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Webエンジニアの隠れた資質「マルチプルマネジメント」が脱炭素に効く

ITニュース

地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します

引き続き、グロービスキャピタルパートナーズ(以下、GCP)の中村達哉さんにお話を伺います。

前編では、気候テックのマーケットやトレンドを概観してきました。気候テックと呼ばれる領域に今、世界的に多額の資金が投じられていること。公的な補助金の充実により、日本でもスタートアップが戦える環境が整いつつあること。そして、ソフトウエアを単なるアプリケーションとして使うのではなく、新素材を研究開発するプロセス自体に組み込む「マテリアル・インフォマティクス」が盛り上がっていることなどを見てきました。

後編ではさらに一歩踏み込み、そこにWebエンジニアがどう関われるかを考えます。改めてなぜ今、気候テックなのか。そこにはどんな魅力があり、Webエンジニアが持つ知見をどのように活かせるでしょうか。

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ユーザー起点の発想が活きる

樽石:新素材の研究開発にソフトウエアが当たり前に組み込まれる時代になったというお話でした。そこでお聞きしたいのですが、僕らのようなコンピュータ・サイエンスを学んできた人やWebエンジニアが培ってきた知見を活かして素材の開発から関わることができるものなのでしょうか?

中村:いわゆるWebサービスの担い手だった人たちが素材研究から関わるというのは、さすがに距離があるかもしれないです。けれども先ほどお話したようなことはハードウエアスタートアップでも起こっています。これまでのソフトウエアは出来上がった素材やハードウエアの上に成り立つものでしたが、今は素材やハードウエアを作るプロセス自体にソフトウエアが組み込まれるようになっています。それに伴い、一つのチーム内に異なるケイパビリティを持ったエンジニアが同居する例が増えている印象です。

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グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 プリンシパル 
中村達哉さん

AGC株式会社の電子カンパニーにて生産管理、新事業における海外営業、中国深圳駐在を経て、ボストン・コンサルティング・グループに入社。複数の国内大手企業に対し新事業策定から立上げ・実行支援、全社改革、M&A支援、中計策定等の業務を経験。2020年6月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。一橋大学商学部経営学科卒

樽石:素材からとまでは行かなくても、ハードウエアを開発するのにWebエンジニアの知見が役立つようになっていると。

中村:グローバルな気候テック企業には垂直統合傾向が目立ちます。わかりやすいのはテスラです。彼らのビジネスは最終的に一般消費者にモノを届けること。消費者と直接の接点を持ち、そこを起点に全てのサプライチェーンを設計しています。だから強いんです。

樽石:「日本企業は伝統的にそこが弱い」というのはよく指摘されるところです。

中村:特にメーカーは「作って売る」発想だから、エンドユーザーに届けるフロントの部分から設計する力が足りないと言われます。それではユーザーの行動変容を促せない。だから結果として脱炭素も進まないわけです。でも同じ日本企業でもIT業界は違います。ITというのはユーザー行動を分析し、それをもとにプロダクトをどう磨き込んでいくかという世界ですから。ソフトウエアエンジニアがハードウエアを含む統合的なチームに加わる意義はそこにあると思っています。エンドユーザー起点で発想できるIT人材が加わることは、消費者を今までとは違う行動へと導く「実行力」となり得るのではないでしょうか。

樽石:日本にもそういう発想で脱炭素に取り組むハードウエアスタートアップがありますか?

中村:樽石さんが以前社外CTOを務めていたパワーエックスもそうした企業の一つではないでしょうか。あるいはネイチャーもそうです。同社が扱う「ネイチャーリモ」というプロダクトは、空調機器などの複数の家電に接続し、それらを一括制御するというものです。彼らが最終的に目指しているのは、それによって社会全体の電力コストを下げること。ですが、その入り口として消費者には「分散していたリモコンを統合することで簡単にマネージできる」といった別の体験として訴求しているんです。消費者の視点に立ち、実際の行動変容につなげるところがうまく設計されている例だと思います。

パーパスドリブンで人材が流入

樽石:今お話に出たパワーエックスにはGoogle出身のエンジニアが複数人います。アメリカでもGoogleを辞めたエンジニアの転職先として脱炭素系スタートアップが人気という話がありますね。

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樽石デジタル技術研究所 代表/大手小売業CTO 
樽石将人さん(@taru0216

レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンにて、OS、コンパイラー、サーバーの開発を経験後、グーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。海外への事業展開に向け、技術チームをリードし、IPO を達成。22年1月に退職。21年12月に立ち上げた樽石デジタル技術研究所の代表のほか、PowerX社外CTO、22年3月からは某大手企業でCTOを務める

中村:スタンフォード大学で計算機科学を学ぶ学生の間でも、インターン先や就職先として気候テックやハードウエア系のディープテックのスタートアップがトレンドになっているようです。先日私が話した学生も、ビッグテックでインターンをした後、エネルギーマネジメントのスタートアップでもインターンをしていました。ソーラーパネルを効率的に制御するためのモデルを組み、プロトタイプを作ることに取り組んでいると言っていました。

樽石:人気の理由はなんなんでしょう?

