この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします!
【newmo曾川景介】「やりたいことに忠実になっても成功するとは限らない」元メルペイCTOが考える、自分が輝ける場所の探し方
2024年4月、一般ドライバーが有償で顧客を送迎する「ライドシェア」が、日本でも条件付きで解禁された。
この事業に早くも参入を発表し注目を集めているnewmoは、Qiita創業者・海野弘成さん、ココナラ創業者・新明 智さんなど、そうそうたる面々が立ち上げメンバーに名を連ねる。タクシー事業者に向けて運行管理DXやライドシェア導入技術支援など行う『newmoタクシー(仮)』、一般ユーザーがライドシェアの利用に用いる『newmoアプリ(仮)』の開発を目指している。
この開発をリードするのが、CTOの曾川景介さん。シリコンバレーでエンジニアとして活躍した後、前職のメルカリグループではCTOとしてメルペイの立ち上げをけん引。過去には『LINE Pay』の開発にも携わった経歴も持つ、FinTech領域のプロフェッショナルだ。
そんな曽川さんが、ライドシェアの世界へ軸足を移した理由とは何か。「自分のやりたいことが、最も自分の価値を発揮できるステージとは限らない」と語る曾川さんのキャリア観に迫った。
newmo株式会社
Co-Founder / CTO
曾川景介さん(@sowawa)
京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻修士課程を修了。2010年にIPA未踏ユース事業に採択。ウェブペイ株式会社の最高技術責任者(CTO)としてクレジットカード決済のサービス基盤の開発、LINEグループ参画後、LINE Payを開発。17年6月メルカリグループに参画。株式会社メルペイ取締役CTO、株式会社メルカリ執行役員CISOなどを歴任。24年1月newmo株式会社を共同創業。未踏IT事業PM
FinTechのプロがライドシェアに見出した可能性
曾川さんがライドシェアと初めて出会ったのは、今から約15年前。
大学院修了後にシリコンバレーに渡り、現地のベンチャー企業でクレジットカード決済サービス『WebPay』を立ち上げた当時にさかのぼる。
その頃から、曾川さんはライドシェアに魅力を感じていた。
「2010年台は、ちょうどアメリカでライドシェアが一般的になってきた時代でした。どこに行くにもライドシェアを使うようになったことで移動が圧倒的に自由になり、電車を使っていた頃とは世界が一変したのを感じたんです」
その後、LINEグループ、メルカリグループと一貫してFinTechを専門にキャリアを歩んできた曾川さん。このタイミングで満を持してライドシェアの世界へ移ることを決めた背景には、ある気付きがあったという。
「FinTech=金融というイメージが強いかもしれませんが、そもそもFinTechとは単体ではあまり大きな価値を発揮できません。何か特定のジャンルのサービスと組み合わせることによって、その領域の『取引』をエンハンスするものが、FinTechなんです。
そう考えると、ライドシェアはFinTechの要素をかなり含むサービスだということに気付きました。移動と支払いは一日に何度も反復して行われることが多く、密接な関わりを持つものだからです。
今までFinTechに向き合ってきた経験を武器に、これからはライドシェアとの組み合わせで新しいサービスを作り上げる。そうすれば、これまでとは違うやり方で社会に貢献できるのではないかと思いました」
日本が抱える移動の課題は深刻だ。地方ではただでさえ交通が不便な上に、高齢化により自動車の運転が難しくなることから、代替手段としての移動サービスが求められている。タクシー産業でもドライバーの高齢化や人手不足の課題が顕著に進んでおり、日本の移動産業は決して持続可能な状況にあるとは言えない。
ライドシェアはこうした問題を解決することに加えて、ドライバー・乗客が相互にレビューを行う仕組みにより、働き手に対する評価の蓄積も可能になると、曾川さんは考えている。
いわゆるスポットワーカー・ギグワーカーなどと呼ばれる人々は、ローン契約時などに信用面で不利な状況に置かれやすい。しかし、例えばライドシェアのドライバーであれば、サービス提供を繰り返すことによって評価や信頼を蓄積することができる。
このように、乗り手だけではなく社会の幅広いプレーヤーに対する価値提供ができる可能性を持つのが、ライドシェアという領域なのだ。
「僕らは会社単体で成功できればいいとは全く思っていません。目指すのは、移動に関する課題や、その先にある社会問題がきちんと解決されている状態です。そのためには、まずは自分たちが持続可能なビジネスを作らなければいけないと思っています」
「何をやりたいか」より「何が求められているか」と向き合う
曾川さんの言葉からは、「世の中の課題に対して、自分はどう貢献するか」を考え続ける姿勢が伺える。その精神が培われたのは、WebPayを立ち上げたシリコンバレーのfluxflex社で働いていた頃だという。
「fluxflex社ではホスティングサービスを提供していたのですが、サービス事業者ではなくエンジニアが直接利用できるサービスの方がよりニーズがあるのではないかと思い、いろいろと試行錯誤を重ねました。
ただ結果としては、当時の多くの競合企業同様に、自分達のサービスは立ち行かなくなってしまって。『自分がやりたいことをやっても、成功するとは限らないんだな』と実感しました。
