「三度目の正直もダメでした」CTOを3回退任→現場エンジニアになったLIG元取締役づやさんの“最良の選択”
降格ーー。会社員にとって最も聞きたくない言葉の一つだろう。せっかくつかんだポジションを降格させられたら、今まで自分がやってきたことを否定されたと感じる人もいるかもしれない。
しかし、ひたすら降格し続けているのに、むしろどんどんハッピーに働いている人がいる。それが、システム開発やWeb制作を中心に企業のDX支援を行う株式会社LIGでエンジニアとして働くづや(高遠和也)さんだ。
創業メンバーとしてLIGの草創期を支え、CTOとして活躍するも退任。その後もマネジャーから一般社員へと降格し続け、今はいわゆる“ヒラ”のエンジニアだ。
その件について、2022年10月にLIG卒業を発表した元会長の吉原ゴウさん(@gosan)のブログではこんな紹介が……。
当のづやさんは、「一般社員になった今の方が、自分のやりたいことができている」と笑顔で語る。
転職する、独立する……さまざまな選択肢があったはずだが、なぜづやさんは現場のメンバーとしてLIGで働き続ける決断をしたのだろうか。づやさんのキャリアから、自分と組織にとって最良の選択をするための考え方を学びたい。
CTOを3回退任「実力不足とミスマッチがすごかった」
――いきなり聞きにくいことを聞いちゃうんですけど、LIG創業メンバーの一人で以前は取締役兼CTOだったづやさんが、今は一般社員として働いているそうですね。
そうなんです。しかも、CTOを退任するのはこれで3回目なんですよ。三度目の正直だったんですけど、ダメでしたね(笑)
――3回もCTOから降りていたとは(笑)
もともと、いわゆる起業家マインドのある人間ではないんです。そもそも僕はすごいコミュ障で、学生時代の就活ではいつも面接がうまくいかなくて惨敗続き。
理系の研究室だったので大学の教授からお付き合いのある企業を紹介してもらったりしていたんですけど、僕が面接で落ち続けるから「さすがにもう、これ以上はコネないからね!」って言われちゃうような人間だったので……。
――教授にサジ投げられちゃったんですね。LIGの創業メンバーになった経緯は?
LIGの元会長であるゴウとは幼なじみなんです。それで、大学卒業後は彼と一緒に東京に出てきて、しばらくフリーターをしながら、ゴウのおばあちゃんが持っていた浅草の一軒家に月の家賃2万5000円で住んでいました。
でも、その家が火事になっちゃって。しかもクリスマスに。
――とんだクリスマスプレゼントだ。
びっくりしましたね。朝起きたら家が燃えてるんです。もう眼鏡すらかけずに、2階の窓から屋根をつたって外に逃げました(笑)
で、なんだかんだありつつも、いよいよ就職しなければということになって、フリーター時代に多少コードを書いた経験があったので、ハローワークで未経験歓迎のエンジニアの仕事を見つけて、とあるSIerに入ったんです。
でも、1年半くらい働いてもう辞めようかなと思っていた矢先に、ゴウが「起業するから一緒にやらない?」って言ってくれたので、それに乗っかった感じで。だから、最初は会社を大きくしていこうとか、そういう発想が全くなくて。
――CTOになったのは、どういう経緯なんでしょうか。
ある程度LIGも人数が増えて、会社としての体制を整えていかなくちゃいけないよねっていう話になって、「Webの会社だし、CTOとかいた方がいいんじゃない?」ってことでやることになったんです。
――特にづやさんがやりたいと思ったわけではなく。
全然なかったです。まだ小さい会社だったし、他にすごいエンジニアがいたわけでもなかったので、立場的に僕がやった方がいいのかなという感じで。
――それで、しばらくCTOを続けていたら……?
すごい優秀な人が採用できたので、そのタイミングで一度その方にCTOを譲ったんです。で、その方が辞めた後、また僕がCTOになったんですけど、もうね、実力不足がすごいんです。
どれくらいミスマッチかというと、経営会議で「づやがCTOでいいのか問題」が定期的に議題に上がってくるくらい。
ーーそれはつらいですね(笑)
そして、昨年経営陣が変わったタイミングが3度目のCTO退任でした。ずっと取締役と兼ねていたんですけど、そこで取締役からも外れまして。マネジャーをやっていたのも全部降りて、いわゆるヒラ社員になりました。
「降格しました~」って明るく言っちゃう
――CTOのポジションから離れた時は、ある種、ホッとしたような感じだったのでしょうか?
今は現場ですごく楽しく働いているんですけど、悔しい気持ちもやっぱりありましたね。自分にやれるなら、しっかりやりとげたかったし。
こうやって『エンジニアtype』さんに取材されるなら、会社を引っ張る優秀なCTOとして取り上げてもらいたかったっていう気持ちもありますよ(笑)
――先ほど、「CTOはミスマッチだった」とおっしゃっていましたが、特にどういう点でそう感じたのでしょうか?
