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グロースハック「継続の敵」を打破する5つのアドバイス【書籍『Hacking Growth』イベントレポート】

スキル

    技術とデータを活用して手掛ける製品の価値を見定め、その価値を的確に伝えるマーケティング施策を製品そのものに埋め込む――。

    グロースハックの概念と手法を生み出した「伝説のグロースハッカー」ショーン・エリスさんと、現Facebookプロダクトマネジャーのモーガン・ブラウンさんが書き下ろした、『Hacking Growth グロースハック完全読本』(日経BP社)出版イベントが、2019年1月16日(水)GMO Yoursにて開催された。

    グロースハックの手法は、ショーン・エリスさんがDropboxで「友人紹介プログラム」(メールで知り合いにDropboxを紹介して相手がユーザーになった場合、紹介した側もされた側もDropboxのストレージ容量250MBを無料でもらえるというプログラムで、当時は新規登録者が6割増しとなる)を実施して有名になり、2010年前後から世に知られるようになった。その後シリコンバレーのスタートアップに広まり、今は日本でも多くのネット企業がグロースハック・マーケティング施策を実行に移すようになっている。

    しかし、データを駆使してプロダクトやサービスを成長させる手法そのものは理解していても、自社プロダクトのマストハブ(ユーザーが本当に求める機能)を探り当て、グロースハックを実践し続けている企業はどれだけあるだろうか。

    また、グロースハックを実践しようと社内で啓蒙しても、自社全体や所属チームで継続するのに何かしら課題を感じているという人も少なくないだろう。

    そこで、日米のネット企業でグロースハックを実践してきたパネリストを招いた本イベントから、グロースハックを「継続」する上で大事な5つのポイントを抜粋して紹介しよう。

    左から、GMOインターネット次世代システム研究室 シニアクリエイター・稲守貴久さん、ZOZOテクノロジーズ代表取締役CINO(Chief Innovation Officer)・金山裕樹さん、 メルカリ執行役員 メルカリジャパンCEO・田面木 宏尚さん、AppSocailly創業者兼CEO・高橋雄介さん。今回、ネット企業各社のグロースハック・マーケティングについて話してもらった

    1.まず、本に載っている基本を愚直に実践する

    「グロースハックの手法を体系化し、世界に広めたショーン・エリス自身が書いた『Hacking Growth』は、いわばグロースハックの原典とも言える完璧な教科書です。グロースチームを結成するやり方から、ユーザー獲得~収益化までのグロース施策が、これだけ詳細に記してある本は珍しい。ですから、『なかなかグロースハックを継続できない』と悩んでいる人は、まずこの本を読んで基本を体に染みこませてください」(高橋)

    AppSocailly株式会社創業者兼CEO 高橋 雄介さん
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    AppSocailly創業者兼CEO
    高橋 雄介さん

    1980年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2008年同大学院後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。 AppSocailly株式会社創業者CEO。サンフランシスコ、東京、ハノイのメンバーとともに『ChatCenter Ai』を開発し、企業とそのお客さまのコンバージョンに関連した会話の効率化と自動化を支援中。専門は、データベース、知識ベース、マルチメディアデータベースとその応用、カスタマーデベロップメント。TechCrunch Japan、GrowthHacker.jp、日経BP、清水弘文堂等でグロース・ハックやモバイル、シリコンバレーのカルチャー等についての記事を執筆。『Hooked ハマるしかけ』(翔泳社)を監訳。『Lean UX』(オライリージャパン)の日本語化のレビューも担当

    AppSociallyの高橋さんがこう話す背景には、グロースハックに「銀の弾丸などない」という大前提がある。一度や二度の実験で自社プロダクトを大きく成長させるマーケティング施策が見つかることはほぼなく、何度もデータを見直し、グロースに向けたアイデアを実験しながら最適解を見い出すしかない。これがグロースハックの現実だ。

