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良質なアプリを生み出すための失敗学~『Moneytree』創業者ポール・チャップマン氏に聞く

働き方

    マネーツリー株式会社代表取締役ポール・チャップマン氏

    マネーツリー株式会社代表取締役ポール・チャップマン氏

    起業家のさまざまな失敗談から成功への筋道を学ぶカンファレンスとして、アメリカやフランスなど世界12カ国で開催されてきた「FailCon」が2014年6月、ついに日本初上陸を果たした。

    Open Network Labの主催で東京・代官山で開かれた「FailCon Japan」には、国内外の著名な起業家や事業プロデューサー9人がスピーカーとして集結。ユーザー参加型ソーシャルニュースサイト『Digg』の共同創業者ジェイ・アデルソン氏が務めた基調講演には、多くの注目が集まった。

    『Digg』のほかにも、データセンター提供サービスの『Equinix』、ネットテレビ・ネットワーク会社『Revision3』などの創業にかかわってきた連続起業家として知られるアデルソン氏は、「嵐を乗り切る方法はあるのか? 2度の経済危機で2度の失敗から学ぶスタートアップの防衛術」と題して、自身の失敗談を披露した。

    日本初上陸となった「FailCon」で基調講演を務めた『Digg』の共同創業者ジェイ・アデルソン氏

    日本初上陸となった「FailCon」で基調講演を務めた『Digg』の共同創業者ジェイ・アデルソン氏

    アデルソン氏にとって最初の大きな失敗は、順風満帆に見えた『Equinix』が株式公開を果たした2000年ごろ。大きな資金を手にした直後にITバブルがはじけ、『Equinix』は一転、苦境に立たされた。この時は攻めの投資が奇跡的に実を結び、絶体絶命の危機を乗り越えたが、すぐに次の「嵐」がやってくる。

    2度目の大きな失敗は、2004年に創業した『Digg』での経験だった。新時代のニュースサイトとして注目を集め、2008年にはGoogleから巨額の買収オファーを受けたが、「送金の直前になってGoogleが翻意したんだ。慌てて従業員にサービスをこのまま続けることになったと伝えたけれど、もう元には戻らなかった」。

    そこに追い打ちをかけるように襲ったリーマン・ショック。アデルソン氏は『Equinix』での経験を基に積極投資を主張したが、訴えは退けられた。その後、2010年にはCEOを辞任し、アデルソン氏と『Digg』は袂を分かつことになった。

    「これらから得られた教訓は、どう決断するのがベストかは、背景にも左右されるということ。結局、答えは分からないということです」と話すアデルソン氏。「ですから、危機の中でも明確な視点で状況とデータを見て、最善を尽くすことが求められます。過去のレッスンに固執しないこと。失敗しても、とにかくまた立ち上がることです」とアドバイスを続け、講演を締めくくった。

    「ベストの決断」は背景に左右される――。では、スマートフォン全盛の現在の日本で、失敗とどう付き合うのがベストなのだろうか。

    最初から最高のものを出さないと、アプリ業界では生き残れない

    資産管理アプリ『Moneytree』

    同イベントに登壇した、資産管理アプリ『Moneytree』を開発したマネーツリー株式会社の創業者ポール・チャップマン氏は、オーストラリア出身の37歳。学生時代には日本への留学経験もある、異色の経歴の持ち主だ。

    2000年に母国でSaaSスタートアップ『cvMail』を立ち上げたところから連続起業家としてのキャリアをスタート。en worldのIT部長などを経て、2012年に日本でマネーツリー株式会社を設立した。

    40万ダウンロードを突破し、昨年末にはApp Store of 2013にも輝いた良質アプリ『Moneytree』は、いかにして生まれたのか。チャップマン氏にも、「失敗」との付き合い方を聞いた。

    ――本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。今回は失敗から学ぶことがテーマの「FailCon」ということで、いきなりですが、ポールさんが過去に経験した最大の失敗は何ですか?

