ワークスアプリケーションズの『COMPANY Webmail』はGmailを越えるか? エンタープライズWebメールから見えるクリティカルワーカー式開発思想とは
OutlookやGmailなど、世界中でスタンダードとして使われているメールソフトは、本当に「ビジネスパーソン」にとって使いやすいものなのか?
このシンプルな命題から、4名のコアメンバーでプロジェクトを起こし、独自のメールソフトを開発した男がいる。
『COMPANY』シリーズなど基幹業務用のERPパッケージの開発・提供で知られるワークスアプリケーションズ(以下、ワークス)で、アドバンスト・テクノロジー&エンジニアリング(ATE)本部に在籍する堤勇人氏である。
堤氏らが作り出した『COMPANY Webmail』は、2010年4月に開発プロジェクトが発足し、約1年後の2011年にver.1をリリース。現在はver.2に進化しており、同社の『COMPANY』シリーズを利用する企業への提供を進めている。
パッと見のインターフェースはほかのメールソフトとさほど変わりはないが、冒頭に記したように、随所にビジネスパーソンの業務に最適化された機能を搭載。
例えば、プロジェクトごとにメーリングリストを作成した際、過去に添付されたファイルを探し出すのに一苦労した……という経験を持つ人は少なくないだろう。こうした課題を解消すべく、『COMPANY Webmail』はメーリングリストごとにファイルを一括で共有できるサーバを用意できる設計に。リストメンバーはその共有サーバにアクセスすれば、過去のファイルでもすぐ探し出せるようになっている。
ほかにも、社内コミュニケーションをより円滑・高速に行えるよう、最初の議題設定だけメールで行えば、その後の返信や会話はチャットで行える(チャットの会話履歴は最初の議題設定メールに紐付けされて保存される)など、細部に至るまで“業務オリエンテッド”なメールソフトとなっているのだ。
DevOpsを実現するために下した、「OSSで開発」という選択
MicrosoftやGoogleのような世界的IT企業がマーケットシェアを占める分野で、新たなイノベーションを起こそうというワークスの取り組みは、見方によっては無謀な挑戦かもしれない。
それだけでなく、堤氏によると『COMPANY Webmail』は開発面でもチャレンジングな取り組みを行っていたという。
「今回の開発では、ビジネスパーソンの使い勝手を追求すること以外に、もう一つのミッションがありました。それは、業務用アプリケーションの開発で欠かせないポイントになりつつあるDevOpsを実現することです」
堤氏が言うまでもなく、昨今のエンタープライズ向け開発では、開発と運用の垣根を極限まで減らすシステム設計によって、ビジネスシーンの変化に迅速に対応していくことが求められる。特に、『COMPANY Webmail』はメールソフトという特性上、扱うデータが増えていく中でどうスケーラビリティを担保していくかが問われていた。
そこで堤氏ら開発チームが選んだのが、フロント・バックエンドのみならず、開発環境についてもほぼOSSを駆使して開発をするという道だった。
各種OSSを使いこなすだけの知識と技量を身に付ければ、それらを組み合わせることで、システムの柔軟性を劇的に高められると考えたからだ。
「一例を挙げると、WebmailのデータベースはCassandraだけで構成されていますが、シンプルに要求されるスペックから検討してみた結果です。要求を満たした上で、特にスケーリングと常時アクセスを重視すると、Cassandraを用いるのがベターだという結論になりました」
Cassandraはサービスを稼働させたままバージョンアップができる点や、データ保持や安定性の面でも柔軟な構造が作れる点などを考慮したと話す。
※Cassandraの利点と注意点をまとめた堤氏のslideshareはコチラ
また、『COMPANY Webmail』の開発は、同社が中国・上海に構える開発拠点で行われたため、体制面でもDevOpsを実現するための工夫が求められた。
そこで堤氏は、プロジェクト管理ソフトのRedmineへ独自の設定を施してチームに共有しつつ、チケット駆動との合わせ技で効率化と省力化の両方を図ることに腐心。
さらに、リモート開発の難敵であるソースコードレビューについても、GitレポジトリをWebブラウザから管理できる『GitLab』を用いることで迅速に行える体制を築き上げた。
この徹底的なOSS活用の裏側には、当然ながら「本当に使い物になりそうか」を自ら触って試してみるプロセスが欠かせなかったと堤氏は言う。
「いろんなOSSを試してみる中で、モノによってはバグが多くて使えないものもありました。でも、当社では常に“クリティカルワーカー”(物事をゼロベースで考え、実践できる人材)であることが問われます。求める機能を実現できそうなOSSを探し、複数の候補をいじってみながら使えそうなソフトを採用する、なければそれを作っていく……というサイクルを何度も繰り返しながら、最適解を探っていったのです」
BtoC以上の要求レベルがあるBtoB領域は、イノベーションの宝庫
もともと堤氏は、2007年4月にワークスへ新卒入社した後、『COMPANY』に付随するWebサービスのデータベース周りを担当していた。
『COMPANY Webmail』のプロジェクトにジョインするまで、各種OSSについての知見はもちろん、フロントエンドの開発に関してもほとんど知識はなかったという。
それでも、ゼロから『COMPANY Webmail』のような新規プロダクトを開発し、さらにDevOpsを踏まえた開発体制まで構築できた理由はどこにあったのか?
