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料理動画サービスで攻勢をかけるクックパッドCTO・成田一生氏が明かす「圧倒的No.1サービス」を生むチームの創り方

スキル

    「ついに動き出したか」――2017年秋、クックパッドが料理動画サービスを本格化するというニュースが流れた時、そんな思いを抱いた人は少なくないはずだ。

    月間で約6000万人もの利用者が訪れ、283万超という圧倒的件数のレシピを掲載し、日本最大の料理レシピ投稿・検索サービス企業として独走してきたクックパッド。だが、こと“料理動画”の領域では複数の後発ベンチャーが話題をさらい、急速に利用シェアを拡大しつつある。それゆえに、先のニュースには「いよいよ」という印象があった。

    だが、クックパッドはただ静観していたわけではない。「やるからにはクックパッドらしく」という強い信念のもと、本格始動をした暁には「圧倒的No.1をつかみ取る」べく、さまざまなアプローチを練り上げていたのだ。

    満を持して料理動画サービスのリリースに至った同社でCTOを務める成田一生氏に、その戦略と圧倒的No.1サービスを生み出す開発の現場について聞いた。

    成田一生氏

    クックパッド株式会社 執行役 CTO 成田一生氏

    ユーザーが自ら創り、発信する料理動画こそがクックパッドの持ち味

    「プロが料理しているところをプロが撮った動画で見せるというだけではない料理動画を追求したいんです」

    これが「クックパッドらしい料理動画とは?」という質問への成田氏の返答だ。

    「クックパッドはただのレシピ検索サイトではなく、料理を楽しんでいる人が自分のレシピを公開することで、会ったことのない人から感想や感謝の言葉が届くサービスです。ユーザーの皆さんが料理をすることの喜びを多くの人と共有し、楽しさを膨らませていく“コミュニティー”のプラットフォームだからこそ、多くの支持をいただいてきました。

    クックパッドの使命は『毎日の料理を楽しみにする』です。これまでも、これからも徹底的に料理を楽しむユーザーのコミュニティーであり続けたい。ユーザー投稿型の料理動画サービスにこそ、コミュニティーとしてのクックパッドらしさがあると考えています」

    ユーザーが独自のレシピを、自らの文章と写真によって表現してきたからこそ、「既存のレシピサイトとは一線を画すサービス」として、クックパッドは圧倒的に支持されてきた。動画という表現手法を用いるとしても、レシピを発信している当事者、つまりユーザー本人がやるのでなくては意味がない。これは、クックパッドにとって曲げられない信念だ。

    しかし、成田氏は言う。「クックパッドがやるなら、これだけじゃダメなんです」と。この徹底したこだわりの精神を形にしていくため、これまで議論を重ね、準備に時間をかけてきたのだという。ここへ来て、クックパッドは料理動画領域の新サービスを次々に発表しているが、中でも同社のこだわりが詰まった象徴的なサービスが、2017年12月にオープンした『cookpad studio』だ。

    「料理をする方なら分かると思うのですが、材料を切ったり、火にかけたり、といったプロセスを自分1人で動画で撮影するのは至難の業。プロが制作した料理動画と同じクオリティーのものを個人で撮影しようとするなら、専用の機材や設備、あるいは動画編集のソフトウエアを用意しない限り、ほぼ不可能なんです。『だったら、そのための空間と設備を私たちが用意して提供すればいいじゃないか』というのが答えでした」

    成田一生氏

    成田氏自身も、クックパッドに入社してから料理する楽しさに取り憑かれた一人とのこと。納得のいく料理動画制作に自らチャレンジしようと試みたところ、いくつもの難題に突き当たったという。料理しながら、その動きを真上から撮影しようとすれば、単純に手が足りない。食材をキレイに撮影するには、斜め前方からライトを当てるのがいいと教わったものの、自宅のキッチンではスペース的にも照明機材の面からも無理。仮に撮影ができたとしても、料理の工程ごとに撮った動画を編集するのには大変な手間がかかる。

    しかし同時に、「キレイな動画にできたら絶対楽しい」ことも確信できた。もっと簡単に撮影作業ができる場所と設備があれば、動画撮影の初心者でもきっとやってみたくなるはず・・・・・・これこそまさに、クックパッドならではの発想といえる。

