キャリア Vol.863

水口哲也「次の5年がxR普及の正念場」シナスタジア体験の拡張に挑む男が日本のエンジニアに寄せる期待

高度経済成長期を支えた大量生産、大量消費の時代を経て、いま人々の関心は、性能や機能を重視する「モノ」消費から、物語性や共感をベースとした「コト」消費へと移りつつある。

スペースチャンネル5』や『Rez』などのゲーム作品プロデュースでその名を世に知らしめ、現在はxR(VR、AR、MRの総称)による共感覚体験をテーマにビジネスを展開中の水口哲也さんは、「これからの時代、エンジニアは積極的に自らを規定している枠から率先してはみ出るべきだ」と説く。その理由を水口さんに聞いた。

エンハンス代表/EDGEof 共同創業者兼CCO
水口哲也さん(@Mizuguchitter)

1965年生まれ。大手ゲーム会社にて、『スペースチャンネル5』(1999)、『Rez』(2001)、『ルミネス』(2004)、『Child of Eden』(2010)などのゲームプロデュースに携わる。2014年、アメリカでエンハンス社を創業。『Rez Infinite』(2016)、『LUMINES REMASTERED』、『Tetris® Effect』(2018)をリリース。ゲームだけでなく、振動によって共感覚的体験を促す『シナスタジア・スーツ』(2016)や共感覚体験装置『シナスタジア X1 – 2.44』(2019)などのメディアアート作品でも知られる

xRで実現する新たな知覚体験とは

「スマートフォンやPC上で展開されるさまざまな表現や体験は、四角形の画面を前提に発展してきました。しかしこれからxRが社会に実装され始めると、この前提は大きく崩れます。多くのサービスが三次元に移行することによって、インターフェイスとコンテンツの境目はどんどん曖昧になり、これまでの常識や理論が通用しなくなってしまうからです」

「フラットなモニターの呪縛から解き放たれるということは即ち、新たな体験設計が求められるということ。ですから私たちが今取り組んでいるのは、次の時代の体験をつくることなんです」

ゲーム・エンターテインメント業界において長年活躍してきた水口哲也さんは、ここ数年、VRゲームなどを開発する傍ら、xR技術を駆使し「共感覚(シナスタジア/synesthesia)的体験」を生み出すための研究開発に力を入れている。

共感覚とは、例えば音に色がついて見える「色聴」のように、ある感覚が刺激されることで、別の感覚が沸き起こるという特殊な知覚現象を指す。水口さんは、一部の人にしか備わっていないこの特別な力をヒントに、xRで多くの人々と新たな知覚体験を共有しようとしている。

共感覚的体験を誘発するトリガーは、水口さんたちが開発した二つのデバイス——26個の振動センサーとLEDを組み込んだウェラブル型の『シナスタジア・スーツ』と、2個のスピーカーと44個の振動センサーを備えた椅子型の共感覚体験装置『シナスタジア X1 – 2.44』だ。これらのデバイスは、使用者の視覚や聴覚、触覚を複合的に刺激することによって、誰でも容易に共感覚的体験を実感できるように設計されている。

シナスタジア・スーツ
シナスタジア・スーツ
シナスタジア X1 – 2.44
シナスタジア X1 – 2.44

「1990年からゲーム開発に携わるようになって約30年。色数が限られたドット絵から、三次元のリアルタイムCGへの変革期を経験しましたが、xRによる次元の拡張はそれ以上に大きな技術的飛躍といえます。スマートフォンのようなフラットな画面を持つメディアの祖先が、印刷の父と呼ばれるグーテンベルクが15世紀に発明した活版技術や書籍にあるとするなら、xRはこれまで500年以上も続いた歴史の延長線上に存在しない、全く別の新しい表現を可能にするものだからです」

これまでフラットな画面で展開されてきた二次元のメディアが扱ってきたものを、断片化された「情報」だとすれば、xRが扱うのはそれらの情報を三次元的に組み合わせた「体験」そのものだと水口さんは話す。

