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太陽光発電×IoT×蓄電池で、世界の見え方が180度反転する【連載:ゼロから始める再エネ×IT生活】

ITニュース

地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します

はじめまして、樽石将人です。

グーグル、楽天のソフトウエアエンジニア、RettyのCTOを経て、現在は国内最大級の小売企業のCTOとしてグループのデジタルシフトに取り組んでいます。

と同時に、副業として一人会社の「樽石デジタル技術研究所」を立ち上げ、再生可能エネルギーの効率的な利用を追求すべく、さまざまな実験をしています。

これまでの取り組みから、ITと再生可能エネルギーは非常に相性が良いことが分かってきました。

エンジニアの皆さんには、秋葉原であさったジャンク品を自分なりに組み立ててPCを自作したり、遊びの延長でシステムを構築したりといったことに楽しさを感じる人が多いのではないでしょうか。

中古のEVや太陽光パネルを組み合わせて自作のシステムを作るのには、それと似た心躍る感覚があります。そう、単純に面白いのです。

そして、そんな楽しみに夢中になってるうちに、再エネ社会の実現に大きく貢献してしまう——。ソフトウエア開発に夢中になって遊んでいたら、世の中にイノベーションが起きてしまったのと同じことが、エネルギーにも起こり得ます。

この連載では、僕が実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、再エネ×ITに楽しんで取り組む仲間が一人でも増えればと考えています。

電源の民主化が起きている

電気と言えば、これまでは電線を通じて送られてくるものを購入する以外の選択肢がほぼありませんでした。また、電気を作るには専門家が巨大な発電所を動かす必要がありました。

しかし、今では誰もが電気を作り出すことができるようになっています。例えば太陽光パネルを敷き詰めるだけで自前で発電できます。これはいわば「電源の民主化」です。

スタッフエンジニア

樽石デジタル研究所の拠点は千葉県にあります。「RE100ハウス」と名付け、完全自家消費型の再エネ住宅を目指しているこの家の屋根でも、5kWの太陽光パネルを設置し、自家発電をおこなっています。

※RE100……「Renewable Energy 100%」の略称で、事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的イニシアチブのこと

4、5月は年間を通じてもっとも太陽光発電に適した季節です。天気が良く、それでいて気温はそれほど高くなく、比較的日も長いこの時期は発電効率が非常に良いのです。

パネルを設置しているのはやや北向きの屋根なのですが、それでも公称最大出力の9割近いパフォーマンスを記録しています。

1日の発電量は約30kWhといったところ。一般的な世帯が1日に使う電気はだいたい10kWhと言われていますから、その3倍を発電していることになります。発電した量を使い切れない「電気あまり」の状態にあるわけです。

しかしその逆に、日照時間の短い冬などには必要な電気量を確保できないのが太陽光発電の弱点です。昨年12月にはわが家でも「電気不足」の事態に陥りました。

足りないぶんは東京電力の水力発電プラン「アクアエナジー100」を予備電源として契約し、補填しています。

季節的な要因以前に、当たり前ですが、太陽光発電では日の落ちた夜には発電できません。したがって、完全自家消費を実現するにはただ発電するだけではこと足らず、発電した電気をいかに電気が足りないタイミングで使えるようにするかがカギになります。

そこにITが活躍する余地があります。具体的にどんな取り組みをしているのか、いくつかご紹介しましょう。

ITを使った自家発電エコシステム

一つは、IoT技術を使ったミニマムな需給調整システムの構築です。太陽光で発電中のみEVを充電し、曇りや日が落ちた夜など、発電が止まると充電も一時停止するという仕組みを作りました。

まず「ECHONet Lite」というプロトコルで発電・電気の使用状況の情報を取得します。クラウド上に集めたその情報をもとに「SwitchBot」を使って自動で電源のオンオフを切り替えています。

スタッフエンジニア

ごくごく簡単な仕組みですが、この技術を応用すれば、電力会社からの節電要請に応じて、自動的に節電するシステムを作ることもできます。また、これをスケールさせると、VPP(Virtual Power Plant=仮想発電所)と呼ばれるものにもつながっていきます。