ところが、エンジニア向けに新たな決済サービスの提供を始めたところ、今度はうまくいったんです。エンジニアたちにとっては、ホスティングサービスそのものよりも、そのサービスを利用する際に発生する金融取引を楽に済ませることの方が、ニーズが高かったんですね。自分の頭の中だけで、サービスの価値を考えてはいけないことをを学びました」
それ以来、社会に何が求められているのかを考え続けてきた。曾川さんのキャリアは、その時々で過去の経緯や今の流行を見つめながら決断してきたことの積み重ねだと言えるだろう。
では、社会の状況を正しく読み、判断するために、曾川さんは何を大切にしているのだろうか。
「周囲の人の考えを知ることに加えて、仮説を持って世の中を見ることでしょうか。例えば僕がよく考えるのは、課題と課題のネットワーク効果です。
今後ライドシェアが実現すれば、副業として追加収入を得る手段を獲得できますよね。これは地方の移動の課題を解決するだけにとどまらず、地域経済を維持することにも、さらには人口流出を防ぐことにもつながるかもしれません。
一つの問題を解決すれば、一気に他の問題も解決できる可能性がある。そういう発見をするためには、自分なりの仮説を持って物事を考えることが大切です」
曾川さんが自分のことを「FinTech専門のエンジニア」と位置付けていれば、ここまで思考は広がらなかったのではないだろうか。エンジニアとして関わる領域を限定していなかったからこそ、思考と共に、自身のキャリアの可能性も広げることができたのだろう。
「唯一の正解」にこだわらなくてもいい
自分のやりたいことよりも、社会に必要なことを。曾川さんは、そう考えるようになったもう一つの原体験について明かしてくれた。
「僕はもともと、スタートアップをやりたかった人間ではないんです。大学院ではスーパーコンピューターの研究をしていて、大学に残って研究を続けたいなと漠然と思っていました。
しかし、当時は政権が変わって日本の大型計算機の予算を削る方向に傾いていた時期。民主党政権による事業仕分けで、世界一の性能を持つスパコンの開発を目指す事業に対し、ある議員が『2位じゃダメなんですか?』と発言したのは、その流れを象徴する出来事でしたね」
自分たちのやっていることは、世の中に必要とされていないのかもしれない。
そのような悲観的な空気とは対照的に、曾川さんは楽観的だった。「どこかには自分を必要としてくれる場所もあるんじゃないか」と、自分のやりたいことができる場所を探したのだ。
「シリコンバレーに対する漠然とした憧憬があったのですが、未踏事業(※)を通じて運良く一緒にやる仲間も見つけられたこともあり、まずは一度現地に行ってみようと思ったんです。今振り返っても、非常に楽観的だったなと思います。
私は決して、最初からいろいろなものを持っていたわけではありません。むしろ何も持っていなかったからこそ、外からの刺激を受けながら道を見出し、生きていくことができました。自分の力を必要としてくれる人も、世界のどこかにはいるかもしれないと」
(※)IPAが主催する、ITを駆使して様々な事業を展開できる優秀な人材を発掘・育成することを目的としたプロジェクト
これまでも、そしてこれまでも「キャリアビジョン」を描くことはないと語る曾川さん。だからこそ、将来に悩み、不安を抱える若手エンジニアの気持ちが分かると言う。
「若いうちって『どんなスキルを身に付ければ自分の価値が高まるだろう』って、つい考えてしまうんですよね。僕もシリコンバレーに行った頃はそうでした。
ただエンジニアの皆さんには、ぜひ『今の力をどう活用するか』ということに目を向けてもらいたい。もちろん、自分の力を高めてより良い機会を得ようとするのは、向上心があって素晴らしいことです。でも、今のあなたの力を必要としている人が、既にこの社会にはたくさん存在していることを、どうか忘れないでください。
労働市場において、エンジニアは今後も非常に貴重な存在です。エンジニアがいろいろな課題に取り組み、一人でも多くの人にいい影響を与えることで、より良い社会を作ることにつながると思います」
テクノロジー界隈では、単一の特異点へと向かう「シンギュラリティー」のイメージが広く共有されてきた。その一方で、単一の特異点や正しさだけでなく、多数のアイデアや視点をもった状態である「プルラリティー(複数性)」を重視する考え方も台頭しつつあるという。台湾の元デジタル発展部長であるオードリー・タンなども、プルラリティーに言及しているほどだ。
各々が抱える課題は、地域や人によって異なる。そこに画一的なテクノロジーを押し付けるのは、もはや正しい解決方法とは見なされなくなってきている。
エンジニアのキャリアにおいても、似たようなことが言えるのではないだろうか。FinTechからライドシェアへ軸足を移し、新たな挑戦の場に立った曾川さんの言葉を聞きながら、そう思った。
「社会は多極的なものなので、たった一つの正解があるわけではありません。そうした中で『唯一の正解』を見つけることに一生懸命になってしまうと、かなり辛いと思います。
最良の正解ではなく、いろいろある正解の中で一つを選べばいい。それができた人はきっと幸せに生きられるし、そういう人が増えることによって、社会もより良く変わっていくのだと思います」
取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹 編集/今中康達(編集部)
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