2005年度下期IPA「天才プログラマー」認定、第24回独創性を拓く先端技術大賞 学生部門文部科学大臣賞(部門最優秀賞)など華々しい経歴を持ち、三児の母でもある五十嵐悠紀の連載です
ベビーカーを押して出勤するイクメン研究者が目指す「育休の一般化」【連載:五十嵐悠紀/平井重行対談】
五十嵐 悠紀
計算機科学者、サイエンスライター。2004年度下期、2005年度下期とIPA未踏ソフトに採択された、『天才プログラマー/スーパークリエータ』。日本学術振興会特別研究員(筑波大学)を経て、明治大学総合数理学部の講師として、CG/UIの研究・開発に従事する。プライベートでは三児の母でもある
この連載でも何度か取り上げさせていただいた「育児と仕事との両立ネタ」。同業者に育児休暇を男性ながら半年も取得したイクメン研究者さんがいらっしゃるので、今回お話を聞いてみることにしました。
お話を伺ったのは、京都産業大学の平井重行准教授です。平井先生はヒューマンコンピュータインタラクションやユビキタスコンピューティング、音楽情報処理といった分野の研究者でいらっしゃいます。小学校1年生と3歳の二人のお子さんのお父さんです。
研究をバリバリとこなすかたわら、育児も頑張っていらっしゃる研究者は多いのですが、男性で育児休暇を取得されたというのはかなりレアなケース。平井先生がなぜ男性でありながら育児休暇を取得されたのか、その苦労と思いを伺ってみました。
根回しで作る育休への追い風
――どういう経緯で育児休暇を取られたんですか?
もともと育児休暇を取ろうという計画を最初からしていたわけではありませんでした。妻の妊娠を知った時にちょうどこれは取れるんじゃないのか? というのが思い浮かびました。
妻が産休・育休を取って半年ほど休んで、その後の半年間、自分が育児休暇を取得すれば、子どもがちょうど1歳過ぎとなる翌4月に保育園に入園するスケジュールが組めるな、と気付いたんです。
―― なるほど。保育園の1歳児クラスに4月入園するちょうどいいタイミングだったんですね。
子どもを保育園に入れるタイミングに加えて、育休を取った次の年から新しい学部に異動することが決まっていたので、自由がきく最後のタイミングでした。大学なので前期後期という半期ごとのサイクルに子どもの出産時期、育児休暇が取りたい時期がぴったりハマったのもタイミングがよかったですね。
また、妻も研究者なので、わたしが育児休暇を取得することで彼女も早く復帰できるだろうと。
―― 「育児休暇を取ってみよう」と思ってから、実際に取得するまでにはいろいろ大変だったこともあると思うのですが。
大学の教員なので、授業をいくつか持っており、それぞれの科目をどうするか、そのときだけ別の人にやってもらうか、前期後期で入れ替えてしまうか、など科目によって事情が違います。学科、学部で割と育休推奨派の人たちをうまく巻き込んで、そういった人たちに少しずつ相談をしつつ、前向きに進めてもいいよ、という空気を作っていきました。
女性では職員さんや教員の方でも育児休暇取得の例はありましたが、男性で取得したのは後にも先にもわたしだけですね。
―― ほかの男性の方が育休を取らない理由はどこにあると思われますか?
大学の教員だから育児休暇を取らない、というのではなく、普通にサラリーマンが仕事をしているのと同じような感覚ではないかと思います。なかなか仕事に穴があけられないとか。
わたしは大学に移る前は普通の企業に勤めるエンジニアでした。その当時、プロジェクトごとの切れ目のタイミングが大学のように完全にスケジュールが明確ではなかったので、育児休暇を取得するとしたらかなり難しかっただろうな、という気がします。
大学の教員ならではのスケジュールの見えやすさはすごく大きいですね。
育休取得を学生に見せるという「教育」
―― 育児休暇の間は、まったくお仕事なしですか?
ゼロというわけではないですね。わたしが研究室で受け持っている学生はいるので。たまに大学に行くときにはベビーカーで行ったりもしました。
今の時代、インターネットがあるので、自分自身が勉強したり、情報をキャッチアップしたりしていく、というのは自宅でもしやすいですね。論文検索もいくらでもできます。
―― えっ!ベビーカーで出勤ですか!? 周囲の方の反応はどうでしたか?
学生たちは驚いていましたよ。ただ、わたしとしてもわざわざベビーカーを押して通勤したのは目的があって。
―― 目的ですか?
ええ、育児休暇を取得しようと思った時に考えていたわけではないのですが、男性が育児休業を取るというのはまだまだ数が少ないですよね。ただ、これからの社会は育児休暇を男性が取得するケースを増やさないと社会が成り立っていかない。
わたしがレアなケースとして育児休暇を取得することで、まだ結婚前の学生に対して、男でも子どもの面倒を見るんだ、こういうのがこれからの社会だよ、というのを教育的に見せるのは、男女どちらの学生に対しても良いことだと思うんですよね。
―― わたしも連載で過去に書いたことがあるのですが、女子大時代の先輩方の影響は強かったので、おそらく平井先生の学生さんにとっても身近な男性の先生が育児休暇を取得したという事実は良い意味で意識付けになっているでしょうね。
教え子たちが将来就職して仕事をしていく上で、男女の分け隔てを考えずに、“育児休暇は取りやすい方が取る”というような考えになるとうれしいです。もちろん、育てるということに関しては母親の方が都合の良いこともたくさんあるので、完全に半々というわけにはいかないかもしれません。それでも“男性が取るべきだ”というときには取った方が良いと思います。
むしろ、“取るものだ”ということを例として見せたかったです。その数が徐々に増えていくかな~と思っていたら、なかなか増えないんですけどね(苦笑)。
―― まだまだ障壁もありますが、それこそ平井先生の学生さん世代が就職し、将来、会社のお偉いさんになって取りやすい環境を整えてあげるとか、世の中が変わっていくかもしれません。前例があるだけで、取りやすいですし、「育児休暇取らないの?」と聞かれることで、育児休暇について考えるきっかけになるかもしれません。
育休取得への“慣れ”で文化を変える
―― 文京区長の成澤廣修さんも、文京区の男性職員の育児休暇取得率が低く、自分で前例を作るため2週間の育児休暇を取得し、全国的に注目を集めました。それに続き、ほかの市町村の首長も育児休暇を取得する、という好例にもつながっていますよね。
短期であってもまずは「育児休暇を取る」というのを見せることが大事だと思います。
1週間でも、1か月でも、短期で育休を取る人が増え、育児休暇取得への抵抗がなくなってきたら徐々にその期間は伸びていくはずです。
わたし自身も半年間という期間でしたが、前例を作ることで世の中から育児休暇を取ることへの抵抗をなくせればいいなと思っています。
このように男性である自分が育児休暇を取得することで、世の中をどう変えていけるかを考えていらっしゃる平井先生。次回の連載記事では、平井先生の“研究者としての子育て”に注目してお届けします。
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