「xRの登場によって、テクノロジーがもたらす体験の解像度は格段に高まりました。いずれ、情報と同じように『感動』や『驚き』、『幸福感』といった、体験を送受信する時代がやってきます。そのためには、今からエンジニア自身が新たな体験を設計するという意識を持つことが必要なのです」

xRのなかでも、水口さんは特に、AR(Augmented Reality/拡張現実感)やMR(Mixed Reality/複合現実感)の可能性に着目している。VR(Virtual Reality/仮想現実感)にはない、活用の広がりが期待できるからだ。

「没入感という観点ではVRに勝るものはありません。しかしデバイスを装着していると周囲の環境と隔絶されてしまうため、体感が個人的な経験に留まってしまいがちです。それに比べARやMRなら、周囲にいる人たちと容易にコミュニケーションを取りながら体感を分かち合うことができます。社会実装を考えると、日常での使い勝手は重要な要素です。今後は特にこの二つの技術に着目しながら研究開発を進めていくつもりです」

体験設計の本質を生み出したいなら、
エンジニアリングだけに閉じこもってはいけない

水口さんが率いるエンハンスは「会社員」という制度をやめ、全員が「個人法人」のような、新たな働き方を模索している。ゲームやエンターテイメント、アート、XR分野でのクリエイションに関心があるエンジニア、デザイナー、クリエイターが集まり、パートナー企業や研究機関などと協力しながら、それぞれの好奇心を原動力に作品制作や研究開発に取り組んでいる。実現したいことに向かってエンハンス自身が資金調達を行い、受託案件は引き請けない。

「表現の領域が三次元になるだけで、やれること、やるべきことは格段に増えます。これを面倒なことだと思うか、面白いと思うかはその人次第。時代が変わる節目は、ある人にとってはすごく危機的な状況ではあるけれど、ある人にとっては最高のチャンスがあるということでもあります。僕らのもとに集まっているのは当然、この変化をポジティブに捉えている人たち。バックグラウンドはさまざまですが、みんな好奇心旺盛なのは共通していますね」

xR領域は確立された「型」がいまだ存在しない「若い産業」だ。教師もおらず、教科書もない領域には、枠にはまりたがらない人がフィットしやすいと水口さんは言う。

「エンジニアでいえば、エンジニアリングのみやっている人ではなく、アートや音楽、デザインなど、外からの刺激を受け、コードやアルゴリズムにフィードバックできるような人です。もちろん、一つの分野を掘り下げる力も重要ですが、エンジニアリングだけ知っていれば済むというのは、近い将来、起こるであろうパラダイムシフトを思うと、いささか視野が狭いように感じます」

成熟産業であれば、標準化された仕事だけをこなす「作業者」の存在は欠かせない。ビジネスを成長させるには、徹底した効率の追求が必要だからだ。しかし、これから伸びていく産業においては、効率よりもクリエイティビティーやトライアンドエラーの回数が求められる。それが、職種や立場を超えて自走できる「越境者」が必要な理由だ。

「以前、アメリカ人作家ダニエル・ピンクさんが、『TED Talks』で、人間がモチベーションを保つ条件として、自発性(Autonomy)、習熟した専門性(Mastery)、目的意識(Purpose)を挙げているのを見てなるほどと思いました。これはxRに限らないことだと思いますが、この三つの要素を持ち、自分を定義している枠を身軽に飛び越えられる人は、きっと新しい時代が到来しても十分に対応できるのではないかと思います」

xRの世界観を実現するには、
繊細な感性を持った日本人エンジニアが必要

インターネットやスマートフォンがそうであったように、xRがこれからの社会を大きく変えるキーテクノロジーになると水口さんは見ている。とはいえ、ビジネスにおいてはGAFAに要所を押さえられ、エンジニアリングにおいても、日本人よりも中国人やインド人などのエンジニアの活躍にスポットが当たりがちだ。このような現状の中で、日本のエンジニアはどう存在感を発揮していくべきなのだろうか。

