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USで「ゲノム起業」が増加中。その勢いを裏付ける1枚のグラフと、異業種からエンジニアが集う理由

ITニュース

    「今、サンフランシスコ周辺でゲノム(遺伝子)関連ビジネスをやっている人たちの間で、出回っているグラフがあるんですよ。僕もスカウトされた時、最初にこのグラフを見せてもらいました」

    そう話すのは、米Twitter社初の日本人新卒エンジニアで、その後Gumroadにジョインしていた野口勝也氏。彼は昨年秋にGumroadを辞め、現在はとあるゲノムベンチャーの立ち上げ準備に携わっている。

    野口氏が話した「グラフ」とは、米National Human Genome Research Instituteが昨年発表した下の図だ。

    調べたところ、人間1人分の全遺伝子情報(ヒトゲノム)は約30億個の塩基対で構成されており、仮に1対の塩基で2ビットのデータを記録できるとすると、60億ビットで約750メガバイトの情報量になる(出典元)。

    すべてのDNA情報を読むのにかかる解析(シークエンス)コストは5~6年前まで億単位の金額だったそうだが、この図によれば、2007年以降ムーアの法則(白線)をはるかに上回るスピードでコストが下がっている。野口氏は「先週Illuminaという会社がもうすぐ10万円でできる機械を発売すると発表しましたし、あと2~3年立てば万単位まで下がるとも言われています」と語る。

    ここに可能性を感じたシリコンバレーの起業家たちが、今、さまざまなゲノムベンチャーを立ち上げているというのだ。

    Web企業のソフト開発者・データ分析者もスカウトの対象に

    米Twitter→Gumroad→ゲノムベンチャーというユニークなキャリアを築く野口勝也氏

    「DNAを読み書き(解析・合成)するコストが下がっていること以外にも、“ゲノム・スタートアップ”を後押しする事象が2つあります。1つは政策、もう1つは技術の進化です」

    「政策」とは、米バラク・オバマ大統領が2009年、経済再生と雇用増大を目的に署名した「米国再生・再投資法(ARRA:AmericanRecovery and Reinvestment Act of 2009)」だ。

    いくつかある施策の中には「医療のIT化と電子カルテの普及・推進」が含まれており、その遂行に20億ドル(約2000億円)もの資金が投じられた。この変化により、大規模な遺伝子情報とその表現型の分析が可能になり、遺伝子がどのように生物の形態、構造、行動、生理的性質などへ影響を与えるのかについて、理解が進むと思われる。

    また、「技術」に関しては、シークエンスコスト低下によるDNAサンプル数の増加と医療データの電子化によるデータ増により、Webサービスでも用いられるビッグデータの解析技術が注目されているという。そこに目を付けるテクノロジー起業家や、彼らをサポートするインフラ関連企業が出てくるのは想像に難くない。ソフトウエア上で人工のDNA情報を合成できる「ゲノムコンパイラ」を開発・公開する企業も生まれているほどだ。

    すでにUSでは、人の唾液から格安で遺伝子情報を解析して潜在的な病気などを調べる『23andMe』(Googleが出資)や、遺伝子分離技術の特許を基にがん発症のしやすさを検査する『Myriad Genetics & Laboratories』といったメジャー企業も生まれているという。

    2013年には、前者がFDA(アメリカ食品医薬品局)から病気に関連するDNA解析情報をカスタマーにレポートすることに対する停止命令を受け、後者が米最高裁から特許を認めない判決を下されるなど、法的対応や遺伝子ビジネスに対する議論もかなり進んでいる。

    その辺りの詳しい解説は、ネット上にも出ている各種専門メディアの記事に任せるとして、エンジニアtypeが野口氏への取材で注目したのは、こういったゲノムベンチャーにIT・Web系のサービス開発を行っていたエンジニアも集まり出しているという点である。

    野口氏は大学の修士論文でバイオインフォマティクスをテーマにしていたそうだが、「僕の知識は学生レベル以上のものではなく、やはりソフト開発経験との“掛け合わせ”でスカウトされたんだと思う」と話す。

    「どんなビジネスでも、事業領域に関する知識は多少なりとも必要になります。とはいえ、実際に行う業務は、Webサービスのソフトウエア開発とさほど変わりがない。マーケットがさらに盛り上がってくれば、Web企業で開発や分析業務を担っていたエンジニアを採用する動きも、さらに活発になっていくと思います」

    アンジェリーナ・ジョリーの乳がん予防に見る、市場の広がり

    23andMeのホームページ。驚くのはその価格だ

    野口氏がこう予測するのには、ほかの理由もある。DNAデータというのは、単に解析ができればビジネスになるものではないからだ。

    『23andMe』や、家系のルーツを調べられる『Ancestry.com』のようなDTC(Direct To Consumer)サービスからも見られるように、DNAが身近なものになった今、複雑な情報をどうカスタマーに伝え、より良い結果を出すための行動動機につなげるか? というUXデザインが重要になっている。ビジネス・サービスとしてのプロダクトづくりが必要不可欠なのだ。

    この点において、各種Webサービスの方がゲノムベンチャーよりも進んでいるのは間違いない。その知見を、人材の引き抜きによって得たいという企業は少なくないという。

    「遺伝子情報の解析・合成が実際に病気の治療などに活用されるのはもっと先になると言われていますが、病気予防やバースプランニング(出産や分娩前後の医療処置についての希望を医師と共有すること)の分野では、遺伝子情報の活用が今以上に進んでいくはずです。その際、複雑で膨大なDNA情報のどの部分をどのようにユーザーに伝え、それを活用した行動へとつなげていくかが、業界全体の課題になっています」

    単なる金儲け以上の価値と大義(野口氏はそれを「人類の謎の解明や医療への貢献」と語る)があるゲノムビジネスは必ず盛り上がるという声がある一方、人類の、ひいては自分の遺伝子情報がビジネスに利用されるのは、倫理面・プライバシー面で受け入れ難いと考える読者もいるかもしれない。

    ただ、とりわけUSは「多様性の国なので、選択肢の一つとして前向きにとらえる人が増えている」と野口氏。

    昨年、女優のアンジェリーナ・ジョリーが乳がん予防のために乳腺切除手術を受けたというニュースが世界中で注目されたが、彼女が手術に踏み切ったのは前述したMyriad社の遺伝子検査がきっかけだったと報道されている。

    こういった事例によって、ゲノムビジネスが議論とともに認知度を高めているのは事実なのだ。

    日本でも、今年1月に経済産業省が遺伝子検査の優良事業者を認定する制度づくりを開始すると発表し、厚生労働省がオブザーバー参加する研究会の設立に動いている。悪質な検査ビジネスを規制すると同時に、健全な産業として育成していくための取り組みである。

    1月上旬に来日していた野口氏が国内のゲノムベンチャーを見て回った印象では、「参入障壁の低さという面では今のところUSの方が進んでいる」と言うが、エンジニアが必要とされる場として今からその動向を注視しておくのも面白いかもしれない。

    取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)

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