自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
レーシングエンジン開発で3大メーカーが共闘 ――「これからのエンジンはどうあるべきか」自動車メーカーで働くエンジニアが募らせる危機感
「家電メーカーさんには悪いのですが、自分たちも、今の家電メーカーさんのようになってしまうのではないか。そういう危機感は持っています」
こう発言したのは、ある自動車メーカーでレーシングエンジンの開発に携わるエンジニアだ。一方、自動車メーカー直系モータースポーツ会社でエンジンを開発するエンジニアは、次のように発言した。
「日本は遅れているのを感じます。エンジニアはコストを下げることに夢中になってしまって、気が付いたらヨーロッパにだいぶ先に行かれてしまった。エンジニアにとっては、モータースポーツだけでなく量産エンジンも含めて危機だと感じています」
大手自動車メーカーの研究所でやはりレーシングエンジンの開発に携わるエンジニアも、彼らの考えに同調する。
「うちはちょっと面白い会社でして、レースを始めるのは(事務系ではなく)エンジン屋なんです。新しい企画を提案するのもそう。なので、他社さんとちょっと文化が違うかもしれませんが、ヨーロッパのメーカーに対して出遅れているという点は同意です。だからこそ、『やらなければいけない』という思いで取り組んでいます」
今年3月1日、「モータースポーツを自動車技術の一分野として確立させるために、技術・学問および文化面などからも総合的な探究を行い、技術者やモータースポーツ関係者だけでなく、学生をはじめ一般の幅広い人たちに働きかけていく」ことを主旨としたシンポジウム、『モータースポーツ技術と文化』が東京・新宿の工学院大学で開催された。
レーシングハイブリッドやル・マン24時間用エンジンなど、最新技術に関する講演があった一方で、「これからのエンジンはどうあるべきか」をテーマにトヨタ、ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(以下、ニスモ)、ホンダの現役エンジニアが壇上に上がり、議論を繰り広げた。
その一部が冒頭の発言である。
彼らは何に対して危機感を抱いているのだろうか。どの分野で遅れており、何をやらなければならないと考えているのか。
「勝負に勝つためだけのエンジン開発」に限界が
答えは過給ダウンサイジングだ。
吸気を圧縮してシリンダーに送り込むターボチャージャーの効果を利用し、小さな排気量で大きな排気量の自然吸気(すなわちターボ非装着)エンジンと同等の出力(仕事量)を発生。しかも、低回転域では同等以上のトルク(瞬発力)を発生し、心地良い走りを実現しながら燃費を低減させる技術である。
「実はウチのカミさんがヨーロッパの某過給ダウンサイジング車に乗っているんですが、本当に良いんです。エコというと我慢するというイメージがありますが、我慢するエコではなく、気持ち良く走ってエコ。贅沢な要求ですが、ヨーロッパはそれに応える技術を持っている」
量産とモータースポーツという違いこそあれ、同じエンジンを開発するエンジニアとして、ヨーロッパで取り組んでいることと日本でやっていることの差はあまりにも大きく、ショックだったのだ。
「日本のエンジン技術者は、すごく元気のない状況に置かれていると感じています。日本ではハイブリッドやEV(電気自動車)が出てきて、『ガソリンエンジンなんかもう終わりだよね』みたいな雰囲気がある。正直、われわれの社内にもある。
そういう風潮の中で、(量産ガソリンエンジンの最高回転数が6000~7000回転/分のところ)レーシングエンジンが2万回転回しても『ふーん、それで?』という状況。このまま行くと、われわれは何のためにレースをやっているのか分からなくなる」
レーシングエンジンの開発に携わっているエンジニアは、勝負の世界に身を置くことによって緊張感と同時に充実感を味わい、それなりに満足する日々を送っていた。
だが、客観的に観察してみると、それは「勝負に勝つ」ことが目的の自己満足に過ぎなかった。ヨーロッパ発の過給ダウンサイジングに触れることで、量産エンジンとかけ離れた技術に取り組んでいたことに気付いたのである。
新フォーマット『NRE』に込められた思い
「モータースポーツはドライバーが中心の競技ですが、技術も大きな楽しみとして見せていく工夫をもっとしなければいけない。世の中、環境問題が叫ばれて、いかに燃料を使わないようにするかという開発をしているのだから、モータースポーツもその方向に進むべき。この考えで、3社の意見がまとまりました」
トヨタ、日産/ニスモ、ホンダの3社は協力し、2014年から投入するレーシングエンジンの共通フォーマットを策定した。現在は、市販車のイメージを残したSUPER GTと、F1のようにタイヤがむき出しになった車両で争うスーパーフォーミュラともに、排気量3.4LのV型8気筒自然吸気エンジンを使用する。
2014年からはこれを、排気量2Lの直列4気筒直噴ターボエンジンに置き換えるという。日本を代表するレーシングエンジンとの思いを込め、『NRE(ニッポン・レース・エンジン)』と名付けた。
「現行の3.4L・V8も高い熱効率を達成していますが、この先、グローバルな展開ができるレーシングエンジンはどういう方向かと議論しました。NREという名前を付けたのは、日本を元気にしたいという思いとともに、日本発のフォーマットで世界を変えていこうという旗印にしたかったからです。この旗を見て、自分も元気になりたいし、若い人も元気にしたい」
過給ダウンサイジングのフォーマットで熱効率を高める開発に取り組むなら、勝った負けたの競争は自己満足に終わらず、量産エンジンの開発にも活きることになる。そこに、新しいフォーマットの意義がある。
NREは3社が独自に開発するが、効率やコストを無視し、「勝つ」ことだけを目的化しないようにするため、「燃料リストリクター」と呼ぶ燃料流量制限装置を設けるのが特徴。燃費のいいエンジンがレースに勝つようにするのが狙いだ。
「勝てる技術=量産に活きる技術ということになれば、エンジン技術者が胸を張ってサーキットを歩けるようになる。NREに投入された技術が量産エンジンで使われれば、そのエンジニアは自分の仕事に対してプライドが持てるようになる。レーシングエンジンの開発に携わる若いエンジニアに、『世界に役立つ仕事をしているんだ』と感じてもらえるようにしたい」
エンジンが100%EVに置き換わるのは相当先のことだろう。モーターとインバーター、電池を組み合わせたハイブリッドシステムを搭載して熱効率を高める動きは加速するだろうが、やはりエンジンはなくならない。少なくとも数十年単位で。
そう考えた時に、モータースポーツはどんな貢献ができるのか。エンジンの開発に携わるトヨタ、日産/ニスモ、ホンダのエンジニアは会社の利害という枠を超え、自分たちの存在意義を再確認し、再定義した。
モータースポーツを支えてきた熟練のエンジニアだけでなく、モータースポーツの次世代を担う若いエンジニアが胸を張って仕事ができるように。
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
ブログ:『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
Twitter:@serakota
著書:『F1 テクノロジー考』(三栄書房)、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』(三栄書房)など
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