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愛犬の気持ちが分かる「イヌパシー」開発秘話―アニマルテックで広がる非言語コミュニケーションの可能性【ラングレスCTO 山口譲二さん】

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    ライター
    中村英里

    Webディレクター、プログラミングスクール広報を経て、フリーランスのライターへ。エンジニアtype、Woman type、新R25などで記事執筆中

    はじめまして。ライター中村です!

    この記事では、今注目のスタートアップ企業を訪問し、「好奇心」や「夢」を原動力にものづくりに取り組むエンジニアの皆さんにお話を伺っていきます。

    世間の常識、リスク……そんなものは二の次にして、「実現したい未来」に向かって奮闘する彼らの姿から、エンジニアの仕事の醍醐味を伝えていければと思います。

    今回は愛犬の心を読み解くデバイス『INUPATHY』(以下、イヌパシー)を開発された、株式会社ラングレスのCTO 山口譲二さんに取材をさせていただきました。

    株式会社ラングレス CTO  山口譲二さん

    株式会社ラングレス
    CTO
    山口譲二さん

    信州大学理学部生物学科2000年卒業。信州大学大学院02年修了。02年に株式会社メタテクノ入社、SEとして画像処理や業務アプリケーション開発に携わる。2015年2月に株式会社イヌパシー設立し、18年7月に社名を株式会社ラングレスに変更。生体情報解析によって言葉以外の新しいコミュニケーション方法を生み出すことに挑戦する
    HP:http://inupathy.com/jp/
    クラウドファンディング:https://first-flight.sony.com/pj/inupathy

    イヌパシー開発秘話や、プロダクト開発の紆余曲折、山口さんが描く「実現したい未来」についてお話いただきました。

    「愛犬を叱りたくない」という思いから開発をスタート

    ――イヌパシーは、どんな特徴があるプロダクトなんでしょうか?

    サイズは、S, M, L, LLの展開。重さはわずか80gほど

    心拍の変動を解析することで愛犬の気持ちを読み解き、「リラックスしている」、「ストレスを感じている」などの感情を色で表現するデバイスです。

    ハーネス型になっていて、電源を入れて着せるだけで、背中部分にあるデバイスが心拍を計測し、感情の変化に応じてリアルタイムで色が変わります。

    ――作ろうと思ったきっかけは何だったんですか?

    12年ほど前に、コーギーの「あかね君」が、生後10カ月でうちにやって来ました。その時に彼のことを「叱りたくないな」と思ったのがきっかけです。

    『イヌパシー』をつけたあかねくん。背中につけた『イヌパシー』で、「リラックス(緑)」「興奮(オレンジ)」「ストレス(紫)」「興味津々(白)」「ハッピー(虹)」の5色で感情を伝える

    ――叱りたくない、というのは?

    12年前は、叱るしつけがスタンダードだったんです。犬のしつけ方、みたいな本を読むと、「悪いことをしたら、その場ですぐ叱るべし」って書いてあるんですよ。

    ペットを飼っている方ならよくお分かりいただけると思うんですが、わんちゃんや猫ちゃんが、トイレ以外の場所で粗相をしてしまうことって時々ありますよね。うちに来たばかりの頃のあかねもそうで、僕は「ちゃんとしつけなきゃ」と思って、厳しく叱っていました。その時あかねは、すごく申し訳なさそうな顔をしていて……。

    ――それは心苦しいですね。

    悲しそうな様子のあかねを見て、コミュニケーションのあり方として「叱ること」が正しいのだろうか? と考えるようになって。そこから、あかねの気持ちをもっと理解するにはどうすればいいか、真剣に考え始めました。

    独学でプロダクト開発をスタート
    喜ぶ飼い主の姿を見て、製品化へ踏み出す

    ――心拍の動きに注目したのは、どういった理由からですか?

