「エンジニア対ビジネスサイド」なぜ話しが噛み合わない?―ピッチ界のトップアスリートEmpath 山崎はずむさんに聞く“伝わる”会話の極意
「良いアイデアがあるのに、エンジニア以外の人に伝わらない……」
「自分が作ったプロダクトの良さをうまく説明できない……」
開発エンジニアの中には、バックグラウンドの異なるビジネスサイドとのコミュニケーションに難しさを感じている人も多いのではないだろうか。では、どうすれば、“技術のことがよく分からない相手”にも、自分のアイデアやプロダクトの素晴らしさを上手く伝えられるのか。
そんなエンジニアの悩みを解消するべく、2018年5月にピッチコンテスト『ICTスプリング』で優勝、数々のピッチでも連戦連勝を果たす、EmpathのCSO(最高戦略責任者)山崎はずむ氏を訪ねた。
たった3分程度という短い時間で人の心を動かすプレゼンの中には、きっと、普段の仕事にも生かせるコミュニケーションのヒントがあるはずだ。
技術の話なんて10秒でいい。
とにかく、相手が聞きたい話をする
『Alexa』や『Google アシスタント』『Siri』などに代表されるように、音声アシスタント機能は、ここ数年で一気に我々の生活に浸透。山崎氏がCSOを務めるEmpathは、音声による感情解析システムを開発するスタートアップ企業として注目を集めている。
既に、世界50カ国1,000社以上が使用しているという音声感情解析技術『Empath』。人が話す速さや抑揚などをAIに解析させることにより、リアルタイムで「喜怒哀楽」の4つの感情と元気度を判断する。また、話者が話した内容ではなく、声の特徴を解析するため、言語に依存しないのが特徴。メンタルヘルスケアの領域からスタートし、ロボティクス、自動車、コールセンター、HRテックなど、広域な分野で活用が進んでいる。
17年から計5カ国で開催されたピッチで次々に勝利を重ねてきた同社。なぜ、日本企業が苦戦すると言われている海外のピッチでも優勝を果たすことができるのか。山崎氏に聞いてみると、そこにはある「型」があるという。
「短時間一本勝負のピッチで勝つための『型』は教科書的に決まっていて、僕たちはそれに忠実に従ってプレゼンテーションをしています。その型とは、『ソーシャルインパクトを最大限に語り、技術的な話は必要最小限に抑えること』。僕たちは話の冒頭で、市場の成長性はどうか、社会的にどんな課題があって、それをどう解決するのか、という話に時間の半分以上を割きます。感覚的には、冒頭の90秒あたりで決着がつくような気がしていますね」
では、具体的にどんな内容を話しているのだろうか。プレゼンの流れを簡単に説明してくれた。
「僕たちはまず、『Empath』が狙う、AIスピーカーのような音声インターフェイス市場が成長性のある市場であることを主張します。要は、マーケットサイズがどのくらいあるかを示すんですね。具体的には、2020年代半ばに世界で約13兆円以上に膨らむという予測を紹介する。続いて、社会的な課題を提示し、AIスピーカーは普及してきたが、話した音声を解析してビジネスに生かす仕組みは、まだまだ伸び代があることを示します。とくに音声ショッピングという新しい市場がどのような展開になるのか、そこでなぜ感情解析が重要になるのかを丁寧に説明します。ここまでで、1分半ぐらいが経過。このあたりで、『Empathの音声感情解析技術を導入したコールセンターは成約率が2割高まった』という形で、自社の技術がその課題をどう解決できるかを話します」
技術者の場合、こうしたプレゼンの場ではどうしても、こだわりを込めた技術がいかにすごいかを話したくなってしまう。しかし、それをストレートに伝えるのは「イケてない」と山崎氏は一刀両断する。
「今まで、多くのピッチを見てきましたが、限られた時間の中で、自社製品や技術の話ばかりをする企業は少なくありません。でも、聴衆であるVC(ベンチャーキャピタル)は必ずしも技術のすごさが聞きたいわけではないんです」
VCにとって大事なのは、「ソーシャルインパクトの大きさ」「マネタイズできるのか」「どういったビジネスモデルなのか」。そうした聴衆の求める話を、如何に明瞭に語るかが重要であり、解決すべき社会課題を提示しないままテクノロジーの凄さをいくら熱く語っても、「上滑りしてしまうだけ」と山崎氏。
「3分しかないピッチでは技術の話なんて10秒でいい。時間があるなら、成功例や採用実績、収益モデルや競業製品との比較などの話をし、最後にはチーム体制の説明をします。ここは、案外ないがしろにされがちですが、これまでプレゼンしてきた話が決して空想などではなく実現可能であることを示すためにも、チームの説明が意外と重要なんです」
「絵に描いた餅」だけでは、人は動かない。描いたビジョンを実現するチームがあることを説明し、納得してもらうところまでを設計することが、プレゼンの秘訣だと教えてくれた。
「どうせ伝わらない」諦めるその前に。
コミュニケーションの基本に立ち返ってみる
そんなEmpathは、社員の8割がエンジニアという環境だ。「自分は開発の知識に精通していない」と謙遜する山崎氏だが、エンジニアとのコミュニケーションでは次の2点を心掛けているという。
●お互いに専門用語をできる限り排除して話すこと
●相手の人柄や置かれている状況をよく理解すること
一つ目については、ついやってしまいがちなエンジニアも多いかもしれない。
「当社のエンジニアには、技術的に『何が課題で、何が必要なのか』というのを、『素人でも概要がつかめるレベル』まで噛み砕いて説明するように意識してもらっています。もちろん逆も然りで、異なるバックグラウンドから来た人が集まって話をするときは、前提の知識を捨てて、いかに分かりやすく伝えるかというのが重要です」
二つ目は、「相手の人柄や置かれている状況をよく理解すること」。リモートワークなどが進む現代だからこそ、顔と顔をつきあわせる機会を意識的に設ける重要性も増しているのではないかと山崎氏は話す。
「エンジニアチームとビジネスサイドのコミュニケーションがスムーズに行かないのは、『前提知識』や『共通言語』の認識の違いが主な原因だと思っています。さらに、非技術者の中でも、テクノロジーに関する知識レベルも違えば、社内でのポジション等によって興味関心を持っている分野も一人一人違ってくる。すると、『この人にはこんな伝え方をするのが適切だ』という答えも一人一人変わってくるんですよね。何か伝えたいことやプレゼンしたいことがあるなら、聞き手のことをよく理解した上で、言葉を選ぶ必要があると思うんです」
今後は、多様なバックグランドを持つメンバーと、チーム一体となって良いアイデアを生み出していくことが不可欠な時代。当然のことのように思えるかもしれないが、仕事上の意思疎通を円滑に進めるコツは、「相手の立場に立って話す」ということだ。「どうせ伝わらない」と口を閉ざしてしまう前に、今一度、日頃のコミュニケーション方法を見直してみてはいかがだろうか。
取材・文/青野祐治 撮影/栗原千明(編集部)
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