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髪の毛で音を感じる装置『Ontenna』開発者が語る”次世代的発想力”/富士通・本多達也氏

働き方

    これからの社会のあり方として「ダイバーシティー(多様性)」がキーワードになる中、注目を集めるデバイスがある。その名は『Ontenna(オンテナ)』。「まるで猫のヒゲが空気の流れを感じるように、髪の毛で音を感じることのできる装置」をコンセプトに開発された装置で、これをヘアピンのように髪に付けると、聴覚に障がいを持つ人でもさまざまな音を振動によって感じることができる。

    Ontenna

    Ontenna

    開発したのは、富士通マーケティング戦略本部の本多達也氏。大学在学中からOntennaの研究開発をスタートし、「このプロジェクトは僕の生き方そのもの」と語る。彼のこれまでの歩みと、Ontenna開発に懸けた情熱を紹介しよう。

    富士通株式会社 マーケティング戦略本部 ビジネス開発統括部 ベンチャー協業推進部  Ontennaプロジェクトリーダー・UIデザイナー 本多達也氏

    富士通株式会社 マーケティング戦略本部 ビジネス開発統括部 ベンチャー協業推進部
    Ontennaプロジェクトリーダー・UIデザイナー
    本多達也氏

    1990年生まれ。大学時代に手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。「人間の体や感覚の拡張」をテーマに、ろう者と協働で新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度『未踏スーパークリエータ』、16年度グッドデザイン賞特別賞を授賞した。Forbes 30 Under 30 Asia 2017選出。2016年より現職

    試行錯誤の末に閃いた「髪の毛って新しいUIに使えるかも……?」

    現在27歳 の本多達也氏が『Ontenna』を開発することになったきっかけは、大学1年の時にさかのぼる。

    「大学の文化祭で道案内をした年配のろう者の男性と仲良くなり、温泉友達になったんです。週に1回は一緒に温泉に行くっていう(笑)。その方は全く耳が聞こえず、手話を第一言語にしていたので、僕も手話の勉強を始めました。それからは、手話通訳のボランティアをしたり、手話サークルやNPOを立ち上げたりして、ろう者の方たちとさまざまな活動をしてきました」

    聴覚障がい者と交流する中で知ったのが、音が聞こえない不便さだ。電話やアラームが鳴っても聞くことができないし、掃除機をかけていてコンセントが抜けてしまっても、そのことに気付かなかったりする。それを知った本多氏は、「自分が大学で勉強している情報システムやデザインの技術を使って、聴覚障がい者に音を伝えられないか」と考え、卒業研究としてそのテーマに取り組むことに。これがOntenna開発のスタートであり、試行錯誤の始まりでもあった。

    さまざまな種類のプロトタイプを作成。試行錯誤の末たどり着いたのが今のカタチだ

    さまざまな種類のプロトタイプを作成。試行錯誤の末たどり着いたのが今のカタチだ

    「今までに、ろう者の方たちと一緒にたくさんのプロトタイプを作ってきました。最初は、音の大きさを光の強さで表すデバイスを試作したのですが、ろう者は視覚情報に頼って生活しているので、そこに光が加わると情報過多となり負担が大きすぎると分かりました。そこで、腕などの皮膚に直接付けて触覚で音をフィードバックするタイプも作ってみましたが、『気持ち悪い』『蒸れる』と言われてしまって。かといって、服に付けると今度は振動が伝わらない」

    さまざまな種類のプロトタイプを作成。試行錯誤の末たどり着いたのが今のカタチだ

    「悩んだ末にひらめいたのが、『髪の毛に付けたらいいんじゃないか』というアイデアでした。風が吹くと髪の毛がサーッとなびいて、どこから吹いてきたか方向が分かりますよね。それで髪の毛は意外と敏感で振動を知覚しやすいことに気付いて、新しいユーザーインターフェースとして使えるんじゃないかと思ったんです」

    Ontennaが音の強弱 をキャッチして、振動で伝えてくれる。編集部も実際に体験させてもらった

    Ontennaが音の強弱 をキャッチして、振動で伝えてくれる。編集部も実際に体験させてもらった

    「大企業から新しいものを世に送り出すロールモデルになりたい」

    こうして、ヘアピンのように髪の毛に付けるという現在のOntennaの原型が生み出された。さらに修士課程2年目の時、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がIT人材の発掘を目的として主宰する『未踏プロジェクト」で“スーパークリエータ”に認定され、Ontenna開発プロジェクトに予算が付いたことで、プロトタイプの品質やデザインはさらにブラッシュアップされていった。だが修士課程を終了すると、本多氏はいったん大手電気機器メーカーに就職した。

    「実は就職活動の時期が早くて、大学院1年の後半にはメーカーから内定をもらっていたんです。未踏プロジェクトで認定を受けたのは、その後でした。メディアなどにも取り上げてもらい、Ontennaについて問い合わせを受けることも増えたのですが、すでに就職は決まっていたので、そのままメーカーに入ってプリンターのデザインやユーザーインターフェースの開発に携わることになりました。ただ、就職後も色んな人からOntennaについて『どこで買えるんですか?』『応援しているので、早く製品化してください』といった質問やメッセージをたくさんいただいて。それで『何で僕はプリンターをデザインしているんだろう?』と悶々とするようになって……」