「日本人エンジニアは、丁寧さや繊細さにかけては世界に誇るべきものがあると思います。言葉の行間から浮かび上がってくるニュアンスを汲み取る力に優れ、ユーザーの立場に立って設計や開発ができるエンジニアが海外では多くないからです」

実際、水口さんは米国でエンハンスを立ち上げ、さまざまな国籍のクリエイター、エンジニア、デザイナー等と一緒に仕事をしてきた。しかし現在は、研究開発の拠点を東京・渋谷に置いている。じっくり腰を落ち着けて研究開発をするのに日本が最適な環境になると考えているからだ。

「シリコンバレーは、テクノロジーと人材の集積地なので、情報やインスピレーションを得るには最適な場です。しかしその一方で、忙しすぎるのは否めません。そこでいくと日本は、繊細な感性と技術力を備えたエンジニアやクリエイターが大勢いますし、日本のポップカルチャーや伝統文化に魅力を感じ集まってきた優秀な外国人も大勢います。思索を深めたりプロトタイピングしたりするにはとてもいい場所です」

「これからはエンターテイメントそのもののあり方が変わってくるでしょうし、僕らの生活が格段に進化すると思います。毎日を楽しくするようなものをゼロから作れる。それを一緒に出来る仲間を探しているところです」

水口さんは「複雑なニュアンスを含むxRの世界観を実現するには、日本や日本人にかかる期待は大きい」とした上で、今後、日本人エンジニアは特に次の点に注意してキャリアを積むべきだと説く。

「エンジニアが、新しい世界に向けて一歩を踏み出すためには、『プログラミングに不可能はない』ことを信じること、そして技術力の前に『挑戦してみたい』という気持ちがあることが不可欠です。未来への強い好奇心は、経験不足をクリアするだけのポテンシャルがあるので、未経験領域だからといって躊躇する必要はないと思います」

水口さんは、これからの5年間がxR普及の正念場になると考えている。そのため、映像や描画技術に関心を持つエンジニアが、一人でも多くこの世界に参入してくれることを願って止まない。

「『5年』というと、まだ猶予があると感じる人がいるかもしれません。しかし、この5年という期間は、調査や準備期間を含めると一つのゲーム作品の制作に費やす期間とそう変わりません。もう『待ち』のフェーズは終わりました。もしこの世界に興味があるなら、すぐにでも決断すべき時期に来ていると思います」

業界の成長とともに走り続けようと思ったら「他人より一歩先んじて走り出すべき」と、水口さんはいう。体験設計の本質を知りたければ、それがもっとも求められている世界に飛び込むのが近道だ。xRに強い未来を感じるならチャレンジしてみる価値は十分あるだろう。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/赤松洋太

エンハンス代表/シナスタジアラボ主宰/EDGEof 共同創業者兼CCO 水口哲也さん(@Mizuguchitter)
1965年生まれ。シナスタジア(共感覚)体験の拡張を目指し創作を続けている。『スペースチャンネル5』(1999)、映像と音を融合させたゲーム作品『Rez』(2001)、音と光の電飾パズル『ルミネス』(2004)、指揮者のように操作しながら共感覚体験を可能にした『Child of Eden』(2010)などのゲーム作品をプロデュース。2014年、アメリカにてエンハンス社を創業後、『Rez Infinite』(2016)をリリース。米国The Game Award ベストVR賞を受賞。
その後、PS4/PS VR版『TETRIS® EFFECT』(2018)をリリースし、米国ワシントンポスト紙や欧州Eurogamer誌をはじめ数々のゲームオブザイヤーを受賞。音楽とゲームプレイを光と振動で全身に拡張する『シナスタジア・スーツ』(2016)、共感覚体験装置『シナスタジア X1 – 2.44』(2019)を発表し、新しい時代の体験創造を追求している。
2002 年文化庁メディア芸術祭特別賞、2006 年米国プロデューサー協会 (PGA) より、「Digital 50」(世界のデジタル・イノヴェイター50 人)の 1 人に選出。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(Keio Media Design)特任教授

エンハンス:https://enhance-experience.com/ja/
問い合わせ先:hello@enhance-experience.com

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