「年寄りだけど、応募していい?」DMMにやってきた元ソニー69歳エンジニアが20代と生み出すイノベーション
人口減少が進み、超少子高齢化社会が訪れる今、定年を迎えたシニア世代が現場に戻り働く機会が増えている。
DMM.make AKIBAで技術顧問として働く阿部潔さん(69歳)も、定年後に新しい世界に飛び込んだ一人だ。
DMM.make AKIBAは、ハードウエアのものづくりを支援するコワーキングスペース。阿部さんは、そこを拠点に活動するクリエーティブユニット『PLAYFOOL』のダニエル・コッペンさん(25歳)、丸山紗季さん(27歳)の遊び心溢れるプロダクトづくりをテックスタッフとしてサポートしている。
世代も、性別も、国籍もばらばら。これまで異なる境遇でものづくりをしてきたからこそ、「お互いに得られる刺激は多い」と3人は話す。その理由とは……?
69歳エンジニアは「ググっても分からないテクニック」を伝授
ソニーで33年間、オーディオやパソコンなどの開発に最前線で携わってきた阿部さんは、現在69歳。2010年にソニーを定年退職し、14年からDMM.make AKIBAで新しいプロダクトをつくろうと意気込む若手に、これまでの経験に基づいた知恵や技術を伝授している。
阿部さん:「DMM.make AKIBAが学生アルバイトを募集している」という知り合いのFacebook投稿を見たんです。それで、「年寄りだけど、応募していい?」と(笑)。そしたら施設の方からまさかの「顧問でどうですか?」という返事がきて、働くことになりました。
一方、『PLAYFOOL』は、プロダクトデザイン・設計担当の丸山紗季さんと、エンジニアリング全般を担当するダニエル・コッペンさんの2人で活動するクリエーティブユニットだ。周りの明るさを学習するAI機能搭載LEDライト『Lulu』など、遊び心溢れるイノベーティブなプロダクトを次々と生み出している。
DMM.make AKIBAを拠点に活動する20代の2人が、行き詰まった時に頼るのが阿部さんだ。経験したことのないプロトタイプの開発や工作機械を使う際にどうすればいいのか、教えを請う。
阿部さん:私の役割は、テスターやオシロスコープなどの機材を使うときに困ったことがあれば相談に乗ったり、プロダクトづくりのアドバイスをすること。自分の経験や知識をもとに助言しながら、若いメンバーのサポート役に徹しています。
そんな阿部さんに、紗季さんとダンさんはプロダクト開発のピンチを何度も救ってもらったのだという。
例えばあるプロダクトのプロトタイプを開発していた時のことだ。
プリント基板にごく小さな部品を実装しなければならないことがあった。ピンセットでつまむのも難しいほど小さな部品ばかりで、はんだごてによる手作業は到底難しい。そこで金属のはんだを粉にして練った「クリームはんだ」を、ステンシル(穴が空いた型板)で基板に塗りつけて、部品を実装することに。
しかし基板の外形が小さく直線でないため、DMM.make AKIBAのはんだ付け装置が使えず、「オーブントースターで部品をはんだ付けする方法」や、「OHPフィルムをレーザーカッターで加工してステンシルを作る方法」などを阿部さんに教えてもらった。
また、OHPフィルムをレーザーカッターで切り抜く際には、阿部さんから「こういう時は、MDF(合成木材)の板を下に敷いて剥がすと、細かい穴をきれいに作ることができるよ」と助言をもらったという。
紗季さん:細かい部品を実装するために良いアイデアはないものかと、試行錯誤していたのですが、阿部さんに教えてもらった発想は私たちにありませんでした。
阿部さん:OHPフィルムをステンシルとしてうまく切り出せるレーザーの強さとスピードは、かつて僕が他のスタッフと協力して、繰り返しチャレンジして辿り着いた条件があるんです。これはDMM.make AKIBAの機械で行う場合の条件ですが、それを2人に教えたら、すぐにきれいなステンシルを作れるようになりました。
紗季さん:こういう知識って、ググって出てくるようなものではありません。まさに阿部さん自身が長い年月をかけて、失敗したり悩んだりしながら導き出した経験則。こういう知識や経験を分けていただけるのって、本当に貴重なことだと思います。
一方、阿部さんは『PLAYFOOL』の2人を見ていて、その行動力や発想力に刺激を貰っているという。特に、難易度の高いことにも果敢にチャレンジする彼らの姿勢にはいつも驚かされている。
阿部さん:私が彼らから学ぶこともたくさんありますよ。例えば、彼らは失敗しても諦めずに、さまざまなプロトタイプを作る粘り強さがある。徹夜で作業している姿をよく見るので、若さを羨ましいなと思うこともあります(笑)。2人のチャレンジ精神、クオリティーに妥協しない姿勢は見習いたいですね。
ベアリングボールのかわりに「仁丹」!?