※VPP……企業・自治体などが所有する生産設備や自家用発電設備、蓄電池やEV(電気自動車)など地域に分散しているエネルギーリソースを相互につなぎ、IoT技術を活用してコントロールすることで、まるで一つの発電所のように機能させる仕組み

エンジニアの皆さんなら、ここにAIが絡む余地があるのは容易に想像がつくはずです。実際にAIを用いた需給調整システムを構築している企業がすでにあります。

こうした需給調整のシステム構築に加えて、もう一つおすすめしたいのが、定置用蓄電池「EcoFlow」の導入です。

スタッフエンジニア

EcoFlowは、言ってみれば超巨大なモバイルバッテリー。自由に持ち運びが可能で、コンセントにプラグを差すだけで炊飯器も電子レンジも動かすことができます。

これを使えば、昼間に太陽光で発電しておいた電気を蓄電しておき、それを日の落ちた夜に使うことが可能になります。

蓄電池=バッテリーは、再エネの領域で今もっともホットなトピックの一つです。一つの自治体の使用電力量を丸々蓄電しておけるような巨大な蓄電池の開発も進んでいます。こうしたバッテリーに関する話題は、この連載でも今後詳しく取り上げる予定です。

ちなみに、EVは充電して車として使うだけでなく、そこから給電することもできます。それ自体をバッテリーとみなすこともできるという文脈でも、注目が集まっています。

EVはソフトウエアエンジニアにとってさまざまな実験のしがいのある”おもちゃ”です。僕自身も中古EVや最新のEVを購入し、いろいろと遊んでいます。

なお、いまだに「EV=高級車」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、状況はどんどん変わってきています。EVに関する最新情報も機を見て取り上げたいと思っています。

実は経済効率もいい再エネ

さて、太陽光発電に加えて、電気をためる技術、蓄電池がそろうと、大きく世界観が変わります。

先ほども触れたように、これまでは電気は買うのが基本でした。太陽光などで自家発電したとしても、それはあくまで補助電源という位置付けだったと思います。

蓄電池があると、それが180度変わります。基本は自家発電で、足りないぶんを買ってくるという発想に変わるのです。

すると、どうなるか。再エネ社会に貢献できるというだけでなく、実は経済効率の面でもメリットが出てきています。

まず、電気料金プランを見直し、基本料金を下げることができます。RE100ハウスのケースで言えば、これまでは月60Aの契約をしていましたが、バッテリーの導入を機に30Aの契約に見直しました。10Aあたりの価格は約600円なので、30A減らすと、月1800円、年間2万円のコストダウン。

バッテリーの寿命はだいたい10年なので、2万円×10年で約20万円の経済価値がある計算になります。

別の観点でも考えてみましょう。

自家発電した電気を売ろうとした場合、現在の相場ですと、1kWhあたりのFIT価格は17円です。一方、再エネ電気を買おうとすると、スタンダードプランでは1kWhあたり約45円まで値上がりしました。つまり、発電して余った電気は、売るより自分で使い切った方が得だと言えるのです。

特に最近は刻一刻と状況が変化しています。先ほどご紹介した東京電力の水力発電プラン「アクアエナジー100」が良い例です。

電力価格の高騰が進んだ結果、昨秋以降、通常プランより、電気価格の変わらなかったアクアエナジーと契約した方が安いという逆転現象が起きたのです(現在は新規受付を停止中)。

自然エネルギー、再生可能エネルギー関連の情報を追っている人たちの間では大きな話題となり、乗り換える人が続出しました。こうした情報を知っていると知らないとでは、見える景色が大きく変わってくるはずです。

この箱庭を企業レベルに拡張すると……

ここまでRE100ハウスでの取り組みの一部をご紹介してきましたが、同様の自家発電エコシステムを構築することで、企業が恩恵を受けることはできるでしょうか。

いくつか条件はありますが、十分に可能だと思います。

住宅の場合は、昼間は外出していて人がいないことが多く、あまり電気を使いません。大量に電気を消費するのは、主に夕方以降。そのため、昼間に蓄電しておいて、夕方以降に使うということができ、極めてやりやすいです。

