制作5年目でゼロから作り直し、2年の発売延期…『エースコンバット7』河野一聡が貫くスピード重視時代の“正しいこだわり”
Webサービスやゲームなどのプロダクト作りを行う開発現場において、スピード重視の傾向が高まっている。60点のクオリティーでもまずはサービスをリリースし、ユーザーの反応を見ながらブラッシュアップする制作スタイルは、いまや珍しくなくなった。
一方で、エンジニアをはじめとするクリエーターからは「もっとこだわって完璧なものを世に出したい」という声も聞こえてくる。では、スピード重視の世の中で、クオリティーへのこだわりを貫き通すためにはどうしたらいいのだろうか?
そんな疑問に答えてくれたのが、バンダイナムコエンターテインメントから発売されているフライトシューティングゲーム『エースコンバット』シリーズ最新作、『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』のブランドディレクターを務める河野一聡さんだ。
河野さんは2020年2月に放送された『電脳HUMAN』(テレビ東京)に出演した際、「“神は細部に宿る”という信条を抱き、UIの1ドットのズレまで許さない」と語っていた。
河野さんのゲーム作りへのこだわりには、並々ならぬものがある。過去には、5年も掛けて作り上げたデータを捨てて、0から作り直すこともあったという。そのために、当初2017年リリース予定だった『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』の発売は、2019年まで延期になった。
『エースコンバット』は、シリーズ全体の販売本数が全世界累計1400万本を超えるほどの人気ゲーム。最新作の発売が大幅に遅延するとなれば、当然会社にとってもマイナスの要素が多いはずだ。
河野さんはなぜ、そのリスクをとってまで「こだわり」の追求を優先したのだろうか。その理由を聞くと、「クリエーターの正しいこだわり方」が見えてきた。
自分よりも顧客優先。プロデューサーになって変わった、こだわりの視点
そうです、僕はもともと2Dのドットデザイナーだったので、1ドット単位を気にする仕事をしていたことは影響しています。
特にゲームのUIって、ユーザーはプレイ中に何十時間も集中して見続けるものなので、1ドットでも歪んでいると無意識に違和感を感じ取ってしまうんですよ。そしてそれが、全体完成度の印象につながってしまう。そういったことも踏まえ、昔から細部までこだわることは徹底しています。
僕自身がリリースを遅らせておいてなんですが、まず大前提「スピードは大切である」と考えています。なぜなら今の時代、スピードが速いことは、やはり正義だからです。
飛行機もコンピューターの処理スピードも、データ通信もそう。人間が“速さ”による快適さを求めていく流れは避けられないじゃないですか。同じように、スピード感を持って開発をすること、ビジネスをすること、サービスをより速く、快適にユーザーに提供していくことはとても重要です。
それに、物事には適切な旬やタイミングが絶対にあります。プロダクトを発売するタイミングも同じです。例えば、僕たちがいるゲーム会社を取り巻く環境はアンコントローラブルで、経済動向、顧客、インフラ、競合、法的規制などに、常に変化が生じています。
こうした大きな環境の変化に対応できず、戦略を駆使できず、リリースのタイミングを見誤ってしまうと、せっかく頑張って開発したゲームが遊んでもらえないこともあります。世の中のアンコントローラブルな環境変化に対応し、多くのユーザーを喜ばせるためには、やっぱりスピード感は必要なんですよ。
だから、「スピード重視で新しいプロダクトを生み出そう」というよりは「スピードを求めている顧客を重視して、プロダクトを生み出し、届けていこう」が正しいですかね。
ただ、思い返すと、こうしたことを考えるようになったのは自分がプロデューサーになってからです。
デザイナーやディレクターだった20~30代の頃なんかは、「俺が良いと思うものが一番良いはずだ」「良いもの作るためには納期なんて二の次だ」って考えていました。
自分自身が世の中で盛り上がっているシーンのど真ん中にいた年代だったからこそ、「俺視点」に全く疑いを持たず、ものづくりへのこだわりを全面に押し出していたんですよね。
でも、そこからある出来事をきっかけに、「顧客視点」に考え方が切り替わったんです。
過去作の失敗で「ファンの期待を正しく把握する重要性」に気付いた
初めてプロデューサーとして参加した『エースコンバット アサルト・ホライゾン』(2011年発売)が、シリーズファンに喜ばれない大失敗をしたことでした。開発が迷走したため、僕は途中からこの作品のクローズに加わったんです。