    当然、その過程ではデータレイク(多数のソースから分析に必要なデータを取得・管理する環境)を整えるような地道な作業があり、思ったような効果が出ず試行錯誤が続く時期もあるだろう。だからこそ、高橋さんは「グロースハックの基本に則って実行し続ける」ことが最も効率的で効果的な実践法だと話す。

    他の業務に追われてグロースハックに割く時間がないという悩みを解消するのも、結局のところ「基本を押さえ、正しい順番で分析→アイデア生成→優先順位付け→実験のサイクルを回すしかない」という。

    「本に載っている内容は再現性があり、誰にでも出来ることです。まずは、グロースハックの概念と手法が網羅されている『Hacking Growth』を3回くらい読み返すことから始めましょう。毎回たくさんの違った気付きがあります」(高橋)

    2.毎日「KPIとなる数字共有ミーティング」を行う

    「私が前職のピクシブでグロースハックを始めた頃は、関係する部門の人間が毎日集まって、KPIとなる数字を共有するミーティングを行っていました。最初は『毎日数字を見ても、内容は変わらないんじゃないか?』と反対の声も挙がりましたが、毎日みんなで数字を見ることに意義があるんだと話して強行しました」(田面木)

    メルカリ執行役員 メルカリジャパンCEO  田面木 宏尚さん
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    メルカリ執行役員 メルカリジャパンCEO  
    田面木 宏尚さん

    早稲田大学を卒業後、GMOクラウド株式会社へ入社。CS業務、サーバーホスティング事業、および新規事業の立ち上げ等に従事。2010年にピクシブ株式会社へ入社し、取締役としてシステム開発、マーケティング、グロース等の事業統括に従事。16年1月より株式会社アニメイトラボ代表取締役社長CEOに就任し、小売領域におけるIT事業推進を実行。17年2月に株式会社メルカリへ参画。18年10月、同社の執行役員メルカリジャパンCEOに就任

    メルカリの田面木さんが「毎日KPIとなる数字を見る会議」を設けた最大の理由は、サービス運営に携わる社員全員がグロースハックについて考えることを習慣化するためだったという。グロースハックは、マーケティングや開発チームなど特定の部門が行うだけだとなかなか前に進まない。さまざまな部門の人が計測ツールを使って

    ・ユーザー獲得
    ・利用頻度の活性化
    ・顧客維持(リテンション)
    ・収益化

    というグロースハックの各プロセスを主体的に改善し続ける意思統一があってこそ、グロース施策を高速で実践する土台が出来上がる。この意思統一は一朝一夕で構築できるものではないため「毎日、強制的に意識する場」を設けたわけだ。

    「数字は毎日変化しないかもしれませんが、毎日数字を見て議論することが大切だと割り切ってミーティングをやり続けました。そうすると、次第に各部門から『あの数字を改善するのにこんなアイデアがある』と声が挙がるようになり、会社全体でサービスを成長させるという風土が醸成された気がします」(田面木)

    グロースハックを実践したいが他部署の協力が得られないと悩んでいる人は、まずは毎日5~10分でもいいから「全員でKPIとなる数字を見る機会」をつくってみるといいだろう。

    3.主観で判断しない/一方でデータに溺れない

    「グロースハックを実践していく上で陥りがちな罠の一つに、私が『俺々ヒューリスティック評価』と呼んでいるものがあります。ユーザビリティ調査などを実施する際、決められた手順があるのに個々人の主観で省いてしまう人がいるんです」(稲守)

    GMOインターネット次世代システム研究室シニアクリエイター 稲守 貴久さん
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    GMOインターネット次世代システム研究室 シニアクリエイター
    稲守 貴久さん

    2006年に入社し、クリエイティブディレクターを担当。その後、GMOクリック証券でウェブマスターとして従事。10年からは現部門でグループ会社や新規事業の技術支援を行いながら、技術PRや新卒エンジニア採用、育成に取り組んでいる