    そうして生まれたのが、cookpad studioの代官山店だ。日本初の「無料で利用できる料理動画撮影専門の一般向けスタジオ」の1号店としてオープンし、クックパッドのレシピ投稿者限定で開放された。一般公開に先駆けて、自分のレシピを動画撮影してみたという成田氏は「もう本当に楽しいんですよ、これが」と満面の笑みを浮かべる。

    「静止画ではうまく伝えられなかった要素、例えば『こういう切り方をすると簡単にキレイにできる』とか、『このくらいの色になるまで炒めればいい』といったことが動画ならば一目瞭然です。撮影後は、スタジオ内の専用動画編集ソフトを搭載したタブレット端末で、簡単に編集して仕上げることができます。その場ですぐ見ることができるので、『ああ、ここはもっとこういうふうに撮れば良かった』なんて反省点も浮かんできて、すぐに『もう1回やりたい!』という気持ちになるんですよね(笑)」

    料理好きは創作意欲の高い人たちだ、というのが成田氏の持論。そうした人々にとって、この動画撮影はクリエーティビティーを刺激する新しい楽しみの一つになる、と力説する。詳細は未定だと言うが、1号店の好評ぶりを受けて、今後cookpad studioは全国展開していく予定とのこと。5月には大阪にオープンすることも決定している。その過程で仮にひと月の利用者の約6000万人の何割かだけでも、成田氏同様の喜びを体感したなら、クックパッドを通じて提供される動画数はあっと言う間に途方もない水準に達するだろう。

    料理動画事業の領域で、クックパッドが目指す3つの「圧倒的No.1」

    クックパッドが展開する動画関連サービスはcookpad studioだけにとどまらない。大型スーパーマーケット等の食材売場に専用の料理動画再生デバイスを設置し、多彩なレシピを配信していく『cookpad storeTV』もその一つ。2017年12月から料理動画の配信をスタートし、18年1月からはトライアルとして大手食品・飲料メーカーと連携した料理動画広告の配信も開始した。そして近々、また別の新しい取り組みもスタートさせる予定だという。怒濤の攻勢をかけてくるクックパッドだが、目指すところは何か。

    「料理動画数、料理動画広告、料理動画ユーザー課金、この3つの料理動画事業領域で圧倒的No.1を獲りにいきます」

    そう言い切る成田氏。cookpad studioによって料理動画数No.1を、cookpad storeTVによって料理動画広告No.1を実現するべく動き出したわけだが、この2つのサービスを見ても分かるように、クックパッドはありきたりの手法は取らない。彼らににしかできない新しいアプローチで、料理をする人を増やし、料理をすることの喜びを膨らませ、同時にビジネスにおいてもイノベーションを達成しようとしている。当然のことながら、エンジニアたちにとっては前例のないチャレンジの連続になっているはずだ。

    「そうです。これまでもそうでしたけれど、今はまさに創業時に匹敵するぐらい新しいものを創り出していくフェーズに入った、といえます。ですから、開発チームに向けて新しい行動指針を掲げ、組織の在り方にも一石を投じたところなんです」

    攻めに打って出る今こそ、必要なのはエンジニア一人一人が抱く「境界」の排除

    2017年、成田氏が新たにエンジニアたちに打ち出した行動指針は「Beyond the Boundaries」。Boundaryには境界、限界、区画という意味がある。つまり「Beyond the Boundaries」とは「境界を越えて行け」ということだと成田氏。では具体的に、「境界」とは何を指すのか?

    「知らず知らずのうちに、『自分にはそれはできない』『自分の責任ではない』と自ら引いてしまっている“線”のことを、境界と呼んでいます。

    成田一生氏

    クックパッドが目指すのは、自律した個が自ら考え、動き、協調する。責任範囲を狭く捉えず、事業で起こっているさまざまなことを自分ごととする。そうした強い個が協調し合う、掛け算の組織。境界は、その実現を阻むものです。

    新規事業で圧倒的No.1を目指している今、新しいものを生み出すことに果敢に挑戦していく姿勢を組織全体で盛り上げていくことが必要だと思っています。

    自分自身の技術力や役割に対する思い込み、OSSへのコントリビュート、言語・国境など、あらゆる境界を認識し、自ら越えていくことを、エンジニア一人一人に求めたい。皆がそれを自然にできるようになった時、エンジニア組織としても次のステージに進めると考えています」

    2010年にヤフーからクックパッドへ転職してきた成田氏。入社当時はエンジニアが20人にも満たなかったという。それが今では100名規模の組織へと成長し、事業も多様化した。放っておけば組織内の分業化が進み、一人一人の役割も専任特化していってしまう。