未来を見据えて動くことができなかったことですね。各社の皆さんからいろいろなお仕事をいただいて、それはありがたいことなんですけど、LIGの強みみたいなものをしっかりつくっていくことができなかった。
もちろん、できるようになるための勉強も頑張っていたんですけどね。ただ、全て理屈では分かるんですけど、それを今の組織にどう当てはめていけばいいのかはつかめなくて、ずっと実践ができなかったんです。
ーーづやさんが自分に向いていると感じるのは、どういう仕事なんですか?
実際に手を動かして、目の前の課題を解決するのはすごく好きなんですよ。
CTOとしてはどういう技術を使って、どういう会社にしていくかを考えなきゃいけないのに、社内でうまくいってないプロジェクトを見つけると、どうしてもそれを助けたくなるし、自分で手を動かしてどうにかしたくなっちゃうんですよね。
ーーある意味、エンジニアらしいというか。
はい。会社がツボだとしたら、ヒビが割れて水がこぼれているところを修復しに行くことはできるんですが、もっと水を入れられるようにするにはこのツボをどう変えたらいいかな? とか、そういうことは考えられない。
目的から逆算して「そもそも全体をどうするか」みたいな戦略を考えることがひどく苦手だったんですよ。
――CTOを降りるのは悔しい気持ちもあったということですが、一般社員になる現実をどう受け止めたんですか?
個人的な悔しさより、組織の足を引っ張りたくないという気持ちの方が大きかったんです。自分のスキル不足で会社の成長が頭打ちになるのが一番嫌だった。だから、自分が退くことで会社の未来がもっと良くなるなら、それでいいかなっていう考えでした。
――ついこの間まで取締役でCTOだった人が現場にいきなり入ってきたら、周囲のエンジニアはちょっと戸惑いませんか?
LIGの自由でフラットなカルチャーのおかげなのか、気にしている人はほとんどいなかったと思いますね。
僕自身もボケたがりなんで、「降格しました~」って明るく言ったり、ツイートしたりしていて。そういうのを見て、「へ~そうなんだ」くらいに思っている人が多いのかもしれない。
ーー気を使わせないキャラクターなんですね。
親しみやすい人でありたいとは思いますね。
僕は社内でも「づや」って呼ばれてるんですけど、よくSlackで「ずや」と書く人がいるんですよ。だから、誰かが「ずや」って書いたら、「つに点々のづやだよ」って返すbotを作ってみたんです。
そうしたらある時、すごい真面目な話をしている時にそのbotが動いちゃって。神妙な空気をぶち壊す「つに点々のづやだよ」がウケて、全然関係ないスレッドでもみんなが「ずや」って書いてそれを起動させて遊んでる……みたいなこともありましたね(笑)
ーーなごみますね(笑)
役職はただの役割。自分のバリューが出るところで戦えばいい
――一般社員になってから、周囲のメンバーのリアクションで印象的だったものはありますか。
「もっとCTOでいてほしかったけど、CTOを辞めてからの方がづやさんめちゃくちゃ楽しそうなんで、もう何も言えません!」ってはっきり言われたのは、印象的でしたね。
実際、自分でも今の方がのびのび働けているなと思います。苦手なことを考える時間が減った分、得意なことに時間を回せるし、バリュー的には今の方が合ってるんだろうなって。
CTO時代は、組織づくりや経営について勉強しなきゃいけないし、最新の技術についても追い掛けなきゃいけないし、気持ち的にどっちつかずなところが正直ありました。
それが今は技術の方に振り切れたので、迷いがない分すごく働きやすい。CTOの時にはできなかった今後のためのインプットも積極的にやっています。
――一般社員にポジションを変えたことは、自分にとってはプラスだった?
めちゃくちゃ良かったと思います。自分のバリューが一番出せるところで戦うって、すごく大事だと思うんですよね。
でも、CTOをやった経験は、受託開発の現場でもめちゃくちゃ生きていますよ。今はエンジニアも単にコードを書ければいいというわけではなく、求められるのは問題解決能力。
自分が経営層のレイヤーでビジネスを見る経験ができたおかげで、お客さまが抱えている課題もよりリアルに分かるようになったし、コンサルティングの提案もより良いものになったと思います。
CTOとしてうまくはやれなかったけど、この経験は無駄だったとは思っていないし、大いに成長させてもらいました。だから、僕はもっとポジションチェンジって流動的であっていいと思うんですよ。
――ポジションアップだけじゃなく、ダウンするときだってあっていいと。
はい。どうしても「降格」って言ってしまうとマイナスな目で見られがちですけど、役職ってそもそも役割でしかない。
そして、役割が違えばミッションも仕事内容も違う。そこに向き不向きがあるのは当然ですから、「管理職になったけど超絶向いてなかった」みたいなときに、変に落ち込まなくていいと思うんですよね。
自分が最も成果を出せて、組織にとってもその方がいいのであれば、現場のエンジニアに戻ることだって“最良の選択”になると思っています。
ーー経営や管理のポジションは離れるにしても、じゃあいっそLIGを辞めようとは思わなかったのでしょうか?