アサルト・ホライゾンは、これまでのエースコンバットシリーズとはまったく違うコンセプトで生まれたゲームでした。それは、「戦闘機を撃ち落とす面白さ」を全面に押し出そうというもの。
その頃、ユーザーがゲームに求めるクオリティーは年々上がり、それに伴い開発費もどんどん高騰していました。
そこでファン層を広げ、高額な開発費を回収して成功するべく、当時盛り上がっていたFPS(ファースト・パーソン・シューティング)ゲームのファンを獲りにいこう、と戦略を立てたわけです。
ところが、アサルト・ホライゾンがリリースされた途端、これまでのシリーズのファンから総スカンをくらったんです。「こんなのエースコンバットじゃない、広い空を自由に飛び回る爽快感が好きだったのに」って。
さらに、FPS側のファンにも戦闘機にそれほど興味を持ってもらえず、「エースコンバットもFPSも好き」という非常に狭い層にしか刺さらなくて。当然、売上は苦戦しました。
その時に、最も大切なのは「顧客視点」であり「顧客満足」であること。僕たちはそれを見落としていたんだ、という重大な過ちに気付いたんです。
僕らの事業は、ユーザーにゲームという「価値」を認めてもらい、お金を払って買ってもらうことで成立しています。だからこそ、「顧客満足」のレベルに達しているゲームを作るのは当然のこと。
さらに、今後もエースコンバットシリーズを存続させることを考えるなら、「顧客感動」に至るようなゲームを作るべきだと考えるようになりました。
分かりやすく例えるなら、僕、この間ダイソンの掃除機を買ったんです。吸引力が半端じゃなくて、掃除機にめちゃくちゃに感動したんですよね。
これがほどほどの吸引力だったら、2~3年後にまた掃除機を買い換える時、他社メーカーの物も検討に入っていたはず。でも僕はダイソンに感動したから、きっと次に買うのもダイソンの掃除機なんですよ。もうファンになっているんです(笑)
これをゲームに置き換えると、ユーザーが虜になるような強烈な満足の体験、「顧客感動」を与えることができれば、今後もエースコンバットが与える感動への期待から離れられなくなるわけです。いわゆるファン化ですね。
それでアサルト・ホライゾンのプロジェクトが終わった時点で、失敗の振り返りと、それを次にどう生かすかについて徹底的に議論しました。一度大失敗すると、人って死に物狂いになりますね(苦笑)
その時に、これから作る全てのエースコンバットシリーズを「顧客感動」のレベルに到達させるために、絶対にぶらさない条件を二つ決めました。
一つ目は、「エースコンバットのファンが求めていること」を明文化し、それを全ての判断軸とすること。
「ゲーム空間を美しいビジュアルで作り上げ、戦闘機で空を自由自在に飛び、自身で敵を定めて破壊する爽快感を味わえる。幾度も難局を勝ち抜いた末、エースパイロットとして英雄になれる」。これを満たしてこそエースコンバットシリーズなのだ、と定義しました。
それからは、特にナンバリングとなるタイトルの開発ではストーリーや技術、デザインなどの全ての評価・判断指標をここに置いています。
それからもう一つの条件は、ゲームを開発する上で、最初に「ユーザーの心情設計図」を作るようにしたことです。
ゲームっていわば人生の縮図なんですよ。ストーリーは山あり谷ありだし、プレイ自体も、ミッションをうまくクリアできなくて何度もゲームオーバーになる。それでも諦めずに繰り返しプレイして、困難の末にようやくエースパイロットになれる。成功と失敗が必ずあるんです。もうこれって、人生そのものじゃないですか。
世の中の多くの人は、人生の成功者になりたくてもなかなかなれません。だけどゲームの中でなら、人生の成功や達成感、限られた人しか得られない経験を疑似体験できる。だから、そういう人生の酸いや甘いを経験できないゲームはやっぱりつまらないわけです。
そこでエースコンバットの制作では、どのエピソードをストーリーのどこに配置して、プレイヤーがいつどんな気持ちになるかを、時系列で折れ線グラフにしたりするんです。
最初は低いテンションから始まって、ミッションに成功すると、気持ちは少しずつ右肩上がりになっていく。仲間を失うような大きな出来事があれば大きく下がる。「人生を折れ線グラフで表現してください」ってやつです(笑)
そうやってストーリーだけじゃなく、映像や音楽も駆使してプレイヤーの心情をアップダウンさせながらクライマックスに向かっていくように心情を、感情を設計するんですよ。
アサルト・ホライゾン以降の作品ではこの二つの条件を堅く守り、エースコンバットファンの期待を超えて、感動させる作品作りを追求しています。
こだわりを優先してスピードを遅らせること。それは「顧客のため」になるか?