    しつけに悩んで色々と調べている中で、ある本に「強い犬と一緒にいるときと比べて、飼い主といるときは落ち着いた心拍になる」と書いてあったのを読みました。そこから、心拍から感情を読み解くことができるかもしれない、と考えたんです。

    ――山口さんは学生時代は動物学を専攻されていたとのこと。就職してからはSEとして働かれていたということですが、これまでの経験から、イヌパシー開発に必要な知識はお持ちだったんでしょうか?

    いえ、まったくありませんでした。とりあえず、心拍数によってLEDの色が変わるようなものを作ってみよう、と思って、人間用の心拍計とArduino(アルディーノ)で試作してみました。最初の方は、お菓子が入っていた小さい箱にLEDを入れて、それを犬の胴体にくくりつけるというもので、実用的なつくりではありませんでした(笑)

    それで、ある程度形になったときに「あかね以外の子でも使えるかな?」と素朴な疑問が湧いてきて、ご近所さんが飼っているわんちゃんに、試しに付けさせてもらったんです。

    その子は元々、かなり劣悪な環境でブリーダーに飼われていて、保護されてその飼い主さんの元にやってきました。狭い檻の中でずっと口輪を付けられているような状態だったそうで、今もその跡が残ってしまっています。

    ――それはひどいですね……。

    その子にうちに来てもらって、デバイスを付けてもらいました。うちに来たのは初めてだったので、最初は「緊張」を示す赤いランプがついていたんですが、飼い主さんが手を添えた瞬間に、リラックス状態を示す青色にランプの色が変化したんです。

    ――飼い主さんに触れてもらえると、やっぱり安心するんですね。

    はい、この反応を見て、飼い主さんもすごく喜んでくれました。犬と人間の絆を可視化することで、こんなに喜んでくれる人がいる、というのを目の当たりにして、もっと多くの人に使ってもらえるように、製品として作ってみようかな、と考えました。

    『イヌパシー』をアプリと連携すれば、愛犬の適切な健康管理に役立てられる

    発明家の思考パターンにヒントを得て、答えを導き出す

    ――製品化にあたって、どんなところに苦労しましたか?

    前例がないことをやっていたので、さまざまな面で答えを導き出すのに苦労しましたね。犬の心拍の測定方法は調べれば分かりますが『毛皮の上から』『手軽に』という条件を満たす方法は誰も教えてくれません。

    毛皮の上から心拍をセンシングする時も、ふつうは毛を剃ったりジェルで濡らしたりする方法はあるんですが、それでは実用性が低いので、どんな方法を使うか、考える必要がありました。

    山口さんが開発した心音特化型マイクセンサー
    この発明により、動物の心拍測定はとても手軽な物となり、動物達の日常的な心拍をリアルな情報として知ることが可能になった。

    ――“前例のない”領域で答えを導き出す作業に、山口さんはどのように取り組んだのでしょうか?

    自分の得意なパターンに当てはめて考えるようにしていました。僕は幾何学が好きだったので、幾何学の応用で、図形のパターンに当てはめていました。

    ――得意なパターン、というのは?

    前に本か何かで読んだことがあるんですけど、発明家たちはそれぞれ、困った時は「このパターンに当てはめて考える」という領域を持っていたそうなんです。例えば、エジソンは筒と針、グラハムベルは糸と灰、というように。

    この7年間、何度も諦めかけた。
    それでも続けたのは「届けたい」思いがあったから

    ――イヌパシーを商品化するまでに、どのくらい時間がかかりましたか?

    7年くらいですね。

    ――7年!?

    犬に負担をかけたくないので、なるべく小さく・軽くしたかったし、対話している感じを出すために、解析速度も上げたいと思っていました。自分の中でハードルをどんどん高めていったら、いつの間にか7年もかかってしまいましたね。

    ――途中で諦めかけたことはなかったのでしょうか?

    開発自体は楽しかったので、作るのをやめたい、とは思わなかったですね。答えを導き出すプロセスが好きだったんです。ただ、会社として経営していく中で、お金やスケジュールの面でしんどいことは何回もありました。

    ――その時はどうやって乗り越えたんですか?