    ヒューリスティック評価とは、経験則(ヒューリスティックス)に基づいて定量情報を評価し、UIを含むユーザビリティの問題を発見する手法のことだ。GMOインターネットの稲守さんは、こうした手法を「正しい手順で行わず、恣意的に判断することで分析に間違いが生じる」ケースが多々あると指摘する。日々の仕事で忙しい中だと、個々人の経験則で物事を判断することで各種施策を早く前に進めたくなるものだが、主観に頼り過ぎると課題を見誤ってしまう。結果、ここで生じるコストの方が後々高くつくのだ。

    グロースハックとは、前述の通り適切なツールを使った「データ分析」が最初の一歩になる。この分析フェーズで定量的に判断するべきところを、定性的にやってしまうのもよくある過ちだ。

    「現状を正確に把握するためにも、定量データをきちんと見る習慣が大切だと思います。そのためには、田面木さんが言うように毎日KPIの数字共有会をやるのも一つの手でしょう」(稲守)

    ただし、田面木さんは「定量データに傾倒し過ぎるのも考え物だ」と補足する。

    「データに頼るあまり、手段と目的を履き違えてしまうことがよくあります。例えば『(ユーザーの利便性を考えれば)データを取らなくてもすぐ改善すべき』と判断できるような機能変更も、逐一『A/Bテストで試してみます』となってしまうんです。定性的なユーザーコメントから推量して改善できることは、素早く試してみる。その上で、定量分析した仮説を確かめる作業ができるかどうかは重要な部分です。つまり、定量と定性を上手く組み合わせていくことが大切になります」(田面木)

    4.グロースハックの継続で最大の敵は自分自身と心得よ

    「一番の敵は、諦めてしまう自分自身です。自分が折れた時が最も怖い。諦めないためにも、最終的にユーザーへ届けたいものは何か。何のためにやるのか。どこを目指しているのかを落とし込むことが重要です」(金山)

    ZOZOテクノロジーズ代表取締役CINO(Chief Innovation Officer) 金山 裕樹さん 
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    ZOZOテクノロジーズ代表取締役CINO(Chief Innovation Officer)
    金山 裕樹さん

    AppleとGoogle、両社のベストアプリを受賞した唯一のファッションアプリ『IQON』(アイコン)を運営する株式会社VASILYを創業後、2017年10月に『ZOZOTOWN』を運営する株式会社ZOZO(旧株式会社スタートトゥデイ)にM&A。M&A後は同グループの技術開発を担う株式会社ZOZOテクノロジーズ(旧スタートトゥデイテクノロジーズ)のイノベーション担当代表取締役として、ZOZO研究所の発足などR&Dと新規事業の創造を行なっている。著書に『いちばんやさしいグロースハックの教本』(インプレス)など。『Hacking Growth グロースハック完全読本』では、日本語版解説を執筆

    ZOZOテクロノジーズの金山さんは、グロースハックの継続を阻む最大の敵として、スキルや経験ではなく「自分自身が諦めてしまうこと」を挙げる。

    これを単なる精神論と片づけてはならない。金山さんはVASILY(ヴァシリー)を創業し、ファッションアプリ『IQON』(アイコン)を会員数200万人超の人気アプリに成長させた実績を持つ。その過程で数々のグロース施策を試してきたが、思うような効果が見込めず、ほとんどが徒労に終わったという。だからこそ、失敗の山に直面してもなお、“北極星”(グロース施策の最終目標となる成功指標)に向かって取り組みを続ける意思が大切だと説く。

    「それと、そもそも論ではありますが『グロースハックを行う対象が好きかどうか』も非常に大切です。好きなことなら諦めたくないはずなので、必然的にグロースハックは継続します(笑)。上手くいっているサービスって、そのサービスを運営している人たちが自社サービスのことが大好きだというのが前提にある気がします」(金山)

    この「好き」という感情に、当事者意識や誰かのためになりたいという貢献欲が組み合わさることで、結果が出ない時でも「折れずにグロースハックを継続していく心」が養われると金山さんは強調していた。