企業の場合はその逆で、普通は昼間に多くの電力を使います。ですから、そのまま同じことをやるのは難しい。

企業による電気の利用には、ある時間帯だけ非常に多くの電気を使い、他はほとんど使わないという特徴があります。瞬間的に大量の電気を使用すると、電気の基本料金は上がりますが、自家発電システムを構築すれば、昼間の瞬間的な電気の使用量を下げることができます。

さらに、特に多くの電気を使うタイミングで蓄電池を活用すれば、基本料金を大幅に削減することができます。これをピークシフトといいます。

また、企業が負担する電気を使用する際には託送料金、平たく言ってしまえば電気の送料、電線の利用料金もかかりますが、自家発電をすれば、託送料金を負担する必要もなくなります。

工場や倉庫の屋上には大きなスペースがありますから、そこに太陽光パネルを敷き詰めることで、住宅よりも大規模な自家発電を行うことができます。

そこまでできれば、基本料金はもちろん託送料金も不要になり、経済的なメリットは相当大きなものになります。

企業には非常用電源の需要もあります。現状はディーゼル発電機がよく使われますが、太陽光自家発電と産業用蓄電池を使ったエコシステムがその代替になる可能性はあるでしょう。

企業にとっての自家発電と蓄電池の重要性は今後、こうしたさまざまな理由で増していくはずです。

始めよう、再エネ×IT生活

最後に少しだけ個人的な話をさせてください。

僕が最初に再生可能エネルギーに関心を持ったのは2011年のことでした。当時グーグルのエンジニアとして働いていた僕は、東日本大震災の被災を機に東京の自宅から千葉の実家へと拠点を移しました。

そこには当時85歳だった祖母が福島県いわき市から避難してきていました。住み慣れた福島を離れたがらなかった祖母でしたが、原発事故の影響に加えて地域では断水状態が続いていたため、故郷を離れざるを得ませんでした。

避難者の安否確認サービスを開発すべく祖母の横でキーボードをポチポチとたたきながら、僕はそれまでの東京での生活を反省しました。もともと人の役に立ちたくて就いたこの仕事でしたが、東京でこうこうと明かりのともる生活をしていた自分は原発事故の加害者であるかのように思えたのです。

そこから、都内の自宅に太陽光パネルを設置するなど、再エネに関心を持つようになりました。とはいえ、当時の再エネ事業は建設業が中心で、補助金で成り立つビジネスでしたから、事業化は考えていませんでした。

風向きが変わってきたのは2015年頃。IoTやAIなど、自分の専門性を生かすことで効率利用の工夫ができることが分かってきました。それでRetty時代の2018年に研究拠点作りに着手。2021年に「樽石デジタル技術研究所」として会社化し、現在に至っています。

2021年の菅義偉首相(当時)による脱炭素宣言以降、再エネ社会実現に向けた動きは加速しています。企業が湯水のように電気を使える時代は終わりに近づいているのです。

大量の電気を使う立場にある自分たちソフトウエアエンジニアにとって、これは無視できない状況です。電力を考慮しない富豪プログラミングなど砂上の楼閣に等しい。僕らには自分ごととして再エネ社会の実現に取り組む責任があります。

しかし、そういう「べき論」以上に強調したいのはこの分野の面白さです。

ここまで触れてきたように、ITと再エネの効率利用は非常に相性が良い。僕がやっているような箱庭的な実験が、仕組みそのままで企業レベル、社会レベルにまでスケールできるのです。

この状況は、僕らがかつて経験したインターネット黎明期のそれと似ています。皆さんもぜひ、このワクワクする「再エネ×IT」生活を一緒に楽しみませんか?

プロフィール画像

樽石デジタル技術研究所 代表/大手小売業CTO
樽石将人さん(@taru0216

レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンにて、OS、コンパイラー、サーバーの開発を経験後、グーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。海外への事業展開に向け、技術チームをリードし、IPO を達成。22年1月に退職。21年12月に立ち上げた樽石デジタル技術研究所の代表のほか、PowerX社外CTO、22年3月からは某大手企業でCTOを務める

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