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【松尾豊×ABEJA岡田陽介対談】日本企業でDX、AI活用が進まない5つの理由とその処方箋

ITニュース

    2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート」は、2025年までにDXを終えないと日本企業、日本経済は相当まずいと警鐘を鳴らす内容。その後、こうした問題意識は広く一般のものとなり、今ではDXという言葉を聞かない日はないくらいになった。

    必要性は明らか。にもかかわらず日本企業のDXが遅々として進まないのはなぜなのか。AIテクノロジー企業ABEJAが2020年6月5日に主催したオンラインイベント「DX2020」も、こうした問題意識の下に開催された。

    DX2020

    当日は、東京大学大学院の松尾豊教授とABEJA岡田陽介代表が「With/Afterコロナ時代におけるDXとAI」と題して対談。日本企業でDXが進まない理由とその解決策、AI活用のポイントを語った。二人が日本企業に対して抱く問題意識は概ね一致している。DX、そしてAI活用が遅々として進まないのにはいくつかの理由があるという。

    課題1:経営者のIT、 AIリテラシーが低い

    岡田:AI活用にはいくつかのフェーズがあります。まずはIT化し、データを集めないことには何も始まりません。集まったデータをどう使うのか考えるのはその後です。

    これまでは対面のコミュニケーション、アナログの話が多かったですよね。例えばオフィスにおける雑談からイノベーションが生まれるとよく言われますが、雑談はデータに残りません。今回のコロナでZoomやGoogle Meetを使うようになり、こうしたものがようやくデータになり始めました。「何はともあれIT化」というのは日頃から多くの企業にお話ししているところです。

    松尾:そのためには、まずITリテラシーを上げた方がいい。日本全体、特に経営者のIT知識・スキルが低いことがいろいろな形でIT・データ活用の阻害要因になっています。

    各企業のエンジニア、新規事業開発、R&Dの方々とお話しすると、皆さん上司への説明コストが高いことに苦労されています。相当噛み砕いて持っていかないといけないし、よく分からないことを言って突き返される。本来はそうではなく、下の人が「え?」と思うくらいに先を読んだ手を打つのが理想の上司のあり方でしょう。

    そういう意味では「勉強しよう」ということに尽きます。コードを書いてみよう、AIの勉強をしてみようということです。AIのコードを書くのはそんなに難しくありません。ちょっと書けば「こんな感じか」と分かります。何ができて何ができないのか、AIスタートアップの何がすごいのかも実感できます。

    どこまでを自社でやって、どこから先を連携してやるべきなのかも分かってくるのです。日本ディープラーニング協会でもいろいろなコンテンツを無料化したり、G検定を半額にしたりしています(7月4日開催分)から、ぜひ活用してほしいと思います。

    課題2:流動性の低い雇用慣行

    松尾:若干攻撃的な発言になってしまいますが、長年大手のITベンダーさんが良くなかったと思います。基本的には、細かくカスタマイズした製品を大手金融機関、政府、医療機関などに非常に高い値段で納入するのが彼らのビジネスモデル。

    それゆえに使い回しできないし、UIもあまり良くない。オープンソースやクラウドなどの活用に対しても軒並み遅れてきました。これが各産業の競争力を長期的に阻害してきたと思います。

    けれども、なぜそうなったのかにはもっと根本的な問題があります。それは日本の雇用の慣行です。クビにできない。クビにできないので新卒一括採用で採用し、社内でいろいろな部署を経験させ、柔軟性の高い人材にしていきます。そうすると、例えばある事業部が閉じることになっても他に行ける。社内転職ができる。なので終身雇用ができることになります。

    ところがIT系人材は使い回せません。IT系人材はITができないとただの人です。ギークが多い分、コミュニケーション力などのビジネススキルは低いと見なされるケースもある。そうすると、社内にIT系人材を雇用することはリスクになります。だからITベンダーに丸投げすることになるんです。このように、元をたどると日本の人材の流動性の低さに行き着きます。

    もちろんこれも日本社会が選択してきたことだと思いますが、それがIT化やDXという観点では悪影響を及ぼし、今の状況ができています。逆に言えば、人材の流動性が上がってくれば、大企業でもいいIT人材を短期雇用できるようになる。もっと力のある人が活躍できる仕組みもできていくのではないでしょうか。

