ユーザー満足度を劇的に変える開発とは~1年でNPSスコアを30も改善した『ハピタス』に学ぶ
Webサービスの成長を図る指標はさまざまあるが、近年、このNPS(ネットプロモータースコア)を経営指標として重要視する企業が欧米を中心に増えている。
NPSとは、自分が利用したサービスや商品を家族や友人に勧めるかどうかを調査し、0から10までの11段階で評価してもらうことで得られるマーケティング指標のことだ。
具体的には0から6までの回答者を「批判者」、7から8までを「中立者」、そして9から10までを「推奨者」と定義。サービス提供主は、推奨者から批判者の割合を引いて、顧客が自社ブランドにどんな印象を持っているのかを知るのに役立てる。
アメリカン・エキスプレスやApple、Facebookなど、日本でもおなじみの大企業がNPSを自社の評価指標に導入しているが、売上や利益率と同じ程度まで重視している企業はそれほど多くない。特に100名以下のベンチャー企業ともなればなおさらだ。
だが、この日本にもNPS を事業のミッションに掲げることで、わずか1年でNPSスコアを約30も改善させた企業がある。140万人以上の利用者を抱えるポイントサイト『ハピタス』(旧サイト名『ドル箱』)を運営するオズビジョンだ。
同社の代表取締役社長を務める鈴木良氏は、事業ミッションに
《NPS国内最高水準のWebサービスを提供すべく、顧客中心で業界を再定義し、市場を創造する》
を掲げている。その発端は、「2007年から運営していた『ドル箱』のリニューアルだった」という。
『ドル箱』は2011年10月時点でユーザー数が100万人を超えるポイントサイトに成長していたが、さらなる進化を見据え、2012年末にサイト名の変更を伴う大リニューアルを敢行。合わせて、サービスのKGI(重要目標達成指標)を売上から粗利とNPSへと設定し直した。
その背景には、経営方針の変更と、開発チームの切実な思いがあった。
利益重視から顧客重視に転換させた、社員のある一言
「以前、古くから在籍する社員に、“自分が携わっているサービスが『ドル箱』という名前だなんて親に話せない”と言われたことが、ずっと心に引っかかっていました」
鈴木氏はリニューアル前を振り返ってそう語る。当時はポイントサイト=ユーザーの小遣い稼ぎサイトと定義し、あえてギャンブルを連想させる『ドル箱』というネーミングをつけたという。
広告主からの出稿売上もそこそこで、軌道には乗っていたが、ある日から成長への限界を感じるようになっていた。主な要因は2つ。上記したように社員のサービスへの思い入れが希薄になりがちという問題と、システム面での問題だった。
「親に教えられないようなサイトは親しい人には勧められないはずだし、親しい人にも勧められないものをユーザーに提供しているとしたら、やはり社員のモチベーションは上がらないだろうと。そんな問題意識を持ち始めた折、その少し前から採用していた『理念経営』に立ち戻って考えるべきだと判断したのです」
オズビジョンは、2009年~2010年の間に理念経営で有名なザッポスやパタゴニアなどの職場を見学にアメリカへ赴き、自社の経営理念を再構築していた。
そこで、事業のあり方から「理念重視」、「顧客重視」にするべく、『ドル箱』リニューアル構想が持ち上がる。NPSスコアの改善をKGIにするという方針転換も、この後に決めた。
そのリニューアルについて、開発・運営チームのエンジニアである横地秀氏と村上勇輝氏は、別の視点で必要性を感じていた。
「『ドル箱』は利益を上げることが最優先で、キャンペーンなどを重ねるごとにアプリケーションを増やしていたので、会員数が増えてすぐサーバが落ちるようになったり、一部ポイントがうまく換算されないなどの問題が頻発していました。何とかしようと思っても、協力会社を交えての開発でソースはスパゲッティコードの状態。なかなか手が出せない状態だったんです」(横地氏)
日常業務のほとんどがトラブル対応で、エンジニアとして「前向きなトライをする余裕がなかった」と村上氏も続ける。
ユーザー満足度を高め、サイトを「他人にも勧めたい」と思ってもらうには、システムを土台から刷新しなければ――。『ドル箱』リニューアルの前、社内では「目の前にクライアントがいるのに、なぜサイトコンセプトをゼロから変更するのか?」といった声も上がっていたそうだが、開発陣は不具合をなくす好機ととらえていた。
