本連載では、「世の中で活躍するエンジニアの過去の失敗」にフォーカス。どのような失敗をし、どう対処し、そこから何を学んだのか。仕事で失敗してしまった時の対処法や心構えを先輩エンジニアから学ぼう!
メルカリCTO名村卓の価値観を変えたできごと「当時の最善も、時が経てば全て失敗」
どれほど優れた人であっても、失敗はある。「失敗は成功の母」というように、失敗が個人の成長を促す側面があることを知りつつも「周囲に迷惑を掛けたくない」「叱られたくない」一心で失敗を恐れる人は少なくない。
当連載では、現在、業界で活躍している先輩エンジニアの「失敗」にフォーカスし、いかにして失敗を成長の糧にできたのか、ご本人に振り返ってもらいながら、成長の糸口を掴むコツを探っていく。
記念すべき第1回目では、メルカリCTOの名村卓さんにお話を伺った。複数社の技術顧問としても活躍し、サイバーエージェントの藤田晋社長にも「国宝級エンジニア」と言わしめる人物。一見、「失敗」というイメージが結び付きにくい名村さんだが、実は自身の価値観を変えたある出来事があったと言う。
「自分に作れないサービスはない」若手時代の価値観を変えた失敗
大学を辞めてからサイバーエージェントで働き始めて2〜3年経った頃だったと思います。当時『プーペガール(poupeegirl)』(※)という、女性向けのファションコミュニティサイトのリードエンジニアとして開発に携わっていた時の出来事をお話しします。
※ 2007年2月〜2015年3月までの約8年間運営されていた、「着せ替え」をテーマにファッションコーディネートを共有して楽しめるサービス。フランス語で人形を意味する「プーペ」と呼ばれるキャラクターを着せ替え、コーディネートを記録したり公開したりできる
いえ。結果からいえば、会社に大きな損害を与えるようなタイプの失敗ではありませんでした。ただ、自信過剰気味だった当時の自分を戒めるには十分な失敗だったと思います。
大学在学中からSIerで働いていたこともあって、当時は「自分に作れないサービスはないのではないか」と本気で思っていました。今にして思えば、難易度の高い開発に携わっていたわけでは無かったのですが、さまざまなWebサービスが盛り上がっていた時期で、できることが増えていくのが楽しかったんでしょう。自分でいうのもなんですが、かなりイキったエンジニアだったんです(笑)
技術力に自信があったせいか、どこかで自分の考えは常に正しいと思っていた節もありましたね。ユーザーの気持ちを一番理解しているのは自分。だから、必要な機能とそうでない機能ぐらい分かると思っていましたから。でもある時、ユーザーの気持ちを汲んで開発したつもりの機能が、全く使われないという事態が起こったんです。
プーペガールにはキャラクターの着せ替え機能があり、ユーザーに着せ替え用のファッションアイテムを購入してもらうための手段が必要でした。そこで、ユーザーのアイテム購入数に合わせて、後どれだけ集めればコンプリートできるか、達成率を表示する機能をつけたんです。ユーザーに喜んでもらえて、売上にも貢献するだろうと思ったのですが、これが全く響きませんでした。
コンプリート達成率が分かったら、コレクションを完成させたいという意欲をくすぐれると思ったんですが、実際はそうなりませんでした。大半を占める女性ユーザーにしてみれば、いかにも男性が考えそうな機能なんて必要ないと思われたのでしょう。効果がないことは数字にもはっきりと表れていましたから、弁解の余地はありませんでした。
プーペガールは、明らかに自分とは異なる属性のユーザーがメインターゲットになっているサービスなのに、自分はユーザーの気持ちや価値観を理解していると過信していました。だから無意味な機能を作ってしまったんだと。すごく反省しましたね。
データは正論を裏切る。自分の価値観は当たり前じゃない
分かったつもりになっていないか、偏った情報や先入観で誤ったラベル付けをしていないか、人の意見をよく聞いて考えるようになりました。
自分の価値観に固執しなくなりました。自分の価値観よりも、ユーザーの価値観を優先すべきだと思うようになりましたね。以前なら、こんなことやっても意味がないと判断してやらなかったことも、他人の意見を受け入れてやってみると、自分の想像とは違った反応が出ることもある。そう知ってからは、自分の中では自明だと思ったことでも、頭ごなしに否定しないようになりました。
例えば前職でソーシャルゲームの開発をしていた時は、営業や企画側の要請で、ユーザーの射幸心(幸運や偶然により、苦労なく、思いがけない利益を得ることを期待する心理)を刺激するような、派手なキャンペーンを仕掛けることがありました。収益を上げる上では必要な施策だと分かっていても、どこかユーザーを煽っているようで、やりたくないと思っていた時期があったんです。
でも結果を検証してみると、明らかにこうした施策を実施した後の方がユーザーの滞在時間や継続率が伸びるなど、ポジティブな効果が出ることが少なくありませんでした。
ええ。「露骨に課金を促すキャンペーンはすべきでない」とか「広告は表示しないに越したことはない」とか、誰もが納得できる正論があります。大抵の人に「どう思いますか?」と直接聞けば、ほぼ全員が頷いてくれる類いの正論です。