まだここで役立てることがあると思ったので、「出なきゃ」とは思わなかったですね。一般的には、「一度降格したら、辞めなきゃいけない」みたいな空気ってまだあると思うんですけど。
でも、それだと失敗を恐れてチャレンジしない人が増えてしまうし、管理職や経営ポジションにチャレンジしようという空気が生まれにくくなってしまう。
LIGでは、自主的に管理職へ挑戦できるチャレンジ制度を設けていますし、「やってみてダメだったら元のポジションに戻ればいいし」くらいに考えられる方が、思い切って挑戦する人が増えるんじゃないでしょうか。
そして、「やっぱり合わなかったな」「元のポジションの方が成果を出せるな」って結論に至ることは、決して恥ずかしいことじゃない。そういう認識がもっと当たり前になったらいいなと思いますし、僕の存在が後輩たちのチャレンジのハードルを下げられるんじゃないかな、なんてことも考えていますね。
――どうしても、うまくいかなかったら失敗というふうに見ちゃいますもんね。
みんなそれが嫌なんだろうなって。だから、僕がこうして明るく仕事をすることで、その空気を変えられたらいいなと思っています。
「給与ダウン=自分の価値もダウン」ではない
――「役職は役割」というふうに考えると、「降格」と呼ばれるものだって、あくまでポジションチェンジでしかないんですよね。
そう思います。ただ、まだまだ世の中はそういう認識ではないとは思いますね。僕も社内だからネタにしているけど、もし転職するとしたら、履歴書に「CTO→マネジャー→一般社員へと降格した」とは書きづらいし。
例えば、管理職になったけどどうしてもうまくいかないし成果も出なくて「降格させられちゃうかも」みたいな不安から、優秀なエンジニアの人が転職することになっちゃったら、会社としてはめちゃくちゃ損失ですよね。
だって、現場にいてくれたらパフォーマンスを発揮できる人だから、ポジションアップしているわけで。「じゃあ、元のポジションで頑張ろう」って普通に言える方が、エンジニアにとっても組織にとってもいい気がします。
ーー経営や管理ポジションから一般社員になると、基本的には給与ダウンもセットですよね。だから、余計に「価値が低いとみなされた」みたいな感じがしてしまう部分もあります。
そうなんですよね。でも、それもやっぱり役割に応じているだけで、経営・管理ポジションの人はそれ相応の責任や業務量を持っているから給料が高いっていうだけ。ポジションが変わればその度合いも変わるから、給料も連動するのは当然で、「自分の価値がないから給料が下がった」のではない。
ーー確かに、そこは誤解しがちな人が多いかも。
だから、もっとキャリアは上下左右いろいろな行き来があっていいと思うんですよ。いろいろな役割を経験してこそ分かることもあるから。
例えば、「今は子育てにコミットしたいから、一時的に現場に戻って働こうかな」っていうのもいいんじゃないでしょうか? 僕も子どもがいるんですけど、一般社員になってからはめちゃくちゃはやく帰れるようになったから、家族からは好評ですよ。
最初は「こんなにはやく帰ってきて大丈夫なの? 会社やばいの?」なんて妻から心配されたりしましたけど(笑)
会社の問題を「自分ごと化」してみる
――「のぼり続けるしかない」「降りられない」キャリアは苦しいし、もっと柔軟にポジション選択ができる方が生きやすくなりますよね。づやさんのように、キャリア選択をより広い視点でとらえられるようになるためには何が大事だと思いますか?
企業で働くエンジニアに関していえば、一人一人が会社の問題をいかに「自分ごと化」できるかどうかなのかなと思いますね。
――どういうことでしょう?
経営層や管理職に比べて、役職を持たない一般社員の方が組織に起こせる影響が小さいのは事実。だから、何か問題が起きたときに不満になっちゃう人が多いんですよね。
でも、そこで不満で終わるのではなく、どう改善提案していけるか、自分で考えて動いていくことが大事だと思っていて。
所属している組織がもうからない限り給料も上がらないという大前提を、不満が多くなるとつい忘れてしまって、「だったら他の会社へ……」と考えがちだけど、どこに行ったって多かれ少なかれ、不満は出てくるものなんですよね。
――確かにそうですよね。
だから、まずは現状の組織や仕事に対する不満を「未来をより良くするための材料」に変えてみる。そして、まずは自分にできる範囲からでいいので、やり方を変えて実験してみる。
そこで一つ成功体験を積めると、「じゃあ今度はここをもっと改善しよう」って考えられるようになると思うんです。
そうやって会社の問題を“自分ごと”として捉えて解決していける人が増えたら、どんどんそういうマインドの人が集まって、会社の空気やカルチャーも変わっていく。
ーー会社って結局、一人一人がつくっていくものですしね。「会社がやってくれない」「会社がゆるしてくれない」とかよく言うけれど、その「会社」って誰なんだっけ? と。
まさにそうですね。会社は自分たち一人一人がつくっているものだから、会社が変わるのをただ黙って待つのではなく、変わる必要があることなら自分たちの力で変えちゃえばいい。
そういうマインドを持つ人たちが集まって、自分たちで「こういう組織にしたいよね」「こういう世界をつくりたいよね」っていうものを少しずつでもつくり上げていくことが、結果的にエンジニア個人のキャリアをもっと自由にしていくことにもつながるのだと思います。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太 企画・編集/栗原千明(編集部)
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