聞くと、「ワークスでは普通のことだ」と堤氏。
「わたしは新卒入社なので、ほかの企業のやり方を知らないというのはありますが、社内で前例のないことでも、技術面で自ら学び続けるのは当たり前のことだと思っています。今回のプロジェクトでも、JavaScriptやjQueryなどフロントエンドの開発についてはイチから独学しましたし、OSSを利用する上でのリスク判断もわたしたち開発チームの責任で行いました」
『COMPANY Webmail』に搭載されている各種機能も、担当リーダーの指示の下で作るというより、プロジェクトメンバーそれぞれが「良い」と思ったアイデアを試作してきて、それを皆でレビューしながら実装していくスタイルだったそう。
優秀なチームメンバーが周囲にいるからこそできたやり方ではあるが、エンジニア主導でフラットな開発体制だと陥りがちな「技術優先の機能追加になる罠」をどう回避していたのか。
堤氏は、“テクノロジスペシャリスト”というワークス特有の呼び方を用いながら、そのプロセスを説明する。
いわく、テクノロジスペシャリストとは決められた仕様どおりにコーディングをする人でも、技術力ありきで開発を進めていく人でもないという。すべての研究開発の前提には、『それはユーザーにとってどんなメリットがあるのか』という問いがある。
「何がユーザーにとって、世界にとって理想の状態なのかを考え、それを実現するための実行方法を考える。そのために、最先端技術を研究し、必要であれば取り入れていきますし、それがなければ、自分たちの手で生み出していきます。技術もすべては、理想を実現し、ユーザーにメリットを出すためのものです。
製品開発はもちろんのこと、研究部門としてあるATE本部のテクノロジスペシャリストは特に、意識的に技術的なチャレンジをしながら、技術研究をユーザーメリットに昇華することを念頭においています」
冒頭で説明したような『COMPANY Webmail』の“ユーザー想い”な各種機能も、こうしたベースから生まれている。
メールソフトを使うユーザーは、日々どんな行動を取っているのか。既存のソフトのどこに不満を持ち、何を改善するとより業務がやりやすくなるのか。「それらを想像しつつ、仕事のやり方を再定義するようなプロダクトを開発する」(堤氏)ことができるのは、ワークスが長年ERP開発の領域でユーザー企業のあらゆる業務を見聞きしてきたからともいえる。
今、エンタープライズシステムに対するユーザー企業の要求は、日増しに高まっている。とりわけ、使い勝手の良さに対する要求レベルは「BtoCのサービス以上だ」と堤氏も実感しているという。
そんな中で、本当に顧客満足度の高いプロダクトを開発するには、「要求に応える」のではなく、「要求以上の驚きや効果をもたらす」という姿勢が必要になってくる。
そのためにも、堤氏が『COMPANY Webmail』の開発で実践してきたようなアプローチが、今後さまざまなエンタープライズ開発で重要視されるようになっていくのは間違いないだろう。
「スマートデバイスの普及などもあって、企業の業務スタイルはものすごい勢いで変わっています。だから、BtoBシステムやエンタープライズソフトウエアの領域にこそ、イノベーションのチャンスがたくさん隠されていると思っています。ワークスは、創業以来この分野でベストプラクティスを追求してきた会社なので、ここで働くメリットを最大限に活かして、わたしも世界が驚くようなプロダクトを世に出していきたいですね」
取材・文/浦野孝嗣 撮影/竹井俊晴
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