    一度すごく落ち込んだときがあって、その時は何もする気が起きなくて、3日間ずーっと寝込んでいたんです。で、寝るのにも飽きて、公園に行ってぼーっとしていたら、犬と散歩している人を見かけて。その時にふと、「そうだ、こういう人たちにイヌパシーを届けたかったんだ」という思いを再認識して、そこでまた気持ちを持ち直しました。

    ――「届けたい」という思いが原動力だったんですね。

    「届けたい」あとは、「反応を見たい」という気持ちですね。SEだった時、自分が作ったものを使う人の反応をダイレクトに知ることができないところに物足りなさを感じていました。

    一方今は、経営的な面でしんどいことはあるけれど、イヌパシーを使った人が喜んでくれて、その反応をダイレクトに見ることができる。それがあったから、開発を続けることができたんだと思います。

    ――今後、新しくこんなプロダクトを作りたい、というものはありますか?

    飼い主側に付けるデバイスを開発して、犬側も飼い主の感情を分かるようにしたいと考えています。具体的にまだ考えを詰められてはいないんですが、スマホのように、初めて見た子どもでも直感的に操作法が分かるようなインターフェースを考えたいと思っています。飼い主さんが怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか、直感的に分かるようになれば、犬も人もストレスが減りますから。

    ――それが実用化したら、コミュニケーションから言葉の壁がなくなる世界へ一歩近づくわけですね。

    社名の「ラングレス」は、「Language less communication」からきている造語なんです。イヌパシーをはじめ、言葉以外のコミュニケーションの可能性をもっと提案していきたいと考えています。

    「やりたい」よりも「やって心地いいこと」を探す

    ――先ほど、経営面で苦しい時期があったとおっしゃっていました。そもそも、SEを辞めて起業するときに、不安はなかったんでしょうか?

    結婚して家族もいたので、当然不安はありました。でも、SEを続けるにせよ起業するにせよ、未来の自分がどうなっているかは分からないですよね。だったら、自分が原動力を保ち続けられるものをやった方がいいかな、と。

    ――やりたいことがなかなか見つからないというエンジニアも多いですが、そこまで打ち込めるものを見つけるにはどうしたらいいのでしょう?

    そうですね……。エンジニアに限った話ではないですが、「やりたいこと」ってそんな大それたことでもなくて、「やって心地いいこと」の積み重ねなんじゃないでしょうか。

    例えば、スティーブ・ジョブズは、大学を中退した後に、興味のある授業に潜り込んでいたそうですが、その時カリグラフィーに魅了されたのがきっかけで、Macのフォントへのこだわりが生まれてそれが価値になった、というのは有名な話ですよね。

    ――あ、聞いたことがあります。「Connecting The Dots(点と点をつなげる)」ですね。

    はい。以前、『カルネージハート』という、ロボットをプログラミングして戦わせるゲームに、自分でもどうかしちゃったんじゃないか、と思うくらい、ものすごくハマってしまったことがあったんです。ゲームばっかりやっていた時は浪費のように思えたけれど、実はそのゲームで角度計算が鍛えられていて、それがイヌパシーの図形解析のプログラムに生かされているんです。

    ――すごい! まさに点と点が繋がったんですね。

    自分がそこまで熱中することなら、必ずどこかで繋がると思うんです。手当たり次第、直感的に「面白そう」だと思えることをやっていって、自然と続けられるものを深めていけばいいんじゃないかな、と思います。

    お話を聞いて、イヌパシーがもっと進化していったら、色々な動物と言葉を介さずにコミュニケーションが取れる未来がやってくるのかもしれない、と考えたら、すごくワクワクしました。

    今後どんな「ラングレス(Language less communication)」なプロダクトが開発されるのか、楽しみです!

    取材・文/中村英里 撮影/栗原千明(編集部)

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