    5.まずマーケティング「戦略」を絞れ。
    組織を変えるのはその後でいい

    イベントの後半に行った来場者からの質問会では、グロースハックの具体的な取り組みに関する質問が多く寄せられた。

    その中で、スタートアップで新規顧客獲得を担っている参加者から「グロースハックを組織で実践する上でどういう組織構成が最適か?」と聞かれた田面木さんは、「最適な組織構成は存在しない」と答えた。その時々の事業フェーズや注力施策によって、組織の構成は変わっていくものだと考えているからだ。

    「メルカリを例に挙げると、今も四半期や半期ごとに組織構成が変わっていますし、新規ユーザーの獲得に力を入れるのか、既存ユーザーのリテンションに力を入れるのかも都度変わります。もし、あなたの会社がスタートアップしたばかりの小規模な組織で、新規ユーザーの獲得に力を入れるなら、極端な話、全員を新規獲得チームにすればいい。その後、四半期や半期ごとにチーム編成を見直せばいいのです」(田面木)

    続いて金山さんは、「まず、マーケティングにおける戦略を先に絞ったほうがいい。戦略のために組織があり、戦略を実行するために組織がある」と話した上で、ZOZOの組織構成を紹介してくれた。

    「ZOZOグループの場合、ファッション通販サイトの『ZOZOTOWN』やファッションコーディネートアプリ『WEAR』、プライベートブランド『ZOZO』など多くのプロダクトがあるので、マトリクス型の組織構成にしています。その上で、2週間に1回の経営会議ではどのプロダクトを誰が担当していて、正しいアサインになっているかを確認しています。プロダクトごとに意思決定の場所をつくると、意思決定者を毎回決めなくてはいけなくなるので、今はこのやり方が最もスピード感を持って運営できると思っています」(金山)

    明日からグロースハックを始めるために、取るべきアクションは何?

    最後に、「グロースハックを明日から実践するために、何から始めればいいか?」という問いに対して、パネリストの4人から一言ずつメッセージをもらった。その内容を紹介しよう。

    「まずは、あなたが音頭を取って『グロースハック朝会』を始めてみてはどうでしょう。グロースハックにかける思いや他社事例をチームに共有することで、マインドセットができます。そうやって周囲を巻き込んでいく動きが大切なんです。実は自分も、ZOZOにジョインしてからずっと、経営会議に出す資料にグロースハックの項目を付けています。経営陣に対してグロースハックの事例を共有し続けることで、それだけ重要なことだとアピールしているんです。最初は流して聞いていた経営陣も、やり続けることで反応が変わってきました」(金山)

    「あなたがもし勤め先の経営陣と距離が近ければ、社長の耳元で毎日『グロースハック』と唱えましょう(笑)。もちろん、言葉を唱えるだけでなく、経営者に有益な情報を提供しながらグロースハックの重要性を説くのが肝心ですが」(田面木)

    「田面木さんと同じで、社長に1on1をお願いしてみるところから始めることが良いと思います。まずは、グロースハックについてお互いに理解を深めることが重要です」(稲守)

    「私は既存のユーザーに会ってみるのをおススメします。実際にユーザーの顔を見て、あなたの会社のプロダクトに何を期待しているのかを聞いてみましょう。そうすることで、グロースハックを継続するモチベーションのみならず、まず何をすべきか、何をしなくていいかが見えてくると思います」(高橋)

    取材・文/君和田 郁弥(編集部) 編集/伊藤健吾


    ▼Sean Ellisさんからの動画メッセージ

    最後に、グロースハックの概念と手法を生み出した「伝説のグロースハッカー」ショーン・エリスさんから、彼の友人でもある高橋さんを介してイベント参加者向けにメッセージが届いた。以下の動画とリンクで内容を紹介します。

    https://growthhacker.jp/886aad730d8a
    ※日本語訳は上記のブログエントリ参照

    ▼『Hacking Growth グロースハック完全読本』(日経BP)

    グロースハックを生み出した人物であるショーン・エリスが、Facebookでプロダクトマネジャーを務めるモーガン・ブラウンとともに初めて書き下ろした一冊。
    彼らが幾多の企業でグロースハックを実践し、体系化してきたマーケティング手法を、網羅的に記した決定版。

    >>詳細はこちら

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