    課題3:若い人に任せられない

    岡田:日本の経営者たちは、思い切って若手に任せることができていません。IT、AIといった分野はどうしたって若手、それもコンピューターオタクのような人の方が圧倒的に詳しいんですよ。ですから、新卒で入ってきた彼らをぐるぐる部署異動させるのではなく、得意領域に集中させ、任せることです。

    分からない上司に3カ月説明する時間が一番不毛。自分たちで自律的に調べてやってしまって、後から「いいですよね?」というような自由を組織として許容することが重要です。

    その中のワンオブゼムとして「サラリーを上げる」という話もあるとは思いますが、トップダウンで来たものを「サラリーが高いから」というだけでやりたいと思う若手がいるかといえば、そんなことはない。

    ギークな人たちは、自由度の高い中で新しいテクノロジーを使った挑戦ができることの方がはるかに大事だと考えます。なので、それを許容する組織をつくることができるかどうか。

    そうやって勝手にやらせておいた結果、「ここまでのことができました」となれば、その時にはしっかりと評価する。こうした仕組みをつくることが一番重要なポイントかと思います。

    課題4:日本人は「頑張ってしまう」

    松尾:日本人は頑張ってしまうんですよね。これが良くない。カイゼン、カイゼンで10%良くなった、みたいなことを積み重ねて、結果としてみんなが苦しむんです。満員電車だって、あれだけ辛いのに我慢して出社している。でも、今回テレワークになったことで「あれ? 毎朝数分単位で早く出社するために頑張っていたのはなんだったんだ」となるわけじゃないですか。

    10倍、100倍といった桁の違うクロックアップを想像することです。2倍程度だと頑張れてしまうから小さなカイゼンの積み重ねという話になってしまうけれど、10倍とか100倍の世界を想像すれば「そもそもやり方を変えないと」となるでしょう。

    今の組織をベースに考えるというより、10倍、100倍のスピードアップや生産性を考えたときに何ができるのかという視点が大事です。

    課題5:短期的な視点に縛られている

    岡田:各企業でDX推進を担当している方とお話をしていると「投資対効果はどう見たらいいのか」「上司をどう説得したらいいのか」とよく聞かれます。ですが、そもそもDX、AI活用というのは「20%向上します」という話ではなく、松尾先生のおっしゃるように10倍100倍の世界です。そこに行けるか行けないかが全て。間はない。やり切る以外にないんです。ですから、組織としてはそういう意思決定ができる体制を構築していく必要がありますし、担当者の側もそういう世界であると伝え切れなければなりません。

    松尾:どのくらいの時間軸で見るかが大事だと思います。短期的に成果を出そうすると今すぐに入れられるものなどに限定される。そうすると、確実ではあるけれども投資対効果は低いといった結果になってしまいます。

    AIやディープラーニングでやることはもう少し長い時間軸であることが多いです。その代わりインパクトもものすごく大きい。実現する確率自体は何%かもしれないけれども、そもそもすごく大きな成果を狙っている話だとすれば、掛け算すれば投資対効果はあると言えるはず。

    多くの企業で本質的な変化に対してちゃんとベットできていないように感じます。中・長期を見たときの投資と効果は絶対に合うはずなんです。もちろん、担当者の立場としては「そうはいっても中計に組み込まないと」とか「今年度の予算内でやらないと」といった事情はあるでしょう。そこはしんどいとは思いますが、うまく書くしかない。

    でも、日本は周りが短期的な行動をしているところばかりなので、中期の行動に対する投資対効果は非常に大きいと思うんです。組織としてちょっと長期目線を持つだけで、すごくやりやすくなるのではないでしょうか。

    正しくAI活用することで日本企業は挽回できる

    上記のような理由で圧倒的に遅れている日本のDXだが、AIを正しく活用することでこれを挽回することは可能だと二人は言う。改めてなぜAIなのか。正しく活用するとはどういうことか。

    松尾:さまざまな企業と関わる中で気付くのは、今ちゃんと売上が上がって儲かっている企業にはSaaS系、それも特定領域に絞ってサービスを提供するバーティカルなSaaS系が多いことです。SaaSはユーザー側からするとフリーミアム的に安価に入れられるし、担当者レベルで導入の意思決定ができるから、BtoBでもBtoC並みに一瞬にして広がる。