    そんな時、チャンスが訪れる。『未踏プロジェクト』で知り合ったIPAの理事が、富士通の役員を紹介してくれたのだ。もともと富士通は発話内容をリアルタイムに文字へ変換することで、耳が不自由な人のコミュニケーションをサポートするツールを開発しているなど、障がい者への理解が進んでいる企業。役員の前で本多氏がOntennaについてプレゼンをしたところ、その場ですぐ「うちに来なさい」と言ってくれたという。

    Ontennaが音の強弱 をキャッチして、振動で伝えてくれる。編集部も実際に体験させてもらった

    「それで前職のメーカーには申し訳ないのですが、入社8カ月で辞めて、2016年に富士通に入社しました。自分で起業する選択肢もありましたし、実際にベンチャーキャピタルから出資のお話もいただきましたが、大企業ならもの作りのノウハウがあるし、人材も設備もそろっている。だから、大企業から新しいものを世に送り出すロールモデルになればという思いで、富士通への入社を決めました」

    現在はリーダーとしてOntennaプロジェクトを率いる本多氏。エンジニアやデザイナー、マーケティング部隊などを含め、常時20名ほどがこのプロジェクトに関わっている。直近では全国のろう学校やろう団体に長期間Ontennaを貸し出すという大規模な実証実験を行い、「そのフィードバックを生かして、次のタイミングでいよいよ量産化に向けて動き出したい」と意気込む。

    ただ、そのためには超えなければいけない大きな課題がある。それが「ビジネス化」だ。

    「もしOntennaの販売先がろう学校だけだったら、全国にある幼少部から高等部まで合わせても約1万1000人のユーザーしかいない。それだけ市場が小さいと、ビジネスとして成り立ちません。ですから、どのように市場を広げ、事業としてマネタイズするか、さらにはユーザーに届ける仕組みをどうやって作り上げるかといった、ビジネス化のためのデザインが今の僕には求められています。もともと僕の専門分野は研究開発で、ビジネスについては初心者ですから、確かに大変なこともあります。でも、研究だけに集中していた時も、それはそれで『せっかく作ったものが、世の中の人たちに届くことなく研究室の中だけで終わってしまう』というフラストレーションが溜まったりするんですよ。だから、今研究に取り組んでいる後輩たちのためにも、自分の研究をビジネス化する道を拓きたいと思って必死に頑張っています」

    「障がい者を助けたい」じゃない。「一緒に楽しみたい」だけ

    そう言いながらも、ニコニコと穏やかな笑顔を絶やさない本多氏からは、今の仕事を楽しんでいる様子が伝わってくる。

    Ontennaが音の強弱 をキャッチして、振動で伝えてくれる。編集部も実際に体験させてもらった

    「実際、楽しいんですよ。僕がこのプロジェクトをやっていて一番うれしいのは、ユーザーにOntennaを使ってもらった瞬間なんです。普段は声を出すことが少ないろう学校の生徒が、Ontennaに向かって積極的に声を出して、『わ〜、面白い!』なんて言い合いながら楽しんでいる様子を見た時とか。それが僕を突き動かす最も大きな原動力になっています。それにこのプロジェクトは、『私たちは聴覚障がい者を助けたいです!』みたいな構えたものでは全然なくて、『スペシャルな能力を持つ人たちと一緒になって、僕らも楽しみたい』という思いの方が強いですね」

    確かに本多氏の言葉からは「社会貢献がしたい」「世の中をより良くしたい」といった、きれいごとの理想を振りかざすような雰囲気はみじんも感じられない。そもそも大学1年の時にたまたま出会った聴覚障がい者とすぐに仲良くなってしまったというエピソードが、本多氏のフラットな価値観を象徴している。

    「確かに僕たちの世代は、ダイバーシティーを受け入れる能力が高いのかもしれません。初めてろう者の方に出会った時に感じたのも、『ほんとに手話を使っている人がいるんだ!』という驚きというか感動みたいなものでした。初めて欧米人を見た時に、『すげえ背が高い!』とか『彫りが深くてイケメン!』と思うのと同じ感覚というか(笑)。障がい者だから身構えるとか、そういうのは全然なかったです。だって僕、一時期はその温泉友達の家に居候させてもらっていたくらいですから。今も年末年始は毎年その家に帰省するんで、勝手に実家だと思ってます(笑)」

    Ontennaが音の強弱 をキャッチして、振動で伝えてくれる。編集部も実際に体験させてもらった

    子ども時代から「知らない世界を見たい」という気持ちが強かったという本多氏。たとえ他人と自分で違う部分があっても、それを違和感として敬遠するのではなく、純粋な好奇心の対象として捉え、相手をもっと知りたいと自ら歩み寄っていく。この“軽やかに壁を越えていく”感覚が、次世代の開発者の強みなのかもしれない。

    「僕はこれからもずっと『面白い人たちと一緒に、面白いものを作っていく』人生を送りたいと思っています。例えば国際的なスポーツイベントなどで、 卓球の会場で選手がボールを打つ音とOntennaをリンクさせたり、パブリックビューイングの会場でOntennaを付けて、会場にいなくても地響きのような歓声を振動で感じられたりすれば、健聴者もより一層スポーツの臨場感を感じられると思うんです。そんなふうに、障がいがある人もない人も皆が一緒になって楽しめる体験をたくさん作っていきたい。それが今、僕が思い描く“未来”です」

    取材・文/塚田有香 撮影/竹井俊晴

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