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目のピンボケを「自動」で解決。未来のメガネを生んだ、技術者の愛

ITニュース

われわれの目が、どのように物を見ているかご存じだろうか。目にはさまざまな機能が備わっているが、その中で「ピント調整」を担っているのが水晶体だ。しかし、この水晶体は老化と共に弾力性を失い、機能の低下が避けがたい。

では目の中の水晶体ではなく、眼鏡のレンズの厚みを自動で変えることでピントを調整できれば、見ることがもっと楽になるのでは……?

そんな型破りの発想から生まれたオートフォーカスアイウェア『ViXion01(ヴィクシオンゼロワン)』が注目されている。開発したのは、光学レンズメーカー・HOYAからのスピンアウトで2021年に発足したスタートアップ、ViXion(ヴィクシオン)。

眼鏡は、一人一人の目の状態に合わせて作る必要がある。しかしこのアイウェアは、近視や遠視、老眼など、あらゆる目の問題に一台で対応できる上に、専門家に調整を頼む必要もなければ、複数人で一台を使い回すこともできるのだ。

24年1月にラスベガスにて開催されていた世界最大の家電見本市『CES2024』でも来場者の関心を集めたViXion。彼らはなぜ「オートフォーカスアイウェア」を開発しようと思い立ったのか、課題を乗り越える技術にたどり着いた要因とは何か。CEOの南部 誠一郎さん、開発部長の内海俊晴さんにインタビューし、 ViXion01の開発裏に迫った。

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ViXion株式会社
代表取締役 CEO
南部 誠一郎さん

政府系金融機関を経てアーサー・アンダーセン、EY Japan、PwCコンサルティングにて経営戦略・事業戦略策定、新規事業プランニング、財務・ビジネスDDなど多くのプロジェクトをリード。2022年にViXionに参画、23年3月に代表取締役 CEO就任

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取締役 開発部長
内海俊晴さん

1983年、HOYA入社。マスク事業部デザインセンター長やビジョンケア部門技術研究開発部を経て、2015年よりロービジョンに対応したウェアラブル機器の研究開発に携わる。22年にViXionに参画し、開発部長として『ViXion01』の開発に従事

特別支援学校への訪問で「誰のために作るか」が明確に

この近未来的なデザインのアイウェアは、その外観がもたらす期待に見合った体験を提供してくれる。

遠くを見ても、近くを見ても、すっとピントが合う。目の中の水晶体が伸縮せずとも、アイウェアの中のレンズが自動で厚みを変え、ピント調節を行っているというのだから不思議だ。

特に、模型を組み立てたり、小さな文字を読み続けたりといった、細かい作業を継続的にする必要がある人が装着すると、目の疲労度の違いを実感できるという。

「電子の力で、目の問題を解決する」

開発部長の内海さんがこのテーマに取り組み始めたのは、前職のHOYA時代にさかのぼる。

薄暗い場所で物が見えにくくなる網膜色素変性症(夜盲症)という難病で悩む人のために、暗所でも明るく見える電子眼鏡『MW10』を開発したのが18年。その後、このテーマでより多くの人の役に立とうと、前職の支援を受けて21年に創業メンバーとしてViXionに参画した。

これから自分たちは、誰のどんな悩みに応えていくべきだろう。それを明らかにするために、さまざまな場所でMW10の体験会を開催した。そしてある特別支援学校を訪問した際、内海さんは自らの使命をはっきりと悟った。

「強度の弱視の子どもたちは、プリントに書いてある字を読むために、目の寸前までプリントを持ち上げて読むんです。そして遠くを見るときは単眼鏡を使います。

老眼の私も眼鏡を掛けたり外したりする不便さは知っていましたが、この子たちはさぞかし不便だろうと思いました。『障害を抱える子どもたちにも、ちゃんと使ってもらえるものを作りたい』と思ったのはこの時です」(内海さん)

ViXion 内海さん

目の酷使や、加齢に伴う見え方の課題解決をサポートするアイウェアを作ろう。それも、重い障害を抱える子どもたちも使えるようなものを。

完成した暁には、ぜひ多くの人に使ってもらいたい。そのためには「簡単な仕組み」で実現することが不可欠だった。

しかし当然だが、目の状態は人によってさまざまだ。その多様な「目の悪さ」に対応しようとすると、普通は複雑な工程や、調整する人が必要となってしまい、新しいアイウェアを広く普及させることは難しくなる。

内海さんはこの壁をブレイクスルーする技術を、どのように思いついたのだろう。

「いや、本当に何も考えていない時だったんですよ。お手洗いの中だったかな(笑)? 技術者の世界では、ある課題を頭の中に入れて生活していると、ふとした瞬間に解決策を思い付くことがあるんです。まさにそんな感覚でした。机の前で考え続けたからといって、答えが出るわけではないんですね」(内海さん)

ViXion 内海さん

とはいえ、いくらなんでも無から有が生まれたわけではないはずだ。これまでの技術者としての蓄積が、今回の発想に結び付いたのではないだろうか?