    「私が入社した頃は、望んでいようがいまいが、各エンジニアが何から何までやらなければいけない状況でした。しんどいといえば、しんどい。でも、おかげで前職では触れようとも思わなかった領域や技術に触れて、新しい面白さを知ったり、自分の力が伸びていく実感を得たりすることができました。何よりも大きかったのは、他のどこにもないサービスや機能を生み出す喜びを味わえたこと。同じ喜びを皆に味わってほしいんですよ」

    クックパッドは成功し、成長している。自分が入った当時の環境とは違う。だからこそ行動指針として掲げ、エンジニア各自が強く「境界を越えるんだ」と意識しなければ、日々の仕事に流されてしまう。危機感を持ったエンジニアにしか新しい価値は生み出せない。そう成田氏は言う。だからこそ「Beyond the Boundaries」という短い言葉で、その魂を表現した。そして指針ばかりではなく、組織にも変化を加えたとのこと。それが「テックリード」という役割の配置だ。

    「組織の成長とともに、1人のCTO が社内すべての技術領域を把握して、すべてのエンジニアに目をかけるのは事実上不可能になってきています。そこで、テックリードという役割のエンジニアを各部署に置きました。担当するエンジニアたちへのアドバイスや、その部署の技術選定などに責任を持ちます。言ってみれば、部署ごとのミニCTOのような存在ですね。

    これによってCTOである私も、テックリードたちと情報交換をすることで、今現場で何が起こっているか、エンジニアたちが何を考えて働いているかを、しっかりと把握できるようになったんです。とても見通しが良くなりました」

    そう語る成田氏が今一番大切にしている視点は、エンジニア一人一人が「やりたいことをやっているか」だという。

    「どんな物事であっても、それをやっていることが『楽しくて仕方がない!』と思って取り組んでいる人には、『言われてやらされている人』は成長速度で絶対敵わない。個々のエンジニアのパフォーマンスを最大化するためにも、皆がやりたいことをやれている状態かどうかに、いつも目を配るようにしています」

    「ただのNo.1」で満足するな、「圧倒的No.1」でなくては意味がない

    にこやかに、静かな雰囲気でありながら、熱量の高い言葉で答え続けてくれる成田氏。随所に登場する「圧倒的No.1」という表現から、特にその思いが伝わってくる。「圧倒的」でなければダメなのだろうか?

    成田一生氏

    「ダメですね(笑)。ただNo.1であるということと、圧倒的No.1というのは大きく違いますから。

    そもそもクックパッドが向き合うべき相手は競合でありません。常にユーザーの皆さんと向き合いながらサービス開発に集中したいし、そうするべきなんです。

    そのためには、競争環境というものから自由になることが必要です。No.2やNo.3と競り合いを繰り広げているようなNo.1では、どうしたってユーザーよりも競合が気になってしまう。圧倒的No.1になって初めて、競合を意識せず、純粋にユーザーだけを見て開発ができるんです。毎日の料理を楽しみにするというクックパッドのミッションに集中するためには、『圧倒的No.1』になることが不可欠なんですよ」

    クックパッドの技術力は、今さら言うまでもなく、高く評価され続けてきた。だからこそ、成田氏をはじめ多くの腕利きエンジニアが集結してきたのだが、そんな辣腕エンジニア集団が夢中になって、楽しそうに切磋琢磨できているのも、圧倒的No.1サービスの地位を不動のものとしているからなのだ。

    最後に、IT企業・クックパッドとしての次なる注力領域とは何かを成田氏に聞いた。

    「クックパッドにはユーザーの皆さんに投稿していただいた多くのレシピ、料理の写真、アプリやサイト上でのアクセスログ、検索キーワードのログ、といった魅力的なデータが豊富にあります。これは、長年サービス提供を続けてきた当社の強みです。

    これらのデータをサービス開発に活かし、得られたデータを活用してさらにサービス開発に役立てる、というサイクルを回すことで、よりユーザーにとって価値の高いサービスへと成長していけると考えています。

    そのために、機械学習関連の研究開発に力を入れているんです。画像解析を活用したクックパッドアプリの『料理きろく』や『おまかせ整理』などの機能も、その成果の一つ。今後も研究成果を今まで以上にサービスに取り入れていく予定です。これからどんどん続いていくクックパッドの変化と成長を、楽しみにしていてください」

    取材・文/森川直樹 撮影/柴田ひろあき

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