発売が迫った2017年、忘れもしないクリスマスのことでした。2012年ぐらいから少しづつ長い時間をかけて作ってきた『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』でしたが、一旦全てを「捨てる」ことに決めました。
「捨てる」とは、ストーリーやほんの少しのビジュアルや、シリーズが受け継いできた技術だけを残して全部リセット。リスタートする、という重い決断でした。
『仕切り直そう』って決断した。
ファンの皆様の為とは言え、
会社、いや、関係する全ての人々に、
とんでもない大迷惑をかけた。何度も頭を下げ、膨大な量の資料を作り、説得、お願い、説明、
プレゼン、ありとあらゆる、
動いて、喋って、前に進むためだけに、狂っていた。一昨年のクリスマス。
— Kazutoki Kono : 河野一聡 (@kazutoki) March 6, 2019
もしかすると、その時のクオリティーでも最低限の「顧客満足」は担保できていたかもしれません。だけど、ユーザーにお金を払ってプレイしていただくことに値しない。圧倒的な顧客感動は生まれない。このままでは、絶対に感動を届けることができない、と判断したんです。
「顧客感動」までクオリティーを高めなければ、20年以上続いてきた「エースコンバットシリーズ」がここで死んでしまう。中途半端に出すわけにはいきませんでした。
経営陣には「このままではファンがまず納得しません。モノとしてダメです」と正直に報告しました。すると上からは「延期ではなく、プロジェクト自体を中止にしてもいい」と言われました。
中止にすれば、その時点での負債だけで済みます。以降に掛かってしまう膨大な開発コストが回収できず、発売した方が大きな損益になるという事態を避けられますからね。
だけど僕は、「絶対に出すべきだ」と考えました。
この作品単体で見たら、売上も利益も厳しいかもしれない。だけど、ここでやめたらエースコンバットシリーズの復活はあり得ないわけです。それは、世界で通用しているバンダイナムコの貴重な自社IPの一つを殺してしまうことになる。
逆に、この作品を「顧客感動」のクオリティーまで引き上げることができれば、エースコンバットに期待してくれるファンに5年先、10年先にも新タイトルをリリースすることができる。そしてそのときにはきっと、ゲーム以外の利益にも、バンダイナムコの未来にも貢献するはずです。
そうした説明と、一から見直した事業計画書を取締役会に持っていって、経営者たちを説得しました。
ユーザーを感動させるため、「顧客感動」に必要なことを洗い出しました。その時点の開発ROMを改めて「ユーザーの心情設計」の視点で見てみると、強烈な高揚や、どん底まで沈むような絶望感がまだまだ甘く、詰め切れていなかったんですよ。
だからミッションのゲームの順番を入れ替えたり、作り直したり、BGMを入れ替えたり、捨てたり、あるいは画の持つ力、空の色や雲の形を見直すなどして、プレイ中のユーザーの心を震わせ、感動させるための全てを突き詰めていきました。
例えば空の色。仲間がどんどん死んでしまうような重いミッションなのに、晴天の空では気持ちが乗ってこないじゃないですか。より不安で心細く憂うつになってもらうためには、暗雲立ち込める不安な空を表現する。地面に落ちる影にも意味がある。
でも次のシーンでは、仲間たちの死をより感じさせるためにあえて青空にしてみる。特別なシーンでは、泣きたくなるほど金色に光る美しい夕焼けを。
そんなふうに、ゲームの主人公であるプレイヤーが一番気持ちの高ぶる舞台をいかに表現するか、感情を動かすか、ということにこだわり抜きました。
他のインタビューで話したこともありますが、ゲームのデータを全部締めた後に改めてクライマックスシーンを見直して、「これじゃ絶対に感動を得られない、新しく楽曲を収録するぞ」といったことも。
当然プロデューサーからは大反対されましたが(笑)、クリエーターは「分かりました。すぐやります!」と言ってオーケストラとスタジオを押さえてくれて、たった2週間で新しい楽曲をつくりました。
現場に入り込んでUIチェックも一つ一つ自分でやっていましたし、僕のこだわりが強過ぎるあまりに進行がどんどん遅れていくので、「河野をプロジェクトから外してくれ!」と言われたこともあって。しばらくは裏口からこっそり作業スタジオに入っていましたよ(笑)