    一方、サービス提供側はユーザーの使用の状況を観察できるので、機能改善もあっという間です。SaaSで起こっていることを抽象化すると、世の中のスピードが上がってきているということだと思います。

    これからさまざまな業界であらゆるスピードが上がっていくはずです。単純に言えば、これまで3日かかっていたものが3分になる。「3日かかる」というのは途中のプロセスに人間の目が入っているということです。途中で人間が見て判断することが入っているから3日かかる。これが全部自動化、デジタル化されると3分になります。

    AI、ディープラーニングが顕著な効果を見せるのもここです。人が見た上で判断しないといけなかった部分が取り除かれることで、圧倒的に業務が速くなる。DXそのものが「業務を速くすることで強くなる」ための行為なわけですが、AI、ディープラーニングはその中でも特に、自動化することによる高速化を担っています。

    ということは、「ディープラーニングを導入しました。すごいでしょ」では意味がないわけです。それによって業務がどのように速くなっていて、どのように強くなっているのか、どのように付加価値が上がっているのかを全体で考えないといけません。

    AI化したことによりプロセス全体がどれくらい速くなったのか。そのことによりどんな競争力が生まれるのか。AI化でうまくいっている企業はそこを最初から計算しているように思います。

    岡田:一番やってはいけないのは、全体で100時間かかっているのに一部分だけを見て「5時間を5分にすること」に全力投球してしまうようなことです。そうすると「大した効果なんてないじゃないか。やる意味があるのか?」となることは目に見えています。

    ですから、AI化する際には全体を見ることが極めて重要。とはいえいきなり全体に対して思いっきりやるとものすごいお金が掛かってしまうので、その企業がバリューを出したい部分を深く掘り下げることとミックスして進めるのが一番の解と思っています。

    社会全体のスピードが上がる中で、それぞれの企業も業務プロセスを改善し、スピードを上げる必要に迫られています。それがDXと言われていることの意味でしょう。そのためには、AIの力も使って超高速でPDCAを回す必要がある。かつて日本の製造業の方が工場でやられていたようなことをデジタル空間で迅速に回していく必要があるということです。

    ですが、そのためには業務プロセス全体をデジタルへと移行していることが前提になります。そこでまずはIT化、まずは経営者自身のITリテラシーという話になるわけです。

    それをいつ始めるのか。今すぐ始める以外にないでしょう。技術的進化の速度も技術のビジネス実装速度もどんどん上がっています。これはつまり、すぐに始めないと置いていかれる距離もどんどん大きくなっているということです。

    登壇者プロフィール

    東京大学大学院工学系研究科教授 松尾 豊さん
    1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より、産業技術総合研究所研究員。05年8月よりスタンフォード大学客員研究員を経て、07年より、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻准教授。14年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グローバル消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授。19年より、東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授。専門分野は、人工知能、深層学習、ウェブマイニング。人工知能学会からは論文賞(02年)、創立20周年記念事業賞(06年)、現場イノベーション賞(11年)、功労賞(13年)の各賞を受賞。人工知能学会では学生編集委員、編集委員を経て、10年から副編集委員長、12年から編集委員長・理事。14年から18年まで倫理委員長。17年より日本ディープラーニング協会理事長。19年よりソフトバンクグループ社外取締役

    株式会社ABEJA代表取締役社長CEO 兼 共同創業者 岡田 陽介さん
    1988年生まれ。愛知県名古屋市出身。10歳からプログラミングをスタート。高校でCGを専攻し、全国高等学校デザイン選手権大会で文部科学大臣賞を受賞。大学在学中、CG関連の国際会議発表多数。その後、ITベンチャー企業を経て、2012年9月、AIの社会実装を手掛ける株式会社ABEJAを起業。17年には、AI、ディープラーニングを中心とする技術による日本の産業競争力の向上を目指し、他理事とともに設立した日本ディープラーニング協会理事を務める。19年10月より、米シリコンバレーの現地法人 ABEJA Technologies, Inc. CEOに就任

    文/鈴木陸夫

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