    ポール 23歳でCTOとして立ち上げに参加した『cvMail』の時には、最悪の失敗を経験しました。それは主に、人間関係での失敗です。

    最終的にはトムソンロイターに売却することができたので、事業としては完全に失敗というわけではないかもしれません。ですが、当時は毎日のように共同創業者と喧嘩を繰り返していました。

    関係が希薄な人とチームを組んだというのが、失敗の最大の要因。相手の考え方、価値観をお互いに理解していなかったのだと思います。結婚と一緒で、最初は良いんです。ですが、ラブラブな時期を過ぎた後の2、3年目が良くない。仕事がハードな局面に差し掛かると、すぐに喧嘩になってしまう。

    同じ価値観を持つ人、同じゴールを目指している人であることが重要です。今の『Moneytree』チームには、その教訓が活きています。僕たちはその考え方を、日本的な「和」と欧米的な「ハーモニー」を掛け合わせた「和ーモニー」と呼んで、大切にしています。

    ――若いころにした苦い経験が、今のチームづくりにしっかりと活きているんですね。それでは次に、『Moneytree』を立ち上げた時の話を伺いたいのですが、リリースまでの1年近く、情報を外に出すことなく作り込みに専念したそうですね?

    ポール はい。みんなが知らないうちに作ってセンセーショナルにリリースする方針で、ステルスモードで開発を進めました。『Moneytree』はセキュリティーに徹底的にこだわっているので、バックエンドが非常に複雑です。その作り込みのために1年という期間が必要でした。

    リリースする前に徹底して作り込んだのには、理由があります。アプリの世界では、ファーストバージョンから良いものを作らないと、生き残れないということを知っていたからです。

    App Storeに残った評価というのは、時間が経っても消えることはありません。ですから、最初に良くないものを出してしまうと、そのような悪い評価がいつまでも残ってしまうのです。

    私たちのチームは、『Moneytree』の立ち上げ前から、インデペンデントでアプリ開発を3年ほどやってきました。残念ながらヒットするアプリは生み出せませんでしたが、その中でアプリ業界について学んだことが、今に活きています。

    ―― スタートアップ企業を取材していると、当たり前のように「リーン・スタートアップ」の考え方が浸透しているように思えますが、ポールさんの考え方は少し違うということですか?

    ポール そうですね。状況は変わりつつあるとは言っても、日本では一般の消費者がリーン・スタートアップの考え方をまだまだ理解していません。つまり、消費者の皆さんが期待しているのは、完成された商品です。

    それに、Webとアプリの違いもあります。Webであれば、誰にも気付かれないように日々少しずつ修正していくといったことができますが、アプリは固定されたものです。良いアプリを生み出すためには、こうしたアプリ業界の特徴に適応する必要があると思います。

    ―― しかし、ユーザーの声を直接聞くことなしに、1年もの間作り込みを続ける作業は、本当に市場のニーズに合っているかといった不安や迷いを生みませんでしたか?

    ポール 当時のチームは少人数で、インターンを含めても7人くらい。みんなが『Moneytree』の信者でした。これを作ったら成功できるとみんなが信じていたので、そういった不安はなかったですね。

    ただ、この1年は相当な低コストでアプリを作っていたので、次の資金調達まではコスト面の悩みが尽きませんでした。まあ、これはどこのスタートアップ企業も一緒でしょうが。

    リソースの限られたスタートアップだからこそ、デザインの重要性は増す

    「リソースの限られたスタートアップだからこそ、デザインには注力すべき」と語るポール・チャップマン氏

    「リソースの限られたスタートアップだからこそ、デザインには注力すべき」と語るポール・チャップマン氏

    ―― 『Moneytree』は従来の家計簿アプリとは違う、新しいお金の一括管理アプリを謳っています。新しい概念にはどうしても理解されにくいという悩みがつきまといそうですが、すでに市場にあるニーズとの間で、どうバランスを取っていますか?

    ポール それは非常に重要な問題だと思います。スタートアップと一口で言っても、みんながイノベーションを目指しているわけではありません。海外のアイデアを見て、それに近いものを出すスタートアップもある。アジアに特に多いですが、アメリカにももちろん、あります。

    『Moneytree』もアメリカの資産管理サービス『Mint.com』を意識したことは確かですが、それを真似て出すオプションはありませんでした。ここは日本だし、『Mint.com』がリリースされた2007年とは時代も違う。今はスマートフォンの時代です。スマートフォンユーザーに合った資産管理アプリとは、どういうものか。デザインプロセスに多くの時間を費やして、仮説を徹底的に検証しました。

    例えばSNSの世界でも、実名制のFacebookが日本で受け入れられるのかどうかという議論がありましたよね? でも、最初に若い人が使い始めて、今では妻(日本人)の両親も使っています。

    社会的な変化は若年層から徐々に上がっていくと思うので、少なくとも最初は、若い人にアピールできるものである必要もあるのではないでしょうか。

    ―― さきほどデザインプロセスのお話が出ましたが、デザインには非常に多くのリソースとエネルギーを投入しているそうですね?