中村:彼らの多くはミッション・パーパスドリブンです。「気候変動」と言われても日本人はいまいちピンとこないかもしれませんが、アメリカでは山火事による大気汚染などが身近です。そのぶん危機意識が強く、それが行動につながっていると聞きます。また、Webは10年前であれば新しい産業を作る上でのフロンティアでしたが、いまではインフラと呼べるものになっています。そのため、それだけでは新しい価値が生まれにくい。もともとが狩猟民族で新しいことにチャレンジするのが好きな西海岸の人たちが、気候テックをはじめとするリアルなインパクトを出す方に目を向けるのは自然な流れのようにも思えます。

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前回取り上げた東大発スタートアップYanekaraもメンバーの7割は学生インターン。若い世代の間で気候危機への意識は高まってきている

樽石:若い人の関心が高まっているというのはなんとなくわかります。気になるのは、すでにWebエンジニアとして経験を積んだ人が転職しようとした時、すんなり行くものなのかどうか、です。Webの世界で培った知識をすぐに活かせるものなのでしょうか?

中村:脱炭素や素材系の領域は物理の話ですから、計算機科学の知識だけでは足りません。いわゆるIT人材がチャレンジしようと思ったら、当然学び直しは発生するのだと思います。ですが、本気で何かをやろうという人は、手元にない技術も当たり前に学ぼうとするものではないでしょうか。

樽石:個人的にはもちろん同意です。

中村:たとえば福岡のテンサーエナジー社は、太陽光発電をマネージするソフトウエアを開発中のスタートアップです。創業者の堀ナナさん、ヴィンセントさんはもともとエネルギー領域の専門家で、ハードウェアのことは全くの素人でした。事業を始めるにあたって一から勉強し、太陽光パネルを購入してきて、悪戦苦闘しながらも自分たちで配線からやっているようです。ちなみにピボット前は農業ビニールハウスの管理システムを作っていたのですが、その時も同じ。ビニールハウスを中国から輸入して、畑を耕し、スプリンクラーを制御し、発育条件を見て……とやっていました。

樽石:培ってきた能力以外でも、必要だったらなんでも学ぶし、自分たちで動く。そういう人は日本にも増えているということですね。

必要なのは「枯れた技術の水平思考」

樽石:素材からというのはさすがに無理でも、Webエンジニアが培ってきたスキルや知見を活かして脱炭素に関わる余地はたくさんあるということがわかりました。

中村:そう思います。私は確かにディープテックに投資をする立場ですが、スタートアップは必ずしもイノベーティブな材料を作る必要はないと思っています。必要なのはむしろ、元任天堂の横井軍平さんが言う「枯れた技術の水平思考」。すでに使われていたり論文で有効性が証明されていたりするものを組み合わせて、解くべき価値のある課題をいかに解くか。課題を解く側に価値があるということです。

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樽石:おっしゃる通りですね。

中村:タレントをうまく組み合わせることができる「指揮者」としての経営者と自走できるチームがあれば、スタートアップとしては十分ワークするのではないかと思っています。ただし、指揮者が見なければならない「楽器」の種類や数は相当増えています。素材もハードもソフトも含めてあらゆるものを組み合わせなければ解けない課題になっている。そのぶん難易度が増しているのが今と言えるのではないかと。

樽石:それは非常にわかる話です。テクノロジーはもちろんですが、副業や業務委託など、雇用形態もさまざまになってきています。多様なものを許容しつつ、それでも回るようにする力、それぞれの強みを掛け算するというような、いわば「マルチプルマネジメント」があらゆる場面で必要になってきているのを感じます。

中村:でも、ソフトウエアエンジニアは本来それが得意な人たちではないかと思うんです。なぜならユーザーファーストで課題から逆算してものを作る世界だから……。

樽石:そうなんですよ! 日頃からさまざまなSDKやサービスを組み合わせて一つのものに仕立てることに取り組んでいるのが我々ソフトウエアエンジニアなので。ゼロからものを作ることなんて滅多にない。ましてAIの登場でその機会はますます減っているわけで。Webエンジニアの世界ではもともとプレーヤーがすなわち指揮者なんですよ。

中村:プレーヤーがすなわち指揮者。なるほど。

樽石:Webエンジニアがそういう観点で自分の仕事を振り返ってみると、今後のキャリアの選択肢は広がって見えるかもしれないですね。今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!

構成/鈴木陸夫、撮影/赤松洋太

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