ピンチを救った“年の功”
取材中も、フランクな会話で盛り上がる彼らだが、祖父と孫ほど年が離れている。ジェネレーションギャップが開発を進める上での壁になったことはないのだろうか?
ダンさん:良いプロダクトを作るための技術を基点に繋がっていれば、年齢も性別も、国籍もまったく関係ないと思います。これは阿部さんのキャラクターによるところもあるのかもしれませんが、プロダクトや技術の話に夢中になると時間を忘れて盛り上がってしまうし、阿部さんがいなかったらできなかったプロダクトばかりですよ。
紗季さん:阿部さんは経験も技術力も豊富だから、困っていたら細かく説明しなくてもすぐ分かってくれる。ただの年上の人、というより私たちにとってはレジェンドみたいな感じ。パッと部品を見せたり、「これ、どうしよう」ってちょっと声を掛けるだけで、力になってくれるところもすごいなと思います。
阿部さん:ものづくりという共通言語がありますから、世代の違いは障壁にはなりませんね。お互いの役割を担っているだけ、という印象です。
紗季さんとダンさんも「年齢差は気にならない」と話すが、「阿部さんの‟年の功”によって助けられたことはたくさんある」と続ける。
その一つとして、極小のボールが必要になった時のことを教えてくれた。
紗季さん:レールの上を、直径2mmのボールが転がるプロダクトをつくりたかったんです。でもサイズが合うボールがどうしても見つからなくて。慌てて秋葉原の街へ出てベアリング屋さんを探し歩いたんですけど、一番小さくてもラジコン飛行機用。サイズが大きいものしかなくて途方に暮れていたら、阿部さんがジャストなアドバイスをくれました。
阿部さんがその時提案したのは、かつてほとんどの日本の家庭に常備されていた清涼剤「仁丹」を使うという驚くべきアイデアだ。
阿部さん:直径2㎜のボールと聞いて、思わず「仁丹があるじゃない!」と叫んでしまいました(笑)。でも、2人の顔を見るとポカンとしていて。
紗季さん:私もダンも、「仁丹」を知らなかったんです(笑)。だから私たちがあれを思い付くわけがなかった。阿部さんだからこそ閃いたアイデアだったと思います。
ダンさん:「ドラッグストアに売ってるはずだから見ておいで」って言われて、慌てて仁丹を買いに行きました。阿部さんが英語で「ミント」っていうもんだからてっきりフリスクみたいなものかと思って、ザーッといっぺんに食べてみたら、あまりに苦くてさすがに“So Bad!”って叫びましたけど(笑)
世代を超えて「ものづくり」の楽しさを分かち合えるのは、エンジニアの特権
「年齢差は気にならない」と口を揃える3人。お互いが意識しているのは、「相手を認める・受け入れる」ことだという。
紗季さん:相手を認める、相手に認めてもらう努力をする必要はあります。そのために私はは「言うべきことは言う」ことを大切にしていて。
互いのバックグラウンドや生き方を尊重し、自分のことも分かってもらうために、「暗黙の了解」みたいな言語化されていないルールはつくらないし、相手が阿部さんだったとしても自分の考えをはっきり言う。その方がお互いに誤解なく進められるし、それがなければこんなに良い関係性はつくれなかったと思いますね。
ダンさん:僕は、良い意味で「辛抱強く付き合う」ことを心掛けていますね。人ってそれぞれ得意なことや不得意なことは違います。自分は簡単にできることでも、他の人にとっては難しいことかもしれない。それを嫌だとか相手に無理強いするのではなく、お互いの違いを認めて補完し合う姿勢を大事にしています。
阿部さん:確かに、相手に無理に苦手を克服させないことって、意外と大事なのかもしれません。自分と他者がまったく同じなんてあり得ないですから、お互いを理解しながら着地点を見つけて解決していく方がいいですよね。
今後、シニア世代がエンジニアリングの現場に入ることはまずまず増えていく。そうなったときに、お互いの良いところを生かし合うのか、それともお互いが「扱いづらいな」と分かり合うことを放棄するのか。それによって成果物の精度は大きく変わるだろう。
阿部さん:僕に経験があるからといって「アドバイスしてあげてる」なんてことは思いません。僕が彼らから学ぶこともたくさんあるし、あくまで良いプロダクトを作るためには何ができるのか、お互いの良いところを持ち寄っているという感じ。これからもお互いの「楽しむ気持ち」を大切にものづくりに携わっていきたいですね。
年齢に関係なくものづくりを楽しめるのは、エンジニアの特権だ。3人を見ていると、そう思わずにはいられない。お互いの違いを受け入れ、楽しみながらものづくりに取り組むこと。幅広い世代の知見と強みがうまく生かされたとき、“想像”もできないようなイノベーションが生まれるはずだ。
取材・文/石川香苗子 撮影/竹井俊晴
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