ファンの皆様にはお馴染みになった、
2人のPも合流した。正直、それまでは世界で1人だけ狂っていたのかもしれない。
これが最後になっても良いからって。進めることだけしか考えられなかった。
僕の上司に直電話で、開発に出入り禁止、河野を外せ。というのもあった。
要望が高すぎる。って。— Kazutoki Kono : 河野一聡 (@kazutoki) March 6, 2019
でも結果的に最後に収録した曲は、「7の最高の楽曲」だって言ってくださるファンも多く、ゲーム自体の売上も国内の発売初週で20.2万本、アジア圏で累計販売本数50万本を突破。シリーズの初動売上記録を更新しました。
やっぱりどんなことがあっても、エースコンバットの主人公であるプレイヤー、ファンの気持ちが最も昂ぶる舞台を用意して、圧倒的な感動を生み出すのが、僕たちのようなゲーム開発チームの仕事なのだと痛感しましたね。
独りよがりなこだわりは、「コストの無駄だしゴミ同然」
開発チームにはエンジニアだけじゃなく、デザイナー、ディレクター、プロデューサーがいます。さらに事業側には経営者、プロモーション、販社と関わる人がたくさんいますが、みんなの利害関係が完全一致することはほとんどありません。
エンジニアは細部までものづくりにこだわりたいから時間が欲しいし、プロデューサーは期日通りにリリースして利益を出したい。常にクオリティーと予算・スケジュールのせめぎ合いが各者の間で起こっています。
そのとき、チーム全員の方向性を一つにまとめることができる魔法の言葉があるんです。それが「顧客視点」。
「ユーザーの満足、感動のために、何をやるべき?」という話ならみんな理解できるし、それは否定できないんですよ。そのためになら自分のこだわりさえ妥協できる。
だから立場の違う人同士、利益相反で衝突し始めたら「それってユーザーのためになるの?」と、一度全員の目線を互いから顧客の方向に変えるようにしています。
その上で、エンジニアも相手のベネフィット(利益)に合わせて物事を説明できるといいですね。
例えば、経営サイドのベネフィットの一つは売上や利益ですから、僕は経営側を説得する際に当然、取締役会に売上見込みを数字的根拠として示しました。
つまり、「こだわりを優先するために、開発スピードを遅らせるべきだ」と判断するのなら、相手がベネフィットに納得して同意できる、それなりの根拠を持っておくことも大切だということです。
極論ですけど、クリエーターは好きなだけこだわり抜いてくれていいんですよ。それがユーザーの感動に、感情を動かすことにつながるなら、僕は時間だってお金だって投資するべきだと思います。
だけど、もしそれがユーザーの感動につながらない独りよがりなこだわりならば、それはコストの無駄。ゴミ同然ですよ。
クリエーターたるもの、お金を費やしてゴミを世に放ってはいけません。それは誰のためにもならない。ものづくりにこだわるなら、やっぱり顧客の方を向いて、ものをつくるべきなんです。
冒頭でお話した通り、スピードを重視することは大切です。それなしに今の時代には適応はできません。だけどそれだけでは感情は動かせません。ユーザーは満足もしなければ、感動もしません。
僕らの給料も開発費用も、全てはユーザーが価値を認めて、お金を払ってくれるから成り立っている。
だからこそ僕らクリエーターは、スピードとタイミングを大切にしながらも、どれだけ顧客感動を勝ち取れるか。熱狂させられるか。そこを一番気に掛けるべきなのだと思います。
伝えたかったのは、何故、僕が作品を「我が子」として感じるのか。
僕が何故「ファンの支持と応援に感謝しています。」を繰り返しているのか、
この話の全ては、貴方たちが支えてくれたから、貴方たちを頼りにできたからだと知って欲しいからです。
ありがとうございました。心より感謝しています。
— Kazutoki Kono : 河野一聡 (@kazutoki) March 8, 2019
取材・文/石川香苗子 撮影/赤松洋太 編集/河西ことみ(編集部)
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