    ポール スタートアップ企業はリソースが限られているので、いいものだけをリリースしないと、すぐにリソースが足りなくなります。もし間違いがあるのであれば、デザインの段階で知っておきたい。ですから、紙ベースのプロトタイプを作ったり、友だちや周りの人に意見を聞いたりということは、かなりやっています。

    2009年ごろに作った2、3歳児向けのおもちゃ携帯アプリは、ボタンのサイズと場所が子供が使うのに合っていなくて、失敗しました。ペーパープロトタイプやQ&Aを十分にやっていなかったために起きた、デザインのミスです。

    もちろん、仮説もデザインと同じくらい重要ですが、Q&Aのプロセスを経なければ、仮説は仮説でしかありませんからね。

    ―― 「FailCon」は過去の失敗から学ぶことがテーマのカンファレンスですが、逆に、開発プロセスの中でどうしても「失敗」が許されない部分があるとすれば、どのようなことですか?

    ポール 『Moneytree』の場合で言えば、セキュリティーの部分だけは絶対に失敗できません。幸い、共同創業者が以前、日本国内で個人情報を多く取り扱うBtoBサービスを行っていたので、セキュリティーを強く意識した中での開発に慣れています。

    アメリカやヨーロッパに比べて、日本ではまだ比較的、ハッカー攻撃が少ないですが、海外のセキュリティーの専門家にお願いしてセキュリティー監査を受けているので、安全性は世界基準にあると思っています。

    もう少し一般的な話をすると、プライバシーに関することも失敗が許されない分野だと思い、慎重に検討しました。

    競合相手は登録する際に性別や年齢を当たり前のように要求しますが、なぜでしょうか?

    我々が仮にそういった情報を要求するとしたら、ユーザーにとってのメリットを考えます。ある情報をもらう時には、それと等価交換でベネフィットを提供する必要があると考えています。

    失敗を成功につなげるには、はっきりとした目標が必要

    日本から世界進出を見据える『Moneytree』。ポール氏はチームメンバーにも「国際的なマインドセット」を要求する

    日本から世界進出を見据える『Moneytree』。ポール氏はチームメンバーにも「国際的なマインドセット」を要求する

    ―― 日本と海外の両方でスタートアップを立ち上げた経験をお持ちのPaulさんですが、日本の国内外で、スタートアップに対する考え方の違いを感じることはありますか?

    ポール リスクを背負わなければスタートアップの発展はありえませんが、日本社会全体のスタートアップに対する考え方は、今まさに変わっている途中だと思います。日本のトップである安倍政権はスタートアップを奨励していますが、その考え方が十分に普及しているとは言えません。

    昨年末、『Moneytree』はオフィスの部屋を増やそうとしたのですが、スタートアップ企業ということで保障会社からは断られました(笑)。もちろん、代表が外国人だからというのもあるのかも知れませんが。

    日本は例えば隣の韓国に比べたら、国内市場が大きいです。十分に大きすぎるので、逆に海外に目を向けづらい。人口の少ない韓国は、最初から国内だけでは勝負できないと考えるので、日本より早く進化してきたという経緯があります。

    ただ、日本には優れた人材がたくさんいます。『Moneytree』は将来、海外でもサービスを提供したいと考えているので、日本国内の風習に慣れていながら、国際的なマインドセットを持っている人を雇いたいと考えていますが、そうした心持ち次第で、日本から世界に通用するサービスはもっと生まれるのではないでしょうか。

    ―― それでは最後に、スタートアップに付きものといっていい失敗を、未来の成功につなげる上で大切なことは何だとお考えですか?

    ポール なぜ起業するのか、という自分の目標をはっきりと定義することだと思います。スタートアップはすごくハードです。長持ちできる目標がなければ、困難にぶつかった時に、それを乗り越えることはできないでしょう。

    目標をしっかり持った上で、自分の限界を計ることができれば、失敗した時にも必ず得られるものがあるはずです。会社の目標は状況や市場のニーズによって変わるものですが、個人の目標は変わってはいけないものだと思っています。

    ―― 大変勉強になりました。本日はありがとうございました。

    取材・文/鈴木陸夫(編集部) 撮影/竹井俊晴

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