「それは、確かにそうだと思います。技術者って、一つの技術を突き詰めるほど周りが見えなくなってしまいがちなんです。私は一つの技術を深く突き詰めるよりも、さまざまな新しい技術に触れることを大切にしてきました。

今でも、あえて今の仕事とは全く関係のない展示会に足を運ぶことがあります。浅く広く、いろいろなものを見てきた経験がベースにあると、アイデアが浮かびやすくなるのかもしれません」(内海さん)

「他者に対する愛」があると、潜在的な課題が見えてくる

画期的な技術が注目された、オートフォーカスアイウェア ViXion01。この商品にはまだまだ改善点があることを、2人は隠さない。

例えばレンズのサイズ。今はレンズの径が小さいためはっきりと見える範囲は狭く、従来の眼鏡に代えて日常生活を送るのは難しいという。

それを承知で商品のリリースを決めた理由を、CEOの南部さんは次のように語る。

「ViXion01の体験会を通じて、目に問題を抱える人の中には、今の完成度でも使いたいという人がいることを知りました。完璧な眼鏡の代用品を目指していたら、リリースまであと10年はかかっていたかもしれません。しかし私たちは、少しでも人の役に立てるのならば、市場投入して都度課題を解決していく方が良いと思った。

こうした姿勢はスタートアップだからこそ取れるものですし、社内のエンジニアも醍醐味を感じられるポイントだと思います」(南部さん)

ViXion 南部さん

彼らが世の中に注目される商品を打ち出せた要因の一つは、解決するべき課題を明確に定めたことにあったのは間違いない。ただ、南部さんは「誰も課題と見なしていない課題を解決していきたい」とも話す。

「人には適応性があるので、不便さも当然のこととして受け入れてしまいがちです。しかし当社では『それって本当に当たり前なんだっけ?』と疑うことから始めていきたい。そのために必要なのは『他者に対する愛』です。人の役に立ちたいという、温かな思いを根底に持ってさえいれば、潜在的な課題を見つけることは可能だと思います」(南部さん)

確かにこの2人からは、温厚な人柄が滲み出ている。しかし、彼らは単に優しいだけの人ではない。「技術の力で実現できることは、まだまだある」と、内海さんは力を込めて語る。

「例えばコウモリは、超音波を出しながら飛ぶことで暗闇の中をぶつからずに移動するんです。そんなこと、人間はできませんよね。でも実際に実現している生物がいるのを見ると、技術者にできることはまだまだあるんだなと思います。

われわれが能力を高めさえすれば、きっと技術を通じて同じことができるようになるはずですから。諦める必要なんて、全くないんですよ」(内海さん)

ViXion 内海さん

他の生物に比べると、人間にはまだできないことがたくさんある。内海さんにとってそれはすなわち、技術者がこれから実現できることは山ほどあるということなのだ。

技術の可能性を信じて疑わない「意志の力」を秘めているからこそ、彼らの瞳は常に光り輝いている。

技術よりも「自分は社会とどう関わりたいか?」を優先するべき

今後については、ViXion01の機能をブラッシュアップしつつ、目が悪くなる人を減らす取り組みにも注力したいと南部さんは言う。

「2050年には、人口100億人のうち50億人が近視になると言われています。2000年では20%ぐらいだった近視率が、たった50年間で50%にも上がるんです。これに伴う経済損失は500兆円とも言われています。

しかし、もし目の酷使を技術の力で回避させることができれば、人は目の健康をもっと長い間保てるようになりますし、経済損失を抑えることにも貢献できるかもしれません」(南部さん)

ViXion 南部さん

その一方で、南部さんたちは「すでに目が見えなくなってしまった人たちの支援」にも挑戦したいと話す。

なんと、視覚以外の感覚を拡張することによって、見えているようにすることができる可能性があるというのだ。

「例えばブラインドサッカーの選手は、目が見えていないにも関わらず、飛んできたボールをダイレクトボレーでゴールに叩き込むようなプレーができるんですね。それは、視覚以外の感覚をフル活用するトレーニングを積んだからこそです。

ということは、技術の力で感覚の拡張を補助することができれば、トレーニングを積んだ人でなくとも、日常生活をより快適に送れるようになるかもしれません」(南部さん)

見えない課題を見つける目。そして、その課題を技術の力で解決しようとする不屈の精神。

世の中をあっと驚かせる製品が生まれるのは、この二つが重なり合ったときなのだと、2人の経験が教えてくれる。

彼らのように、技術の力で社会貢献をしたいと考えているエンジニアは多いのではないだろうか。そうしたエンジニアは、どのような考えでキャリアを形成すれば、夢に近づくことができるのだろう? まずは南部さんに問うと、こんな言葉が返ってきた。

ViXion 南部さん

「一番大切なのは、社会と自分がどのように関わるかを自分自身で決めることです。最近は、高く売れるスキルセットを身に付けることに躍起になっているエンジニアが多いようですが、本来は『自分と世界との関わり方を決めてから、それに必要な技術を身に付ける』という順番であるべきです。

これはOSとソフトウェアのような関係性に似ていて、OSを磨かないままソフトウェアだけを磨き続けても、いつか動かなくなってしまうのではないでしょうか」(南部さん)

内海さんの考えはどうだろうか。「これは、とある大手企業の話なんですが」と前置きした上で、こう語ってくれた。

ViXion 内海さん

「その企業に、空き時間に自分の興味のあるものを作り、そのまま机の中に閉まっておいた技術者がいたそうです。

すると、ある日上司から『今の製品の売り上げが落ちてきたから、新しい製品を作りたいんだけど、何かアイデアない?』と言われた。その技術者は、すっと机の中から作っていたものを取り出して、それが製品化につながったことがあったと言います。

私がサラリーマン生活の中で恵まれていたと思うのは、比較的自由に過ごせたということです。最近ではどの会社も時間やお金が厳しく管理されていますから、こうした“遊び”を仕事の中ですることは難しくなっているように感じます。

新しいものを生み出すためには、自分が面白いと思うものをのびのびと作ることが、案外大切なのかもしれませんね」(内海さん)

ViXion01

取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹 編集/今中康達(編集部)

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