でも実際は、広告が表示されたり、課金を促したりした方が、ユーザーの動きが活発になったり、評価が上がったりすることもあるんです。それはデータを見るまで、分からないことでした。
特にそういった感情が湧いたことはないですね。結果が全てですから。むしろ手段に固執しなくなった分、取り組むべき課題が明確になった気がします。私たちエンジニアが追い求めるべきは、ユーザーが快適に使える機能や、便利に使えるサービスを実現することであって、それが実現できるのであれば、手段は大きな問題ではないんですよ。
過去の成功を「今思えば失敗」と捉えられるのは、成長の証でもある
物事には色々な側面があり、一面だけを見て判断できるほど単純ではありません。もちろん結果がどうであれ、やるべきじゃないことはあるでしょう。でも、絵に描いたような綺麗事だけでは、良いサービスは作れないと思うようにもなりました。
前職のサイバーエージェントが、失敗に寛容な組織だったことが大きかったように思います。エンジニアリングの未熟さで、開発が遅れたり、大事な局面でサービスが落ちたりしても、叱責されたり、人事的なペナルティーを課されたりすることがなかったので、技術的な挑戦がしやすい環境がありました。妙な言い回しになりますが、すごく「失敗しやすい環境」だったんです。
そうですね。リリースが遅れたり障害を起こしたりすれば、ユーザーはもちろん、関係者に多大なご迷惑をお掛けしますから、エンジニアは大きな責任を感じます。だからこそ、高品質なサービスを作って汚名を返上しようと頑張るわけです。それが可能だったのは、心理的な安全性が担保されている組織だったから。もしそうでなかったら「叱られないよう」「降格させられないよう」に、上司の顔色を伺いながら仕事をするようになっていたかもしれません。
メルカリでも目指している「非難しない文化」は、失敗を個人の責任に矮小化せず、組織の不備として捉え、ルールや仕組みによって再発を防ごうという風土を醸成する必要があります。障害報告書を書くにしても、個人の名前を挙げて失敗をあげつらうような書き方をしないのも同じ理由です。それは私自身が、失敗を許容する環境に育てられてきたことと無関係ではないと思います。
もちろん、働く環境によって働きやすさが変わるのは確かです。でも結局は、自分次第という部分も大きいのではないかと思っています。
どんな環境でも成果を出せる人はいるからです。どんな組織でも不備はありますし、それはメルカリだって一緒。チャレンジしないことを環境のせいにばかりしていると、いつの間にか、その環境に同化してしまうかも知れません。
環境を変えるために転職するのも一つの選択ですが、個人的には、どんな環境の中でも自分のバリューが発揮できるところを見つけて、精力を傾けることを優先すべきだと思います。環境が悪い中でも、成果を出す方法を考えられるようにならなければ、どこにいっても同じ失敗を繰り返してしまうかもしれませんから。
厳しい環境でも成果を出してきた人を見ていると、上司や会社からの評価より、ユーザーのために何ができるかを考えてきた人が多い気がします。使いやすいサービスや優れた機能を作ることに集中して一定の成果を出せば、きっと仕事が楽しくなるでしょうし、結果によっては、職場の風向きも変わるかもしれません。
幸運なことにエンジニア採用はとても盛り上がっていますから、もしクビになったとしても生きていく道は確実にあります。失敗を恐れずチャレンジしてほしいですね。
挑戦に失敗はつきものですし、成長にも欠かせないものだと思います。でもそれは、自分の意思で決めたことが失敗した時に限られます。例え上司の指示とはいえ、誰かが決めたことにただ従って失敗した場合に得るものはほとんどありません。
日頃から、理解できないこと、分からないことを放置せず、きちんと議論を重ねて納得した上で、覚悟を決めて取り組む。そういう癖を付けていけば、自分が今、ここで何ができるか考えられるようになるはずです。つい環境や他人のせいにしてしまいがちな人や、腰が重い人も変われるかもしれません。
メルカリでも、誰もが「Bold Challenge(大胆な挑戦)」ができるように、失敗を恐れず、変化を柔軟に受け入れ、大胆な意思決定ができる環境を創りたいと思っています。
失敗の定義はさまざまですが、過去に上手くいったことを振り返って、それを失敗と捉えられるのは成長の証しでもあります。誤解を恐れずに言えば、私自身が過去に携わったサービスは、今となっては全て失敗。全部作り直したいくらいです。当時は最善策と確信していたことでさえ、時が経てば失敗に思える。だからこそより良いものを作ろうという意識や責任感が生まれるんだと思います。
そもそも失敗したり、修羅場を経験したりしていない人に責任ある立場は任せられません。もしエンジニアとして成長したいなら、大胆に挑戦することを心掛けてほしいですね。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/竹井俊晴
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