“社内外注”的な立場だった開発チームを変えるには
『ドル箱』から『ハピタス』へのサイトリニューアルにかけた期間は約1年。
うち半年近くはコンセプトの見直しなどに費やし、リニューアル後のサイト名は「ハッピーをプラスする」という意味を込めて『ハピタス』にすること、コンセプトも「小遣い稼ぎサイト」から「ポイントによる購買支援サイト」に改めることが決まった。
それでも、「社員全員が同じ方向で進み始めたのは最後の1カ月間だった」と鈴木氏は言う。理念を具体に落とし込むのは、それだけ大変ということだろう。
「リニューアル概要が決まったとは言え、営業を考えればギリギリまで『ドル箱』の運営もやらなければなりませんし、日々のトラブルを解消し続ける必要もありました。わたし自身、本格的にリニューアルにかかわるようになったのはプロジェクトの後半からでしたが、しばらくの間、社内の立場や役割によってリニューアルに対する温度差があったのも確かです」(村上氏)
そうした懸念をよそに、リニューアルプロジェクトは走り出す。最大の求心力となったのは、KGIに設定したNPSだった。
「今振り返ると、それまでなかなかリニューアルを実現できなかったのは、KGIが営業利益だったから。わたしの中にも、『多少不具合や障害があっても、ユーザー数も売上も伸びているからイイじゃないか』という甘えがどこかにありました」(鈴木氏)
しかし、経営の最優先指標を売上からNPSにしたことで、顧客満足度を高めることが社員同士の共通認識になった。おかげで、営業も開発も同じ方向を見て仕事ができるようになったと横地氏は明かす。
「以前は広告出稿主のご意向ありきで開発を進めていたので、僕らエンジニアはいわば営業チームの“社内外注”的な立場でした。しかし、ユーザーアンケートを取ると、システムの不安定さがNPSを確実に下げる要因であることがはっきりした。だから、開発陣から『多少時間がかかってもテストフローをきちんと導入しよう』などと提案できるようになったんです」(横地氏)
エンジニアによる“NPS Hack”で、業界の前例をくつがえす
横地氏と村上氏に「NPSスコアの向上を意識することで、開発の何が変わったのか」を聞くと、
■内製で機能追加が行えるようなベースの整備
■バックエンドの分散処理の強化
■CI(継続的インテグレーション)を前提にしたテストフローの導入
などと、驚くような変更点は一つもない。
だが、これらをリニューアル以降も徹底して行うことによって、冒頭で説明したようにNPSスコアは約30ポイントも改善した。
「『ハピタス』へのリニューアルから半年で、NPSスコアが急激に上がった瞬間があったのですが、その時、社員の意識が『そもそもポイントサイトというジャンルはユーザー満足度が低いのが当たり前』というものから、『頑張ればプラスに転じることも可能だ』に変わった。それが一番の収穫でした」(鈴木氏)
そして、開発チームから見て最も大きな変化は、「エンジニア主導でサービスを改善できる環境になった」(横地氏)ことだ。
「現在は協力会社への外注から内製に移行しましたが、まだ完全には”社内外注”的なスタイルから脱却できていません。企画から実装、分析、改善のサイクルをエンジニアが率先して回せるようになることで、改善のスピードを上げていきたいと思っています」(村上氏)
「今後は、開発内容の属人化を払しょくするため、システムのモジュール化やプラットフォーム化、APIによるオープン化も進めていきたいと考えています。そのために、自分たちの技術力の強化が欠かせません。経験と人材を充実させて、オズビジョンをエンジニア中心の会社にしていきたいですね」(横地氏)
現在は道半ばとはいえ、同社の取り組みは一般にNPSが低いとされるポイントサイトであっても顧客満足度を劇的に改善できることを証明した。
今後、NPSスコアを高めることによって、どこまで成長を持続できるか。彼らの戦いはまだ始まったばかりだ。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太
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