IT企業であればどこの会社にも置かれているポジションなのでしょうか?

比較的新しい職種ですし、役割上ある程度の組織サイズがある会社で置かれているポジションなので、全てのテック企業に存在するわけではありません。

ただ、技術を重視する会社や組織規模の大きな会社では一般的な存在になってきています。

私自身もスタッフエンジニアという言葉を初めて聞いたのは4年くらい前でした。アメリカの友人が「スタッフエンジニアになった」「スタッフエンジニアを目指している」とTwitterでつぶやくのを、徐々に見かけるようになったんです。

小さなテック企業の場合は、スタッフエンジニアというポジションがなくても、CTOやシニアエンジニアが実質的にその役割を負っていることがあると思います。

ーーなぜ欧米ではスタッフエンジニアという役職が広がりつつあるのでしょうか?

技術の高度化とともに、企業の開発組織は拡大し続けています。それによって、テックリードやアーキテクトなどを含むスタッフクラスのエンジニアの重要性が飛躍的に高まりました。

そうした状況下、彼らに「スタッフエンジニア」という名前を与えることによって、組織横断的な活躍ができる技術のプロフェッショナルをさらに増やそうとする流れが生まれたのだと思います。

また、エンジニアのキャリアにとってもメリットの多い役職だと感じますね。

ーーそれはなぜですか?

理由はたくさんありますが、一つはエンジニアが技術者として本質的な業務に集中できるようになることです。

例として、エンジニアの世界には「火消し」と呼ばれるトラブル解消業務がありますが、日本ではこの「火消し」をした人が過剰に評価される傾向がありますよね。

昇給や名声を求めるエンジニアは率先して火消しに取り組むため、本当にやるべき業務に注力しきれていない現状があると思います。

もちろん火消しも重要な業務です。しかし本当に大切なのは、最初から火がつかない仕組みをつくることではないでしょうか? でも、先に仕組みをつくることに工数をかけるのは許されなかったり、評価されないことがよくあります。

その点、スタッフクラスのエンジニアは仕事の見た目の派手さや直近の細かな貢献では評価が左右されないため、より長期的かつ本質的な業務に取り組めるはずです。

また、会社からスタッフクラスと認められることで、「この人が言うならやってみよう」という流れができるようになると思います。それがスタッフエンジニアにとってはもちろん、会社にとっても大きなメリットであることは言うまでもありません。

日本でもスタッフエンジニアの重要度は絶対的に高まる

スタッフエンジニア

ーー欧米の事例を中心にお話を伺ってきましたが、今後、日本でもスタッフエンジニアの需要は高まっていく可能性があるのでしょうか?

はい、個人的には「必ずある」と思っています。

先ほど欧米でスタッフエンジニアが広がり始めている背景として「技術の高度化」や「開発組織の大規模化」を挙げましたが、それは日本国内でも同様に進んでいる現象なので、日本でもスタッフエンジニアの需要が高まるのは間違いないと思います。

もし私が若い時にこの道が開かれていたら、ぜひスタッフエンジニアになりたかったです(笑)。技術分野でリーダーシップを発揮してキャリアを登る道がこれまではなかっただけで、あればこっちの道に進んだのに……という人はきっとたくさんいるはずですよね。

ーーなぜ日本では、スタッフエンジニアのようなキャリアコースが開かれなかったのだと思いますか?

この分野が開かれたのはアメリカでも比較的最近なので日本特有の話ではないと思いますが、会社からエンジニア組織を見たときに、人のマネジメントの方が課題が顕著に見えてしまうからでしょうね。

例えば、開発規模が大きくなるにつれて、組織では「技術のマネジメント」と「人のマネジメント」の問題が生じるようになります。

本来であれば両方へのアプローチが必要ですが、実際は多くの企業において、非エンジニアの経営者たちにも分かりやすい「人のマネジメント」の課題解決が優先されてきました。

その結果、「技術のマネジメント」ができるスタッフエンジニアのような役職の成長が遅れてしまったのではないでしょうか。

ーー日本企業の経営者に非エンジニアが多い状況に変わりはありませんが、それでもスタッフエンジニアのようなキャリアは普及していくと思いますか?

スタッフエンジニアのような人たちがいないと事業継続が成り立たないとなれば、経営者たちもそう動かざるを得ないと思うのですが、はやく必要性に気付かせるためには、現場から経営層を動かす意識を持つことも大切ですね。

例えば、テックリードやSREなどの職種も、数年前まで一般的ではなかったと思います。それらが浸透してきたのも、採用活動などを通じて現場のエンジニアがその必要性を発信し続けてきたからです。

スタッフエンジニアも同じように、その必要性を現場のエンジニアが経営層に伝え続けることで、徐々に一般的な役職になっていくのだと思います。

スタッフエンジニア向きなのは、人にも技術にも「公平性の高い人」

スタッフエンジニア

ーー今後、スタッフエンジニアとしてのキャリアを目指したい人にとって大切なことは?

まずは、自分が組織の中でどんな役割を担い、どんな貢献をしてきたのかを明文化すること。その上で「スタッフエンジニアを目指している」と会社にアピールすることが必要です。

スタッフエンジニアくらいの上級職で、会社にとって新しい役職ともなると「このくらいのスキルがあるからなれる」といった明確な基準はありません。ですから、会社に自分自身の価値を説明し、認めてもらわなければなりません

もし「まだ足りない部分がある」と指摘されたら、足りない部分を埋めるチャンスをもらうなどして、会社にキャリアアップを支援してもらう必要があります。

ーー自分で自分の役割や能力を説明する力が問われる、と。

そうですね。そのためには自分のキャリアの棚卸しが必要ですが、書籍『スタッフエンジニア』では、そのためにつくる書類のことを「プロモーションパケット」と呼んでおり、スタッフエンジニアを目指す人にとって欠かせないものとして位置付けています。

ここで言う「プロモーションパケット」は、日本で言う職務経歴書に近いと思います。日本では転職をするとき以外に職務経歴書を書く人は少ないと思いますが、スタッフエンジニアになるためには、プロモーションパケットの作成を通じてキャリアを振り返る作業が不可欠です。

また、スタッフエンジニアに求められる視座の高さを獲得するには、社外のテックコミュニティーなどの活動に積極的に参加することも大切です。他社のスタッフ職レベルのエンジニアの視点を学ぶことで、今後スタッフエンジニアとしてキャリアアップしていく際の指針を得られると思います。

ーースタッフエンジニアに向いているのはどんな人だと思いますか?

技術に精通していることはもちろんですが、組織に対する発言力や影響力がある人ですね。

多くのエンジニアには心当たりがあると思いますが、同じことを言ったとしても「誰が言ったか」によって、組織が動く勢いやスピードは大きく変わります。

スタッフエンジニアには技術的なアドバイスを通じて「人を動かす力」が求められているので、エンジニアから信頼を置かれる人物であることは極めて重要です。

自分の経験を振り返ると、スタッフクラスのエンジニアの多くは「人がいい」と感じます。人がいいとは、人に対しても技術に対しても公平性が高いということです。

一般に、特定の事柄に対するバイアスあるいはこだわりの強い人はエンジニアからあまり信用されない傾向があるため、今後スタッフエンジニアとしてのキャリアを歩んでいきたい人は、誰に対しても真摯かつフラットにコミュニケーションができるようになる必要があるでしょう。

将来スタッフエンジニアになりたい若手エンジニアの方は、ぜひそういう先輩を見つけて、良いところをどんどんまねしていってほしいですね。

取材・文/一本麻衣 

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